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清水玲奈 英国書店探訪

清水玲奈 英国書店探訪
第15回 Heffers Bookshop

 INK@84

写真:清水玲奈 イラスト:赤松かおり

 

第15回 Heffers Bookshop

 

 INK@84

 

 前回取り上げたケンブリッジ・ユニバーシティー・プレス書店から歩いて数分の距離にあるのが、19世紀創業のヘファーズ書店。こちらは20万冊の本を置く超大型の一般書店です。近年は学術書を中心に扱うイギリスの大手書店チェーン、ブラックウェルズの傘下に入りましたが、伝統に培われた個性を維持し、ケンブリッジの文化生活になくてはならない「本の大聖堂」として親しまれています。近年は世界中の観光客が来店する姿も目立つようになりました。

 

ケンブリッジの目抜き通りにある本屋さんです。

 

 ヘファーズの創業は1876年にさかのぼります。文具店を営んでいたウィリアム・ヘファーが、大学が近くにあることから書籍も扱うようになったのが店の起源だそうです。店長のケイト・フリートさんによると、現在のヘファーズは「まっとうな本屋であり、ありとあらゆるテーマを網羅した膨大な数の本をそろえ、知識があってフレンドリーな書店員がアドバイスやおすすめをする店」とのこと。

 

ベストセラー作家による推理小説や料理本から、マーティン・リース博士(元ケンブリッジ大学トリニティー・カレッジ学寮長)の『未来論』まで。ウインドウには、ありとあらゆるジャンルの新刊が並びます。

 

 巨大な店内は、無限とも思われるほどの数の本、計20万冊が、3フロアに渡って置かれています。書棚に区切られた小さなコーナーがあちこちにあって、大きな教会の内部に壁に沿って小さな礼拝堂が並んでいる様子に似ています。常連さんは、お気に入りのコーナーでゆっくりと立ち読みを楽しみます。

 

文学の売り場「ギャラリー」。図書館の書架のような棚にも、吹き抜けの縁にもぎっしりと本が並びます。

 

 店の入り口入ってすぐは新刊書のコーナー。中でも、入ってすぐ左側にある「THE OAK」と掲示された重厚なオークのテーブルは、全ジャンルを通して店が勧めたい新刊書を並べ、毎日内容を変えています。

 店の2階、吹き抜けを囲んでコの字型に小部屋が並ぶ通称「ギャラリー」は、全体が文学の売り場で、その規模は圧巻です。向かって右側はいわゆる大衆文学、左側は純文学にざっくりと分かれていて、本が探しやすいよう考え抜かれた構成になっています。また、それぞれのジャンルを表示するために、本の表紙のポスターが、効果的に飾られています。

 

平台「オーク」には、「店全体の中から、私たちがとりわけ気に入った新刊をディスプレイするコーナーです。新刊は毎日入荷され、オークは絶えず進化し続けます」との説明があります。

 

「オーク」の重厚な造りのテーブルは、厳選された新刊書が並ぶひのき舞台です。

 

 大衆文学は、ホラー小説からティーン向けの小説まで、ジャンル別に構成されています。特に名高いのが、ミステリーのコーナーで、ファンの間では有名な店員、リチャード・レイナーさんによるセレクト。さらに細かいサブジャンルに分類されていて、東野圭吾をはじめとする日本の作品、昨今のはやりである北欧ノワール、ロバート・ハリスらの作品で根強い人気の歴史推理小説などの棚があります。「ケンブリッジの推理小説」は、ケンブリッジを舞台にした作品と、ケンブリッジ在住の作家の作品を集めています。

 

「ギャラリー」の書架には小窓があり、その周りに本が立ててディスプレイされています。

 

 SFとファンタジーのコーナーは、主に作家別の構成。J・R・R・トールキンが大きな棚をひとつ占め、ペーパーバックから豪華装丁の全集まで、さまざまな版が置かれています。現代の作家では、独特のユーモアのセンスが光るテリー・プラチェットが特に人気で、全作品がそろいます。

 

ジャンル表示に使われているのは、トールキン自身が装丁も手掛けた『ホビットの冒険』初版本の表紙

 

トールキンの豪華愛蔵版。子どもの頃に愛読していた人が、大人になってから自分のために買うことが多いようです。

 

 左側のいわゆる純文学の棚は、大部分が小説で、基本的に出版社や国、時代を問わず、すべて著者のアルファベット順の構成です。たとえば「B」のコーナーには、イギリスのブロンテ姉妹やボルヘス、2016年ブッカー賞受賞作家のポール・ビーティーまでが並んでいます。さらに、吹き抜けの手すりの周りには新刊のハードバックが並んでいます。

 そのほかに、中世ヨーロッパ文学(ボッカッチョの『デカメロン』など)、詩、演劇、ペンギンブックスの1~2ポンドのペーパーバック、文学批評、外国文学の対訳本の棚があります。詩のコーナーは、初めて中英語で書かれた作品とされるジェフリー・チョーサーの『カンタベリー物語』から、近現代の詩までを集めています。ケンブリッジは外国人の学生や研究者、それに語学学習者が多く、フランス語の小説を原文と英訳で読める対訳本は特に売れ筋だとか。

 

14世紀に中英語で書かれた古典『カンタベリー物語』。

 

 そのほか面白いのが、「驚異の部屋」と名づけられた小部屋。16世紀から18世紀までの貴族が珍品を集める部屋としてヨーロッパで流行した「驚異の部屋」にちなんで、ここには、シェイクスピアの愛蔵版からテリー・イーグルトンやロラン・バルトなどの文学理論や現代批評まで、現代の「(精神的)貴族」の書斎にふさわしい珠玉の本が集められています。

 そして、ギャラリーの一番奥、階段を降りた半地下にある広い児童書コーナーは、専門の店員さんが常駐するレジカウンターもあり、店内にもう1軒別の本屋さんがあるような充実ぶりです。

 

新旧の作家たちのイラストが彩る児童書コーナー。店の一番奥にあり、子どもたちがゆっくり本に親しむことができます。

 

新しい本について、店員さんと話し込む常連の親子の姿も。

 

 客層の中心は、ケンブリッジらしく研究者と学生さんたちです。1階には小さな古書コーナーもあり、店内には大きなナップザックに古書をたくさん入れて売りに来る学生たちの姿も目に付きました。また、これはブラックウェルズ全店舗と同様ですが、学生向けにはアマゾン、ウォーターストーンズ、WHスミスでより安い値段の書籍を見つけた場合は差額を返金するというサービスを行っています。

 

学生向けの「お値段では負けません!」という看板。

 

 近年のイギリスでは、こだわりのセレクトやイベント、居心地のいい店づくりを前面に打ち出した小規模な独立系書店が成功を収めている例は少なくありませんが、これだけ大規模な書店が長年存続しているのは、他にあまり例がありません。アカデミックな人が多いという土地柄に加えて、ヘファーズならではの魅力があってこそでしょう。

 店長のケイトさんは、「ヘファーズを支える2つの柱は、カスタマーサービスと、商品の多様性」と分析します。本の点数が膨大であり、なおかつきちんとセレクトされていることが重要な点です。さらに、「研究者の間に愛好者が多い」というボードゲームの品ぞろえにかけてはイギリス一を誇ります。「ヘファーズ・サウンド」と名づけられた音楽のコーナーは、音楽に関する本はもちろん、CDやDVD、楽譜、それにギフトグッズを幅広くそろえます。

 

吹き抜けの中心の階段を降りると、音楽コーナーを含む地下の売り場があります。その途中の半地下には、地下で扱うジャンルの表示と雑貨のコーナーが設けられています。

 

音楽コーナーでは楽譜や音楽関係の書籍が充実。

 

 さらにケイトさんは、「近年は、ボードゲームの人気復活にも見られるように、アナログであることの魅力に気がつく人が増えている」と語ります。スマホやコンピュータの画面と向き合う「スクリーンタイム」については、子どもへの弊害が語られるようになって久しいですが、最近では大人も減らしたいと考えている人が増えていて、電子書籍もスクリーンとして敬遠される傾向があります。「紙の本、つまりは“本物の本”を手に取ることの人気が復活しています。美しい表紙の本が増えているのも、うれしい傾向です。本は触って、いつくしむことができるすばらしい宝物で、スクリーンタイムを減らすことにも貢献してくれますから」

 

「夢中になれる本」というキャッチコピー付きの棚に、川村元気『世界から猫が消えたなら』が並んでいました。

 

 本のセレクトの基準は「最新のベストセラーから、ごくマイナーな本まで」を置くこと。お客さんが気に入ってくれると思われる本だけではなく、これから人気が出るであろう本、そしてちょっと変わったセレクトの本も交えるようにしています。新刊でもない本が、ヘファーズならではのベストセラーになることもあります。たとえば、最近のヘファーズのマイブームともえるのが、自伝的文学だそうです。アメリカの詩人シルヴィア・プラスの小説『ベル・ジャー』(1963年)や、パリ在住のアメリカ人作家デヴィッド・セダリスのエッセイ集『すっぱだか』(1997年)は今も売れ続けていて、セダリスは最近も渡英してヘファーズの店内でサイン会を行いました。

 

小窓にディスプレイされているのは、現代的な装丁で古典文学に新しい息吹を与えるペンギン・クラシックスのシリーズ。

 

 店内ではこうしたサイン会やトーク、出版記念イベントをはじめ、年間150以上のイベントを行っていて、その内容はゲームナイト、それに子ども向けのアクティビティーやバンドの演奏まで多岐にわたります。またヘファーズは、毎年ケンブリッジ全体で開かれイギリス内外から作家たちが招かれてトークなどを行う「ケンブリッジ文学祭」の公式書店でもあります。

 

今年のケンブリッジ文学祭のポスター。モンティ・パイソンのメンバー、エリック・アイドルが、自伝の出版を期にサイン会を行いました。

 

 さらに、ケイトさんによれば、ヘファーズの安定した人気の一番の秘訣は、大規模書店でありながら、家庭的な雰囲気を維持していること。そのために重視しているのが、店員たちの個性が感じられる店づくりです。

「書店員にとって、本に関する知識は大切ですが、うちの店にある7万種類の本をすべて読める人はいませんよね。だから、一番重要なのは、本が好きだということはもちろん、その情熱をお客さんとシェアできる能力なのです」。スタッフには、本との出会いによって、「お客さんが店に入ってくるとき以上に幸せな気持ちで店を出られるように」といつも話しているそうです。

 

店頭にある文学新刊の平台には、「現実を逃避―私たちが厳選した文学の新刊の世界に飛び込もう」という看板。

 

 取材中にノートを片手に店内を歩き回っていると、何人もの店員さんたちに笑顔で「何しているの?」と親し気に声を掛けられました。見渡す限り書棚が並ぶ広大な店内の見取り図を作っているのだと話すと、「幸運を祈ります」と茶目っ気たっぷりに返してくれたり、日本の作家の本を「これが今人気なんですよ」と教えてくれたり。みんなフレンドリーで、そしてとても楽し気に仕事をしているという感じが伝わってきます。

 

天才執事ジーヴズのシリーズで知られるイギリスのユーモア小説の大家、P・G・ウッドハウスの全集。

 

 また、広大な売り場のあちこちには、「私たちがおすすめするのは…」と印刷された一行に続いて、あちこちの棚にくせのある字体で書かれた署名入りのポップがあり、それらを読んでいるだけでもあっという間に時間が過ぎていきます。フランク・ハーバートの『デューン 砂の惑星』のように、2人の店員さんのポップが仲良く並んでいる本もあります。

 

フランク・ハーバートの『デューン 砂の惑星』。2つのポップに押されて、つい買ってしまいそう。

 

 店員は合計で常に15人が出勤する体制。1階の売り場(新刊書と社会科学・科学)に5人、「ギャラリー」と呼ばれる吹き抜けの周りの2階の売り場(文学)に7人、児童書売り場に3人、地下の売り場(音楽、芸術、実用書、ボードゲームなど)に5人が勤務しています。フルタイムの店員さんの中には、ケンブリッジにある名門アングリア・ラスキン大学で子ども向けのイラストレーションを学んだ2人がいて、児童書売り場で働いています。同大学の在学生のアルバイトもほぼ切れ目なく勤務していて、現在はウィル・ボショーテンさんがいます。

 店内に、細かい字で書かれたウィルさんのポップはとりわけ数が多く、また本のセレクトが多岐にわたっていました。トルーマン・カポーティの『冷血』、イプセンの『ヘッダ・ガーブレル』、ピーター・バリーの『文学理論講義: 新しいスタンダード』などなど、小説、演劇、文学理論まで、ジャンルもテーマも著者の出身地も多岐にわたっているのが印象的だったので、レジにいた店員さんに「ウィルさんはどこ?」と聞いて紹介してもらいました。

 

読書の幅が広いウィルさん。日本の少女の日記をカナダの作家が発見するところから始まる小説、ルース・オゼキの『あるときの物語』を勧めてくれました。

 

 アメリカ人とオランダ人の血を引くウィルさんは、ロンドンの西にあるハンプトンコートで育ち、ウエールズ最古の大学であるアベリストウィス大学で英文学と美術を学んだ後、2017年秋からアングリア・ラスキン大学で美術の修士課程(パートタイム)に在学。同時に、ヘファーズの店員の仕事を始めました。

 ウィルさんは、児童書からファンタジー、推理小説まで、いろんなジャンルを読み、ベストセラーはくまなくチェックするように心がけていて、それが、あちこちの棚に掲げられたポップにつながっています。「いい書店員になるには、お客さんとのコミュニケーション能力に加えて、総合的な知識が問われる」と語ります。

 ウィルさんは昼休みも店内で過ごし、自分の担当ではない地下のアートの売り場に行って画集などをチェックします。絵や彫刻からパフォーマンスまで幅広い表現ができるマルチアーティストを目指しているというウィルさん。将来は修士課程を終えて、制作活動をしつつ、アートセンターに所属してワークショップで教えるなど、コミュニティーにも貢献していきたい、またアート出版関係の仕事もしてみたいという夢を持っています。ウィルさんがアーティストになった折には、作家になった元同僚とともに、文学とアートの実験的なコラボレーションをする構想もあるそうです。

 

イギリスの最高峰、ブッカー賞の候補作のコーナー。

 

 「ヘファーズは、伝統とアイデンティティーのある老舗で、知識を愛する人たちが集まって運営している。比類のない本屋であり、大学都市であるケンブリッジにはなくてはならない存在です」と絶賛します。

 書店員の仕事は、自分も学ぶことにつながっていると実感しているそうです。「さまざまな視点と専門知識を持つ読書家のお客さんや、フレンドリーな同僚たちとの情報交換はもちろん、毎日カートに本を積んでの品だしも楽しいです。いい本に出会えるチャンスが多いのはありがたいこと。本は“語りを構成する”ことによって書かれているので、そのままアーティストとしての表現にも通じますから」

 

本を愛する老若男女、人種もさまざまなお客さんでにぎわう店内。ケンブリッジの縮図ともいえそうなお店です。

 

 ヘファーズの入り口の上には「学ぶために、人生のために」とも「一生、学ぶために」とも読める「For Learning, For Life」という標語が掲げられています。読書の奥深さと幅広さを改めて感じさせてくれる本屋さんは、イギリスが世界に誇る大学都市ケンブリッジにふさわしい「本の大聖堂」でした。

 

[英国書店探訪 >第15回 Heffers Bookshop 了]

 

Heffers Bookshop
20 Trinity Street, Cambridge CB2 1TY
Tel: 01223 463200
www.facebook.com/HeffersBooks/
月、水~土 9:00~18:00 火 9:30~18:00 日 11:00 – 17:00
開店:1876年
店舗面積:1,200㎡
本の冊数:20万冊(7万点)


PROFILEプロフィール (50音順)

清水玲奈(しみず・れいな)

東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。1996年渡英。通算10数年のパリ暮らしを経て、現在はロンドンを拠点に取材執筆・翻訳・映像制作を行う。著書に『世界の夢の本屋さん2・3』『世界で最も美しい書店』『世界の美しい本屋さん』、訳書に『インドのけもの』『人生を変えた本と本屋さん』など。作家 辻仁成主宰のウェブ媒体 「Design Stories」でエッセイ連載中。