第13回 バーンズ&ノーブルの苦闘
▼突然の解任劇
米国最大の書店チェーン、バーンズ&ノーブル(B&N)が、最高経営責任者を解任しました。
この発表は、翌日がアメリカ独立記念日というタイミングだったのですが、国内最大の書店(実店舗ベースでは)の解任劇は、出版界のみならず、大きな注目を集めました。
パーネロスCEOは昨年就任したばかりで、わずか1年での解職でした。
B&Nの発表にあるように、解雇の理由は、会社の規定に違反したからで、経営状況によるものではないというのです。
また、この解雇は、取締役会が法律事務所の助言にしたがって決めたもので、パーネロスは役員として残ることもなく、退職金も支払われないとのこと。
さらに、CEOの地位は誰かが暫定的に継ぐこともなく、意思決定は他の重役たちで分担して行なうともいっています。
どうやら、かなりのスピード感で解任が実行されたようですが、会社側は肝心の「規定違反」の内容を明かしていません。
この騒ぎでB&Nの株価は4%下落したとのことですが、祝日の前日に発表したのも、また解任が会社の業績とは無関係だと強調しているのも、経営への影響を抑えるためだったと思われます。
今回の件がより注目を浴びたのは、パーネロスの前任のCEOもおなじように1年で解雇されていたからです。
そこで、B&Nがどんな状況だったのか、さかのぼって確認してみましょう。
▼B&N興亡史
書店としてのB&Nの歴史は、19世紀に発しますが、現在のB&Nを作ったのは、レナード・レッジオという人物です。
1960年代、当時大学生だったレッジオは学生相手の書店をはじめて成功をおさめます。彼は事業を拡大し、1971年にニューヨークの老舗書店だったB&Nを買い取ったのです。ここから、一般向けと大学向けの書店の両輪で、B&Nは拡大の道を突き進むことになります。
1980年代には、800店あまりを展開していた大手チェーンのB・ダルトン・ブックセラーをはじめ、次々と書店の買収を進めます。1993年には株式を公開。
しかし、ご存じのとおりアマゾンが登場し、1990年代後半以降、書店ビジネスは根本から変わろうとしていました。B&Nもオンライン書店を開設し、90年代末にはネット・実店舗あわせて世界最大規模の書店となりましたが、事業にかげりが見えてきます。
ネット書店では、いわゆる「ワン・クリック」問題でつまずきます。アマゾンは、ボタンを1度クリックすれば購入が完了するシステムについて、特許を取得していました。そのためB&Nは、2クリックめで購入が成立する形にしていたのですが、アマゾンから訴えられ、1999年の年末商戦前に差し止めを食らう結果となったのです。のちに和解にいたるものの、その内容はわかっていません。ワン・クリックのようなビジネスモデルを特許として独占したこの訴訟は、議論を呼びました。
2002年、レッジオの弟スティーヴがCEOとなりますが、この時期に電子書籍への対応が遅れたのではないかと指摘されています。
すこしずつ広がりはじめていた電子書籍でしたが、07年にアマゾンがKindleを発売し、手軽に買えてすぐ読める、新たな読書の形として受け入れられていきます。
この流れに乗りそこねたB&Nは、09年になって独自ブランドの電子書籍リーダーNookをリリースします。明確にアマゾンのKindleへの対抗を意図して、わざわざ自社端末を開発したのです。10年には、スティーヴ・レッジオにかわって、ウェブ部門のトップだったウィリアム・リンチがCEOに就任し、12年にはマイクロソフトと提携して、さらなる展開を試みます。
しかし、すでに電子書籍はアマゾンの独走状態となっていました。Nookはふるわず、それどころか大きな欠損を出して会社を圧迫し、2年ほどでマイクロソフトとの提携も解消。けっきょく16年には販売終了を宣言するにいたります。
店舗のほうも、苦戦を強いられていました。書店ビジネスの変化を思い知らされたのが、2011年のボーダーズの倒産です。ボーダーズはB&Nに次ぐ米国第2位の書店チェーンで、その経営破綻は日本でも大きく報じられました(アメリカ同様、残念ながら日本でも書店の環境悪化が進んでいたからでしょう)。
このときB&Nは、ボーダーズの顧客獲得に積極的に動いていますが、逆にみずからが身売りを噂されるようになります。
B&Nは店舗数を減らしていき、14年には、レッジオ以前の1930年代からつづいてきたニューヨークの店舗を閉めることになったのです。
翌15年、B&Nは新たな驚きの手に出ます。
大学向けのビジネスを分社化し、バーンズ&ノーブル・エデュケーションとして独立させたのです。
このニュースが驚きをもってむかえられたのは、B&Nの両輪の片方である大学書店を切り離したこともありますが、それ以上に、マイナスとなっているNookビジネスを本体に残した点も大きかったようです。外部からは、むしろデジタル部門を切り離すのではないかと思われていたのですが、B&Nは書店業にデジタルは必要と判断したわけです。
そして、この分社化のあと、B&Nは新たな経営者を招いたのです。
▼期待の新CEO
外部から招かれたCEO、ロン・ボーアは、ソニー・エレクトロニクスのトップをつとめ、その後、家電チェーンのベスト・バイ、ブルックストーン、トイザらス、デパートのシアーズなど、流通業界を渡り歩いてきた人物でした。
レナード・レッジオは「小売業のあらゆる側面を知り抜いたロンの豊富な経験にくわえ、リーダーシップ力とこれまでの業績を見れば、B&Nにとって理想的なCEOだと確信している」と期待を寄せています。
しかし、年間をつうじて株価は下降傾向で、ボーアCEOは書籍以外の販売に活路を見いだそうとします。
当時はやっていた塗り絵の本のイヴェントや、注目を浴びていた3Dプリンターの導入、あるいはゲームなどで親子連れを呼びこもうという戦略です。
いっぽう、この頃にはアマゾンが実店舗を出しはじめていたので、B&Nは差別化の意味でも書籍以外の展開に注力し、150ドルもするオタク向けのガンダム・キットまでそろえていたといいます。
それでも、売上の下落は止まりませんでした。
2016年、創業者ともいうべきレナード・レッジオは引退を表明しますが、予定どおりにはいきませんでした。
ボーアが解任されたのです。
取締役会は、ボーアが「組織にうまく合わなかった」としていますが、わずか1年での解雇について、報道では「追放」「放逐」などという言葉がつかわれました。
レナード・レッジオはみずからの引退を先送りにし、新たな経営者を探すため、暫定的にCEOの座につきます。
その後、ボーアはこの解任で高額の退職金を受け取っていたことが明らかになりました。
ベースの年収が120万ドルで、その4倍をもらったそうですが、経営が悪化している企業としてはいかがなものか、というところ。
▼パーネロスCEO
そして、次のCEOとなったのが、今回解任されたデモス・パーネロスです。
彼も、オフィス用品のステイプルズを皮切りに、小売業界で経験を積んできたビジネスパーソン。
まず、16年のうちにCOO(最高執行責任者)としてB&Nに入り、翌17年にCEOになりました。
レッジオとしては、前任者の件を教訓に、とりあえず試運転をさせて様子を見たうえでCEOに取り立て、万全を期したというところでしょう。
パーネロスは、オモチャやゲームではなく書籍販売に重心を移すべきだと考え、書店としてのB&Nの立てなおしを打ち出しました。
しかし、売上も株価も下がりつづけます。
17年のホリデイ・シーズンの販売は、店舗では前年比6.4%の下落となりました。
それでも前年は、ネット部門は2%増加していたのですが、この年はそちらも4.5%下げたのです。
パーネロスは、店の規模も小さくすべきだと主張していましたが、ここに来て従業員の削減に着手。同時に販売部門の責任者の交替も行なわれました。
さらに、6月。
書店ビジネスが復調できないまま、パーネロスは、オモチャ市場を狙う戦略に方向転換を宣言します。きっかけとなったのは17年のトイザらスの経営破綻で、それでできた隙間を狙おうというのです。
この矢先、パーネロスは解任されたのでした。
先に述べたように、理由となった規定違反について、詳細は不明のまま。
ここでも前任者の教訓からか、解雇されたパーネロスに退職金はいっさい払われないそうです。
▼B&Nの今後
ここまでの迷走をつづけてきたB&Nは、今後どうすべきなのでしょう。
CNNは、18年の年頭に「B&Nは、最後の局面に入っているようだ」として、以下のようにまとめています。
・ダウンサイズと行き届いた品ぞろえで、客の満足度をあげる。
・長年提携しているスターバックスとの関係を断つ。
・売れ線の商品ばかりに頼らず、店舗でコミュニティを作る。
・家庭用品を増やして、客のニーズに応える。
・Nookのサポートを切り、店舗に注力する。
米国内では、独立系書店が地域に根ざした店づくりで成功をおさめていますから、学ぶ点は多いはずです。
おなじ書店チェーンでも、カナダのインディゴは好調ということなので、これも参考になるでしょう。
さらに、かつてあのボーダーズのCEOだったマイク・エドワーズは、より細かい提案をしています。
その筆頭は「正しいCEOを選ぶこと」。
まったくそのとおりで、すでに新たなCEO探しがはじまっているようですが、小売業界の経験者がつづけて失敗しているのを見ると、書店の再建にどのような人物を選ぶべきなのか、むずかしいところです。
さらに、わずか1年での解雇が2度繰りかえされただけに、引き受けるほうもまかせるほうもプレッシャーが大きいことでしょう。
それでも、全米第一の書店チェーンの火を消すわけにはいかないし、本屋は街に必要な機能でもあるはずです。
創業者レナード・レッジオの父はプロボクサーで、その後はタクシー運転手で生計をささえたといいます。
父の教えを忘れたことはないと語るレッジオ。すでに77歳ですが、彼の戦いはまだつづきそうです。
[斜めから見た海外出版トピックス:第13回 了]
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