INTERVIEW

『工芸青花』創刊インタビュー

『工芸青花』創刊インタビュー
菅野康晴(新潮社『工芸青花』編集長)8/8「こんなに個人の器作家がいるのは、日本くらいかもしれません。」

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2014年11月20日、新潮社より『工芸青花(せいか)』という新しい雑誌が創刊されました。公式サイトを見てみると、「会費20,000円」「1,000部限定」「定価8,000円」という、新潮社が出版してきた雑誌では見たことのない単語が目に飛び込んできます。高額な値段設定や会員制など画期的なコンセプトにもかかわらず、会員数は順調に伸びていると言います。
そんな『工芸青花』の編集長を務めるのが、『芸術新潮』や「とんぼの本シリーズ」で美術や工芸、骨董を中心とした企画を手がけてきた菅野康晴さんです。
多くの出版社が読者の心をつかむ本作りに苦心する中、いま新雑誌を創刊する理由、そして『工芸青花』へのこだわり、出版や編集にかける思いをお聞きしてきました。

【以下からの続きです】
1/8「これだけ本が余っている時代に、今までは屋上屋を架すようなことをしていた。」
2/8「この身軽かつ心細い“個人商店”の感覚。」
3/8「これまで続けてきたことを、一冊の本に同居させる。」
4/8「物の魅力を稀釈せず、そのまま伝える本でありたい。」
5/8「両者の違いを知ってしまったので、後戻りはできませんでした。」
6/8「ほのかに『手』を感じる。その『ほのかさ』が好ましい。」
7/8「本も器も催事の参加券も、商品としての差はつけない。」

今まで感じたことのない「読者」との距離感、関係性

———読者というか、会員参加型の雑誌を目指すということでしょうか。

菅野:読者、という感じではもうないんです。会員の方たちとメイルやファクス、電話でやりとりして、お名前を訊き、名簿を作る。『青花』の発送や会のお知らせのときは宛名ラベルを作り、ひとつずつ封筒に貼って、手紙を入れて投函する。それで催事のときに実際に会って、「ああ、この方が」と思う。そして話をする。森岡書店の森岡督行さんが──彼も会員になってくれたのですが──「1,000人という規模は中学校みたいですね。顔は大体知っている。名前もなんとなくわかる。その遠くない感じがいい」と、あるトークイベントでいってくれて、そうだな、それはいいたとえだなと嬉しくなりました。「読者」という言葉には、顔をもたない冷たさを感じてしまうのですが、青花の会員はそうではない。仲間、というには早すぎるかもしれないけれど、知人でありたい。
 留守がちでなかなか通じなくて申し訳ないのですが、社にいるときに会員の方と電話で話すと、事務的なやりとりで終わらないことが多いです。メイルであたたかな言葉を添えてくださる方もいて、ありがたいなとしみじみしながら、励まされています。
 一方で、名の知られたある人が、人を介して「中身を見たいから貸してくれ」といってきたことがありました。「読みたいなら買ってください」と伝えてもらいました。実物を確かめたいなら販売店にゆけばあるし、みずから判断し、手間をかけて入会してくれた会員の方たちに申し訳ないと思いました。

———現在の会員数は?

菅野:700人を超えました

———告知や宣伝を特に行わずに、それだけ人数を集めるのはすごいですね。

菅野:本当にありがたいと思っています。文字通り、支えられています。

大きな組織でもできる、インディペンデントな出版

———出版、イベント、会員制以外に、作り続けるために考えていることはありますか?

菅野:すでに少しふれましたが、ウェブサイトを通じた物販です。年明けには伊賀のギャラリーやまほんとの共同企画で、やきものの酒器の販売を始めます。そのあとは木村さんのセレクトによる茶道具、花道具も考えています。
 また、『青花』以外の単行本も作り、『青花』と同様のやりかた──直販・買切──で売ってゆきたいと思っていて、すでに編集作業に入っている本もあります。いずれも小部数で、造本のしっかりした本です。

『工芸青花』編集長・菅野康晴さん

『工芸青花』編集長・菅野康晴さん

————新潮社という大きな組織の中から、新たな試みをすることで他の雑誌に与えるであろう影響については、どんなふうにお考えでしょうか。

菅野:先ほどもいいましたが、こうしたやりかたは知りあいの工芸作家や個人の店主にならったものです。それに出版界でも、同様の方法で制作・流通・販売している雑誌や本はすでにあります。たとえば若菜晃子さんが個人で出している山の雑誌『murren』もそうですね。若菜さんは「とんぼの本」で御一緒して以来、編集者としても書き手としても敬愛している人で、『青花』を考え始めたときに相談にいって、『murren』のやりかたを教えてもらいました。勇気づけられました。
 ただ確かに、大きいかどうかはともかく、いくつかの部門がある出版社でこうしたことを始めたのは、ひとつの試みかもしれません。『青花』がこれからどうなるかはわかりませんが、こうしたやりかた自体は、出版社という組織にいても、たとえひとりでも、やろうと思えばできるのだから、他でもやる人が出てくるといいなとは思っています。『青花』はたまたま私の過去のなりゆきから、美術工芸の分野の本ですが、スポーツでも、食でも、歴史でも、その人が得意なそれぞれの分野で、同時多発的に始まるとよいなと
 知りあいの陶芸家(器作家)がイタリアを旅したときに訪ねた製陶工場で、職人のおじさんに、「やきものの食器を作って生計を立てている個人作家がたくさんいるなんて信じられない」と驚かれたそうです。確かに、いわれてみれば日本くらいかもしれません、こんなに個人の器作家がいるところは。でも考えてみれば、仮にあした、この世から個人の器作家がひとりもいなくなったとしても、私たちは困りません。無印良品でも何でも、工業製品・大量生産の食器は世の中にあふれているからです。しかも安価です。ではなぜそうならないのか。現に他の国はそうなのだし、いつそうなっても不思議ではないと、じつは私も思っています。
 日本にはやきもの伝統があるから、とくに桃山期以降、茶の湯が築いた多様な器文化があるから──ということがよくいわれて、もちろんそれも一理あるとは思いますが、より大事なのは、個人作家の手仕事の器を、工業製品の食器とは明らかに違うものと感じて、考えて、買う人がいるということだと思います。少しいいかえるなら、「手仕事の器がある世界」と「手仕事の器がない世界」、そのどちらに住みたいかと問われたとき、前者とこたえるなら──私もそうこたえます──、これからは、その世界を支える、維持するという自覚にもとづいた投資(買うこと)が必要なのではないでしょうか
 ふたつの世界の違いはもしかしたらないのかもしれません。でも、あると感じる自分に嘘はつけません。本もそうです。『青花』はそうやって始めました。

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[『工芸青花』創刊インタビュー 了]

インタビュー&テキスト:榊原すずみ
(2014年11月5日、新潮社にて)


PROFILEプロフィール (50音順)

菅野康晴(すがの・やすはる)

編集者。1968年栃木県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、1993年新潮社入社。『芸術新潮』および「とんぼの本」シリーズの編集部に在籍し、美術・工芸・骨董を主に多くの企画を手がける。担当した本に、川瀬敏郎『今様花伝書』『一日一花』、坂田和實『ひとりよがりのものさし』、中村好文『住宅読本』『意中の建築』、金沢百枝・小澤実『イタリア古寺巡礼』、赤木明登・智子『うちの食器棚』、木村宗慎『利休入門』『一日一菓』、三谷龍二+新潮社編『「生活工芸」の時代』など。


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