鷹野凌が毎月お届けする、出版業界気になるニュースまとめ。10本のニュースをピックアップし、理由、経緯、感想、ツッコミ、応援などのコメントをしています。なお、ピックアップは鷹野の個人的興味関心に基づくため、かなり電子出版関連に偏っています。あらかじめご了承ください。
【2017年8月28日】 ちょっと首を傾げてしまった記事。まず、出版市場全般の話とKADOKAWA(カドカワではなく)の話が混在しているためわかりづらいです。「最終赤字の原因は強みであったニコニコ動画と書籍ビジネスの2つ」とあるので、カドカワのIR情報「2018年3月期 第1四半期決算説明資料」を確認してみました。経常利益はプラス6億4000万円ありますが、税引き後に赤字転落しているのは確かです。問題の、部門別収益は以下のとおり。
・Webサービス:△7200万円(ニコニコ動画と超会議はここ)
・出版:10億9400万円(電子書籍もここ)
・映像・ゲーム:6億4200万円
・その他:△8500万円(スクール運営などがここ)
ご覧のように出版部門ではしっかり利益を出しており、「書籍ビジネス」が「最終赤字の原因」と言ってしまうのは、かなり違和感があります。実際、IR資料の出版部門のページを見ると「書籍が電子書籍の編集やマーケティングのコスト等を負担するコスト構造から赤字。現在、電子書籍とのコスト配分を検討中」と書いてあります。それってつまり、ちゃんとデジタルに原価や販促費が按分できていないから、旧来の書籍部門がコスト構造的にキツくなっているように「見える」だけなのでは、と思ってしまいました(これは後からデジタル部門が追加され成長期に入った企業では起きがちな現象です)。「ニコニコ動画」のWebサービス部門も、プレミアム会員が減少傾向にあるのは確かですが、対策でリニューアル版の開発をしており、その投資によって一時的な赤字が出ているだけ、とも言えます。こちらはリニューアル後にどうなるか次第でしょう。もっとも、月末に起きた「けものフレンズ」監督降板騒動では相当な批判を浴びており、各方面への悪影響が予想されます。
【2017年9月1日】 対象タイトルは『蘇える鬼平犯科帳』。2015年の村上春樹氏『職業としての小説家』(スイッチ・パブリッシング)のときは10万部発行のうち9万部が買切直仕入れでしたが、今回は独占販売です(悠々会の会員書店を除く)。プレスリリースによると、両社合同企画によるプライベートブランド商品とのこと。「紀伊國屋書店創業90年」と「鬼平誕生から50年」を記念しているそうです。『職業としての小説家』のときは批判の声も多かったので、今回はちゃんと対外的に説明できる理由を用意した感があります。「非再販商品」と明記されている点も興味深い。
【2017年9月1日】 電通の電子雑誌業務支援システム「Magaport(マガポート)」を立ち上げた照井真一氏による、誌面データを自動でマイクロコンテンツに変換する「Magaport記事サービス」のPR記事。富士山マガジンサービスの「fujisan 記事抽出システム」を、独占的に使用しています。「dマガジン」でも記事単位のマイクロコンテンツ化は行われていますが、レイアウトは誌面そのまま。「Magaport記事サービス」では、レイアウトを白紙化して構成パーツ単位に分解する点が大きな違いです。「見出し」「本文」「画像」など記事の構成パーツをAIが自動で判断、各パーツを適切な順番に自動で並べ替え。自動変換だから短期間かつ低コストでできるというわけです。誌面で縦書きのキャプションが変換後に横書きになっているので、どうやらテキストもちゃんと抽出している模様。台割作成や、記事・ページ単位での販売/配信管理機能も付いています。現在の紙の雑誌制作工程を大きく変えずとも、ウェブ・電子書店対応が可能になる、というところが非常に大きそうです。本当は、もっと上流工程から根本的に変えた方がいいんでしょうけどね。
【2017年9月7日】 関連記事なので2本まとめてピックアップ。海賊版サイトへ誘導する「リーチサイト」が強制捜査され、その後、複数のサイトが閉鎖されたそうです。容疑は著作権侵害「幇助」ということになるのでしょうか。リーチサイト規制についてはまだ文化庁文化審議会法制・基本問題小委員会でも議論されている最中で、インターネットユーザー協会からは反対意見も出ている状況。放置するとパッケージ販売産業が壊れてしまう可能性があるいっぽう、ヘタな規制をするとまともなインターネット関連の産業が壊れてしまう可能性もある難しい問題です。なお、EU司法裁判所が昨年下した判決では、リンクを張ることが金銭的利益を得る目的で、かつ、リンク先が違法であることを認識していた場合は、公衆送信権の侵害になるという踏み込んだ判断がなされています。
【2017年9月7日】 こちらはネタバレ「まとめサイト」の摘発。リーチサイト問題に比べたら、ストレートに公衆送信権と(電子)出版権の侵害なのでわかりやすいです。それにしても「発売前にマンガ雑誌を提供していた店舗も関係先として捜査を進める予定」というのが非常に闇な感じ。業界の首を絞める役割を書店自身が担っていたことになるわけですから。
【2017年9月9日】 電子版は簡単にアップデートできる上、更新履歴がちゃんと残っていないから、というのが理由とのこと。『ビブリア古書堂の事件手帖』に版の違いで結末が異なるというネタがありましたが、読書感想文に「第何版何刷」というのを書いた記憶は、少なくとも私にはありません。全国コンクールレベルだと尋ねられるのかな? 「子供たちに、物理メディアによる読書を、いまのうちに体験しておいて欲しいから」みたいな直球の理由のほうが、むしろ受け入れやすいかもしれません。
【2017年9月12日】 昨年に「Welq」問題を追及していた「BuzzFeed Japan」が、こんどは健康本をターゲットに。「BuzzFeed Japan Medical」という健康・医療情報専門コーナーも立ち上がっています。「そんなの9割ウソだから」というライターの証言が重い。でもこういう本の三八広告が、新聞にはバンバン入ってるんですよね。げんなりします。なお、アメリカだとこういう本は集団訴訟によって懲罰的賠償金を課されるため、出版が抑止されているようです。
【2017年9月14日】 Twitterで自然発生的に行われていた「#全部同じじゃないですかクソコラグランプリ」に水戸芸術館公式アカウントが参加してしまい、著作権侵害を指摘され削除したという事件。当初は “同館から経緯の説明や謝罪を受けた出版元の集英社(東京)は「著作権の侵害に当たる行為だが、今回は法的な対応や損害賠償の請求は考えていない」と、同館に説明したという” という記述があった(InternetArchive)のですが、本稿執筆時点では集英社の回答が “著作者の権利を守るために、その都度、適切な対応は行っておりますが、個別の案件についてはお答えいたしかねます” という記述に変わっています。集英社の広報から指摘が入ったのでしょうね。
さて、法律論だけで言えばこれは間違いなく複製権と公衆送信権と同一性保持権の侵害ですが、修正後の集英社の回答は玉虫色であり、親告罪であることを利用した事実上の黙認と言っていいように思われます。秋本治さんが同一性保持権を行使しないなら、あとは侵害行為により金銭的損害を被っているかどうか。1巻まとめてデッドコピーみたいな海賊行為ならともかく、1ページ程度の零細的利用であれば認知が高まる効果のほうが高いという判断なのでしょう。
また、個人がやっていることはとくに咎められないのに、企業や団体の公式アカウントという立場になると周囲が許さない、という風潮も興味深い。同じ行為でも「誰が」やったかによって周囲の判断が変わるわけです。ではこの現象を記事にして広告収益を稼いでいるメディアは問題ないのでしょうか? 著作権法第41条 時事事件の報道のための利用、と言えなくもないとは思いますが。
【2017年9月23日】 人工知能が大学受験に挑戦したらどうなるか? というプロジェクトから、そもそも人間は読解できているのだろうか? という方向の調査に。小学6年生から社会人まで約2万4000人を対象とした「リーディング・スキル・テスト」の分析結果です。新井教授のTwitterによると、同時に行ったアンケートでは、スマートフォンの利用時間や、国語が得意かどうか、読書の好き嫌いなどは、読解力と相関関係がないとのこと。興味深いです。
【2017年9月24日】 iPadが登場した2010年から数年のあいだに存在していた「アプリ形式の電子書籍」が、iOS 11へのアップデートで読めなくなっているケースが多いようです。いまさらアップデートする手間をかけられないということなのでしょうね。なお、iOS 10以前のデバイスなら動きます。iPhone 5以前、iPad 第4世代以前、iPad mini初代、iPod touch 第5世代以前あたり。「ダウンロードした端末」ではなくApple IDに紐付いている(App Storeで再ダウンロード可能)ので、まだしばらくは大丈夫ではないでしょうか。
9月もいろいろ興味深い動きがありました。さて10月はどんなことが起こるでしょうか。
ではまた来月 ٩( ‘ω’ )و
[今月の出版業界気になるニュースまとめ:2017年9月 了]
COMMENTSこの記事に対するコメント