INTERVIEW

アソシエーションデザイン つづく世界のつくり方[TALK]

林曉甫+寺井元一:地域アートプロジェクトとアソシエーションデザイン
「『地域アート』って言われているものの正体って一体何なんだとずっと思っているんですよ。」

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まちづくりとアート│03
林曉甫(NPO法人inVisible マネージング・ディレクター)

寺井元一(株式会社まちづクリエイティブ 代表)
「地域アートプロジェクトとアソシエーションデザイン」

近年増加の一途をたどり、もはや数え切れないほどの現代芸術祭が全国各地で開催されている現在。2016年は、それらに参加するアーティストや運営者のモチベーション、あるいはアートプロジェクトを呼び水にしたまちづくりが孕む問題を扱った論考・インタビュー集『地域アート 美学/制度/日本』(藤田直哉・編著/堀之内出版)などの書籍も刊行され、それらにまつわる議論が活発化した年でした。
 アートプロジェクトを企画し実現させる現場の人々は、実際のところその動きをどう見ているのでしょうか? 「混浴温泉世界」(大分県)や「鳥取藝住祭」(鳥取県)、「Relight Project」(東京都)など、さまざまな地域でアートプロジェクトの企画・運営に携わってきた林曉甫(はやし・あきお)さんをゲストに迎え、千葉県松戸市でアーティスト・イン・レジデンスなども展開しながらまちづくりを推し進める「まちづクリエイティブ」代表・寺井元一(てらい・もとかず)さんと行った対談の模様をお届けします。
 
●本記事は、2016年4月29日にFANCLUB(松戸)にて開催されたイベント「地域アートプロジェクトとアソシエーションデザイン」を採録したものです。
●連載「アソシエーションデザイン つづく世界のつくり方」本編はこちら

【以下からの続きです】
前編:「まちづくりは結果なんだよね、あくまでも。」

[後編]

「結局実現しない」ということがあってもいい

寺井元一(以下、寺井):これが正しいかは別として、アートをやるときに、ある種の連続-中断作用――立ち止まって見つめ直す機会を作っていくとか、非日常を作っていくという価値がアートにはある、みたいなこと――が起こる方がいいんじゃないかと思うんです[★8]。そういうことを起こそうとするときに、究極的に言うと、アーティストのやりたいことがあって、コーディネーターが頑張ったとしても、結局実現しないということがアートプロジェクトにおいてあってもいいような気も、今話しながらしていて。「なぜ実現しなかったか」ということも含めて堂々と出せるような関係性ができているんだったら、僕はそれをどんどんやった方が面白いと思う。「アーティストを呼んだからには実現させるのが仕事で、それは当たり前でしょ」みたいな関係性が今は増えている気がするし、お互い役割が近づくことで相互理解が生まれているんだったらいいんだけど、逆に信頼関係が損なわれることの方が増えてきてるんじゃないかなというのが僕の直感としてありますね。
 いかにも実現しそうなプロジェクトをやると、お互いにラクなんですよ。「だいたい落とし所が見えていて、どうせそうする」という方向に持っていくみたいなことをやると、結果的に作品は遂行されるし、お金もちゃんと動くし、誰もあんまり文句言わない、みたいな状況になって。でも、藤田直哉さんのように違和感を表明する人が出てきたことって、もしかするとそういう予定調和の成れの果てに起きていることのような気もしていて。もしかしたらアーティストとコーディネート側がもっと距離を離していくということをわざとやった方が面白くなるのかな、とも思っているのはそういう理由だったりします。

★8:本対談シリーズの第1回、池田剛介+寺井元一「アートと地域の共生をめぐるトーク」中編(DOTPLACEにて2016年3月公開)により詳しい。http://dotplace.jp/archives/21461

林曉甫(以下、林):立場によって思考の仕方は違うだろうし、務めなければいけない役割も違う。ディレクター職でディレクションの仕事もやりながらプレイヤーも兼任している人は、全体を企画するときと自身がプレイヤーとしてやるときでも考え方は違うだろうし、くどいようで申し訳ないけど、これもケースバイケースだよね。

アーティストが空気読んじゃダメじゃない?

寺井:ちなみに、“ケースバイケース”と真逆のところに、「アートプロジェクトの一般解っぽいものを探そう」みたいな方向性があるんじゃないかと思うんです。「だいたい落とし所が見える」というのはまさにそういうことかなと思う。

林:これは作品の強度の問題になってくると思うんだけど……最近、「やっぱそういう提案になるよね」というような作品を見たりするのがすごく嫌で。運営団体のコンセプトをアーティストに伝えることによって、必要以上にそのアーティストのアウトプットを縛りたくないんですよ。というか、アウトプットは絶対に縛っちゃいけないと思ってる。むしろアーティストと運営側の健全な形での議論を担保したまま、行政・市民・企業を含む運営側がそれに対してきちんと向き合っていく姿勢が必要で、健全に議論がぶつかり合うからこそ良いアウトプットになったり、世の中に対するカウンターとしての機能や価値を生み出せると思うんですね。

(左から/敬称略)林曉甫、寺井元一

(左から/敬称略)林曉甫、寺井元一

 いわゆる“地域系で賑やかし”みたいなプロジェクトの答えのようなものが、もしかしたら良くも悪くもふんわりと見えてしまっているから、こういう議論が今出てきているのかなと思って。だから「アーティストが空気読んじゃダメじゃない?」と思うんですよね。自分がこの文脈で批評されているのには理由があるということを、もちろんアーティスト側もわかるだろうし、「新作を作ってくれ」という場合だったらアーティストはもうとにかく、「自分は何を作るのか」「なぜ今作るのか」ということに対して、自身の言葉で徹底的に向き合うべきだと思う。裏方である我々は、そのアーティストが出してきたプロポーザルが面白ければ、それがどんなにハードであろうととにかく乗り越えていく。逆に、面白くない場合はそれに対して代案を出すよりも、アーティストがどうしてそういう思考をするのか、付き合って考える関係である方がいいかなと。僕は安易に代案を出すことは絶対にしないし、というか出せないからアーティストを呼んできてやってるんでしょ、という前提があって、基本的にはアーティストをすごくリスペクトしているんです。だから一緒に考えなきゃいけないし、その辛さもわかるし……でも一方で作り手じゃないから、彼らを一生懸命サポートしようと思うんだけど。

寺井:自分の興味関心で言うんだけど、いろいろと似た感じがする人もいるわけだけど、例えばお茶の間での知名度もある、某音楽家の方は各地で多くの場数を踏んでいて、もちろんすごく実力もあるわけじゃない。あの人が行ったところのプロジェクトはやっぱり盛り上がると思うの。感動的なシーンも生まれるとは思うし、実際そうだと思うんだけど。でもあえて意地悪なことを言えば「またやってるんでしょ」みたいな話もあるような気がしていて。それはアート的な見方からすると「“出稼ぎ”みたいなものなんでしょ」みたいな意見だという気も僕はする。要は、いつも通りにやれば彼は成功するし、いつも通りにやれば成功したことによる実績も積まれたり、お金も動いたりするような気がするんだけど、流れ作業的な出稼ぎ的行為って、藤田さんが言うところの「前衛のゾンビ」[★9]というか。感情的には、そういう意見へのある種のシンパシーはあるんだけど、実際にこういう声が各地で上がってるのかも僕はわからなくて。

★9:『すばる』2014年10月号に掲載された藤田直哉氏の論稿「前衛のゾンビたち ――地域アートの諸問題」より。掲載時はSNSなどでも話題となり、地域アートプロジェクトをめぐる議論が活発化する一つのきっかけを作った論稿。書籍『地域アート 美学/制度/日本』(堀之内出版)にも収録。

林:その人については、アウトプットは確かに似ているとは思うんだけど実際は全部違うから、内容がスライドしているようなことはまったくないと俺は思ってますね。一つ一つめちゃくちゃエネルギー使うし、めちゃくちゃ手間かかるし、非効率的だし。だったら同じようにパッケージにして「これでやってね」って全部流れ作業にしたらいいと思うけど、地域によって別々の人がやるとか、当日人を集めるために地域の人が汗をかかなきゃいけないとか……同じように見えてもプロセスがすべて違うし、そこでアウトプットが起きたことによって、それに接する人はその都度たくさんいると思うんだよね。それを引いたところから見ていたら「今回は愛知でやって、次は札幌でやって……」という風に見えるけど、俺は「全然違う現象をよくやるな、すごいな」とむしろ思うし、全然否定的じゃない。多分それは、彼の経歴の中でのマッドな一面も知っているからだし、そこでいろいろと考えてきた挙句にあそこに行っているんだなとも思うし。もっと効率化させてシステム切っちゃってパパパとやっていけばラクなはずなのに、どうして毎回あんなに不器用に……と言ったら失礼だけど、俺はすごくリスペクトはある。
 もっと言うと、システムの方に完全に振ってやっていくという視点では「かえっこ」の藤浩志さんとかはそうじゃない?

寺井:確かにシステムそのものだよね。

林:でもそれは「システムをつくる」ということを掲げてやっているから、俺はそれはそれでいいなあと思っていて。

日本に「アート業界」は本当にあるのか

林:つまるところ、「地域アート」って言われているものの正体って一体何なんだとずっと思っているんですよ。「日本のアート業界」と聞いて、「日本にそもそも『アート業界』って本当にあるの?」とも思うわけ。業界として本当に存在しているんだったらもっと産業として成立しているはずだし、だとしたら「あそこのプロジェクトのディレクターは北川(フラム)さん、ここも北川さん、そここも北川さん、あそこは南條(史生)さん、ここも南條さん」みたいなことにはならない。それは業界って言うほど大きなものでもないような気がするし。最後の最後で内ゲバになっていった学生運動のように、狭い世界にもかかわらず自分たちは大きいと思ってしまっているような、その(「地域アート」とか「アート業界」のような)言葉への違和感がすごくある。

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寺井:なるほどね。

林:「そんなの語る必要あるかい?」っていうね。それは批評されることを拒否しているとかではなくて、何を批評しているのかがそもそもわからない。むしろもっと批判・批評されるべきは、「ファンドレイジングの仕方が弱いんじゃないか」とか、「アーティストがもっといい作品を作っていくためにはこういうコーディネートをしなきゃいけないんじゃないか」とか。もっと発展させていくための建設的な議論をしようよと思うんですよね。アーティストも、社会的なことを求められるフィールドが昨今で非常に増えているからといって、過度に丸いものを作る必要なんてないし、そもそも表現せざるをえない何かがあるから作ることを始めたのであれば、それでなんとかサバイブしていくっていうのはいいんじゃないかなと思うんですよね。

寺井:僕みたいな人間が地域のアートプロジェクトを見ているときに、アーティストがそれを本当にやりたいのかやりたくないのか、よくわからなくなる瞬間があるんだよね。本当にやりたいということが伝わってこなくて、アートプロジェクトっていうものに関して「こういう風にやるとこう成功する」という巧さが優先している感じがすることもあるし、実際にアートプロジェクトにおいて一定の成功パターンや落とし所ができているのは事実だと思う。「どこでどう立ち振る舞うと得か」みたいなこととつながってくると思うんだけど、各地のアーティストはそのことにどういう意識で臨むか自問自答すべきだし、一方でどこまでいっても公金を使っているなら多くの人に向かい合わざるを得ないということもしっかり考えるべきだと思う。アート業界というものは寡占であろうが狭かろうがやっぱり存在しているし、中の人がその狭さを利用しているところもあると思っていて、地域の住民がアートに批判的な目を向けるときって、どこかでアートの業界性や排他性を感じて反感を持っていることが多いんじゃないかな。

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持続可能なアートプロジェクトのお金の回し方

寺井:この5年から10年間というのは、アートプロジェクトのシステムにアーティストが自ら乗ってきたという理解を僕はしていて、「そこに入っていってぶっ壊す」みたいなことはそんなにできていなかったんじゃないかなと思うんです。アーティストはどう考えているのか――今日はアーティストと話しているわけじゃないので、どんなことがこれから起こっていくと林くんは思っているのか、興味がありますね。

林:ディン・Q・レっていうベトナムのアーティストがいるんだけど、彼は世界のいろいろな場所のアーティスト・イン・レジデンスにアーティストの立場として滞在してその違いを体感している一方で、ベトナムではアーティストランスペースを運営しているのね。展示作品の検閲なんていうのはベトナムにおいて当たり前で、展覧会をオープンする前にも検閲に見せるんだって。そこで良い悪いみたいなことを言われるんだけど、あるときの展覧会では1枚のペインティング以外は全部ダメだったらしくて。壁に「諸事情により展示できません」という注意書きをひたすら貼っていって、残った1枚だけ作品を貼って……という展示をやったりするらしいんです。一方で、パフォーミングアーツの企画をしたときは、パフォーミングアーツというものがジャンルとして新しすぎて、「それが検閲対象なのか」ということすらも曖昧だったらしくて。仮に「検閲対象である」という判断を政府が下したときに、スペース側が対応しなかったら捕まってしまう。でも結局そのときのパフォーマンスは、「必要もないのにわざわざ検閲に見せる必要はない」ということで、検閲を通さずにやることに決まったらしいの。ただ、逮捕されるリスクがあるから、「今からパフォーミングアーツをしますが、これが検閲されるべきかどうかわからないので、パフォーマンスは誰も見ることができません」と言って、スペースの中でパフォーマーが1人で踊り、終わったらみんなが入れるようにした。とにかくラディカルに、「検閲する/しない」ということを見る人に感化させたり、受け入れたりしているんですね。
 なんでそういうことをするかと言うと、彼のスペースはほとんど政府からのお金は受け取っていない。それから彼はアメリカ生活が長いということもあって、ファンドレイズが世界中から来ているんだって。それによって、自分たちの自立を保ちながら、国の状況とも向き合おうとしている。
 だから、行政からのお金とかがなくなったときに、世界中を這いずり回ってでも人のお金を集めてやっていきたいのかどうか。これは自分たちでお金を稼ぐかどうかも含めて結局、アーティストだろうがコーディネーターだろうが、やる意志がある人が決めていくことなんじゃないかなと思います。

寺井:まちづくりの世界でも今吹き荒れている嵐として、「補助金をなくそう」「補助金をもらうのをやめよう」みたいなことを、ぶっちゃけ補助金をもらっていた人たちも含めて言うのが流行ってるんですよね。その一方で、矛盾している話ではあるんだけど、地方創生で各地にお金がジャブジャブ流れているみたいなことも同時にあって。
 人から理由なくお金をもらうんじゃなくて、自分たちでお金を作ることでまちづくりを引き受けなきゃダメだというのが一つの大きな動きになっているんです。そういうことがアートの世界とも連動するんじゃないかなと思いますね。

林:今は地方創生の流れも含めてお金が流れているようだけど、経営ができなくなったら終わりですよね。そういうシステムがあるうちに、また別のシステムを作らないといけない。
 アートプロジェクトのお金の回し方については、もっといろんな制度を設計できるんじゃないかなって思っているんですよね。村上隆さんも言っているようなアートマーケットの話になっちゃうんだけど、プライマリで買われた作品が、セカンダリのいわゆるオークションとかで売買されるときに、アーティストが評価されて、当初100万円で買われたものがその後セカンダリ・マーケットで1億円で売れたとしても、アーティスト本人にはまったくお金は入ってこないわけでしょ。これは例えば「古本の売上の何パーセントかは著者側に入れるべきでは」みたいな議論と一緒だと思うんだけど、これから作品をコレクションする人が増えていくと仮定するのであれば、作品に付与される知的財産権みたいなものはもっとアップデートされるべきですよね。
 地方のアートプロジェクトってどうしても予算の都合があるから、作ってそこで終わってしまう。それって、ビジネスをサステナブル(持続可能)にしていくにしてもおかしい話なわけで。じゃあそこに何らかのライセンスを付与できないかとか、二次使用についてどうするのかとか、もしくはアーティストが違う展覧会にアートプロジェクトの中で作った作品を出品したという場合に、「入ってくるフィーの何パーセントかをこちら側(運営側)に払ってくれ」と言えるとか、何らかのトラッキングできるシステムをもう少しきちんと作ったりすれば、その運営団体は次の世代のアーティストに投資するかもしれない。やっぱり金銭面も含めたうまく回っていくシステムを作るというのは、運営する側にとって本当に重要なことだと思います。

圧倒的な強度のある体験を作ることが最優先

寺井:地域アートプロジェクトがこれだけたくさん発生したというのは、それだけそのシステムの恩恵を受けた人たちがいたんだと思うんですよ。ぶっちゃけ僕だって、一定受けているし。日本のアーティストやその周辺の人たちが、地域アートプロジェクトが飽和して叩かれて、もらえる世界からもらえない世界へ、稼がなくていい世界から稼がなきゃいけない世界へと変わるなかで、どうシフトチェンジしていくのかということが気になります。

 結局、「みんなのお金」というものを受け入れた瞬間にみんなのことを考えなきゃいけない。そうなるとやりたいことができないとか、逆に「こうしたらいいんでしょ」とアーティスト側が予定調和的にやるようなコンテンツになったら厳しいし……「行政とやるのは難しい」っていうのはそういうことだと思うんだけど、林くんが行政と一緒にやっていて大変だったり違和感があったりする瞬間はありましたか。

林:別府のときに、やりとりをしていた役所の人が「アートとは絵画だ、山下清だ」みたいな感じだったのね。僕たちの話を聞いて「なるほど、でもアートじゃないじゃないか」みたいな感じになってしまう。こういうことはやっぱりあって、そこにおける「アートとは?」ということについては、その都度どういう言葉で話さなければいけないか考える必要が出てきますよね。あと、「みんなのため」って言われるときの「みんな」というものについても。この話が出てくるたびに俺は、さっきも話したようないろいろな税金の使われ方を引用して、冷静にきちんと向き合って話すべきだと思うんだよね。

寺井:「均等に分ける」っていうことが税金の使われ方のすべてじゃないって話ですよね。

林:うん。「税金がどう使われるべきなんですかね」という話を投げかけることと、アートプロジェクトが社会に対して価値はこれだと投げかけること。たとえ焼け石に水でも、少なくとも行政側の担当者にはきちんと、できれば意思決定者に対して届くような形で、「なぜ今このテーマで、ここに対してお金を出す必要があるのか」という話をしていく。ゆっくりでも、それによってアートやアーティストの像を共有していって、共に何か作り上げていくための言葉があった方がいいんじゃないかなと思います。
 contact Gonzo(コンタクト・ゴンゾ)っていうユニットを別府に呼んで、商店街を回りながら行うパフォーマンスを企画したことがあるんです。それをやるのに市役所の許可はもちろん取るんだけど、一方で商店街とのコミュニケーションも必要になってくるわけですね。商店街の人にどんなパフォーマンスをやるかを口で説明するんだけど、説明できる言葉がないんですね、なかなか。商店街を歩いている途中に殴り合いみたいな即興を始めて、お客さんを両サイドに捌けさせて、見てもらって、そこに舞台が出来上がるみたいな、ある種ハプニングのような形で起こるパフォーマンスなんですけど、「どんなダンスだ?」と言われたときに――

寺井:「どつき合いみたいな感じです」とか言って……?(笑)

林:「男三人が……」「途中で写真も撮って……」みたいな説明をして(笑)。「まあ結局、街の中が賑わうんでしょ?」と言われて「頑張ります!」と言うわけです。お互い握れるところがそこしかないから。
 でも、最後まで反対している商店街の人もいたの。しかもリハのときは通りすがりの人に「何ですかあれ? 喧嘩ですか?」と聞かれたりして、警察沙汰にもなって。「ヤバいな」と思いつつも当日は結局リハのときと同じことをやったんだけど、そしたら特に問題もなく、むしろすごく良かった。終わってから行った挨拶回りでは、反対していた人も「今まで見た中で一番良かった」って言ってくれて、次の年からは「何でもやってくれ」となったんですよね。

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contact Gonzoによる別府商店街でのパフォーマンス(YouTubeからのスクリーンショット)

contact Gonzoによる別府商店街でのパフォーマンス(YouTubeからのスクリーンショット

 何が言いたいかというと、圧倒的な体験を作れるかどうかということが我々の使命なんですよね。周りの人たちを変えられるかどうかは結果であって、やるからには批判も受け入れつつ、アーティストと一緒に圧倒的なものを作る。もちろん、それを運営していくためのビジネスモデルも。

寺井:そういう、強度の話はあるだろうね。

林:だから結局、どこにその強度の形があるのかはわからないけど、強度があるところは自走するだろうし、自走するための金も集まってくるだろうし。
 離れた今もBEPPU PROJECTがすごいなと思うのは、今まで関心がなかった周りの人たちに、何らかの形で関心を持たせるだけの強度のある企画を続けているところだろうと思います。それを他の地域でも実装するために、我々もやっぱり頑張らんとな、と思います。

寺井:なるほど。ある種、アーティストと周囲の人の緊張関係みたいなものが、究極的に必要だという話でもあるんですよね。

力のあるプロフェッショナルをアートプロジェクトはどうリクルートするか

林:「力のあるPRやマネージャーや交渉役は民間企業でも欲しい人材ですが、ビッグマネーのような誘引があるわけでもないアート業界が、どうやって優秀な人材をリクルートするのですか」という質問が来てますね。発信すること、作っていくこと、マネジメントしていくことをチームのように見立ててプロジェクトを進めていくということはすごく大事な気がしていて、そういう仕組みも考えたいですね。
 Relight Projectのときに、フリーランスであいちトリエンナーレとかのPRもしている市川靖子さんという方と仕事をしたんだけど、やっぱり「個人で信用を得ている人ってこうも強いのか」と思った。彼女が持っているプレス関係者の連絡先のリストは2000行ぐらいある膨大なもので、市川さんがRelight Projectの記者発表をやりますというメールをその人たちにバーって出したら、すぐに「伺います」という連絡が来て。まあ、4年ぶりの点灯/宮島達男/六本木……という文脈があったにしても、記者発表の会場が満員になって、全国版の朝日新聞に取り上げられたり、結構な反響があった。結局、それができたのは「誰が発信しているのか」という部分が大いにあるなと思ったんですね。
 「アート業界がどうやって人材をリクルートするのか」という話ですが、アート業界の中には人が全然いないから、PRにしても“女性二強”みたいな状況だと聞いてる。TAIRA MASAKO PRESS OFFICEの平昌子さんと、市川さん。その二択みたいな感じ。今までアート業界はPRを重視してこなかったわけではないけど、長年積み上げてきた人脈を持っている人は(内部には)すごく少ないんです。「地域アート」って括られちゃうけど、それぞれに良いPRの人が入っていたらもっと違う見え方になるのかもしれない。

寺井:アート業界に限らず、マーケティングやビジネスの世界でもPRパーソンというのは足りていませんよね。自分でメディアを作ったり、プレスの人に対する個別のコミュニケーションを通して信頼関係を築くことって、結構な専門的スキルには違いなくて。それができる人材は希少だし、高い値段が付いているのは間違いない。そういう人たちをどうやってアートプロジェクトに巻き込むかといったら、まあおそらく、アートかまちづくりのどちらかの世界に対して個人的な興味関心を持っているということが大前提になってしまう。
 その上で、「いくら払えるか」ということですよね。ただ、PRの人が一つのプロジェクトにフルタイムで必要な場合って実はほとんどなくて、たとえば1週間のうちの20〜30パーセントぐらいを割いてもらえるだけで、相当な戦力になったりするはずだと思うんです。

林:オンラインの状況も含めて、どういう戦略を立てて広報ツールを作るか。人に何かを伝える人材って、これだけみんなポケットにiPhoneが入っている時代だから、これからもっと重要になっていくんだと思ってます。インターネット上でバズらせるだけじゃなく、新聞やテレビのようないわゆるオールドメディアともちゃんとコミュニケーションが取れて、プロジェクトの価値を発信できる相手が見えている人のことを、業界内の複数のプロジェクト間でシェアしてもいいのかもしれないね。週2日ずつ動いてもらうにしても、プロジェクトごとにいくらかずつ出し合って、その人の一人あたりの(フルタイム分の)人工代をつくる、とか。

寺井:実際、そういう関わり方は今後出てくると思う。僕らまちづクリエイティブとしても、そういうことを考えている部分はあります。

林:プロフェッショナル人材のシェアは、特にアート関係ではもっと盛んにやっていったらいいんじゃないんですかね。こういう質問をもらうと、実際にちょっとやりたいという気になってくるね。

寺井:やりましょうか。

林:やりましょう。

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寺井:数が増えきったアートプロジェクトもちょうど今からが縮退期で、この状況を「キツいな」と思う人もいれば、「これこそチャンスだ」と思う人もいるわけじゃないですか。僕はどちらかと言うと、チャンスだと思えるようなスタンスで関わり続けられればいいなと思いました。増えていくよりも減っていって、しょうもないものはなくなっていくんだったらその方が自分たちが輝ける――そういう風に関われるぐらいメンタルを強くすればまずはいいかな、というのが僕の結論ですね。

林:あと、うまくいっているプロジェクトが他のプロジェクトを吸収合併していくみたいな感じでホールディングス化していくというか……プロジェクトごとに自主開発するだけじゃなくて、良いものが良い形で違うところに行くような発展の仕方があったら面白そうですよね。

寺井:そういうことも起きそうですよね。それはすごく面白い。アートプロジェクトにおける“寝技”みたいなものをシェアするのは相当難しいけど、“寝技”やPRを支えているプロフェッショナル人材を抱え込むのが大変だというときにシェアしていったり、アライアンスを組んでいくというのはありえるし、面白いんじゃないですか。アートプロジェクト同士のビジョンや何がしたいのかという話はシェアしなきゃいけないけどね。

アートのもたらす成果を新しい指標に落としこむ

寺井:まちづくりというよりはソーシャルビジネス寄りの話だけど、Common Ground(※アメリカのNPO)みたいな例がありますよね。行政・役所の使っているお金のうち、アートに対するお金って、その割合が大きい街であろうが小さい街であろうがその差は誤差程度でしかなくて、要は少ない。日本でも、行政の使っているお金のだいたい半分は人件費と生活保障、特に生活保護とかにガッツリ使われている。Common Groundは、廃墟をホームレスの人たちのシェルターにしたことによって生活保護が減り、それによって行政が使わなくて良くなった分のお金を計算していくとすごい額になった、という成功事例だけど、たとえば失業問題とか健康問題とか、そういう指標とアートをつなげていくようなことは面白いんじゃないかという気が少ししています。

 最近、先端医療の分野の人が集まる勉強会に呼ばれてビックリしたんですね。要するに病院の研究者の先生たち。介護の問題や高齢者の健康問題への医療費というのがすごく財政を圧迫していて、これを予防するために先端医療というのがある。先端医療の研究では、実証研究的に、大量にデータを取って分析していくらしいんですね。それで「スポーツをしていると健康」みたいなことがぼんやりとわかったので、スポーツをさらに分解して「どのスポーツだとどの筋肉が鍛えられる」というようなことをいろいろ研究したんだけど、どのスポーツや筋肉が重要かという結論には行きつかなくて、最終的には「スポーツをやっていると友達がいる」、つまりコミュニティが重要だ、みたいな結論になったらしいんですよ。ところがお医者さんはそういう取組はやってきていないので、まちづくりをやっている人間の話を聞きたいという依頼をいただいて。すごく勉強になりましたとその日は言われたんだけど、アートの持っている属性ってもしかしたらそういう部分もあるかもしれないじゃないですか。

林:そうですよね。

寺井:地域の観光がどうとか言わなくても、そういう違う指標に落としこんだら、いろんな都市でもっとアートプロジェクトが成り立つかもなと思ったりもしました。効果を実証するのは大変だから、一つの団体がやるのは難しいかもしれないけど。

林:それこそ共通の場に対して事例をポストしていって、クリエイティブ・コモンズを付与してビッグデータとして育てていって、とにかく事例を一覧で見られるようにして……。たとえば福祉協議会に自分の活動の話をするときに、そういうところから引用できたらすごくいいよね。

寺井:「このぐらい行政の支出が減るから、そのうちの何割をうちに当ててもいいじゃないか」という話ができるぐらいまでロジックができていったら結構面白い。そういうデータベースを作るための基礎研究としてお金が流れるのはアリなのかなと思います。

林:先端医療の人たちとちゃんと座組を組んで、先端医療の人、研究者、インターネット企業にも入ってもらって、何ができるかを話せるといいよね。
 我々が何かの経済発展をしていく礎となっているものや、そもそも日本がなぜ戦後すぐにあそこまで復興したのかを考えたときに、ハイコンテクストな文化であったがゆえにコミュニケーションが取れたことや、コミュニティがあったことってものすごく価値があったと思うんだよね。今、また違う形でコミュニティがバラバラになっている中で、それらをつなげていく術として我々が作らなきゃいけないものは何か。そういうことについて話したり、実験的なことをしてみる。そしてそこに公金を入れてやってみる。もちろん民間から集めたりスポンサーを付けたり、何でもいいんだけど……こういうことも、マインドセットの位置づけとしてはすごくアリかもしれない。
 今日はいろいろと考え方がアップデートできて良かったですね。

寺井:ありがとうございました。

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[林曉甫+寺井元一:地域アートプロジェクトとアソシエーションデザイン 了]

撮影・構成・編集:後藤知佳(numabooks)
編集協力:吉崎香央里、松井祐輔
(2016年4月29日、FANCLUBにて)

【まちづクリエイティブ「アソシエーションデザイン」対談シリーズ バックナンバー】
 
▶寺井元一(まちづクリエイティブ代表取締役)+西本千尋(まちづクリエイティブ取締役、ストラテジスト)+小田雄太(まちづクリエイティブ取締役、アートディレクター):
「アソシエーション」と「コミュニティ」をつなぐやり方――『マッドマックス 怒りのデス・ロード』『山田孝之の東京都北区赤羽』から読み解く「まちづくり論」。
 
▶まちづくりとアート│01
池田剛介(アーティスト)+寺井元一:
アートと地域の共生をめぐるトーク
 
▶まちづくりとアート│02
大山エンリコイサム(美術家)+寺井元一:
ストリート・アートと公共性 ――表現の自由論からコレクションによる歴史形成まで


PROFILEプロフィール (50音順)

まちづクリエイティブ(まちづくりえいてぃぶ)

松戸を拠点としたMAD Cityプロジェクト(転貸不動産をベースとしたまちづくり)の他、コミュニティ支援事業、DIYリノベーション事業を展開するまちづくり会社。 http://www.machizu-creative.com/ https://madcity.jp/

寺井元一(てらい・もとかず)

株式会社まちづクリエイティブ代表取締役、アソシエーションデザインディレクター。早稲田大学卒。NPO法人KOMPOSITIONを起業し、アートやスポーツの支援事業を公共空間で実現。まちづクリエイティブ起業後はMAD Cityを立ち上げ、地方での魅力あるエリアの創出に挑んでいる。

林曉甫(はやし・あきお)

NPO法人インビジブル マネージング・ディレクター。1984年東京生まれ。立命館アジア太平洋大学アジア太平洋マネジメント学部卒業。卒業後、NPO法人BEPPU PROJECTにて公共空間や商業施設などを利用したアートプロジェクトの企画運営を行い、文化芸術を通じた地域活性化や観光振興に携わる。2015年にNPO法人インビジブルを設立し現在に至る。別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」事務局長(2012、別府)、鳥取藝住祭総合ディレクター(2014、2015、鳥取)、六本木アートナイトプログラムディレクター(2014〜2016、東京)。


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単行本: 456ページ
出版社: 堀之内出版
発売日: 2016/3/10