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鷹野凌 今月の出版業界気になるニュースまとめ

鷹野凌 今月の出版業界気になるニュースまとめ
2017年8月「書店ゼロの自治体問題」など

takano
鷹野凌が毎月お届けする、出版業界気になるニュースまとめ。10本のニュースをピックアップし、理由、経緯、感想、ツッコミ、応援などのコメントをしています。なお、ピックアップは鷹野の個人的興味関心に基づくため、かなり電子出版関連に偏っています。あらかじめご了承ください。

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【2017年7月25日】 2017年上半期の出版物推定販売額が出ました。こちらは1~12月の暦年である点に注意が必要。「前年同期比5.5%減の7281億円」とありますが、これは紙だけの数字。電子の数字は誌面にだけ載っています。紙+電子は2.8%減の8310億円。電子は21.5%増の1029億円です。今期は紙コミックスが不振で、約11%のマイナスとのこと(実数は未確定)。相関関係があるため「コミックに関しては読者のデジタルシフトが顕著」という記述がありますが、ほんとうに因果関係があるかどうかは慎重に判断する必要があるでしょう。

【2017年7月28日】 毎年恒例。2016年度の電子出版市場が2278億円という推計です。こちらは4~3月の年度である点に注意が必要。コミックが1617億円、雑誌が302億円、文字モノなどが359億円と、相変わらずコミック市場が大きいです。ただ、紙のコミックスはほとんどが雑誌として分類されているため、紙の市場との比較で考えるなら「電子書籍が359億円、電子雑誌が1919億円」としたほうがよさそうです。なお、ユーザーの利用実態調査は、NTTコムリサーチのPC調査が廃止され、コロプラスマートアンサーのモバイル調査1本になっています。昨年との比較は可能ですが、それ以前の過去データとの連続性がなくなってしまいました。PC調査とスマホ調査では傾向が違っていたので、その違いが何に起因しているのかが気になっていたのですが。比較的大規模な調査なので費用負担が大きかったのだと思いますが、ちょっと残念。

【2017年7月28日】 いわゆる「アゴ(食事代)」と「アシ(交通費)」と「マクラ(宿泊費)」を、記事に明示せよという話。良い方向性だと思います。その昔、とある業界紙の社長が取材先で「こんなところまで呼びつけておいて、ここはアシ代も出さないのかい?」と文句を言っていたのを思い出しました。具体的にどの程度の金額が「高額の負担」に相当するのかは議論の余地があるとは思いますが、それが編集記事なのか記事広告なのかを明確にすることは、読者に対する誠意であり義務でもあります。

【2017年8月3日】 4月に「新デジタルメディアを検討」することに基本合意したという発表がありましたが、共同出資の子会社を設立することに。「MERY」が復活するわけですが、旧MERYの運営会社であるペロリがDeNAの子会社だったのに対し、新会社の出資比率は小学館が66.66%、DeNAが33.34%。小学館の子会社に、DeNAがちょっと手を貸す、と考えたほうがよさそうです。あるいは、DeNAが開発したコンテンツ管理システム(CMS)や検索結果一覧上位掲載ノウハウを、小学館が安く買った、と見ることもできるでしょう。なお、ペロリの公式サイトには、旧MERYで生じた問題の対応は引き続き行うというお知らせ(InternetArchive)が出ていました。

【2017年8月3日】 公立美術館148館にアンケートを実施したところ、回答のあった134館ほぼすべてで「著作権保護期間が切れた作品」の画像利用に申請が必要だったり、厳格な利用条件があったりする状況がわかった、とのこと。「我々の予算を使って行ったデジタル化なのだから、画像データにもなにかしらの権利がある」と考えがちなのですが、そうではないのですよね。なお、例えば足立区立郷土博物館所蔵資料の画像データは、パブリックドメインだから自由に利用できますと明示されています。新聞にはこういう良い事例を、前向きに紹介して欲しいところです。

【2017年8月9日】 非常に歓迎したい方向性。Googleも、他のアドネットワークも、追従して欲しいところです。スワイプ操作をしたはずなのにタップと誤判定されて広告が開く、みたいな経験は日常茶飯事ですからね。ただ、読み込みに要する時間があるので、2秒で戻るという判定では少し厳しい。タップしたら「広告を開きますか? はい/いいえ」とダイアログを出すくらいでもいいのではないでしょうか。

【2017年8月15日】 お盆休みど真ん中に、新聞やテレビなどマスメディア各社が一斉に取り上げたビッグニュース。公正取引委員会の報告はこちら。小売価格を拘束されていたエージェンシーモデルと、卸売価格を拘束されていたホールセールモデル、など、記事や公取委の発表資料に書かれていること以上に複雑なのですが、詳しい解説は別の機会に。なお、公取委に直接確認してみましたが、記事に書かれている「KDPは対象外」というのは事実です。つまり直前に起きた、KDPで配信されていた『ブラックジャックによろしく』がプライスマッチで無料にされた事件と、今回の公取委の発表とは、無関係ということになります。

【2017年8月24日】 「書店ゼロの自治体」という見出しが刺激的ではあるのですが、要因として挙げられている「人口減」は、むしろ都市部への人口集中と不便な地域の過疎化でしょう。自治体数は平成の大合併で減ってますから、合併前の自治体で考えたら「書店ゼロの自治体」の割合はもっと多くなるはず。そういうカウントにどれほど意味があるのか疑問です。書店は小売店ですから、商圏で考える必要があります。仮に書店ゼロであっても、狭い自治体で、隣の自治体にある書店へ不便なく行けるなら、それほど問題はないわけです。また、例えば東京都千代田区は人口5万6000人ほどの自治体ですが、通勤・通学による昼間人口がべらぼうに多いため、書店数は100店舗近くあります。そもそも、減っているのは本屋さんだけではなく、八百屋さん、魚屋さん、酒屋さん、豆腐屋さん、駄菓子屋さん、文房具屋さん、電器屋さん、金具屋さん、釣具屋さんなど、個人商店全般が激減しているということを忘れがちです。その現状を踏まえた上で「なぜ街の本屋さんが消えていったのか?」を考えないと、見当違いな「原因」を導き出してしまう恐れがあることを危惧します。「活字離れが原因」と枕詞のように、根拠なく述べてしまうのは、そろそろやめませんか?

【2017年8月25日】 DMCA(デジタルミレニアム著作権法)侵害申告制度の悪用です。DMCAでISPは、著作権侵害の申し立てを受けたらとにかく一旦削除して投稿主へ通告を行えば免責されます(Notice and take down)。通告を受けた投稿主は異議申し立てをし、反論がなければ復活できます。問題は、反論するには自分の身元情報が必要なこと。そして、著作権侵害の申し立てをしてきた人に、その身元情報が送られてしまうこと。弁護士に代理人を頼めば身元情報に関してはクリアできますが、費用がかかってしまうところが難点。「そこまでする必要があるか?」という問題に。投稿1つ程度の話なら、諦めてしまう人が多いかもしれません。ドメイン丸ごとGoogle八分みたいな状況なら、さすがに黙っちゃいられないでしょうが。

【2017年8月26日】 女優・真木よう子氏がクラウドファンディング「CAMPFIRE」を利用して目標金額800万円を集め、フォトマガジン(ZINE)を「出版社を挟まず」コミケで手売りします、というプロジェクトを開始。わざわざコミケでやる必要は? などの批判を受け炎上、結局プロジェクトは中止になってしまいました。クラウドファンディングは著名な人ほどお金を集めやすく、目標金額も出版物としては結構高額。どちらかというと、拒絶反応や妬みのほうが大きいのかもしれません。私はこういう挑戦は嫌いではないのですが、プロジェクトの詳細を読んだとき、協力者に「編集=北尾修一」と記されていたのが気になりました。北尾修一氏は太田出版「Quick Japan」の発行人ですが、プロジェクトの詳細に太田出版の名前はなかったので、恐らく個人の立場なのだろうという想像はできました。ただ、太田出版の関与を疑う人は多かったようです。プロジェクト中止の発表と前後して本人のTwitterで、このプロジェクトと太田出版とは関係ない、という説明がありましたが、時既に遅し。どう表記しておけばよかったのか、考えさせられます。

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 8月もいろいろ興味深い動きがありました。さて9月はどんなことが起こるでしょうか。

 ではまた来月 ٩( ‘ω’ )و

[今月の出版業界気になるニュースまとめ:2017年8月 了]


PROFILEプロフィール (50音順)

鷹野凌(たかの・りょう)

フリーライター。NPO法人日本独立作家同盟理事長。『月刊群雛』『群雛ポータル』編集長。ブログ『見て歩く者』で電子出版、ソーシャルメディア、著作権などの分野について執筆中。ITmedia eBook USER、ダ・ヴィンチニュース、INTERNET Watch、マガジン航などに寄稿。アイコンは(C)樫津りんご。近著は『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(インプレス)。


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