INTERVIEW

ホンマタカシ×ミヤギフトシ:アピチャッポン・ウィーラセタクンの魅力を語る

ホンマタカシ×ミヤギフトシ:アピチャッポン・ウィーラセタクンの魅力を語る
「今までに見たことのない魔法的な見せ方をする映画だなと、すごく衝撃を受けましたね。」

映画『光りの墓』公開記念
ホンマタカシ×ミヤギフトシ:
アピチャッポン・ウィーラセタクンの魅力を語る

構成:小林英治

© Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

© Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

カンヌ国際映画祭でパルムドールを獲得した『ブンミおじさんの森』から5年、タイの映画監督アピチャッポン・ウィーラセタクンの待望の新作『光りの墓』が公開されました。プライベートでも彼と親交のある写真家のホンマタカシさんと、アピチャッポン作品にシンパシーを感じるという美術作家のミヤギフトシさんに、『光りの墓』を中心に、彼の映画の魅力を語っていただきました。
●本記事は、2015年3月20日に本屋B&B(下北沢)にて開催されたイベント「みんな大好きアピチャッポン。APICHATPONG, WHO?」『光りの墓』公開記念」を採録したものです。

[前編]

アピチャッポン・ウィーラセタクンとの出会い

ミヤギフトシさん(左奥)、ホンマタカシさん(右奥)

ミヤギフトシさん(左奥)、ホンマタカシさん(右奥)

ホンマタカシ(以下、ホンマ):ミヤギくんはアピチャッポンはいつ頃から見ていますか?

ミヤギフトシ(以下、ミヤギ):僕はアメリカに留学していたときに、『トロピカル・マラディ』(2004年)を最初に見て、すごい衝撃を受けました。それから過去作を遡ってDVDなどで見ていたんですが、2014年に京都で個展[★1]をしたときに、同じ会場で彼も個展[★2]をしていて、そのときに実際にお会いして少しお話しをしました。

★1:ミヤギフトシ個展「American Boyfriend:Bodies of Water」
2014年6月14日(土)~7月27日(日)@京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA、堀川団地
http://gallery.kcua.ac.jp/exhibitions/20140614_id=563#ja
★2:アピチャッポン・ウィーラセタクン個展「PHOTOPHOBIA」
2014年6月14日(土)~7月27日(日)@京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA
http://gallery.kcua.ac.jp/exhibitions/20140614_id=562#ja

ホンマ:僕が見たのはもう少し遅くて、カンヌでパルムドールを獲った『ブンミおじさんの森』(2010年)が最初です。それから当時あった吉祥寺のバウスシアターで特集上映(2012年1~2月)をやったときに、それまでの過去作を全部見ました。そのあと東京フィルメックスで来日したときに取材で会って、連絡先を交換したりして、彼のタイのチェンマイの自宅へ遊びに行ったりもしました。ミヤギくんが『トロピカル・マラディ』を最初に見たときの衝撃ってどんなところにあったのかな。

ミヤギ:やっぱり、ワケわからなさと、変身したトラに対峙する最後のシーンの凄さがイメージとしてまず印象に残りました。それから、僕も当時はアジア出身でニューヨークで活動をしてたので、アジア人でゲイの人がつくる映画の表現っていうのはどんなものなんだろうって考えていたところがあって、マジックリアリズムと少し違うかもしれないけど、南国の風景の中でホモエロティックな関係が進んでいくという、今までに見たことのない魔法的な見せ方をする映画だなと、すごく衝撃を受けましたね。それから過去作を遡って全部見て感じたのは、他の作品でも同性愛のモチーフはたびたび出てくるんですけど、彼自身、主題として同性愛を扱うということはなくて、その時々現れるホモエロティックな要素みたいのが独特だなと思います。例えば、他のゲイの監督の映画だったら脇役でゲイを入れたり分かりやすいやり方をするんですけど、彼はそれとはまた違って、すごい不思議な形で彼の同性愛的な嗜好が見えてくる瞬間があるのが面白いなと思いますね。

© Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

© Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

沖縄と通じるタイの風土

© Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

© Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

ホンマ:でもやっぱり、主題にはしないけどちょっとそういうところを感じるっていうところはあるんだよね。例えば今回だったら?

ミヤギ:今回の『光りの墓』とその前に公開された『世紀の光』、2つともだったんですけど、急に男性が勃起するシーンがあって、それをチョンチョンって突いたりするシーンが、すごい彼らしいなと思いました。

ホンマ:それも、あくまで男女の間でやるよね。それは確かに不思議だよね。各映画に一組くらいずつ同性愛カップル出したっておかしくないはずなのに、そこは敢えてやらない感じというか。やっぱり、フェミニズムとか同性愛とか、そういう性差を超えたところでやってるのかなという気がします。

ミヤギ:そうですね。あと『光りの墓』に関してすごい印象的だったのは、女性の霊媒師のケンに、眠り続けている兵士イットが憑依するんですけど、憑依した身体として女性であるイットがジェンというおばさんの脚を舐めるシーンがあって、それがものすごいエロティックかつ感動的なシーンで、衝撃でした。

ホンマ:見た目的には女性が女性の脚を舐めているんだよね。

ミヤギ:はい。それと、その脚を舐めるシーンがちょっと個人的に印象的だったのは、沖縄の作家で目取真俊[★3]さんという作家がいて、彼が「水滴」(1997年)という芥川賞をとった小説を書いているんですが、その小説世界と今回の脚を舐めるシーンだったり、全体的な眠りのテーマが見事に合致していたことです。「水滴」のストーリーを簡単に言うと、沖縄が舞台なんですけど、沖縄戦を生き延びて壮年になった主人公が、ある日目覚めると身体が動かないことに気づいて、寝たきり状態になってしまうんです。意識はすごいはっきりしているんですけど、自分の右脚に何かの水が溜まってどんどん肥大化していって、何もできない。そうして寝ていると、ある夜に兵士の亡霊が彼のもとに押し寄せてきくるんですけど、彼らが何をしたかというと、その主人公の脚に溜まった水を、足の指を吸ってどんどん飲んでいくんです。兵士たちは毎晩来るようになって、ある日その中の1人に、主人公が戦争中に怪我をして動けなくなったのを置き去りにしてきた同郷の親友が混ざっていることに気づきます。そしてすごい不思議なんですけど、その親友に足を吸われていると、彼は快感を覚えていって最後に絶頂に達するという不思議なシーンがあるんです。それと今回の『光りの墓』がかなりオーバーラップして、沖縄も亜熱帯の気候でタイと風景も似ていたり、不思議なつながりを感じて、映画を見て衝撃を受けました。このあいだアピチャッポンさんにインタビューする機会があって、このことを話したら彼もすごいびっくりしていましたね。

★3:1960年沖縄県生まれ。1997年、「水滴」で第27回九州芸術祭文学賞、第117回芥川賞受賞。2000年、「魂込め(まぶいぐみ)」で木山捷平文学賞と川端康成文学賞を受賞。2004年には小説「風音」を自ら脚本化し、東陽一監督によって映画化された。

ホンマ:そうか、ミヤギくんにとってはそういう風土的なシンパシーもあるんだね。

© Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

© Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

補完しあう美術活動と映画製作

ホンマ:アピチャッポンの映画というと、何かに憑依したり、変態したりっていうのがずっと描かれていて、ヨーロッパの人が初めて見たときはびっくりしちゃったと思うんだけど、でも日本人の僕たちとしては、そんな不思議な話じゃないよね。お盆には死んだ人が還ってくるっていうのは子供の頃からやってるわけで、そこのところの受容のしかたは日本人の僕たちと欧米の人たちではぜんぜん違うんだろうなと思います。

ミヤギ:そうですね。でも、結構こういう表現って、いわゆるオリエンタリズム的な消費のされ方をするのかなと思ったら、そういうわけでもなくて、向こうの人も意外とフラットに見てるなっていうのは感じますね。

ホンマ:でも、一方でそれが当然のことながら、わかりづらさに繋がってもいるよね。

ミヤギ:アピチャッポンは美術の活動もしていて、映画と同時並行して作っていたりするので、彼が行なっているいろんな表現の一つとしての映画、みたいな見え方もあるのかなとも思いますね。例えば、今回『光りの墓』で不思議な銅像がある森みたいなシーンが登場するんですけど、その骸骨のカップルの銅像をどこかで見たことあるなと思って、思い出したんですけど、先ほど話した2014年の京都での彼の個展で、「Fireworks」っていう作品があって、ある寺院で撮影したフラッシュの光にいろんな石像がどんどん浮かび上がってくるという作品なんですけど、それとほぼ同じものだったんです。インタビューでそのことを彼に聞いたら、どうやら、「Fireworks」を撮ったのはジェンの故郷の村だったらしくて、それがすごい気に入って、今回映画のために美術さんに作ってもらって、『光りの墓』の撮影場所であるアピチャッポンが生まれた故郷にセットとして置いたということでした。美術と映画そういうつながり方もしてるんだと面白かったですね。

© Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

© Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

役者の人生を作品に取り入れる

ホンマ:今ちょっとジェンの話が出たけど、彼女はアピチャッポン作品の常連で、そのジェンの存在感っていうのも、作品ごとにどんどん増してきたよね。

ミヤギ:そうですね。『世紀の光』にもジェンが出ているんですけど、そのなかで交通事故で脚を痛めたと言っていて、彼女の実人生が映画の中でも反映されているんですよね。役者たちの人生で起きたことを作品の中に取り入れているところも面白いなと思います。『光りの墓』のイットを演じた男性も、映画の中で「田舎で餅を売りたい」みたいなことを話してるんですが、パンフレットのプロフィールを見てたら、彼本人も「タイ東北地域で月餅の販売を行っている人」と書いてありました。

© Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

© Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

ホンマ:ジェンで印象的なのは、『ブリスフリー・ユアーズ』(2002年)で、彼女が森のなかで性行為するシーンがあるんだけど、それがまた衝撃的な生っぽさなんだよね。ちょっと話が戻るけど、そういうシーンの生っぽさはアピチャッポン映画の一つの特徴だよね。なんかこう、日本映画だと性行為もただ激しいとか、情念みたいな表現がされることが多いと思うんだけど、アピチャッポンのそういうシーンは、激しくもないんだけど、かと言ってすごい綺麗に仕上げましたっていう感じでもないっていうか、妙な生っぽさがあるよね。今回の脚を舐めてもらうシーンも、ジェンが年取ってもエロティックっていうか、アピチャッポンが彼女のことをエロティックに感じて扱っているのが興味深いよね。おばあちゃんとか、初老の人としては扱ってない。

ミヤギ:『光りの墓』では他にもジェンがものすごいいろんな恋をしてることが語られてますよね。生っぽさでいうと、今回こういう映し方もあるんだって面白かったのが、何故か途中で野糞をするシーンがあって(笑)。あれが面白くも不思議なシーンで、あれは何だったんだろう?って見た後もずっと思っていました。

ホンマ:しかもあれは、その前のカットが、すごい長い藪の固定したショットなんだよね。その画でずっと引っ張ってから野糞のシーンになるんだけど、全体のストーリーには全然関係ないっていう。

ミヤギ:ほんとにそこにある自然なものとして映されていますよね。

© Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

© Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

後編「映画を見て『これはスゴイのかもしれない』って思ったら、その気持ちを一番大切にしてほしいですね。」に続きます
(2016年4月6日公開)


『光りの墓』
CEMETERY OF SPLENDOUR

シアター・イメージフォーラムにて公開中、ほか全国順次ロードショー
http://moviola.jp/api2016/haka/

[物語]
タイ東北部。かつて学校だった病院。“眠り病”の男たちがベッドで眠っている。病院を訪れた女性ジェンは、面会者のいない“眠り病”の青年の世話を見はじめ、眠る男たちの魂と交信する特殊な力を持つ若い女性ケンと知り合う。そして、病院のある場所が、はるか昔に王様の墓だったと知り、眠り病に関係があると気づく。青年はやがて目を覚ますが……。

2015年/タイ、イギリス、フランス、ドイツ、マレーシア/122分/5.1サラウンド/DCP
製作・監督・脚本:アピチャッポン・ウィーラセタクン
出演:ジェンジラー・ポンパット・ワイドナー、バンロップ・ロームノーイ、ジャリンパッタラー・ルアンラム ほか
配給:ムヴィオラ

【公開中の劇場では下記トークイベントを開催!】
◆4月8日(金)18:45の回上映後「東北タイと音楽」
相澤虎之助さん(空族)✕soi48(宇都木景一さん&高木紳介さん)✕樋口泰人さん(boid)

◆4月9日(土)16:10の回上映後「アニミズムの裏にあるもの」
長谷川祐子さん(キュレーター/東京藝術大学教授)✕ 福島真人さん (文化人類学者/東京大学教授)

◆4月16日(土)16:10の回上映後「タイの政治状況と『光りの墓』」
ナラワン・パトムワット(Kyo)さん(キュレーター)✕福冨渉さん(『光りの墓』タイ語字幕翻訳)


PROFILEプロフィール (50音順)

ホンマタカシ

写真家。1962年東京生まれ。1999年『東京郊外』(光琳社出版)で第24 回木村伊兵衛写真賞受賞。2011年から2012年にかけて、個展「ニュー・ドキュメンタリー」を日本国内3ヵ所の美術館で開催。著書に『たのしい写真 よい子のための写真教室』(平凡社)がある。2016年イギリスの出版社「MACK」より、カメラオブスキュラシリーズの作品集『THE NARCISSISTIC CITY』を刊行した。

ミヤギフトシ

美術作家。1981年沖縄生まれ。東京在住。20歳のときにアメリカに渡り、NYのプリンテッドマターに勤務しながら自身の作家活動を開始。現在は、表参道のセレクトブックショップ「ユトレヒト」やアートブックフェア「THE TOKYO ART BOOK FAIR」のスタッフとしても活動しながら、創作を続ける。現在「六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声」(~7/19@森美術館)に参加中。http://fmiyagi.com

小林英治(こばやし・えいじ)

1974年生まれ。フリーランスの編集者・ライター。ライターとして雑誌や各種Web媒体で映画、文学、アート、演劇、音楽など様々な分野でインタビュー取材を行なう他、下北沢の書店B&Bのトークイベント企画なども手がける。編集者とデザイナーの友人とリトルマガジン『なnD』を不定期で発行。 [画像:©Erika Kobayashi]


PRODUCT関連商品

ブンミおじさんの森 スペシャル・エディション [DVD]

出演: タナパット・サーイセイマー, ジェンチラー・ポンパス, サックダー・ケァウブアディー, ナッタカーン・アパイウォン, チィラサック・クンホン
監督: アピチャッポン・ウィーラセタクン
形式: Color, Dolby, Widescreen
字幕: 日本語
リージョンコード: リージョン2 (このDVDは、他の国では再生できない可能性があります。詳細についてはこちらをご覧ください DVDの仕様。)
画面サイズ: 1.78:1
販売元: 角川書店
発売日: 2011/09/23
時間: 114 分