●「ファッションは更新できるのか?会議」とは?
2012年9月から約半年、全7回にわたり実施されたセミクローズド会議です。消費者のソーシャル化、知的財産権への意識の高まりといった社会状況の変化は、現在のファッション産業に避け難い変容をもたらすと同時に、新しい創造性を獲得する契機をもたらしています。この会議では、他分野における現状とファッション界の状況を対比し、社会の「設計」や「構造」=アーキテクチャと向きあって試行錯誤を行っている実践者(デザイナー、メゾン関係者)、販売店、批評家、メディア関係者、ウェブデザイナー、研究者、法律家などを招き、ファッションの更新の可能性について議論しました。
※本連載は、2013年8月に刊行されたZINE『ファッションは更新できるのか?会議報告書』から抜粋し掲載しています。
Vol.5 コミュニティからうまれるものづくりの生態系
──コスプレイヤー、デコラー、ユザラー、デコクロ、キタコレ、手芸……(後編)
日時:2013年2月23日(土) 15:00〜17:30
場所:こけむさズ[東京都杉並区]
登壇者(ゲスト)=鈴木清之(デコクロ部)、山下陽光(途中でやめる)、横山泰明(『WWDジャパン』記者)、本橋康治(「ACROSS」編集・ライター)、小竹一樹(伍戒)、ヌケメ(デザイナー)+よしだともふみ(テクノ手芸部)+山本詠美(FabLab Shibuya)
登壇者(実行委員)=永井幸輔(Arts and Law/弁護士)、金森香(NPO法人ドリフターズ・インターナショナル)、幸田康利(有限会社オープンクローズ)
モデレーター=水野大二郎(慶応義塾大学環境情報学部専任講師/『fashionista』編集委員/FabLab Japanメンバー)
※登壇者の肩書きなどは、ZINE『ファッションは更新できるのか?会議報告書』掲載当時のものとなりますのでご注意ください。
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★前編からの続きです
[プレゼンテーション4]本橋康治
フェティッシュとファッション
本橋──パルコのマーケティングサイト「ACROSS」で編集とライターをやっている本橋です。本日はコスプレ文化の現場の話をさせていただきます。いま「コスプレ」と言ってもその解釈がすごく広くなっていて、コスプレイヤー兼アーティストとして作家性を追求する方がいれば、自分自身の表現として趣味として楽しむ方もいます。たとえば、着ぐるみストの「みーな」ちゃん は中身も女の子で、実際お顔を拝見すると可愛い。じゃあ、なぜわざわざこの活動──フェティッシュの世界では「トータル・エンクロージャー」というジャンルのひとつですが──をするのかというと、全身タイツで頭から足の先まで全部布で覆ってしまうことで、変身願望が満たされるとともに、ものに完全に包まれることによる快感を得られるからだといいます。その二つのフェティッシュが結びつくさきに着ぐるみという文化が形成される ☆3わけですね。
ほかには「ケモナー」というのもあります。ケモナーは、トータル・エンクロージャーに加えて、さらにアニメのキャラ萌えの要素と動物に性的な視線を与える背徳感というさまざまなフェティッシュが結びついた形態であることが面白い。この分野はまだ新しいのですが、多種のジャンルが結びついてたいへんなことになっています。
水野──重要なのは着ていく場所で、集って最新の情報を共有できる場があることが、この文化が活気づくポイントでしょうか。
本橋──もちろん現場に着ていくということもあるのですが、彼らの表現の場として「ニコニコ動画」もあります。ケモナーというタグを探すとたくさん見つかりますが、音楽に合わせた可愛い動きやダンスのうまさなどが競われています☆4。モノの完成度の自慢合戦というより、動きの可愛さとか文脈を踏まえた完成度をシェアしていく感じです。ニコニコ動画はコメントも付くし、いまはウェブでも場を共有していくのが大事なことなのかもしれません。また、お台場やとしまえんにはイベントがなくてもコスプレイヤーが集まっていますが、そこで何をしているかというと、キャラクターの「合わせ」といって、ただ集まって撮影会をして解散する。つまり場所を自分たちでつくるという方向にもシフトしていて、そこが最近の新しい動きなのかなと思っています。
金森──このような衣装は自分たちでつくるものなのでしょうか。たまたま検索中に見つけたのですが、この「ギャクヨガ」というウェブサイトでは、武器、戦闘服、武将のコスチュームまで、すべてを手作りされています。アイテムをクリックすると、ていねいにつくり方が紹介されていて、費用や作成時間まで出ている。道具の買付先や選び方なども紹介しています。オーダーメイドも受け付けていますね。
本橋──『ゴスロリ』などのファッション誌でもいまでは当たり前のように型紙が載っています。自分しかつくれないという自慢よりも、さきほどの自主的な撮影会のためにもプレーヤーがたくさんいたほうが楽しいという考え方なのかもしれません。
[討議]
「新しい欲望」に対してファッションができること
横山──今回登場した人たちはいずれもインパクトがありましたが、ファッションやアパレルという非常に大規模な産業のなかでは、その形態を揺るがすほどには至っていないようにも感じます。レディー・ガガが高円寺で買い物したことやデコクロ★1がテレビで取り上げられたときには無視できない状況にもなるのですが、かなり特別なケースです。それから、ケモナーのようなコアな層が、ゆるキャラブームなどの一般的な社会現象に紛れ込む可能性があって恐い部分もありますね。今後は一般的な産業形態とこういうアンダーグラウンドな動きがぶつかりあって、新しい動きが生まれたらすごく面白いと思います。
水野──もともとファッション業界全体としては予想不可能で突飛な創造力を寛容に受け入れてきたはずが、市場原理が優先された結果、デザイナーの創造がたんに無難なものづくりにシフトしている。それがいわゆるファストファッションの隆盛につながっている気がします ☆5。
横山──デザイナーのコレクションなどを見ていると、やはりファストファッションや大手企業は洗練された印象を受けますね。その評価軸で比較すると、インディーズ系が魅力なく見えてしまうというのが自然な感覚です。
蘆田──京都服飾文化研究財団の蘆田裕史です。いま出た話で、1990年代以降、ファストファッションや大手のアパレルの製品がそれなりにデザインも良く、クオリティも高いうえに安価なので、インディペンデント・ブランドはそれなりのものづくりをしても受け入れられないという状況があります。とはいえ、そのインディペンデントなブランドの視点は、服としてのクオリティと価格だけに向けられているわけではないので、おそらく受け手側が服に対してどういう価値を見出していくか──つまり受け手の意識をどう変えていくかということ──を考えていかないと、「ファッションは更新できるのか?」を深く掘り下げていくことができないのではないかと思います☆6。
水野──なるほど。この一連の会議では、どちらかというとつくり手あるいは売り手が抱える問題を中心に、例えばクリエイティブ・コモンズ・ライセンス★2(以下、CCライセンス)の話や、両者の関係性などをテーマとしてきました。というのも、この会議のなかでは、買い手となる人をすでにかなりの割合でプロシューマー的な立場としてとらえてきたからです。デジタル・ファブリケーションにおいては、デジタル工作機械を使って誰もがモノをつくる可能性があるということです。そうなってきたときに、じゃあなにを持って、ファッションの価値とするのかがいまは過渡期にあってわからない。今回の会議ではそのあたりを中心に議論してきたのかなと思います。
金森──私がこの会議を始めたきっかけとして、CCライセンスという価値のあり方に出会ったり、ファッション・ブランドの経営者としてこの数年の時代の変化を強く感じていたことがあります。加えて、「新しい欲望」というキーワードがこれまでの会議でも出ましたが、その欲望に対してファッションはなにができるのかということをいろいろな人と意見交換したいという想いを持つようになりました。そうした時代において、ファッションのデザインやファッション・ブランドのあり方、あるいは小売の方法論かもしれないですが、なにかしらのリアクションをしたいなと。会議をするだけで結論に辿り着くとは思っていませんが、自分も含めて会議に参加した方それぞれが、なんらかの新しい方向にファッションを考えられるように、また次の時代に投げるボールの方向をより多様に考えられるようになればと思っています。
★1:ユニクロ製品をもっと楽しくポジティヴに着たいという思いから生まれた活動。ユニクロを簡単にデコってカスタマイズする方法を提案。
★2:インターネット時代における新しい著作権ルールの普及を目指し、さまざまな作品の作者自身が「この条件を守れば私の作品を自由に使って良いですよ」という意思表示ができるツール。詳しくはVol.1も参照。
[コミュニティからうまれるものづくりの生態系:了]
◎補足
☆3:ファッションとしてのコスプレ文化についての研究には『コスプレする社会──サブカルチャーの身体文化』(成実弘至 編、せりか書房、2009)がある。そこで成実はコスプレの動機を他者との同一化を介した主体生成としているが、トータル・エンクロージャーという形態においては主体の場が極端に切り詰められていると言えるだろう。そこではもはや所与の身体は露出しておらず、端的に「他者であること」「他者になること」が目指されている。自己を改変する試みとしてのファッションは所与の身体との相克の内にあるが、「100%包まれる」というもっともラディカルな改変に至っては、もはや所与の身体は必要ではない。また、それらが「着ぐるみ」であり、着脱可能な〈軽い〉身体加工である点も指摘しておくべきだろう。着ぐるみと同一化しつつ、アバターやアカウントを切り替えるようにアイデンティティを着脱するトータルエンクロージングなコスプレは現代の虚構的な身体観を体現しているのかもしれない。
☆4:コスプレ文化に限らずファッションには元来タグやラベルといった性質がある。諸コンテンツ間のネットワークを形成するハイパーリンクとしてのタグはウェブ上にノードとしての空間を与える。特定の時空間に限定された祝祭的なコスプレ文化はインターネットアーキテクチャの変容によって、インターネット自体の内部にその場を得たと言える。それらは、現実の場とどの程度等価だろうか。TPOによって服装を変えるように──あるいはそれを侵犯するように──、われわれは現実と虚構をフラットに行き来するようになるだろうか。そうしたあらたなリアリティとコスプレという文化との間には一定以上の親和性が認められる。
☆5:市場の合理化の波はファッションに大きな影響を与えており、無難で安価、かつ洗練されたイメージをつくり出すファストファッションに対して、予測不可能な突飛な想像力が顧客を得るのはいままで以上に難しくなっている。しかし、本会議で一貫して検討されてきたように、そのような傍流の想像力を人為的に再生産する試みは「予測不可能性の予測可能性」といった再領土化/囲い込みのアポリアにほかならず、方途によってはその固有な創造性を損なうことにもなりかねない(特にVol.2を参照)山下が指摘したように高円寺のような地域に根ざしたものづくりのコミュニティは優れて〈自生的〉であり、それ故の魅力を備えている。ものづくりとコミュニティについてはVol.1も参照。
☆6:クオリティや価格の相関に還元されないファッションの価値は、以下で金森が指摘する「新しい欲望」という議論と直結するだろう。一般交換価値としての貨幣と、商品としての衣服といった図式からはみ出すような欲望は本会議でさまざまなかたちで検討されてきた。歴史性に根ざした知的欲望、自分でつくる欲望から誰かのためにつくる欲望へ、改変する欲望、コミュニティへの欲望、制作過程に参加する欲望……。こうした諸欲望をあらたなかたちでファッションと結びつけること。それが本会議のひとつの目標であったと言える。
★この会議Vol.5の小括や関連インタビューなどは、2013年8月に刊行されたZINE『ファッションは更新できるのか?会議報告書』に掲載されています。このWeb版と合わせてぜひお楽しみください。
★今回で「ファッションは更新できるのか?会議 報告書 on Web」の掲載は最後となります。今後の情報は「ファッションは更新できるのか?会議」のFacebookページやTwitterなどにご注目ください。
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