鷹野凌が毎月お届けする、出版業界気になるニュースまとめ。10本のニュースをピックアップし、理由、経緯、感想、ツッコミ、応援などのコメントをしています。なお、ピックアップは鷹野の個人的興味関心に基づくため、かなり電子出版関連に偏っています。あらかじめご了承ください。
【2018年2月23日】 「柔軟な権利制限」として検討が進められてきた、著作権法などの改正案が閣議決定。法律案はすでに、文部科学省のサイトで公開されています。「柔軟な権利制限」については2016年、日本新聞協会など著作物に関わる7団体が反対声明を発表していました。だから2012年の「日本版フェアユース」のときと同様、もしかしたら骨抜きにされてしまうかも、と心配していました。ところが閣議決定された改正案では、市場に悪影響を及ぼさないビッグデータの活用サービスのための利用、教育の情報化、障害者対応、デジタルアーカイブの利活用促進など、かなり広範囲にわたっています。以前、早稲田大学法学部教授の上野達弘氏が「日本は機械学習パラダイス」と言っていましたが、AI関連は法規制がさらに緩和されることになりそうです。
興味深いのは、ニュースメディアの取り上げ方。閣議決定直後に調べたところ、新聞各社と時事通信は「デジタル教科書」だけをピックアップ。それに対し、共同通信は「書籍の全文検索サービス」をメインでとりあげ、NHKは「人工知能の学習のため」がメインになっています。なぜこんなに各社視点が違うんでしょうね? なお、読売新聞オンラインでは本稿執筆時点でもなお、この件に関する記事が見当たりません。
【2018年2月23日】 外務省が表現の自由を侵してしまいました。朝日新聞デジタルでは「同省は小学館に連絡した」と比較的穏やかな表現ですが、日テレNEWS24では「外務省は、小学館に表現の内容に気をつけるよう注意を促した」と表現されており、明確な圧力だったことがわかります(日テレNEWS24の記事はすでに消えており、アーカイブも残っていません)。
小学館「月刊コロコロコミック」の表現内容に対し、モンゴル政府が日本の外務省へ抗議するのは自由です。でも、それを受けた外務省が小学館に連絡してしまうのは、どういう連絡だったかに関わらず「公権力による圧力」なのでアウトです。「外務省は取り次ぐ立場にない」で終わらせるべきだった。これはヘタをすると、モンゴル以外の国からも、表現に対する外圧がどんどんくるようになってしまいます。すべて取り次ぐ? それとも、どの表現が良くてどの表現が悪いのかを、外務省が判断して選別する? あり得ません。外務省は盾にならなければいけないのに、民間に丸投げして逃げたのです。最低です。
さらに恐ろしいのが、外務省から小学館へ連絡が入ったことを問題視する報道を、ほとんど見かけないこと。表現内容のいい悪い以前に、公権力による表現規制を認めてしまっていいのでしょうか? このままでは、自由な表現ができなかった第二次世界大戦前に逆戻りです。以前、弁護士の福井健策先生が「表現の自由の真骨頂というものは、気分が悪くなるような表現や情報を、それでもできるだけ権力で規制はしないところにあります」と言っていたのを思い出しました。
【2018年2月26日】 出版科学研究所が1月25日に発表した2017年の数字で「コミックス単行本が約13%減と大幅に減少」とあったので、概算では紙と電子の売上が逆転することはほぼ間違いないだろうという状況でした。2月26日の発表では「紙のコミックスが同14.4%減の1,666億円」と、概算時点よりさらに落ち込んでいます。1995年をピークに減少し続けているコミック誌は省略し、コミックス単行本の紙と電子を積み上げグラフにしてみました。なお、インプレス『電子書籍ビジネス調査報告書』によると、フィーチャーフォンの電子出版市場は最盛期の2010年度には572億円とかなりの規模になっていたのですが、出版科学研究所からは数字が発表されていません。暦年と年度の違いや調査対象・手法が異なりそのまま混ぜることはできないため、イメージしやすいように「だいたいこんな感じ」という三角形を補ってあります。
ご覧いただいたように、数年前まで紙のコミックスは比較的堅調でした。ところがここ数年、紙のコミックスも急減しており、これがなにを要因とするものなのかは、慎重に見極めたいところです。出版科学研究所が挙げている要因は「これまで市場を支えてきたビッグタイトルの完結や部数規模の縮小、またこれに替わる新たなヒット作が出ていないこと、読者の紙から電子へのシフト」。紙から電子へのシフト――つまり、カニバリズムが起きてしまった! というのが「わかりやすい」仮説でしょう。
ところが、私は複数の電子書店の人から新刊対既刊の販売比率が「2対8」とか「12対88」という話を聞いています。新刊在庫が中心となるリアル書店とはかなり売れ方が異なるようです。「棚」という物理限界のない電子書店は、典型的な「ロングテール」になっていることが推測できます。どこまでを新刊とするか? という定義次第で厳密な数字はブレる可能性がありますが、ざっくり言うと「紙の新刊が売れなくなるいっぽうで、電子は既刊が売れている」ということなのだと推測します。もしかしたら一部は食い合っているかもしれません。ただ、紙だけだった20年前と比較すると、紙+電子のコミックス市場は伸びているのです。
【2018年2月26日】 全国大学生協連が毎年行っている学生生活実態調査。「学生の経済状況」「就職について」「日常生活について」という大項目が3つあり、読書時間は「日常生活について」の1項目に過ぎません。ところが、毎年のように読書時間だけがピックアップされ各紙でニュースとして取り上げられているのが、なんとも歯がゆい。なお、全国大学生協連のリリースの「まとめ」には、「スマホ利用が読書を減少させたという説は支持されない」と明記されています。
なお、18歳人口と大学入学者数・進学率の推移(文部科学省調査PDF)を見ると、18歳人口は現時点でピークから4割ほど減っているのに、大学進学率は伸び続けているため、大学入学者数はここ20年ほどあまり変わっていない、というかむしろ微増です。そういう全体傾向も考慮する必要があるでしょう。つまり、「大学生が本を読まなくなった」というより、「本を読まない層も大学へ入るようになった」と捉えるべきなのかも。
【2018年2月27日】 これは独占禁止法「大規模小売業者による納入業者との取引における特定の不公正な取引方法」の「不当な経済上の利益の収受等」に相当するかも、と思っていたら、公正取引委員会が立ち入り検査を行ったという続報がありました。予想どおりの展開。なお、この一連の報道に触れた出版関係者からの「取次の歩戻しは不当じゃないの?」といった趣旨のコメントを複数見かけました。確かに不思議です。昔からあるから「正常な商慣習」とみなされているのでしょうか?
【2018年3月4日】 政府が堂々と表現規制できる法律の制定請願が出ています。通称「青健法」。座間の連続殺人事件を取り上げ、なんの因果関係も示さずいきなり「背景としてあったインターネット・スマートフォン等のネット社会がもたらす新しい有害情報・有害環境の出現に対し、厳しく対応が求められなければならない」です。さらに「露骨な性描写や残虐シーンを売り物にする雑誌、ビデオ、コミック誌等を始めとする性産業の氾濫、テレビの有害番組の問題等も言うに及ばない」と、二次元の規制にまで踏み込んでいます。これは危うい。新法ではなく改正案なので、ほとんど審議されずに通ってしまう可能性もあります。本気で危ない。もっとも、財務省による文書改ざん問題で炎上しているいまの国会情勢だと、どうなるかわかりませんが。
【2018年3月12日】 新文化での速報にある「これを受けて、小学館、双葉社、文藝春秋は230書店でフェアを開催する」という末尾の一文が、かなり周囲で物議を醸していました。ビジネス書や自費出版の領域で、作家が自ら費用をかけて宣伝するのはわりと普通の話です。ただ、夢枕獏氏のような著名作家がこういうことをしなければならないとしたら、出版社の存在意義は? と疑問に思ってしまいます。もちろん、書店でのフェアをやるためには営業部隊が稼働する必要がありますし、もしかしたら協力金などの支払いがあるかもしれないので、まるっきり出版社がタダ乗りしているとは思いませんが。
【2018年3月16日】 3月1日にオープンした「コミックDAYS」は株式会社はてなとのタッグですが、こちらの「DAYS NEO」は「トークメーカー」の未来創造株式会社との共同。出版社自身がマンガ投稿サイトを運営し登竜門にする形は珍しくありませんが、作家側が編集担当者を逆指名できるシステムというのは新しい。プレスリリースのリードに書かれた「これからは、漫画家が編集者を選ぶ時代」という一文が、非常に目を惹きました。
「編集者一覧」は壮観で、編集者のコメントに対する「いいね」数合計★が表示されているのは、編集者が評価されるシステムとしても面白い。ただ単にアカウントがあるだけで★がゼロの編集者も目に付くいっぽう、本稿執筆時点で★が300を超えている「ヤングマガジンのスズキ」氏のようなケースも。★が少ない編集者から「担当希望」されても「この人、あんまりやる気ないんだな」と思ってしまいますよね。うまく機能するとほんと面白いと思います。
【2018年3月16日】 記事広告で、正確な配信日も不明ではありまが、興味深いのでピックアップします。東洋経済新報社自身の主催イベントレポート。2ページ目に、講談社社長・野間省伸氏が「紙を捨てたわけではないが、データをパブリックにすることがパブリッシング(出版)と考えれば、いろんな出発点、出口があっていいのではないか」とコメントしたとあります。
日本語の「出版」という言葉と、英語の publishing では、言葉の示す範囲に少しズレがあります。「版」という漢字の原義は木の片割れから造った薄い「いた」で、もっぱら印刷に用いる木の板、印刷して作品を出すこと、という意味になります(ウィクショナリー)。一般的に日本で「出版」と言うと、取次・書店という伝統的な出版ルートで販売される「紙」の本だけが該当するという、さらに狭い意味になっているように思います。
それに対し英語の publishing は public(公共)からの派生語なので、音楽でも映像でも、ブログでもツイートでも、一般公開することは publish と表現されます。恐らく野間社長は、こういった言葉の示す範囲の違いを充分わかった上で、こう発言しているはず。「出版社」の社長がそういう発言をする時代になった、ということの意味をかみしめたいです。
【2018年3月20日】 最優秀賞『アスリートのための最新栄養学』は上下巻合わせて4000冊売れているとのこと。POD(プリントオンデマンド)でその実績はすごいです。優秀賞『(太平洋戦争)戦前・戦中・戦後 体験記』の著者は94歳ですがすべて自分でPODのファイルを用意したとか、もう1つの優秀賞『趣味で量子力学2』や窓の杜賞『巨大数論 第2版』は非常にマニアックな本でPOD向きとか、なかなか興味深い。
取材で最優秀賞の方に「どういうプロモーションを行ったんですか?」と聞いてみたのですが、もともと電子書籍をKindleダイレクト・パブリッシング(KDP)で出していて「紙も欲しい」という要望に応えたことと、栄養学のFacebookコミュニティで紹介されたこと、あとはTwitterとFacebookを使った告知をしているくらいで「特別なことはやっていない」とのことですした。私も、突然アルファブロガーに紹介され、突然売れた経験があるので、特別なことはやっていないというのは、本人の実感としてそうなんだろうなと思います。
2月末から3月にかけてもいろいろ興味深い動きがありました。さて4月はどんなことが起こるでしょうか。
ではまた来月( ・ㅂ・)و
[今月の出版業界気になるニュースまとめ:2018年3月 了]
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