●「ファッションは更新できるのか?会議」とは?
2012年9月から約半年、全7回にわたり実施されたセミクローズド会議です。消費者のソーシャル化、知的財産権への意識の高まりといった社会状況の変化は、現在のファッション産業に避け難い変容をもたらすと同時に、新しい創造性を獲得する契機をもたらしています。この会議では、他分野における現状とファッション界の状況を対比し、社会の「設計」や「構造」=アーキテクチャと向きあって試行錯誤を行っている実践者(デザイナー、メゾン関係者)、販売店、批評家、メディア関係者、ウェブデザイナー、研究者、法律家などを招き、ファッションの更新の可能性について議論しました。
※本連載は、2013年8月に刊行されたZINE『ファッションは更新できるのか?会議報告書』から抜粋し掲載しています。
Vol.4 ファッションがアノニマスデザインに託す願いとは(後編)
日時:2013年1月20日(日) 15:00〜17:30
場所:Loftwork Lab[東京都渋谷区]
登壇者(ゲスト)=岡田 栄造(デザインディレクター/京都工芸繊維大学准教授)、鈴木 潤子(@J代表/株式会社良品計画宣伝販促室アトリエムジ シニア・キュレーター)、ドミニク・チェン(株式会社ディヴィデュアル)
登壇者(実行委員)=永井幸輔(Arts and Law/弁護士)、金森香(NPO法人ドリフターズ・インターナショナル)
モデレーター=水野大二郎(慶応義塾大学環境情報学部専任講師/『fashionista』編集委員/FabLab Japanメンバー)
※登壇者の肩書きなどは、ZINE『ファッションは更新できるのか?会議報告書』掲載当時のものとなりますのでご注意ください。
[討議]
デザインの「生命的挙動」とユーザーの役割
横山──ドミニクさんの話をファッション業界にあてはめて考えてみると、ネット上でいろいろなコレクションが発表後即時に見られるようになった状況と関係しているのかなと思いました。たとえば昔から、雑誌を切り貼りしてストーリーボードをつくり、それを見た複数のサプライヤー(納入業者)が数日でサンプルをつくって、最終的にそこから会社を選ぶ、そしてそれが店頭に並ぶ、というフローがあります。すごくスピーディーなシステムですが、そのリソースが、最近は「WGSN ★12 」をはじめとするウェブに移行していることを想起しました。
水野──情報だけをひたすら蓄積して実際につくっていくというつくりかたは、ほかの領域でもありますか。
岡田──デザインでも情報サイトはいっぱいありますが……。プロダクトの場合は、ファッションに比べて膨大な量をつくる必要がないので少し事情が違うかもしれない。
水野──工業デザインの場合だと、金型への投資回収まで等比較的長いスパンで考えられているところもあるのだと思いますが、デジタル化すると初期投資がすごく安くなりますよね。ファッションでデジタル化の試みはありますか。
横山──ある日本の染色メーカーが生地を染めるインクジェットプリンタを自社で開発して、いろいろなパターンやデザインの型を選んでもらうと、2週間後くらいに洋服になって届くという取り組みはありますね。
水野──デジタルという点では、ドミニクさんが「生命的挙動」というキーワードを挙げて、バリエーションが進化を遂げていくデザインの話をされましたが、その可能性はどういうところにあるのでしょうか。
横山──NIKEiDはそれに近い事例といえるかもしれません。NIKEは1枚の素材をヴァキュームして凹凸を表現する「VAC TECH」という技術も持っていますよね。型にインジェクションして靴をつくる方法を開発していて、はじめから3Dで完成してしまう。街中のFabLabみたいなところにみんなで集まって自分の好きな靴をつくる、という動きが始まる可能性はあるかもしれない。
水野──「生命的挙動」ともいえる連鎖的で創造的な進化がある一方、それを実際に引き受けていくこれからのユーザーはどうなっていくのか──。今日、僕が第一に聞きたかったのはこの点です。それと関連して、アップルのコンピュータ開発にも関わった認知科学者のドナルド・A・ノーマン(Donald Arthur Norman、1935-)が、デザインプロセスに関する論文を書いています。ノーマンによれば、デザイン・プロセスは「みんなでより遠くに行くような改善型プロセス(インクリメンタル・イノベーション)」と、「特定の人が早く行くようなプロセス(ラディカル・イノベーション)」に分類されるということです。つまり、ユーザー巻き込み型のデザインプロセスにも向き/不向きがあるというわけです。この話もふまえつつ、これからのデザインを考えるにあたり、「匿名/顕名」の問題やユーザーの関わり方をどうとらえていけばいいのでしょうか。
岡田──たとえば、ウェブサイトやソーシャルゲームをつくると、まさにユーザーの共同が見えてきますよね。どのボタンをいつ押してその次になにをしたのかを見ながら、そうした可視化された共同性にアダクティブ(適応)していく。閃き的にデザインするというよりも、ユーザーの求めているものを探していくやり方がいまの主流なんですね。ただ、それが面白いデザインなのかは別の話で、そのようなアノニマスな集団が気づいていないものがきっとあるはずで、それを見つけ出さなければならない。それは、みんなで意見出しすれば見つかる類のものかといえば、そうではない ☆8 。
永井──アノニマスと、ものの価値の可視化は、面白い論点です。ドミニクさんがプレゼンテーションのなかで示唆したように、いろいろな人がどう手を加えていまこの作品があるのか、そのコンテクストを可視化することが新しい価値の創出につながっていくのではないでしょうか。そのことによって、顕名のメリットもこれまでとは異なる文脈に大きく変わっていくのだと思いますが、あくまで、カリスマがそのファンを生み出していくスティーブ・ジョブズのような差異のなかで語られるべきですよね。
ドミニク──新しいプロダクトをつくるときに、必ずしもみんなが望む成果を目指すだけではありませんよね。たとえば、初期のアップルのようなベンチャー企業は誰も発見してない定理を具体化する必要があります。一方で、大企業はビッグデータを活用して──たとえば無印良品のユーザーは相当な規模になるはずですが──そのなかからデータを拾い上げる技術がより重要になるはずです。ものづくりや開発の規模によって、目指すべき理想が違うのかもしれません。
水野──そのうえで無印良品の魅力的な点は、自分のライフスタイルにあわせてこうやって使える、などと想像を喚起させるところです。商品にアフォーダンスがあるのだと思います。それから、反対に理想のライフスタイルを投射する対象ともなりえますよね。たとえば、「空想無印」というプロジェクトです。ユーザーが無印良品にあったら良いなと思う商品をデザインするという試みで、よく考えると誰にとってメリットがあるかよくわからない謎の企画ですが、それを支えるコアなファン層がいるわけです。ユーザーとの関係性という意味では、すごくおもしろいと思うんですよね。自分のブランドでもないのに、「これ、無印にあったら絶対いい!」という提案が集まるのはすごく不思議なことです。ファンとの関係を維持するためのプラットフォームをどうやってつくるかは、ものづくりを考えるうえで、今後、ますます重要になっていくのではないかと思っています。
★12:「ものづくり」のプロフェッショナルのためのオンライン・リサーチサービス。イギリスを代表する総合メディア会社イーマップの子会社で、世界中から収集されたファッション、ライフスタイル、デザイン業界の最新情報とおよそ2年先までのトレンド分析を提供している有料のサイト。 http://www.wgsn.com/
アノニマスデザインとデザイナーの役割
水野──ビッグデータの利活用などによってデザイナーの権限や能力が低下しうる可能性を、どう理解するかも今日のテーマのひとつです。これまでのようなスーパースターのデザイナー像は今後も有効なのかという議論もありますが、少なくとも死滅することはないでしょう。ただし、ほかのやり方も考えることが明らかになりつつありますね。
岡田──すべての情報が編集可能な状態になることで、だれも権利を主張できないとか、作者の情報が認知されるよりもはやくコピーされてしまうなかで、「作家」がどう成立するかは面白い問いです。
水野──料理を例にして考えてみると、「クックパッド ★13 」とスペインのレストラン「エル・ブリ ★14 」の対比がありますね。クックパッドでは普通の人がさまざまなレシピを公開、共有しています。実験的なものも数多く含まれていますが、その多くは家庭でできることが前提です。他方「エル・ブリ」は教育を受けた「シェフ」が実験的調理をやっている。家庭では摸倣しづらいことに価値があります。これまで「作家」としてのファッション・デザイナーはエル・ブリのような立場を目指してきましたが、デコクロ部 ★15 の部員のような新しいデザイナー像が台頭してきました。つまり、岡田さんの指摘は「普通の人のデザインが顕在化してきたことを、われわれはどうとらえるべきか」という問いでもあると思うんです。
鈴木──無印良品にも優秀なデザイナーはたくさんいて、限られた条件で最高のものをつくっています。彼らは、シンプルを突き詰めるとどうなるかというデザインをしているわけで、けっしてノンデザインではない。デザインしている方向性がいわゆる「世の中をアッと言わせてやる!」というタイプではなく、引き算のデザインといえばよいのでしょうか。ただし、「無印良品」という名前が世界的に有名であることを考えると、ちょっと矛盾を孕んでいますね。
金森──ファッションのものづくりのプロセスは、実際、いろいろな人がさまざまに関わっていて、ワンマンで全部の制作はできません。そういう意味では、今日の話を聞いていて、私たちも含めて、ファッション・ブランドというものも意外とアノニマスっぽいシス
テムを持っているのかなと、今日の話を聞いていて思いました。
水野──チームワーク(teamwork)による創造ですよね。
金森──パタンナー、生地を開発する人、MDがいて、お客さんの意見も反映させながらできていくわけじゃないですか ☆9 。それもアノニマスなんですか?
水野──いま「ワークショップ」というと、「工房」から派生して、「共同制作」という意味が強くなりつつある。なにかをつくってみんなで課題を解決しましょうという意味で使われるようになっていています。そのさきには、あらゆる他者の介在によって新しいアイデアを生み出していこうとする場、といった意味も生まれています。金森さんの言ったチームワークの「チーム」を構成する要素は、いまでは、ユーザーをはじめとする「あらゆる他者」にまで拡張されている。そのことが新しい「アノニマスデザイン」の鍵を握るのかもしれないし、ドミニクさんが紹介したように情報技術によって担保されているのではないでしょうか。
★13:ユーザーが料理のレシピを投稿、検索ができるウェブサイトのサービス。利用者は「2000万人以上(月間ユニーク・ユーザー数、2012年7月時点)」 http://cookpad.com/
★14:イギリスの雑誌『レストラン』において5度の世界一のレストランに選ばれ、世界一予約が取れないレストランと称される。シェフであるアドリアの多忙により2011年7月30日でレストランとしては閉店している。
★15:ユニクロ製品をもっと楽しくポジティヴに着たいという思いから生まれた活動。ユニクロを簡単にデコってカスタマイズする方法を提案。
[ファッションがアノニマスデザインに託す願いとは:了]
◎補足
☆8:さらに、「可視化された共同性」は合意形成の方法として利用される可能性も孕んでいることを指摘しておきたい。
☆9:そのような外部を巻き込むことによるものづくりについては、ZINE『ファッ
ションは更新できるのか?会議報告書』所収の『「THEATRE, yours」とは何か——プロセス・デザインの実験』でも語られている。
★この会議Vol.4の小括や関連インタビューなどは、2013年8月に刊行されたZINE『ファッションは更新できるのか?会議報告書』に掲載されています。このWeb版と合わせてぜひお楽しみください。
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