INTERVIEW

『リヴァイアサン』ルーシァン・キャステーヌ=テイラー&ヴェレナ・パラヴェル監督インタビュー

『リヴァイアサン』ルーシァン・キャステーヌ=テイラー&ヴェレナ・パラヴェル監督インタビュー
人類学と映画が交差する詩学(ポエジー)

人類学と映画が交差する詩学ポエジー ――
『リヴァイアサン』
ルーシァン・キャステーヌ=テイラー&
ヴェレナ・パラヴェル監督インタビュー

インタビュー&テキスト:小林英治 写真:古川章

ルーシァン・キャステーヌ=テイラー監督(左)、ヴェレナ・パラヴェル監督

ルーシァン・キャステーヌ=テイラー監督(左)、ヴェレナ・パラヴェル監督(右)

近年の国際映画祭を席巻するドキュメンタリー作品を次々と輩出している実験的な研究所がハーバード大学にある。その名は「感覚民族誌学研究所」。映像作家であり、同ラボに所属する人類学者である、ルーシァン・キャステーヌ=テイラーとヴェレナ・パラヴェルが共同監督した『リヴァイアサン』は、これまで誰も試みたことのなかった斬新な手法で、海、船、人間、海洋生物、機械、労働、現代漁業といったさまざまな要素を、人間主義(ヒューマニズム)を排したオリジナルの視点からあぶり出す驚異的な作品だ。圧倒的な映像と音響の奔流が生み出す黙示録的体験はいかにして生まれたのか、両監督にラボの役割と『リヴァイアサン』の製作のプロセスについて話を聞いた。

イメージと音響を使って世界の多様性を表現する

映画『リヴァイアサン』より

映画『リヴァイアサン』より

———あなたたちのラボ「感覚民族誌学研究所(SEL)」[★1]では、従来の人類学とは異なり、映像や音を重視しているということですが。

ルーシァン:SELは私たちが2006年にハーバード大学に設立したラボで、従来の人類学がやってきたこと、あるいは映画学校で教えているようなドキュメンタリーというものをひっくり返そうとしてきたのは確かですね。ジャンル的にもカテゴリー的にもさまざまなジャンルを交配させていくような場所として設立しました。

———研究の成果物としては、論文ではなく映画やビデオ作品などが主になるのでしょうか?

ルーシァン:映画やビデオ、アートのようなインスタレーションもあれば、フォノグラフィー(芸術形式としてのフィールド・レコーディング)といって、音響だけを扱った作品づくりも成果として輩出しています。もちろんラボに参加しているリサーチャーや映像作家は、視覚映像作品を作る一方で論文やエッセイといったテキストも書いていますが、ラボの役割としては、彼らの仕事の中での視覚・聴覚部門を応援していこうという方針です。人類学者は世界中の多様な文化経験を伝える役割があると考えられていますが、私たちは文字を通してではなく、イメージと音響を使って伝達、あるいは表現をしていくという道を選びました。

———アンスティチュ・フランセでのトーク[★2]の中で「詩」というものを重視しているとおっしゃっていましたが、そのあたりの考えをもう少し詳しくお聞かせください。

ルーシァン:授業の中で実際に詩を読むこということもやってますし、実際に詩を書いている学生もいますが、それよりもっと面白い視点としては、詩が意味論的なルールをぶち壊していくような、シンタックスや記号論の実験を試みているということです。ビデオや映画というものと詩の類似性を考えた場合に、そういった視点を映像や映画に対して適応することができるのではないかと私たちは考えています。そういう比喩として詩は大変有効だと思っています。

———撮影に入る前にリサーチはどのくらいするのでしょうか?

ヴェレナ:私たちは他のドキュメンタリー映画の作品のように企画書を書くためにリサーチはしませんし、こういう視点、目的で撮るといったようなことも最初から決めていません。そこは人類学のフィールドワークのように、撮りながら同時進行でリサーチしていく感じですね。『リヴァイアサン』の場合でも、例えば船の上でメルヴィルの『白鯨』[★3]を読むとか、コンラッドを読むとか、通常のリサーチとはまったく違うものでした。

ヴェレナ・パラヴェル監督

ヴェレナ・パラヴェル監督

GoProを駆使することで獲得した人間を相対化する視点

———『リヴァイアサン』で獲得した人間中心主義を超えたオリジナルな視点は、GoProという超軽量小型カメラという新たなテクノロジーを駆使したことが大きな理由としてあるに思います。この驚異的な映像はどのようにして生み出されたのでしょうか?

ヴェレナ:当初はメインのカメラとして、いわゆるプロ用のハイヴィジョンカメラでも撮影していましたが、その映像はあまりにも画質が良くて、クリアで、ある種の完璧主義がついてまわるように感じ、不満でした。見ている側にある種の権力や権威みたいなものを与えてしまうような、対象との力関係が生じてしまう映像だったんですね。私たちは、もっと身体的で没入させるような映像、見ている人自身が船になる、あるいは魚のようになっていく、そういう映像を撮りたかったんです。それはハイビジョンのカメラでは撮れないと感じました。そんなとき、撮影中にカメラが2台とも海に呑み込まれてしまい、デジタル1眼レフのカメラ1台と11台のGoProが手元に残されたんです。結果的に出来あがった作品で、4つのシーンを除いたすべての映像はGoProで撮影したものです。

———ということは当初から意図したものではなかったんですね。GoProというウェアラブルな機材が、結果的に求めていた身体的な映像と符合したということでしょうか。

ヴェレナ:映像美学的にも、私たちが船上で体験したことに、ぴったり合った機材でした。このカメラはノイズのような、フィルムで言えば粒子のようなものが映っているのではないかと思ったんですね。そして、私たちが世界から分裂させられてしまっているように感じる理解できない何か、ある種の疎外感を持ちながら生きていくような心境が、このような不完全な映像によって写るのではないかと。

———11台のカメラを具体的にはどのような場所に設置したのでしょうか。

ルーシァン:人間が自然界の中でいかに小さな存在であるのかということが、身体につけたカメラで捉えられるのではないかと思い、自分たちの身体や漁師の肉体に取り付けた他、棒の先に取り付けて、そのまま海中やカモメの群れの中に突っ込んだりもしています。この作品が人類の一つのポートレイトであるとするならば、人間はそのポートレイトの中心にいるのではなく、マージンにしか存在しない、そんな映像作品にしたいと思いました。

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映画『リヴァイアサン』より

映画『リヴァイアサン』より

———その視点はSELから生み出された他の作品にも共通する意識ですね。

ルーシァン:そうです。それぞれに映像スタイルの違いはありますが、共通しているのは、「人間がいかに野獣に近い存在であるか」ということです。しばしば言われるような、「演劇的な動物である」とか「小説的なキャラクター」といった予測できるような主観性、あるいは文化的な人間ではなく、羊や魚、あるいは自動車のパーツといったものの立場になって世界を見てみること。おそらくそれは『リヴァイアサン』の中で一番際立った形で描くことができたのではないかと思います。

———11台のカメラを使っているだけに、膨大な素材の中から何を選ぶのかという視点が重要になると思いますが、編集には時間がかかりましたか?

ルーシァン:たしかに素材は150時間以上という膨大な量がありましたけど、実は編集期間は短時間で済みました。陸地で撮った50時間は全て切り捨てましたし、船上で撮影したものも60時間は船室の映像で、そこからは数カットしか使わず、ほとんどは残りの素材から使っています。ただ、カモメの大群のシーンが美学的に良い絵がたくさんあって、選ぶのに苦労しましたね。

ルーシァン・キャステーヌ=テイラー監督

ルーシァン・キャステーヌ=テイラー監督

フォノグラファーによる繊細なサウンドデザイン

———『リヴァイアサン』は映像も革新的ですが、音響も同じくらい驚異的な作品です。音響についての捉え方も、通常のドキュメンタリー映画や監督たちとは異なる独自の考えをもっているように感じます。

映画『リヴァイアサン』より

映画『リヴァイアサン』より

ヴェレナ:おっしゃるように、映像と同じくらいに音響も重要視しています。私たちのラボの作品は、非常に優秀なフォノグラファーによって微妙なサウンドデザインがされています。『リヴァイアサン』を担当したラボの同僚エルンスト・カレルは、彼自身が学者でもありながら録音技師、フォノグラフィーの名人であり、またミュージシャンであります。

———作品全体を覆う黙示録的な印象や、タイトルにもなっている目に見えない「怪物」の存在がこの音響によって強烈に体感させられます。トロール船の唸るようなクレーンの音は、ある意味で『ゴジラ』以上の叫びを感じました。使用されている音の素材は、すべて現場でのものですか?

ヴェレナ:はい。『ゴジラ』との比較は見直さないとわからないですが(笑)、強調しておきたい大切な点としては、映画で使われた音が全て現場で録音されたものであるということです。その素材に何も加えていないということが、『ゴジラ』と大きな違いじゃないでしょうか。実はこの『リヴァイアサン』の音の仕事については、自分が音楽を語る言葉を持っていないために、私自身いつも正確に話すことができないということに不満に思っています。また、いつかこの作品を映像なしで音響だけで聴いてみたいとも思います。というのも、2人の音響技師が非常にデリケートな手法を使って、ときにはオペラのように、またはクラシックやバロック音楽のような、あるいはパンクロックのような、そしてミュージック・コンクレートのような、そういう様々な音楽を取り込んだサウンドデザインを実現させてくれているからです。

———人類学とイメージやフォノグララフィー、そして詩学とが出会うラボから生み出される斬新な作品をこれからも楽しみにしています。

ヴェレナ:映画『リヴァイアサン』は海についての3部作の1作目として作ったものですが、すでにこの作品を編集する中で発見した、船員、兵士、奴隷、怪物、悪魔、獣といった亡霊的イメージ——それらは「精霊」と呼んでいます——から、いくつかのインスタレーションや他の映像作品が派生しています。そういった意味で、私たちのプロジェクトは「海の考古学」であると言えるかもしれません。

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[『リヴァイアサン』ルーシァン・キャステーヌ=テイラー&ヴェレナ・パラヴェル監督インタビュー 了]


★1:ハーバード大学「感覚民族誌学研究所」Sensory Ethnography Lab(SEL)
美学と民族誌学との革新的な連携を推進するハーバード大学の実験的なラボ。本作のルーシァン・キャステーヌ=テイラーがディレクターをつとめる。アナログとデジタル両方のメディアを活用した研究の成果として映画、ビデオアート、音声、写真作品などを発表。『Sweetgrass』(2009年ベルリン国際映画祭)、『Foreign Parts』(2010年ロカルノ国際映画祭)、『MANAKAMANA』(2013年ロカルノ国際映画祭)といった刺激的な映像作品を生み出し、世界の名だたる国際映画祭で、驚きと衝撃をもって迎えられている。http://sel.fas.harvard.edu

★2:アンスティチュ・フランセでのトーク
プロモーションの来日に際し、アンスティチュ・フランセ東京において、同ラボが製作した『Sweetgrass』(2009年)の上映と、ルーシャン&ヴェレナ両監督に想田和弘監督をゲストにむかえたレクチャートークが行われた。

★3:『白鯨(モービィ・ディック)』
ハーマン・メルヴィルが1851年に発表した、「モービィ・ディック」と呼ばれる巨大な白いクジラをめぐって繰り広げられる長編小説。海洋冒険小説という枠をはるかに超えて、人間性と自然世界の深淵を探索する預言書のような偉大な書物。監督の2人は、当初は『白鯨』で漁船が出港するマサチューセッツ州ニューベッドフォードという漁港とその地域を調査・撮影していたが、トロール船「F.V.アテーナ」の船長に誘われて漁に同行したことがきかっけになり、陸地で撮影した50時間の素材はすべて破棄して、本作『リヴァイアサン』を生み出すことになる。


『リヴァイアサン』


監督・撮影・編集・製作:ルーシァン・キャステーヌ=テイラー、ヴェレナ・パラヴェル
2012年│米・仏・英│87分│DCP│1.85:1│Dolby5.1
原題:Leviathan│配給:東風
(C)Arrete Ton Cinema 2012
8月23日(土)シアター・イメージフォーラムほか、全国順次ロードショー。
http://www.leviathan-movie.com


PROFILEプロフィール (50音順)

ルーシァン・キャステーヌ=テイラー

ハーバード大学感覚民族誌学研究所のディレクターであり映像作家。後期旧石器時代以降の人間と動物たちとが1万年ものあいだ育んできた不安定な関係、同時にアメリカ西部開拓時代についての非感傷的なエレジーである『Sweetgrass』(共同監督Ilisa Barbash 、2009)、西部劇が喚起する田舎の魅惑やその両義性についてのヴィデオ・インスタレーションと写真のシリーズ『Hell Roaring Creek』(2010)、『The High Trail』(2010)などを発表。他にトランスナショナルなアフリカ美術市場における正統性や鑑識眼、人種間の政治学を問う民俗誌のヴィデオ作品『In and Out of Africa』(共同監督Ilisa Barbash、1992)や、ロサンゼルスの衣料品製造業における児童労働と搾取工場を映した『Made in USA』(共同監督Ilisa Barbash、1990)などがある。

ヴェレナ・パラヴェル

ハーバード大学感覚民族誌学研究所に所属するフランス人映画作家、人類学者。彼女の作品は、ボストン、パリ、ニューヨークのギャラリーで上映され、ニューヨーク近代美術館の常設コレクションに収蔵されている。これまで『Foreign Parts』(J. P. Sniadeckiと共同監督、2010)、『Interface Series』(2009-10)、『7 Queens』(2008)などを発表。『Foreign Parts』は2010年ロカルノ国際映画祭で最優秀初長編・審査員特別賞、2011年プントデヴィスタでグランプリを受賞。ニューヨーク・タイムズ批評欄の推薦リストに選ばれ、2010年ニューヨーク映画祭と2010年ウィーン国際映画祭に正式招待された。現在パリのSPEAP (School of Political Arts)マスタークラスの教員であり、ハーバード大学でも人類学を教えている。

小林英治(こばやし・えいじ)

1974年生まれ。フリーランスの編集者・ライター。ライターとして雑誌や各種Web媒体で映画、文学、アート、演劇、音楽など様々な分野でインタビュー取材を行なう他、下北沢の書店B&Bのトークイベント企画なども手がける。編集者とデザイナーの友人とリトルマガジン『なnD』を不定期で発行。 [画像:©Erika Kobayashi]


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