マンガナイト代表・山内康裕さんが、業界の内外からマンガを盛り上げる第一線の人々と議論を展開する鼎談シリーズ「マンガは拡張する[対話編+]」。
今回のテーマは「新人の発掘と育成」。2011年に小学館『IKKI』新人賞を受賞し、「わたしの宇宙」や『ヒバナ』での連載「いかづち遠く海が鳴る」などで知られる気鋭のマンガ家・野田彩子さんと、デビュー時から野田さんの担当を務めるマンガ編集者・豊田夢太郎さんのお二人に、多様化していく新人マンガ家の発掘・育成の現在について、自らの経験を通じて語っていただきました。
●連載「マンガは拡張する[対話編]」バックナンバー(全11回)はこちら。
[前編]
持ち込みがダメだったら、コミティアに出すつもりだった
山内康裕(以下、山内):今回は「新人の発掘と育成」をテーマにお送りします。本日のゲストはですね、まず「発掘する側」として、編集者の豊田夢太郎さん。
豊田夢太郎(以下、豊田):はい。現在、小学館のビッグコミックスピリッツ増刊『ヒバナ』(小学館)編集部に所属しているフリーランス編集者の豊田と申します。
山内:そして「発掘された側」として、野田彩子さんですね。
野田彩子(以下、野田):どうも、こんばんは! マンガ家の野田彩子です。顔出しNGということで、生中継にはパネルでの参加ですが、会場にはおりますので……(笑)。
山内:まずは豊田さんから自己紹介をお願いします。
豊田:はい。今はフリーランスなんですけれど、もともとは実業之日本社の、現在は休刊しちゃったんですが実業之日本社の『漫画サンデー』という雑誌で社員編集として新卒からしばらく働いていました。
その後、28ぐらいのときに辞めて、またこれもなくなってしまった雑誌なんですが、月刊『IKKI』(小学館)編集部の方に専属契約編集という形で、休刊まで関わらせていただきました。休刊後は、現在の週刊ビッグコックスピリッツ増刊の『ヒバナ』編集部に所属し、そこで社員編集さんと同じように作家さんの担当をしたり、それ以外の業務も行わせていただいています。
『ヒバナ』で担当しているのは、WOWOWでドラマ化されたオノ・ナツメさんの「ふたがしら」とか、TOKYO No.1 SOUL SETの渡辺俊美さんのエッセイを荒井ママレさんがコミカライズした「461個の弁当は、親父と息子の男の約束。」、鎌谷悠希さんの「しまなみ誰そ彼」、ゲーム「妖怪ウォッチ」のスピンオフ「コマさん 〜ハナビとキセキの時間〜」(柴本翔/原作・監修:レベルファイブ)、それから野田さんの「いかづち遠く海が鳴る」などですね。
山内:野田さんからも自己紹介をお願いします。
野田:マンガ家の野田彩子です。小学館『IKKI』の新人賞「イキマン」(第49回)で2011年にデビューしまして、その後、最初の連載までしばらく準備期間がありつつ、その間に「潜熱」[★1]という作品のネームをやったりしていました。その後、「わたしの宇宙」という作品が『IKKI』での初連載となり、それを経て『ヒバナ』さんの方で「いかづち遠く海が鳴る」を連載させていただいております。
★1:小学館のサイト「コミスン」にて読み切りを公開中。新たに描き下ろした続編とともに『ヒバナ』2015年12月号にも掲載。
ちなみに私は平行して二次創作で同人活動をやっているので、2011年にデビューした後に、同人活動で出した同人誌で声を掛けていただいて、BLの方でもデビューしまして、そちらの名義が「新井煮干し子」となっております。よく「絵柄似てると思った」とか言われるんですけど、野田彩子も新井煮干し子もワイだと思っていただければ……。
一同:(笑)
豊田:確かデビュー前には「ひらマン」(西島大介のひらめき☆マンガ学校)にも行ってたんですよね? そこの出身って、ある種名門感があるので自己紹介でも言うのかと思ってたんですが。
野田:あーそうです。「ひらマン」という、西島大介さんがやってらっしゃるマンガのスクール的なものがありまして。でも実は私は、今の「ひらめきマンガ学校」の前身となったイベントに参加させていただいただけで……その後スクールにも申し込んだんですが、ダメだったんです。自画像とイラスト1点を描いて送ったんですが、ここだけの話、「これだけ描けるなら、よそでちゃんとデビューしなよ」って言われて。
豊田:正しかったですね。すごいなぁ。
野田:デビューするまでずっと二次創作で同人活動してきたので、「お前、マンガ家になりたいんだったらいい加減そろそろ(オリジナルの)マンガを描かなきゃいかんのじゃないか!」という気持ちで描いたものがデビュー作(「鮫島さん」)でした。ただ、いざ描こう!という気になっても、締め切りがないと絶対いつまでも終わらない感じだったので、まず締め切りが近かったコミティア(オリジナル作品が中心の同人誌即売会)に参加を申し込んだんですね。『IKKI』さんに持ち込みをして、ダメだったらそれをそのままコミティアで出そうと思って、それを締め切りのような感じにしていて……。
豊田:それこそ「コミティアに出すかも」みたいな感じだった持ち込み作品を、僕がその場でお預かりして。
野田:そうですね。「これ、そのままコミティアに出していいですか」って聞いたら「ダメだ」って言われて。
豊田:何と言うか、絶対(新人賞を)獲る気がしたんで……。
野田:ありがたいです!
山内:そしてこちらが初連載の……
野田:「わたしの宇宙」[★2]ですね。
★2:『IKKI』2012年12月号から2014年5月号まで連載。単行本全2巻。
「わたしの宇宙」はですね、最初は確か単行本描き下ろしの話だったんですよ。その頃、『IKKI』でデビューした新人作家が中心の単行本レーベル(「IKKICOMIXrare」)がありまして、私も流れに乗って単行本描き下ろしで初作品を……って話だったんですが、いろいろあって『IKKI』での連載になったんです。
豊田:そうでしたね。やっぱり、面白かったんですよ。
野田:ありがとうございます!(笑)
豊田:本当は、デビュー後にネームを進めていた「潜熱」を連載するはずだったんです。その1話目を見て「絶対連載した方がいい」って思ったんですが、2話目まで描いてもらったところで、野田さんからギブアップが出まして……。
野田:そうです。あれを2話まで描いて、もうネームできねーって思って。そのとき別で描いていた「わたしの宇宙」のプロットとかを見せて「こっちだったら描けます!」となって。そのまま話が転がっていきまして、流れで連載となりました。
豊田:そうですね。あの頃の単行本描き下ろし作品って1冊単巻のものがほとんどだったんですが、「わたしの宇宙」はもうちょっと続かないと意味がない作品だと思ったので、連載でやっていただいたのが経緯だと思います。
同じ作家・編集者のタッグで、いかに違うことに挑戦するか
山内:今回の野田さんの作品「いかづち遠く海が鳴る」[★3]はどうですか?
★3:『ヒバナ』2015年4月号より連載。2016年5月号で最終回を迎えた。単行本既刊1巻(2016年5月現在)。
豊田:いい作品だと思いますよ、僕は。
野田:ありがとうございます! でもそう思ってない人に担当されていたらかなりびっくりしますけどね(笑)。「担当にすら!?」みたいな。
豊田:でも本当に、今の野田さんの全力を出していただいた作品というか。もちろん他の作品が全力を出してないとかそういう意味じゃなくて、『ヒバナ』という新しい場で新しいことを試みていただいている感じがすごくありますね。そういった意味でも、僕自身、次のネームを楽しみにしながら読んでます。
野田:ありがとうございます!
豊田:「潜熱」でギブアップしたとき、なんで描けないんですか?って野田さんに聞いたら、普通の恋愛がわからないと言ってましたね。「そうなんだー、じゃあしょうがないねー」って(笑)。でも今回は、恋愛マンガを描いてますよね?
野田:そうですね……恋愛マンガを描いてますね。
山内:「面白い」とか「可愛い」とか(ニコニコ生放送のコメントでも)声が上がってますね。
野田:ありがとうございます! もっと褒めて!
一同:(笑)
豊田:単行本のカバーの打ち合わせでデザイナーさんのところに行ったときも、開口一番「『IKKI』っぽくない感じでお願いします」と言いました。「売れそうな感じにしてください」と。
野田:そう! まさに「売れそうな感じ」にしようって話を(笑)。
豊田:別に前の(「わたしの宇宙」)が売れそうにないってわけではないんですが……。
野田:やめろー!(笑)
豊田:いや、全然そんなことないんですけど、「キャッチーさ」みたいなものがほしい、という。
山内:『IKKI』を経て、現在は『ヒバナ』でお仕事をされていて、気持ちの面で何か変化はありましたか?
豊田:気持ちとしてはそんなに変わらないんですが、『ヒバナ』は『ビッグコミックスピリッツ』の増刊誌ってこともあるので、危機感は強いというか……。「いろいろ頑張ってサバイブしていかないとなぁ」という気持ちはみんな強く持っていると思いますね。『IKKI』も『ビッグコミックスピリッツ』の増刊から単独の雑誌になった媒体だったんですけれども。
さっき挙げた「コマさん」や「461個の弁当は、親父と息子の男の約束。」などは、どちらかというと『IKKI』ではやらなかった企画だと思うんですよね。『IKKI』ではマンガ家さんのオリジナリティを打ち出した作品をどんどん世に出していく雰囲気が強かったので、そういうものとは違う、たとえばメディアミックスの作品を出すことで、それが『ヒバナ』のカラーにもなると思いました。
山内:野田さんは『IKKI』で描いていたときと比べてどうですか?
野田:それがですね、私は豊田さんにずっと担当していただいているので、打ち合わせに行く場所も変わらず小学館ですし、正直「特には」って感じなんですけれども(笑)。でも、先ほどのような「もうちょっとキャッチーな描写を……」って話が出たり、今までやらなかったことをやろうとしてるなって感じます。
豊田:『IKKI』時代から継続して担当しているぶん、「同じ作家さん・同じ編集者でどうやったら違うことをやれるかな」って話はちょくちょく打ち合わせで話していますね。
ちなみにこちらのスライドは一応、僕が過去に手がけてきた作品の一部ですね。
谷岡ヤスジさんは実業之日本社にいた頃にずっと担当させていただいていて、亡くなった後に追悼出版として『天才の証明 谷岡ヤスジ傑作選』(実業之日本社、1999年/上段左端)という本を作りました。他に小田扉さんの「マル被警察24時」(下段左端)の立ち上げ・担当や、松尾スズキさんと河合克夫さんによる「TEAM紅卍」っていう創作ユニットのコラムとエッセイコミック(『読んだはしからすぐ腐る!』実業之日本社、2001年/上段左から2番目)の担当をしていました。
その後『IKKI』編集部にフリーランスとして移って、「平凡ポンチ」(上段中央)のジョージ朝倉さんや、今は「アトム ザ・ビギニング」を描いてらっしゃるカサハラテツローさんの「RIDEBACK」(上段右端)、いがらしみきおさんの「I【アイ】」(上段右から2番目)なども担当しました。五十嵐大介さんに関しては「海獣の子供」の最終巻だけ引き継いで担当していたんですが、伊坂幸太郎さんと共作した「SARU」(下段左から2番目)という、小説とマンガを同時に走らせる企画はまるごと担当させていただきました。それと、『ヒバナ』でも新連載(「ベルサイユオブザデッド」。『ヒバナ』2016年2月号より連載中)が決まっているスエカネクミコさんの「放課後のカリスマ」(下段右端)という作品も、最初から最後まで担当させていただいています。
山内:豊田さんの担当作には、僕も好きで読ませていただいている作品が多いですね。
[中編「新人の『育成』ってどういう意味なのか、本当に今は難しい。」に続きます]
構成:高橋佑佳・後藤知佳(numabooks)
編集協力:川辺玲央
写真・編集:後藤知佳(numabooks)
(2015年10月6日、マンガサロン『トリガー』にて)
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