マンガを取り巻く現況を俯瞰し、マンガと人々がいかにして出会うことができるか、その可能性を綴ったDOTPLACEの連載コラム「マンガは拡張する」。これまでの全10回の更新の中で著者の山内康裕が描いた構想を、第一線でマンガ界を盛り上げる人々に自らぶつけていく[対話編]の4人目のゲストは、『大東京トイボックス』や『スティーブズ』などで知られるマンガ家ユニット「うめ」の小沢高広さん。作家が自ら前線に立ち、クラウドファンディングや電子出版など新興のプラットフォームとマンガを掛け合わせることから見えてきたものとは。
マンガ家ユニット「うめ」と編集者の関係
山内康裕(以下、山内):小沢さんはクラウドファンディングやKDP(※編集部注:「Kindleダイレクト・パブリッシング」の略。著者などがAmazon Kindleストアで出版社を経由せずに本を出版できるサービス)など新たなサービスやプラットフォームが登場するたびに、マンガ業界でいち早く挑戦されている方かと思います。また制作スタイルとしても、奥様である妹尾朝子さんと2人体制というのもユニークですよね。その辺りも踏まえた「マンガ」を取り巻く役割分担や、新たなプラットフォームについて、お話を聴きたいと思います。
小沢高広(以下、小沢):妹尾が基本的に絵を描いていて、(ストーリーなどを)“考える”とか“思いつく”というディレクションの部分を僕が担当しています。妹尾が担当する作画って、気分が乗る乗らないはもちろんあるんですけど、ほぼほぼ時間に比例して描けるんです。でも僕の仕事は時間をかければできるというものじゃなくて、アイデアを数秒で思いつくこともあれば3時間打ち合わせしても出ないことだってある。「よし仕切り直そう!」って喫茶店出た瞬間に思いついたり(笑)。なので、頭の中でいくつかの問題を常にパラレルに考える習慣、と言うとカッコつけすぎてる感じですが、何やってても仕事が頭から離れてない感じです。それこそ子供のお弁当を作りながら、思いついたらメモ取りつつみたいな。あとは妹尾が1時間あればどれぐらい絵を描けるというのを把握した上で作画の時間を確保するのも大事な仕事ですね。
山内:うめさんの場合、編集者との役割分担ってどんな感じになっているんですか?
小沢:『スティーブズ』(※) に関して言うと、基本はプロデュース方面の作業を中心に編集者にお願いしている感じです。
僕なりの「プロデューサ」と「ディレクタ」の捉え方っていうのがあって、たとえば“砂時計”のような2つの三角形を組み合わせた形を思い浮かべてください。その上の三角形は、読者に作品や情報を届けたり、お金を持ってきたりするところです。そのいちばん下の末端がプロデューサ。下の三角形は、制作サイドです。ディレクタは、その下の三角形の先端で、モノを作る側の一番最後の部分。上(プロデューサ)はより多くの人に届けたい、より多くのお金を集めたいということを一番優先して動くのに対して、下(ディレクタ)は自分たちの作りたいものを作るということを念頭に動きますよね。砂時計の真ん中の部分で、プロデューサとディレクタがせめぎ合うイメージです。それぞれ優先順位が違うけれど、マーケティングやお金だけでモノが作れるわけじゃないし、ただ作りたいもの作るだけでもダメ。お互いに背負っている条件が違った人同士がぶつかることでいいものができる。編集者と僕らは、そういう関係だと思っています。
※『スティーブズ』:アップルコンピューター創業者のスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアック、二人の若き天才の革命の過程を描く。クラウドファンディングを使って電子出版サイト「パブー」で公開されていた第1話の続編の執筆費用を集めたりなど、その展開の仕方も話題を呼んでいる(このクラウドファンディングについて詳しくは後述)。2014年6月より小学館『ビッグコミックスペリオール』にて連載中。過去号掲載分の一部は『スティーブズ』公式サイトにて無料配信されている)。
山内:編集者によって作品への関わり方に違いがありますよね。
小沢:いろいろですね。編集さんだからって、みんなが同じ能力を持っているわけじゃないし、向き不向きもありますからね。作家に合わせて柔軟にやり方を変える人もいれば、逆に「自分のやり方はこうなんだ!」って提示される方もいます。でも、まずは作家と話し合ってからやり方を決める方が多いかな。打ち合わせをするペースとか。僕らで言えば、たとえば『南国トムソーヤ』(※編集部注:2012〜2014年、新潮社『月刊コミック@バンチ』に連載。全3巻)は毎回1話ごとに打ち合わせをしてました。僕はほぼ何も考えないで行って、編集さんが雑談みたいな感じで「こんな話が読みたいな〜次」ってぼんやりと言うんですね。「そう来たか!」というような明後日の方向のこと言われたりするんだけど、僕は「トムソーヤ」に関しては編集の彼が言ったアイデアとか閃き、方向性を“絶対”にしていたんです。そのおつげにのっかる形で、ストックしてある島の細かな設定やエピソードから、最適なものを選んでくる、という形です。 逆に『大東京トイボックス』(※編集部注:2006〜2013年、幻冬舎『コミックバーズ』に連載。全10巻。2005〜2006年に講談社『モーニング』で連載された『東京トイボックス』の続編にあたる)は一切打ち合わせをしないスタイルでした。2〜3巻に1回くらいは「こんな方向性ですかね〜」みたいなことを言ったりしてたけど、それが守られたことはない(笑)。
山内:小沢さんと組むと、編集者の役割がなくなりそうですね(笑)。
小沢:いや、そんなことないですよ(笑)。こちらが自身が気づかない別の側面を見つけてそこをガンガン伸ばしてもらうこともあるし、あとはやたら本を売るのがうまい編集さんもいます。今、本を売るのって営業さんだけじゃなくて編集さんのアイデアも相当力を持ったりする。もっとやらしいことを言うと、編集さんが営業や販売の部署とのパイプをどのくらい持っているかで本の売れ行きは変わります。特に大きい会社は、それで編集さんのパラメーターが変わってきますからね。
“領分を超えた口出し”が新しい可能性を作る
山内:これぞ、いわゆる「マンガ編集者」という人物像を想像するのは難しいですね。
小沢:でも『スティーブズ』に関しては、今回はすごく腕のいい原作者さん(松永肇一さん)がいらっしゃるので僕は原作も書いてないし、果たして僕自身がどういう立場なのかって思いますよね。ただ、原作は小説なので、それをマンガ的な面白さにシナリオとして再構築し直したりと、翻訳に近い仕事を僕がメインでやってますね。それは今までの考え方だったら、編集者の仕事かもしれない。
山内:小沢さんって作家さんの枠を超えていろいろとできてしまうことで、変な話、損しちゃうことってないんですか? 普通の作家さんはマンガを描いて原稿料をもらう、という構造だと思うんですけど、小沢さんの場合は編集者に近いこともされていたり、プロモーションもされていたり、従来の作家の枠組みに当てはまらないですよね。
小沢:これで編集料もらえたらね。そういえば『大トイボ(大東京トイボックス)』のロゴと大元の装丁は僕がやったのにデザイン費ももらってないなあ……(笑)。でもそこって、“無償だから口出しできた”っていうのもあるんですよね。もしお金をもらってたら自由に発言できなかったと思うし、素人だからこそできたわけで。さらに最初は素人だったのが徐々にスキルが上がってきたことで、今度はそっちの分野の仕事が来たりしてね。デザインもですが、例えば大学の講義や、各種イベント、その他いろんなところで自分の考えを話す機会をもらったり。普通にマンガ家をやっているだけではできなかった経験や新しい仕事が、“無償の口出し”の積み重ねの延長線上にある。それを「無駄だ」とか「お金を取ればいいのに」って言う人はいますけど、僕自身はトータルでは得していると思ってます。“お金じゃないメリット”って言うと胡散臭い言い方になるけど、ありますよね。
山内:わかります。僕もいろいろやってるんですけど損した感じはなくて。お金にならないけど、自由に実験させてもらえたことが自分の中でモノになって、咀嚼して次に活かすこともできる。
小沢:既存の区分けで考えると、たぶん領域を超えた口出しをしてるんですよね。でもこの既存の区分けがこの先も正しいかどうかってわからないし、今後再編されて新しい職業として認められるかもしれないですよね。映画業界でも、大昔は脚本家と監督がストーリーを決めたりしていたけど、今のハリウッドだと何人もの脚本家が書いた本を修正してまとめる「スクリプト・ドクター」っていう職業があるんですよね。もちろん彼らのような人はずっと映画界にいたんだけど、肩書きが生まれたことでだんだん確立されていった。僕らも今、何かしらの過渡期にいる可能性はあります。
山内:僕も新しい職種とか仕事自体を作り出すようなことに魅力を感じます。作家さんによっては純粋にマンガを描くことに特化したいという職人肌な人もいると思いますけど。
小沢:どっちが正しいとかはないですよね。根っこにあるのは“より面白いマンガを読者に届けたい”というシンプルな想いですから。そのためにどうするかを考えた時に、うちの場合はその道筋がいろんな向きに広がっていて、少し他のマンガ家さんとやり方が違っているという感じですね。
求む! “営業力”のある編集者
山内:マンガ編集者と書籍の編集者を比べた時に浮き上がってくる特殊性について聴きたいです。マンガってやっぱり大なり小なり編集者が作家と一緒にストーリーを考えていくことが多い気がします。そして、活字の文章を自分でも書ける編集者さんは多いけど、マンガを描けるマンガの編集者は少ないと思うし、いわゆる編集者として特殊で少しハードルが高いのかなって思います。
小沢:でも一般誌の編集さんとかで「マンガの編集者さんってヒマそうだよね」って言う人いますよ。「だって基本的に原稿待ってるだけでしょ?」って(笑)。
山内:大御所のマンガ家さん相手だと口出しできなくて、原稿を取りに行くのに徹しているイメージがあります(笑)。
小沢:あとは作家がネームをやってるのを後ろで見守るとかね。「自分は見守られてないと描けないから」って言う作家さんもいらっしゃいますね。それでおやつ買ってきたりとかお弁当買ってきたりとか、極めて付き人的な役割の編集者もいます。
山内:ちなみに小沢さんが求めるマンガ編集者へのスキルって何ですか?
小沢:何か一つって言われたら、やっぱり“営業力”がある人が欲しいですね。営業さんや書店さんとのつながりが強いとか売り方の面白いアイデアがあるとか。読者への伝え方ですよね。作る能力は……大丈夫かな、一応(笑)。
山内:リーチできる他の業界の数とか変化球の多さだったりとか、一緒に話しながら売り方のアイデアを増やしていけるような人が小沢さんには合いそうですね。
小沢:そうですね。そのへんのアイデアを僕より出してくれる人と組みたいです。でもそういう人はなかなか組んでくれないんだよね……。人気があって忙しいから。
作家が編集者を選ぶ時代が来る……?
山内:編集者というか出版社は年々、即戦力になる描き手を求める傾向にある気がします。
小沢:昔みたいにガーッと数を集めて、良さそうな作品だけふるいにかけて、っていうほど描き手が集まらない。かと言って、ちゃんと育てようとして週に1回、1時間の打ち合わせを新人10人とやったら、その編集者の1日分の仕事時間が持って行かれちゃう。編集者の数もどんどん減ってきて、ただでさえ、1人で抱える作家の数も増えているから、今の時代そういうやり方は難しいんですよね。そうすると、ある程度即戦力になる人たちを集めて、精度の高いふるいのかけ方をするしかないですよね。
山内:逆に、作家さんが編集者を選ぶ時代も来そうですよね。
小沢:うん。そういう例が既に出てきてるような気も少ししますね。編集者さん個人でTwitterのアカウントを持ってたりするので、僕が新人だったら「あ、この人に作品見てもらいたい!」って思う人は確実にいますね。出版社とか雑誌単位ではなく、「この編集者さんに作品を見せたい」っていう。「編集部への作品持ち込みは電話して約束して来てください」って雑誌には書いてあるけど、今だったら編集者にTwitterで直接「見てください!」ってメッセージ送ればいいし。
山内:やったらダメ、っていうルールはないですもんね。
小沢:これがあと何年かすると「編集部を通してください」っていう公式の回答をするように、ってことになる可能性はありますよね。特定の編集者に集中しちゃうとその人の仕事が増えちゃうから。ただ、今は黎明期なのでドサクサに紛れてやっちゃうのはアリですよね。僕が今新人だったら多分やります。
山内:駆け出しの新人作家と駆け出しの編集者がお互いに発掘し合う仕組みは、もっとあっていいかもしれないですね。
小沢:駆け出し同士の組み合わせが面白いマンガを描けないかっていうとそんなことはないですからね。
山内:ある意味、「マンガ」がリーチし得る媒体が多様化しているから、それもチャンスかもしれないですよね。マンガ雑誌じゃないところがマンガを出すことだってあり得る。そういう時に新人のマンガ家とフリーの編集者が組んでヒットを出す可能性もあるかもしれないですよね。
小沢:そうですね。Web上でも、マンガが読める新しい媒体がだんだん出てきましたよね。既存のマンガの編集者が関わってるものもあるし、そうじゃないものもあって面白いですし。いろんなやり方があるはずです。
[2/3に続きます]
構成:井上麻子
(2014年8月6日、レインボーバード合同会社にて)
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