絵筆を武器に権威と立ち向かった“ゴンゾー”の相棒――
映画『マンガで世界を変えようとした男』
ラルフ・ステッドマン インタビュー
インタビュー・文:小林英治 (編集者・ライター)
「マンガで世界を変えようとした男」と聞いて、誰が思い浮かぶだろう? ウォルト・ディズニー? 手塚治虫? いや、ここで紹介するのはそういうマンガではない。ラルフ・ステッドマンは、新聞や雑誌の誌面や表紙を飾る風刺漫画(カリカチュア)の世界で、70年代以降に米ローリング・ストーン誌、ニューヨーカー誌などを舞台に、徹底した反権威、反体制を貫くアナーキーかつ過激な政治風刺漫画で一世を風靡した人物であり、77歳にして現役のアーティストだ。
あの“ゴンゾー”・ジャーナリズムの祖、ハンター・S・トンプソンの代表作『ラスベガスをやっつけろ』(Fear and Loathing in Las Vegas)の挿絵を描いた人物といえば、ピンとくる人もいるだろう(ハンターのドキュメンタリ映画『GONZO』にも登場する)。テリー・ギリアムが『ラスベガスをやっつけろ』を映画化した際に主役の一人を務め、生前のハンターとも親交のあったジョニー・デップが、本作のナレーションとインタビュアーを務めている。
15年の歳月をかけてこの作品を完成させた監督のチャーリー・ポールは、CMやミュージックビデオの分野で国際的に知られる人物。映画では、イギリスに生まれキャリアをスタートさせたラルフが、1969年にニューヨークへ渡って運命的な出会いを果たすハンター・S・トンプソンとの交流を舳に、ニクソン政権やベトナム戦争、銃社会、カウンターカルチャー、アフリカの飢餓や人権問題など、あらゆる社会的イシューに対して、ショッキングかつグロテスクな画風で「絵筆を武器にして」戦ってきた半生とその作品を紹介。随所に彼の絵を元にしたアニメーションを挿入したり、フィルムやビデオ、デジタルのムービーなど異なるフォーマットを利用した映像を組み合わせ、監督自身の表現上のチャレンジもうかがえる。
全篇を通して、「僕は彼から多くを学び、多大な影響を受けた」と語るジョニー・デップが訪れるアトリエで見せる実際の制作風景や、フランシス・ベーコン、レンブラント、ピカソ、ダ・ヴィンチといったラルフ・ステッドマンが影響を受けてきたアーティストの話、ハンター・S・トンプソンとの最後の会話やウィリアム・バロウズとの交流シーンなど、ここでしか見ることのできない貴重な映像が満載だ。そのパンク精神あふれたラルフ・ステッドマンの生き方と、その根源にある少年時代の体験、そして終盤にふと漏らす現在の心の内などは実際の映画を劇場でご覧いただくとして、ちょうどロンドンのギャラリーで個展開催中の彼に急遽行なった電話インタビューをお届けしよう。
間違いこそが新しいことをするためのきっかけになる
――ストーリーマンガではなく1枚の画で描くことの最大の魅力は?
ラルフ・ステッドマン(以下RS):1枚の画だけで充分に自分が表現したいものを表現できるし、充分に物語を語ることはできるからね。
――では、あなたの画を元に監督がアニメーション化した部分をどう感じました?
RS:実は映画のアニメーションについては結構不満があるんだ。スムーズに作りすぎている感じがするね。パラパラ漫画みたいなオールドスタイルのアニメ―ションなんかはとても好きだけど、最近のコンピュータ技術が駆使されたアニメはあまり好きじゃないんだ。
――何も考えずに白い紙にインクを筆で投げつけて描き始めるところが興味深かったです。では逆に画の完成はどこで決まるのでしょう? また1枚にだいたいどのくらい時間をかけるのでしょうか。
RS:完成がどこで決まるかって、そんなの自分が描くことに興味をなくした時だよ(笑)。私自身も完成するまで何ができるかなんてわからないんだ。いつも、自分で描きながら何ができるのだろうと、「イベント」が起こるのを楽しみにしている。描き上げるのにかかる時間はサイズや作風によって異なる。10分でできるものもあれば、1時間、あるいは3日間かかるものもある。
――画材にはかなりこだわりがあるようです。黒は墨汁を使っているようですが、西洋のインクとの違いは?
RS:西洋のインクの違い……なんだろうね(笑)。何で”Indian Ink”(墨汁)って言うんだろう? 色々な人から「鉛筆で下描きをしないのか」と聞かれるけど、私はそんなことはしない。いきなりインクで描き始めるんだ。「間違えないのか?」と聞かれれば、「一度もない」と答える。そもそも「間違い」など無いし、間違いこそが別の新しいことをするためのきっかけになるんだ。
人生で一番大事なことは、正直で思慮深く善良であること
――あなたにとってアトリエはどのような場所ですか?
RS:スタジオは家の離れにあって、私にとってはペンキを床にたらしても、好きなだけぶちまけても良い場所(笑)。クモやてんとう虫のお家だから、あまり長居もできないんだ。
――日本のマンガを見ることはありますか? マンガ家に限らず日本のアーティストで興味のある人がいたら教えて下さい。
RS:いや、いないな。アイ・ウェイウェイがずっと日本のアーティストだと思っていたんだけど、彼は中国人だよね。彼は素晴らしいよ。映画が出品されたトロント映画祭でアイ・ウェイウェイの作品を見たけど、彼には世界をいかようにも変換できる能力が備わっている。
――ハンター・S・トンプソンからあなたが最も影響を受けたことは? 逆に、あなたが彼に与えたものは何だと思いますか?
RS:2人とも同じものだよ。2人である出来事を取材しにいくと、私たち2人が「出来事」になって、そのことが「物語」となる。それがコンゾー・ジャーナリズムなのさ。
――現在のメディアやジャーナリズムについてはどう思いますか? また、今関心を持っている世界の出来事があれば教えてください。
RS:今一番の関心事は、行方不明になったマレーシアの飛行機。それと、ウクライナの情勢についてだ。新たな冷戦が勃発するようなことにはならないと思うけど、非常に由々しき事態だと思っている。
――最後に映画を観る若い世代にメッセージをお願いします。
RS:人生で一番大事なことは、正直で思慮深く善良であることだ。ただ、全ての人に対して「善良」でいるなんてことはできない。だけど、そうであるよう努めるべきなんだ。政治家なんかは、「これもやる」「あれもやる」と票集めのために都合のいいことを約束するが、あれは止めてほしい。君たちも、「私は完璧ではない。だって人間なのだから」と正直に語ってほしい。
[ラルフ・ステッドマン インタビュー 了]
『マンガで世界を変えようとした男』
監督:チャーリー・ポール
出演:ラルフ・ステッドマン、ジョニー・デップ、ウィリアム・バロウズ、テリー・ギリアム、
音楽:スラッシュ 字幕:堀上香 字幕監修:野村訓市
2012 年/アメリカ/89 分/ビスタ 原題:For No Good Reason
配給:ザジフィルムズ (c) ITCH FILM LTD 2013
シアター・イメージフォーラムで上映中(全国順次公開)
http://www.zaziefilms.com/steadman/
〈風刺画家ラルフ・ステッドマン〉をもっと知るためのトークイベント
■3月22日(土)19:15の回上映前
ゲスト:ピーター・バラカン(ブロードキャスター)、生井英考(立教大学社会学部教授)
会場:シアター・イメージフォーラム
http://www.imageforum.co.jp/theatre/
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