映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』
青山南×巽孝之トーク 「アルトマンと文学の魅惑の関係」
構成:小林英治
レイモンド・チャンドラー(『ロング・グッドバイ』)やレイモンド・カーヴァー(『ショート・カッツ』)など文学作品の映画化でも知られる、故・ロバート・アルトマン監督。その影響力は文学界にも及び、「アルトマネスク(アルトマンらしさ)」という言葉が、書評でも登場するといいます。ドキュメンタリー映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドで最も嫌われ、そして愛された男』の公開を記念して、「アルトマン映画と文学の関係」をテーマに行われた、青山南さん(翻訳家・エッセイスト)と巽孝之さん(慶応義塾大学教授・アメリカ文学専攻)によるトークの模様をお届けします。
※本記事は、2015年10月15日にYEBISU GARDEN CINEMAにて行われたトーク「アルトマンと文学の魅惑の関係」を採録したものです。
アルトマン映画と文学との関係
巽孝之(以下、巽):この映画の一つのテーマは「アルトマネスク」っていう言葉なんですけど、登場する人によっていろんな定義で出てくるのが大変効果的ですね。私がこの単語を初めて知ったのは、実は現代小説の書評の中でなんです。それは、忘れもしない93年あたり、つまり『ショート・カッツ』が撮られた頃で、幾つかの書評の中で「この小説の構造はアルトマネスクだ」と、一種の批評用語のようにして出てきたんですね。それはおそらくは「群像劇的」というようなニュアンスだったと思いますけど、ウィリアム・ギブスンの『ヴァーチャル・ライト』(1993年)という小説を評するのにまず出てきたのは間違いないと思います。それから、例えばスティーヴ・エリクソンやポール・オースターといった人たちの作品に対して、つまり90年代前後に頭角を現したポストモダン作家の一つの手法が、「アルトマネスクだ」と評されるという現象がありました。
青山南(以下、青山):私もこのドキュメンタリーで、いろいろな人たちが「アルトマネスク」について話しているところが非常に印象的でした。それぞれの定義ごとに章が変わっていくみたいな構成になっていましたね。アルトマンと文学との関わりで言えば、『ショート・カッツ』(1993年)はレイモンド・カーヴァーの短編が映画になるということ自体が驚きでした。しかも、なかなかいい映画になりましたよね。
巽:カーヴァーのあれだけの短編を継ぎ合わせて、しかもアルトマンのオリジナルのストーリーも巧妙に紛れ込ませて一気にまとめていく手法に、圧倒された覚えがあります。カーヴァーというのは短編の名手でミニマリズムの作家でしたから、当時の認識では長尺物の映画になるとは到底思われなかったんですよね。昨今では、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の『バードマン』(2014年)もカーヴァーをモチーフにしていたりしますが、私にとっては、アルトマンという人は、文学と映画とをキャッチボールできる貴重な監督という印象があります。
青山:しかし私がもっと驚いたのは、アルトマンが1973年に撮った『ロング・グッドバイ』という作品です。ご覧になった方もいらっしゃると思いますけど、この映画はレイモンド・チャンドラーの原作と全然違うんですよね。だいたい犯人も違うし、殺し方も違うし、まったく違うんです。それでも『ロング・グッドバイ』と名乗って、「based on the novel by Raymond Chandler」って出てるわけです。「これは何だ?!」と、非常に驚いた記憶があります。それから出世作である『M★A★S★H マッシュ』(1970年)にも実は原作があって(リチャード・フッカー著)、私は読んでないんですけど、映画が公開された時に日本でも角川文庫で出た記憶があります。それで、今回DVDで映画を見直したんですが、特典映像でアルトマンが自作について語っていて、そこで、「いやー、原作は酷いんだよ。あんな駄作はない。とにかく人種差別でいっぱい出し、どうしようもないんだよ。それをリング・ラードナー・ジュニアがとにかく良い脚本を書いてくれたから、ゴミみたいな小説が良くなったんだよね」って言っていて、ここでもこの人は原作を無視してやってたんだと(笑)。しかも、今回のドキュメンタリーにも出てきましたが、アルトマンってどんどん役者にアドリブさせるんですよね。ですから『M★A★S★H マッシュ』でもアドリブでたくさん喋っていて、リング・ラードナー・ジュニアが現場ですごく怒ったらしいんですけど、結局アカデミーで脚色賞を獲ったんですよ。あれはリング・ラードナー・ジュニアも微妙な気持ちだったでしょうね(笑)。
巽:アルトマン自身はずっとアカデミー賞をもらえないわけですからね(※2006年になって第78回アカデミー賞で長年の創作活動に対して名誉賞が授与されたが、過去何度もノミネートされた監督賞や作品賞では受賞を逃している)。
青山:そうですね。そうすると、サム・シェパード原作の『フール・フォア・ラブ』(1985年)っていうサム・シェパード本人が出ている作品がありますけど、僕は見てないんですが、これも多分原作と違うんじゃないですかね。つまり、よく文学作品を読むと時間かかるから、映画を見て読んだことにしてごまかそうとする人がいるけれど、アルトマンが映画化した作品に対してその手は使えない(笑)。
巽:私の感じでは、アルトマンはある程度文学とのやり取りをしてる感じがあるんですけど、やっぱり映画の文法と小説の文法が違いますからね。原作や脚本家と闘争があるというのは、キューブリックもそうでしたよね。ナボコフも怒ったし(『ロリータ』)、クラークも怒ったし(『2001年宇宙の旅』)、スティーブン・キングなんかあまりに怒りすぎて自分のバージョンの『シャイニング』(製作総指揮を務めて脚本を書き下ろしたTV版)を撮っちゃったってこともありますが、アルトマンの年譜を見ると、結構キューブリックと賞を競っていたというのは非常に面白いと思います。
アドリブと即興
巽:アルトマンは負け犬とか挫折した人間、転落した英雄といったキャラクターが好きですよね。このドキュメンタリーでも途中でニクソンがフィーチャーされていますけど、ニクソンをモチーフにしている監督は、オリヴァー・ストーンとか他にもいるんですが、やっぱりアルトマンの撮り方っていうのは独特ですよね。
青山:ニクソンというのはひどい男でしたけど、とにかく物を書いたり映画を作ったりする人のイマジネーションをかき立てる人ではあったわけです。僕が翻訳をしたフィリップ・ロスという作家も、ニクソンを素材にして『われらのギャング』(1971年)という大パロディを書きました。だから、『ショート・カッツ』なんかも、「こんなの映画になるのかな?」と思いましたけど、アルトマンていう人は、作品からインスピレーションというか、好きなイメージをちょっと掴まえて、それで映画を作っちゃうんじゃないかと思うんですよね。それから、遺作となった『今宵、フィッツジェラルド劇場で』(2006年)のDVDでは、ケヴィン・クラインとロバート・アルトマンによる音声解説がついているんですけど、その中でケヴィン・クラインがアルトマンに「ところで、あなたは脚本は読まないんですか?」って訊いていて、「いやぁ、読まないな。読んでも1、2回見るくらいだな。あと勝手に進んでくからいいんだよ」って言ってるんです。だからこの人は原作も無視するし、脚本も無視する。その代わり、「僕は役者を信頼してる。役者たちはアドリブをやる」って言うんですね。それと繰り返し出てくるのは、ドキュメンタリーにも出てくる「即興」という言葉です。
巽:アルトマンには『カンザス・シティ』(1996年)という作品もあるし、ジャズは大好きですから。
青山:でも、ジャズの即興をライブで聞くのはともかく、映画っていうのはライブじゃないわけですから、ライブじゃない映画で即興をやるのはとんでもないことをやってるんだなって思います。今回いろいろまとめて見直して、改めてアルトマンの凄さっていうのがわかってきたというか、たくさんの映画製作者たちが彼にオマージュを捧げている理由がよくわかりました。
巽:即興の要素を沢山入れながら、『ショート・カッツ』でも実に巧妙に群像劇をより合わせて、最後にギュッと収束するような、まるで計算をしてるような感じもするんですよね。だからいろんな偶然や事件、事故を演出しながら、最後にはそれが見事により合わさっていく群像劇というのが、私にとってのアルトマネスクかなと思っています。
青山:『M★A★S★H マッシュ』 の中でも、実際に落ちたヘリコプターを撮影して使ったらしいですよね、ああいうところの機敏な対応というか、即興性ですよね。金をかけずに作っちゃう。
巽:70年代の『イメージズ』(1972年)も、最初はオファーした女優に「妊娠中だから」って断られたんだけど、「じゃあ役柄を妊婦にするから出てくれ」って、臨機応変に口説いたらしい。それも即興性ですよね。でも、何があってもどっちみち撮るわけだから、その中で一番いいやつを使うというのは、ジャズのレコーディングと同じなんじゃないですかね。その意味で非常に音楽的に作ってるのかなと思いました。
[後編「アルトマンは、中心人物がいて、それによって話が進んでいくっていうようなものが嫌いなんじゃないかなと思いますね。」に続きます]
『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』
YEBISU GARDEN CINEMAにて公開中 ほか全国順次公開予定
証言者:ジュリアン・ムーア、ブルース・ウィリス、ポール・トーマス・アンダーソン、エリオット・グールド、サリー・ケラーマン、ジェームズ・カーン、キース・キャラダイン、フィリップ・ベイカー・ホール、ライル・ラヴェット、マイケル・マーフィー、リリー・トムリンほか
配給:ビターズ・エンド
原題:Altman/カナダ/2014年/95分
公式サイト:http://www.bitters.co.jp/altman/
公式Facebook:https://www.facebook.com/Altman.movie
公式Twitter:https://twitter.com/altman_movie
【公開記念イベント】
2015年10月28日(水)最終回 終了後
樋口泰人氏(映画評論家・boid主宰)×中原昌也氏(ミュージシャン・作家)
「アルトマン映画をマニアックに語り尽くす!」
会場:YEBISU GARDEN CINEMA
※詳細は公式サイト及びFacebookページをご確認ください。
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