2014年11月20日、新潮社より『工芸青花(せいか)』という新しい雑誌が創刊されました。公式サイトを見てみると、「会費20,000円」「1,000部限定」「定価8,000円」という、新潮社が出版してきた雑誌では見たことのない単語が目に飛び込んできます。高額な値段設定や会員制など画期的なコンセプトにもかかわらず、会員数は順調に伸びていると言います。
そんな『工芸青花』の編集長を務めるのが、『芸術新潮』や「とんぼの本シリーズ」で美術や工芸、骨董を中心とした企画を手がけてきた菅野康晴さんです。
多くの出版社が読者の心をつかむ本作りに苦心する中、いま新雑誌を創刊する理由、そして『工芸青花』へのこだわり、出版や編集にかける思いをお聞きしてきました。
【以下からの続きです】
1/8「これだけ本が余っている時代に、今までは屋上屋を架すようなことをしていた。」
“本当の編集”とはどういうことなのか
―――そうした、当時の仕事、編集方法を菅野さん自身はどのように感じていたのでしょうか?
菅野:単行本で大きな利益を出すにはそうした博打のようなやりかたが結局は手っとり早いと言われていたし、数字を見ていると確かにそうかもしれないと頷けることもありました。とはいえそれも、これまでの話で、これからは別のやりかた、もっと地味なやりかたをせざるをえないのではないかと、数字の推移を見ていて考えるようになりました。とくに自分がやってきた美術工芸の分野の本が「博打」向きではないことは痛感していたし、それでも、つまり大ヒットが出ないという前提で、そうした本を作りつづけるためにはどうすればよいのかを考えようと思ったのです。当然中身だけでなく──中身はこれまでとそう違わないものを作りたいのだから──流通・販売を含めた仕組を考え直さないとしようがないと思いました。
―――考えた結果、菅野さんなりの答えが「青花」ということなのでしょうか?
菅野:そうです。「青花の会」という会員組織を築き、『工芸青花』という会誌を作り、花会や展観のような催事を行ない、サイトを通じて物販もする、ということです。
―――新潮社を退職し、独立することもできたと思うのですが、あえて社内に属すことを選んだのはどうしてですか?
菅野:ここにいてそれをやることの意味があるように思ったからです。青花の会は、新潮社という組織の中で個人商店的なことをやってみるという試みでもあるので。それにもし仮に独立していたら、資金調達から始めることになります。何とかなったかもしれないけれど、『工芸青花』第1号をいまの時期に出せたかどうかわかりません。
―――新潮社という大きな組織を持つ会社の中で、“一抜けた”をするにあたって、難しさやクリアしなくてはならない問題などもあったかと思いますが。
菅野:まず考えたのは、基本的には全部自分たちでやるようにしようということです。通常、書籍を刊行するときは営業部、宣伝部、装幀部と連携しながら作業を進めます。受注、配本、発送作業なども、編集者がやることはまずありません。もちろん売上金の回収なども。
「青花」ではそれらの作業を自分たちでやっています。そうなると社内の会議、打合せの必要がほぼなくなります。この身軽かつ心細い感覚が、じつはとても大事なのではと思うようになりました。
『工芸青花』の一部は直販で販売店にも卸していますが、大半は会員への送付です。1,000部という小部数だからできることだと思います。こうしたやりかたは取材で知りあった工芸作家たち、ギャラリーや骨董商などの個人商店の皆さんが日々おこなっていることで、それにならったつもりです。
宣伝は草の根的な方法に絞って
―――では告知はどのようにやられたんですか?
菅野:まずTwitterとFacebookを始めて、続いてウェブサイト(kogei-seika.jp)を立ちあげました。サイトの制作も、決済システムは別として、外部に発注しませんでした。まずはそうしたウェブで告知を始めて、あとはリーフレットやフライヤー、葉書を作り、これまで知りあった方たちの中でこうしたことに関心を持ってくれそうな人々にお送りしました。全国各地の骨董店、ギャラリー、古書店、カフェ、旅館なども、既知未知を問わずリストを作り、案内を郵送しました。すべてあわせれば3,000〜4,000通くらいかもしれません。
新聞や雑誌といったマスメディアに広告を載せるという考えは初めからありませんでした。予算も限られているし、無理してそこにお金をかけるくらいなら制作費にまわそうと思いました。それに、これはもちろん一概にはいえないのですが、過去に見てきた数字では、美術工芸の本の場合、新聞広告の効果がさほどでないことも多かったのです。
「青花」は1,000部限定です。つまり1,000人です。一気には広がらなくても、少しずつ、コツコツと売ってゆけば、そうやって関心をもってくれる人と知りあってゆけば、何とかなるのではと思いました。そうした考えも、個人作家や個人商店の人たちの姿勢から学んだことです。
[3/8「これまで続けてきたことを、一冊の本に同居させる。」へ続きます]
(2014年12月18日更新)
インタビュー&テキスト:榊原すずみ
(2014年11月5日、新潮社にて)
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