第14回 信じられない能力
「信じられない能力」などと言われるものはよく、少しいかがわしい見世物だったり、超一流のアスリートが披露する技に対して形容されるため、自分とは無関係なものだと思いがちだ。しかし、もし、誰もがそれに匹敵するような能力を持っていたとしたらどうだろう。
私も先日書店で、そういった人間の持っている「信じられない能力」の一端に触れる機会があった。その書店はあるジャンルの本についてかなり充実した品揃えを誇っているのだが、狭い店内にかなりの量の本を詰め込んでいるため、本を探すためには、とても狭い通路を通りながら棚を眺めなければならなかった。
私は、自分の研究テーマに関する資料を探すためにその店を訪れたのだが、その時既に、立ち読みに没頭している先客がいた。
自分も没頭している時に邪魔をされるストレスはよくわかるので、彼の邪魔をしないように、そっとぶつからずに横切ろうとしたのだが、近づいた瞬間、さっきから没頭し続けていたように見えた彼が、スッと体を引いて、私が通路を通りやすいようにしてくれた。
私は、自分が近づいていることなんて全く気がついて無いだろうと思っていたので、とても驚いた。実際彼の目は、体を引いてくれる前も後もずっと本に向かっており、かなり集中して読んでいるように見えた。だからまさに冒頭に書いた「信じられない能力」を目の当たりしたわけだが、物事にはきっと理由がある。そう考えると、彼は何らかの方法で私の動きを見ていたから、体を動かすことが出来たと捉えるのが自然だ。
というわけで、この一件があって以降、私自身も「目は向けていないが配慮して行動できたこと」について、少し意識的になりながら暮らしてみたのだが、例えば、大学の研究室で机に向かって作業している時、「誰かが後ろを通りがかると少し椅子を引く」といったように、私も日々の暮らしの中で、こういった行動をよくしていることがわかった。
気にし始めてようやく気づくということは、普段はかなり無意識の内にそのような行動をしているということだ。意識して自分の行動を観察してみると、本を読んだりコンピュータで作業をしていても、実際はかなり本やコンピュータ以外の周囲の環境も見えている。そのことが気になって調べてみたところ、どうやら人間の視野角は左右に約180〜200度の広さを持っているらしい。
つまり、私が古書店で遭遇した「信じられない能力」の正体は、「周囲の人には見てないように見えたが、本人には実は見えていた」という実に単純なことだった。
ここで重要なのは、自分自身もこういった「信じられない能力」と思っていた行為を普段からしていたのにも関わらず、意識して観察するまで気がつかなかったということだ。
意識した結果始めて捉えられるものがある。
例えば世紀の大発見と呼ばれるようなものや、新しいアイデアといったものは、私たちが「普段の生活の中で見たことがあったけど見過ごしてしまっていたもの」に気づくことから生み出されている。
おそらく、私たちが普段見ているものや行っているありとあらゆる行動は全て、宝の山なのだろう。しかし私たちは、そのほとんどを気が付かずに捨ててしまっている。
見えない宝の山から宝を掘り出すことができるのも、その山の存在すら気付かずに通り過ぎてしまっているのも、どちらも鍵になるのは、私たちが「そこに宝がある」と認識しているかどうかだ。
あなたが見てきた全てのものには、きっとどこかに価値があるはずだ。そして、あなたが見てきた全てのものは、他の誰とも違うもののはずだ。あなただけの宝の山からきちんと宝を掘り出すことができるのは、あなたの意識がやるべき仕事だし、あなたの意識しかできない仕事なのだ。
そして宝を上手く掘り出して、誰かに見せることが出来た時に、きっと周りの人たちは、あなたの意識が成し遂げた仕事のことを「信じられない能力」と呼ぶはずだ。
[まなざし:第14回 了]
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