マンガを取り巻く現況を俯瞰し、マンガと人々がいかにして出会うことができるか、その可能性を綴ったDOTPLACEの連載コラム「マンガは拡張する」。これまでの全10回の更新の中で著者の山内康裕が描いた構想を、第一線でマンガ界を盛り上げる人々に自らぶつけていく[対話編]の4人目のゲストは、『大東京トイボックス』や『スティーブズ』などで知られるマンガ家ユニット「うめ」の小沢高広さん。作家が自ら前線に立ち、クラウドファンディングや電子出版など新興のプラットフォームとマンガを掛け合わせることから見えてきたものとは。
【以下からの続きです】
1/3「作家が編集者を選ぶ時代が来る?」
2/3「『東京トイボックス』の頃にクラウドファンディングがあったら。」
「相互ファン」の多いマンガ家ネットワーク
山内康裕(以下、山内):マンガ家さん同士でお互いのファンですっていう状況が最近結構多いじゃないですか? それが可視化されて広まったのってTwitterでしたよね。
小沢高広(以下、小沢):そうですね。「実はお互いファンでした」っていうのがTwitterで可視化されたのは確かにありましたね。マンガ家って基本、引っ込み思案なところがあるので、ほかのマンガ家さんが自分のことを知っているとは思ってないんです。「自分のことなんか知らないと思いますが……」って言われたりして、いやいや初版10万部超えの人が何言ってんの!っていうこともしばしばあります(笑)。でもマンガ家って間違いなくマンガが好きな人たちだから、一般の読者よりも相当数のマンガを読んでるんですよね。
山内:他の業界よりも多い気がしますね。同じ業界内でファンですっていうのが。
小沢:幸せですよね(笑)。他の業界を悪く言うわけではないんですけど、たぶん文学の世界だとそこまで相互ファンじゃないと思うんです。マンガっていうジャンルは、絵を描いて物語を作るっていうフォーマットは基本みんな同じなんですけど、作家によって絵もまったく違うし、ストーリーも違うし、同じ“マンガ”の中でもすごく幅が広いんです。文学ももちろん読めばその違いってたくさんあるんですけど、マンガはパッと2秒見ただけで、これが誰の作品かっていうのがわかる。それぐらい個性が強くて立っているから、お互いぶつからないんだと思うんです。「みんな違ってみんないい」っていうのが根底がすごく明確。だからマンガ家同士はモメにくいっていうのがある。
山内:マンガとかアニメやゲームっていうのは大衆文化で、みんな子供の頃から触れているから、共通の原体験として持っているというのもありますよね。
小沢:そうですね。特に年配の作家さんに対しての敬意っていうのは、ちょっと絶対的なところがある(笑)。たとえば現代の小説家が夏目漱石にどれくらいの敬意を持っているのかはわからないけれど、マンガ家が手塚治虫先生に対して抱いているそれっているのは、別格のものがありますよね。
山内:現代アートの世界とかも、現代アート全般が大好きで自分自身もすごい量をコレクションしていますっていう作家は、なかなかいないと思うんです。
小沢:アートの世界ってやっぱりイノベーションが大事だから、前の世代のアートの価値観がある程度固まったら、それを壊さなくちゃいけないってなるじゃないですか。それを乗り越えたり塗り替える行為自体が価値だったりして。マンガ界だとそれが「乗り越えよう」じゃなくて、どっかで「模倣しよう」なんですよね。模倣した上で精度を上げようとするようなところがあるんですけど、そこの違いが不思議なんですよね。
SNSの「白魔法」と「黒魔法」
山内:SNSを使って作家さん自らがPRを行うことも多くなりましたね。
小沢:みんなうっかりTwitterのアカウント持っちゃったからね。もともと、ネット上のマンガ家のコミュニティはniftyやmixiでも存在していたんです。ただそれはクローズドな場所だったので、それがTwitterで公開になったっていうのはすごく大きかったですよね。そしたら、例えばアカウント名の後に「×月×日単行本発売!」って入れるのがデフォルトになっていくような文化が生まれてきて。ただ、その分粘着質な人に絡まれたり炎上案件とかもたびたび発生するので、軽い宣伝ベースの話以外はFacebookとかクローズドなところで話すことが一時期に比べるとまた多くなりましたね。
山内:以前はプロモーションも出版社さんに任せていれば大丈夫でしたもんね。
小沢:やっぱり昔に比べると、明らかにマンガの売り上げが下がってきているので「任せてていいのかな」っていう漠然とした不安感はそれぞれあると思います。でもマンガ家って一人だとシャイだから、そんな不安を抱いているのは自分だけなんじゃないかとか、自分が面白くないものを描いているからじゃないか……とか、つい自分のせいにしちゃってたんですよね。でも業界全体が右肩下がりだという事実や、そんな状況でも大手出版社の給料はさほど下がってないという現状を見てフラストレーションが溜まっていたところに、Twitterのようなツールが出てきて自ら情報発信できるようになったし、自分で宣伝し始めるマンガ家さんも出てきた。じゃあ自分も真似しようっていうサイクルが、わりと短い期間に盛り上がったんだと思います。
山内:マンガ家さんって短い文章が得意じゃないですか。だから140文字ってちょうどいい長さで、Twitterとの相性はその点でも良かったんだなって僕は思います。
小沢:はい。マンガ家からすると「140文字も書ける」って素晴らしいんですよ。一つの吹き出しにそんなに書けないんで、なんて広大なんだろうと。
でも本当にそういうSNSでの自己PRがうまくいってるかどうかはわからないです。どれくらいプラスになっているかの効果が測れないですからね。実際にTwitterをやってない作家さんでガンガン売れている人もいるし、「やると少し安心する」という効果があるだけで。何もやらないよりはやる方が性に合うっていう人はやっているという感じですね。
山内:『キン肉マン』の嶋田(隆司)先生などベテラン作家さんも結構やってらっしゃいますね。
小沢:そういえば前に『ゲームセンターあらし』のすがや(みつる)先生と対談したことがあって、その時に面白かったことがあったんです。取材だったので2人で一緒に写真を撮ったんですね。そしたらすがや先生が、ナチュラルに茶目っ気たっぷりのポーズをとったりされるんですよ。ベテランの先生なのに。それでお話を聞いていたら、児童誌で描かれていた時に先生の顔が出ることがあって、子供が読むからと親しみやすいポーズをとるようにってお願いされていたそうなんです。その流れで、カメラを向けると自然にポーズが出るような癖が付いていて。だからゆでたまご先生あたりも、“本当に少年が読んでいた頃の少年誌”を知っておられるので、そういった自己アピールの仕方がうまいっていうのはあるかもしれないですね。当時の作家さんたちって、セルフプロデュースなんて言葉はなかったけれど、“作家”というものを一つのキャラクターとして売っていくということをされていた方々が活躍されていた世代でしたよね。だからすごい勉強になりました。
山内:赤塚(不二夫)先生じゃないですけど、自分をキャラクター化するということを考えると。
小沢:昔からそういうマンガ家の方は何人もいらっしゃるんですよね。だって手塚先生がいつもベレー帽をかぶってマンガを描いているわけないじゃないですか(笑)。だけどその印象があるのは、「手塚治虫」をキャラ化して、ちゃんとプロデュースをされていたから。
先日、鈴木みそさんとの対談をまとめた『電子書籍で1000万円儲かる方法』(学研パブリッシング)という本を出したんですが、その対談で、鈴木みそさんが「マンガ家っていうのはもともとセルフプロデュースの才能がある人たちなんじゃないのか」っておっしゃっていて。なぜかと言うと、マンガというもの自体が、映画制作を一人でやっちゃおうというような性質のものだから。企画から脚本からキャスティング、演出……と何でも自分でやりたいっていう人がマンガ家になっている可能性が高いから、そこに作品をPRする宣伝チームが加わるくらいわけないと。手塚先生に「ベレー帽をかぶってください」って言ったのは誰かわからないけど、マンガ家自身のプロデュースというものは昔から行われているんですよね。
山内:今はSNSというツールができたことで、作家本人が自己プロデュースも自在にできるようになったし、それが得意な人も出てきたっていうことですね。小沢さんはSNSを使いこなしていらっしゃるように見えますけど、どうですか?
小沢:僕がSNSをうまく扱えているかどうかというと、自分でもわかっていないところがあります。
ファンタジーもののRPGなどで「白魔法」と「黒魔法」ってあるじゃないですか。白魔法は体力回復や防御、黒魔法は相手にダメージを与えるもので、要は自分を伸ばすか相手を叩くか、ですよね。SNSの使い方って、ポジティブな話題ばかり話す白魔法タイプの人と、炎上案件をたくさんやる黒魔法タイプの人と、両方いるなって思っていて。僕はどちらかと言うと黒魔法の魅力はわかりつつも得意じゃなくて、基本ネットでは荒れるような発言は極力しないって決めてます。荒れるような発言からガーッと盛り上げる人もいて、あれを見ると「すっごいなあ!」って思うんですけど、制御するのはものすごく大変だと思う。もっとうまい人は、両方使えたりするんじゃないかと思いますね。
ピンポイントにPRしても、ヒットに持っていける環境が今はある
山内:こうやってクラウドファンディングやSNSを活用して、今までマンガそのものにアクセスしていなかった層に触れたいっていうのもありますよね。『トイボ』にしたって、今までゲームだけをやっていた人たちがマンガも読むようになったかもしれないじゃないですか。
小沢:僕らのマンガって「仕事系マンガ」としてよく紹介してもらうんですけど「久しぶりにマンガを読んだ!」という声も多いです。あとエロと暴力がないせいか、親が子供に読ませてくれるパターンが多いんですよ。ちょっと説教臭いかな……と思ったりもするんだけど、それで子供が喜んで読んでくれていると聞くと嬉しいですね。
山内:僕も「学べるマンガありませんか?」って聞かれた時はよくうめ先生の作品を薦めています。
小沢:実際に『トイボ』を読んでゲーム業界に就職したっていう読者もいたので、そういうのは嬉しいですよね。「あとは現実に揉まれるがいい」って思いながら(笑)。
山内:その一方で、「何かを伝えるためのマンガ」っていう役割もあるのかなと思います。実際に『スティーブズ』だって、スティーブ・ジョブスについて書かれた書籍を読むよりは、マンガのほうが広く伝えやすいし、最初のきっかけにもなりますよね。
小沢:言葉じゃないところでも表現できますからね。
山内:電子書籍と紙で読者の違いって感じますか?
小沢:うちの作品に関してはそんなにないです。うちのコア読者が20代のヤングアダルト層みたいなところで、さらに男性に偏っているので電子書籍自体の読者層とかぶっているんですよね。うちが電子書籍で出版しても、そんなにひどい結果にならないっていうのは、そのおかげだと思います。
山内:一方で『トイボ』はドラマ化されたじゃないですか(※編集部注:テレビドラマ「東京トイボックス」は2013年10月〜、「大東京トイボックス」は2014年1月〜、ともにテレビ東京系列で放映)。ドラマの視聴者はまた全然違いますよね。
小沢:完全に違いましたね。ドラマの視聴者は言うなれば“マイルドヤンキー層”です(笑)。マイルドヤンキーの話は長くなるから置いておきますが、本来うちの作品とあんまり合わない層だったので、ドラマの影響でマンガが売れたりっていうことはなかったですね。そこを攻めた方がお金になるのはわかっているんですが(笑)。
山内:でもその層を攻めなくても、うめ作品はピンポイントに特定の場所に届けようとして、実際にそれが届いてますもんね。
小沢:ありがたいことに今のところ、そうですね。モノを描く上で読者ターゲットを絞るのは大事なことですから。届けたいところへ届けられるくらいの懐の深さがマンガ業界にまだあるっていうのはいいですよね。
山内:しかも今はSNSが発達しているから、届けたい層の人たち同士が横でつながっていて広がりが生まれるし、それが大きいと思うんです。昔は読者と作者の一対一だったけど、それが一対一+他のファン、っていう風にマーケットを広げていける。だから、ピンポイントにPRしてもマネタイズできて、ヒットに持っていける環境がある。
そういえば小沢さんは「note」(※)もやってらっしゃいますけど、そちらでも今後何か展開していくんでしょうか?
※note:cakesが2014年4月に運営を開始した、文章や音楽、映像、マンガなどの作品を投稿してクリエイターとユーザをつなぐWebサービス。通常のブログやSNSなどと同様に無料で作品を公開することも、値段を付けて手軽に売り買いすることも可能になっている。
小沢:そうですね。『スティーブズ』の投げ銭版も仕込んであるのがあるので、単行本が出るタイミングでまた何か仕掛けたいです。あと、びっくりするぐらい反応がよかったPTAについての記事(※編集部注:2014年4月18日のnoteでのエントリ「父母会の会長をやって、いろいろスリム化してみたよ。」)の方向性でもまた何かやりたいですね。いろいろ考えていることはありますけど、まだ詳しくは言えない……。動きがあるのが早くても年末か来年半ばくらいになっちゃいそうだから。でも、noteもまた面白い感じにしていきます。
山内:今日はありがとうございました!
[マンガは拡張する[対話編]04:小沢高広(うめ) 了]
構成:井上麻子
(2014年8月6日、レインボーバード合同会社にて)
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