第20回 付箋としおりと締切と
4月になり新年度が始まった。私も先日まで大学が長期休暇だったため、その間は、春からの講義準備や研究活動に時間を割いているわけなのだが、モノを創りだすためにかかる時間は、実際のコンテンツ(講義をコンテンツと呼んでいいのかわからないが)の長さより短くなるということは決して無い。例えば90分間の講義であれば、その1回分の準備には実際に話す時間の何十倍もの膨大な時間がかかっている。
特に、新年度からは新しい講義が始まるため、春休みが終わるまでになんとかして講義資料になる大量の本全てに目を通さなければならない。
資料として使う本を読むというのは、いわゆる「読書」とはちょっと違う。一冊の頭から終わりまで隅々と読むというわけではない。
言葉は悪いが簡単に言ってしまうと、私にとって資料のための本を読むという行為は、本の中から「使える部分」と「使えない部分」を仕分ける作業に近い。そもそも「何が起こるかわからない」ということを期待して読む小説などとは違い、「こういう事を知りたい」と明確な目的を持って読み始めているので、知りたいことが載っている部分だけ読めれば十分なわけだ。
このような考え方のため私が「読書」をする時はいつも、パラパラとページをめくりながら「このページは使える」と判断したところにはどんどん付箋を貼っていき、後でもう一度参照できるようにページの仕分けをしていく。
また、資料にする本は比較的分厚いものが多く、一度に本一冊分のページの仕分けをするのは時間的にも難しいため、仕分け用の付箋とは別にしおりを使って「今日はここまで」とすることも多い。
さて、付箋やしおりはどちらも同じ「ページに目印をつけるもの」というカテゴリーに入れて理解していると思うのだが、実際には全く異なる機能を持った道具だ。
例えば付箋は、気になるページ(や文章)があったらその都度どんどん貼っていく。そして一通り読み終わった時には、付箋が「貼られているページ」と「貼られていないページ」の二種類が出来上がる。
つまり付箋とは、それぞれのページや文章のステータス(状態)を変えるものだということになる。それは分類や区別に近く、他のページとは違うということだけを示せればいい。
付箋を使わない人はよくページの角を折ったりするが、これも「ページのステータスを変える」という機能としては同じだ。
一方しおりは、ページ自体のステータスを変えるという機能は持っていない。しおりは、ページではなく、本全体に関与する。本全体の中で、今自分はどの辺りを読んでいるのかという位置情報を示す機能を持っている。それは決して本のページを分類したり、序列をつけるというものでは無い。
このように、付箋としおりは全く異なる機能を持っているが、一つ重要な共通点がある。それは、「情報を自分の頭の外に出せる」という機能だ。つまり付箋やしおりを使えば、どのページが大事だったとか、本をどこまで読んだかを覚えておく必要がなくなる。
私たちはこうした些細なことでも、頭に入れたままにして「覚えておく」ということに対してかなりのストレスを感じる。それは、意識して「覚えておく」という行為の裏に「覚えておかなければならない」という義務感が、自分の心のどこかで発生しているからだ。
私たちは、たとえ好きな事だとしても、「〜しなければならない」というように義務と意識した途端にストレスを感じ、モチベーションも下がる。その一方で、義務として与えられたからこそ、義務でなかったら到底やらないような面倒くさい事をこなせることもある。
つまり義務とは、好き・嫌いを超越した価値判断をもたらしてしまうものなのだ。私たちは付箋のような道具を活用することで義務から逃れつつ、締切という義務を利用することで、ついつい怠けてしまう自分の心を律しながら、期限内に仕事を完成させている。
という感じで「義務は大事、義務は最高」と自分に言い聞かせながら、大量の資料になんとか目を通し終わった私は、これから新年度の講義に臨むのであった。
[まなざし:第20回 了]
DOTPLACE LABELより電子版「まなざし」好評発売中。
過去にDOTPLACEで連載されてきた「まなざし」第1回〜12回の再編集版に加え、電子版限定のテキストも収録。
イラストレーター・Noritake氏による複数の描きおろしイラストも新たな見どころです。
[BinB Store、Kindleストア、他電子書籍ストアにて発売中]
※BinB Storeでお買い求めいただくと、購入特典として
『まなざし』のEPUBデータもダウンロードすることができます。
★電子版『まなざし』の最新販売状況などについて詳しくはこちら。
価格:300円+税
イラスト:Noritake
カバーデザイン:山本晃士ロバート(ユーフラテス)
編集:後藤知佳(numabooks)
発行:ボイジャー
★DOTPLACEのオリジナル書籍レーベル「DOTPLACE LABEL」について詳しくはこちら。
COMMENTSこの記事に対するコメント