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冨田健太郎 斜めから見た海外出版トピックス

冨田健太郎 斜めから見た海外出版トピックス
第18回 ベストセラーのデータ解析

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 某出版社にて、翻訳書編集、法務をへて翻訳権輸出に関わる冨田健太郎が、毎月気になる海外の出版事情を紹介する「斜めから見た海外出版トピックス」。
 今回は、年末恒例のベストセラーとあるデータ解析の結果をご紹介します。ベストセラーは統計的に作れるのでしょうか?

第18回 ベストセラーのデータ解析

▼ベストセラーの調べかた

 今年も1年間のベストセラーがマスコミをにぎわせる時期になりました。
 そこで今回は、景気のいいベストセラーの話をしたいと思います。

 ひと口に「ベストセラー」といっても、じつは集計はそう簡単ではなかったりします。
 まずは、各書店が自分の店での売上を集計するベストセラー・リストがあります。昨今では、アマゾンが注目されますね。流通量も多く、なにより集計が早くて詳細な点が強みでしょう。
 しかし、日本でよく取りあげられるのは、取次(流通業者)のデータです。大どころのトーハンと日販ですね。書店によっては独自の特色もあるので、各店舗のベストセラーはかならずしも全体の傾向とはいえない場合もありますが、取次であれば、さまざまな書店へ卸しているので、平均的な数字が出るといえるのでしょう。

 米国に目を向けますと、メディアが発表するベストセラー・リストが目立ちます。
 ご存じのように、広大なアメリカでは地方新聞が基本であるため、案外よく使われるのは、数少ない全国紙、USAトゥデイ(1982年創業)のベストセラー・リストでした。
 現在では、利用されているのは「ニールセン・ブックスキャン」のようです。
 ニールセンはもともと市場調査の会社で、視聴率などでも有名ですが、音楽マーケットでのノウハウを出版市場に持ちこみました。開始は2001年と比較的新しいのですが、書籍流通の3/4のPOSデータを押さえているといわれ、ベストセラーの基準になっているようです。

 それ以外で有名なものといえば、やはりニューヨーク・タイムズ紙のベストセラー・リストでしょう。

(NYタイムズ・ベストセラー・リスト)

 米国内のベストセラー・リストは19世紀から存在していたそうですが、NYタイムズが掲載をはじめたのは1931年といいますから、けっして最古参というわけではないようです。
 当初は、地元NYの書店でのフィクションとノンフィクションの上位4、5冊をあげるだけだったのが、全米の他の都市の書店にも調査をひろげていきました。こうして、20世紀なかばには信頼度の高いベストセラー・リストとなりました。
 地方の書店やナショナル・チェーンは、NYタイムズで売れ筋を見て、仕入れを決めることになっていたといいます。出版の中心地NYの新聞であったことも注目度に結びついていたのでしょう。

▼ベストセラーを解析

 そんなNYタイムズのベストセラーをデータ解析した、という研究結果が発表されています。

(成功する書籍とは:ビッグデータでベストセラーに迫る)

 データ科学者がベストセラー・リストを読み解いたという論文ですが、なんとも興味を引かれる見出しですね。
 著者は、『新ネットワーク思考』(青木薫訳、NHK出版)の翻訳もあるアルバート=ラズロ・バラバシのチーム。
 この調査結果を読めば、ベストセラーを生みだせるのでしょうか。

 まず、前提として、彼らの研究対象を押さえておきましょう。
 NYタイムズ・ベストセラー・リストといっても、電子書籍やペーパーバックなど、カテゴリーはさまざまです。そのなかで彼らが選んだのは、ハードカヴァーのフィクションとノンフィクションだということですが、これは妥当なところです。
 電子書籍が定着したといわれる出版市場ですが、彼らによれば、書籍の販売の65%は紙版なのだそうです。ペーパーバック・オリジナルの出版物もありますが、米国ではハードカヴァーとペーパーバックでは流通が異なる面もあるので、ハードカヴァーで検証したのですね(おそらく大半は電子版も同時に発売されたでしょうが)。
 データがデジタル化されている2008年10月以降、16年までのベストセラー・リストを利用したとのことで、対象となったのはフィクション2468点、ノンフィクション2025点。それぞれについて、ニールセン・ブックスキャンのデータで補強したとのことです。

▼フィクションのベストセラー動向

 彼らは、ジャンルを細かくわけて、分析していきます。

 フィクションにおいては、ジャンルとしてのトップは、いわゆる「ジェネラル・フィクション」でした。これは「メインストリーム・フィクション」ともいいますが、つまりは一般の小説ということ。純文学作品もここに入り、これが全体の1/3を占めています。

フィクション

 裏を返せば、2/3はサスペンスやミステリー、ロマンス、ファンタジイ、SFといったジャンル・フィクションということであり、全体としては特定のジャンルに属する小説のほうが好まれているということになります。年を追うごとに、この傾向はじょじょに強まっているようです。
 常連の作家が多いことも特徴です。
 作品が1作しか入っていない小説家は全体の15%にすぎないそうで、つまり85%は複数のベストセラーを生みだしている作家だというのです。1度成功すれば、次作にも読者がついてランク入りしてくるのは、まあ、想像に難くないところですが、8割5分は思ったよりも高打率ではないでしょうか。
 当然シリーズ物も強いわけで、この調査の時期には、スティーグ・ラーソンの《ミレニアム》やジョージ・R・R・マーティンの《氷と炎の歌》等々、数多くの作品がエントリーしています。
 最強の作家はジェイムズ・パタースンで、51作がランク・インしているとのこと。さすが世界一稼ぐといわれる作家はちがいます。
 もっとも、全体の1/4は1週かぎりでベストセラー・リストから落ちているとのことですから、けっこう入れかわりがはげしいといえます。その作家の新作を待ち望んでいる忠実なファンが、発売後すぐに買うためにランクインし、そういう作品が入れかわり立ちかわり、出版されているという様子も見えてきます。
 ちなみに、1年以上ベストセラー・リストにとどまった小説は10作あるそうですが、これも意外に多い気がします。

▼ノンフィクションでは……

 いっぽう、ノンフィクションでは、伝記・自伝・回想録が全体の半数近くを占めています。政治家、アーティスト、企業家など、人物はさまざまですが、誰でも知っている有名人の本が中心になっています。

ノンフィクション

 米国では、大統領を筆頭に、要職にあった人物は、かならずメモワールを書くような印象がありますが、じっさいそのような本がよく売れるのですね。
 つづくのが、歴史・法・政治のジャンルで、これもなるほどといったところ。
 3位は「ジェネラル・ノンフィクション」となっています。フィクションとちがってちょっとわかりにくいカテゴリーですが、心理学や自然、哲学等々、いくつかのジャンルにまたがったものを指すとのこと。たとえば、マルコム・グラッドウェルの『ティッピング・ポイント』(高橋啓訳、飛鳥新社他)がここに入るといわれると、なんとなくわかる気がしますね。
 先ほど触れたように、対象となったフィクションが2468点だったのに対し、ノンフィクションは2025点ですから、後者のほうが入れかわりが少なく、ベストセラー・リストにのる期間が相対的に長いわけです。
 10週以上とどまった作品は、フィクションでは51%だったのに対し、ノンフィクションでは80%。やはりノンフィクションのほうが、息が長いことがわかります。1年以上リストにとどまった作品も18とフィクションより多く、ローラ・ヒレンブランド『不屈の男/アンブロークン』(ラッセル秀子訳、角川書店)は203週間だったといいますから、すごい(フィクションの最長はキャスリン・ストケット『ヘルプ』(栗原百代訳、集英社)の131週)。

▼ベストセラーの規模感

 「ベストセラー」といっても、いったいどのくらい売れているのでしょうか。もちろん、鳴り物入りのメガヒット作品はあります。
 リスト入りしている本でも、1年めのセールスを見ると、大半は1万〜10万部の範囲だというのですね。
 この調査の時期でいえば、フィクションでは、ダン・ブラウンの『ロスト・シンボル』(越前敏弥訳、KADOKAWA)が1年で300万部を突破。スティーグ・ラーソンの《ミレニアム》第3作『眠れる女と狂卓の騎士』(ヘレンハルメ美穂・岩澤雅利訳、早川書房)と、ハーパー・リーの『さあ、見張りを立てよ』(上岡伸雄訳、早川書房)(『アラバマ物語』の続編)は、ともに160万部でした。
 ノンフィクションでは、ジョージ・W・ブッシュの回想録『決断のとき』(伏見威蕃訳、日本経済新聞出版社)に、ウォルター・アイザックソンの『スティーブ・ジョブズ』(井口耕二訳、講談社)が上位ですが、いうまでもなく、こういう本は例外です。
 フィクションでは刊行2週〜6週めがピークで、ノンフィクションはやはりすこし息が長くて、15週めぐらいまでが売れる時期になっています。
(もちろん、時間がたてばペーパーバック版が発売されたりするので、調査対象となるハードカヴァーの売れ行きが落ちるのも当然の成り行きではあるのですが)

 ついでながら、フィクションの作家のほうが、ノンフィクションより多くの作品をベストセラーに送りこんでいます。取材や検証に時間や手間がかかるノンフィクションのほうが作品数が少なくなるのは、当たり前のことではありますね。

▼作家としてのステップ

 調査対象のなかで、ベストセラー・リストにはじめて登場したのは、フィクションでは145人、ノンフィクションでは591人。
 この数からも、フィクションの作家のほうがくりかえし成功をおさめていることがうかがえますね。さらに、フィクションの作家は、作品を積み重ねてきて一度ベストセラー・リストにのると、その後の作品も継続的に売れる傾向が強いそうです。
 デビュー作から注目される作家もいますが、ペイパーバックから出発して、キャリアを積み、ハードカヴァーで作品を発表できるようになるという、小説家としてのステップアップがあるのですね。作品とともにファンが増えてきて、ついにベストセラー作家になるというコースで、一度その地位を築くと、安定して読者を獲得できるようです。

 かたやノンフィクションの場合は、当初は注目されるものの、じょじょに勢いが落ちてくる場合もあるとのこと。
 もちろん、堅実に売れる本を出してきた作家が、経験を積んでベストセラー入りしてくることもあるわけですが、ヒット作を出しつづけることはノンフィクションのほうがむずかしいようです。

▼ベストセラーを狙うには?

 そのほかにも、この調査からはいろいろな結果が見えてきます。
 たとえば、ノンフィクションでは男性作家が優位だけれど、フィクションでは性差はあまりなく、とくにロマンスでは女性作家(とニコラス・スパークス)が強いとか、2月や3月に出版される本にベストセラーとなるものが多いいっぽう、本がもっとも売れるのは12月だ(ホリデイ・シーズンですからねえ)とか、部数的にはフィクションのほうがノンフィクションより大きいとか……。
 そのあたりは、著者たちがインフォグラフィック化してくれています。

 しかし、この論文をもとに「回想録やミステリーを2月に出版すればベストセラーを生みだせる」という結論にはならないのは、いうまでもないことです。

 今回はデータ分析でしたが、ベストセラーの文章面を解析した、ジョディ・アーチャー&マシュー・ジョッカーズ『ベストセラーコード』(川添節子訳、日経BP社)という本もありました。ある本が売れるかどうかを分析することは、ある程度まではできるようになるかもしれませんが、類書がない例外的な本によって、出版の歴史が切りひらかれてきたのも、また確かなことです。
「どうすれば売れる本を作れるのかがわかれば苦労はしないよ」と、よく出版関係者は口にします。みんな、ベストセラーを生みたいと願っているでしょうが、相当に名の立った作家の本でもなければ、売れるかどうかは未知数です。
 翻訳出版にたずさわってきた者としていえば、外国で売れたものが日本でさっぱり売れないということもありますから、むずかしい。
 内容だけでなく、装丁や発売時期や、その他もろもろの要素で、本が売れるか売れないかは変わってきます。しかも、おなじ本について、やりなおして検証することは絶対にできません。
 本をつくる以上、より多くの読者を獲得できるのは大きな目標にはちがいないでしょう。しかし、売れるかどうかは、あくまであとからついてくる結果でもあります。
 ベストセラーの処方箋などない、という、きわめて当たり前の結論ですが、出版の側としては、目の前の本をいかによく作るかを、地道にくりかえしていくしかないのでしょう。

 最後に、わたしが好きなジョークを記しておきます。
          *
 文学研究に打ちこんできた教授が、ついにベストセラー小説の必要条件を発見しました。
 それは、(1)宗教に触れること。(2)上流階級を題材にすること。(3)性愛を描くこと。(4)ミステリー仕立てにすること。(5)それらの要素をなるべく早い段階で読者に提示すること。
 それを聞いた学生が書きはじめた小説の冒頭。
「『おお神よ』と公爵夫人はいった。『わたしのお腹の子の父親は、いったい誰なのでしょう?』」

[斜めから見た海外出版トピックス:第18回 了]


PROFILEプロフィール (50音順)

冨田健太郎(とみた・けんたろう)

初の就職先は、翻訳出版で知られる出版社。その後、事情でしばらくまったくべつの仕事(湘南のラブホテルとか、黄金町や日の出町のストリップ劇場とか相手の営業職)をしたあと、編集者としてB級エンターテインメント翻訳文庫を中心に仕事をし、その後に法務担当を経て、電子出版や海外への翻訳権の輸出業務。編集を担当したなかでいちばん知られている本は、スペンサー・ジョンソン『チーズはどこへ消えた?』(門田美鈴訳)、評価されながら議論になった本は、ジム・トンプスン『ポップ1280』(三川基好訳)。https://twitter.com/TomitaKentaro