COLUMN

菅俊一 まなざし

菅俊一 まなざし
第15回「今話題の……」

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第15回 今話題の……

基本的に毎日の通勤には、電車を利用している。あらゆる行動は、日々繰り返していく内にどんどん最適化されていくものだ。例えばホームで電車を待つ時は、目的地の駅の階段に一番近いところに停まるドアの前で待つようになった。

最適化したもの以外にも、決め事のようなものもいくつかある。例えば車内での立ち位置は、つり革だと前に座っている人と目が合ってしまうのが嫌なので、なるべくドアの側に立つようにしているし、乗ってからは、車内の広告を見回して、自分の目に引っかかるものがないか一通り見るようにしている。

車内を見回してみると、電車の中には中吊りを始めとして実はかなりの量の広告が掲示されており、例えばドアには、窓ガラスの上にシールを貼るという形で広告が掲示されている。

先日私が見たドアに貼られていたシール広告は、書籍の広告だった。それも、よく見かける自己啓発やビジネス書といったサラリーマンをターゲットにしたものではなく、小説の広告だった。

「電車の中で小説の広告なんて珍しいな」と思い、内容をよく見てみると、どうやらその小説は新刊ではなく、結構前に発売されていたものらしい。つい最近始まったテレビドラマの原作になったため、この機会に改めて売り出そうという目的の広告のようだ。

そこには、「今話題のドラマ、◯◯◯◯の原作で〜」という文章が書かれていたのだが、冒頭の「今話題の」という部分が妙に引っかかった私は、目的地に着くまで、なぜ私はそんな所に引っかかったのか、考えていた。

「今話題のドラマ」という言葉を使うということは、人々の間で実際に、そのドラマについての話が頻繁にされているという事実が観測されたということだ。

しかし実際には、そのドラマが放映され始めたのは、その広告を見た前日だった。「今話題の」と呼ばれるには、まだその状況が確認できていない。そもそも、この広告が制作された時期などを考えると「今話題の」という文章は、「話題になるかどうか分からない時点」で書かれたということになる。

別に「嘘を書くな!」と責めているわけではないし、私が知らないところで既に話題になっていた可能性もある。私が気になっていたのは、何故、書いた段階ではどうなるか分からない「今話題の」という言葉を、わざわざ冒頭に付けて書いたのかというその意図だ。

私たちは、ある情報に接した時に、何らかの先入観を持って見てしまうことがある。例えば皆さんも、買い物に行った時に「限定」と書かれた商品に妙な魅力を感じてしまい、別に欲しかったわけでは無いのについつい買ってしまったというような経験があると思う。

「今話題の」という言葉にも、こういった事例と同じように、私たちのある心理を利用しようという意図があったのではないだろうか。

実際にその状況を目の当たりにしていなくても、メディアなどで「今話題なんですよ」という情報を聞いた結果、他の人と「今人気あるって聞いたよ!」といった話が繰り返されていくことで、結果的に本当に話題になってしまうということがある。賢明な読者のみなさんは「そんな馬鹿な」と笑うかも知れないが、実際にテレビや雜誌で見た「人気」店に突然行列が出来たり、テレビで紹介された「話題の」食べ物が突然売り切れになってしまうことは珍しく無い。

社会を形成して生きている私たち人間は、「みんなが注目しているもの」に弱い。

だから実際には、「世の中に出たばかりだから誰も知らず、全く話題になっていないもの」でも、「今話題の」と言われることによって、本当に話題になってしまうことがある。

「目に入るもの全てを疑え」と言うのは極端過ぎる話かもしれないが、私達が何を先入観として認識させられているのかを少し知っておくと、自分の心や判断の根拠を知ることができる。

もし、あなたが買い物などで衝動的な行動を起こしそうになったら、「ちょっと今見たものに踊らされてない?」と一度自分に問いかけてみると、冷静さを取り戻せるはずだ。

それは逆に、相手に何か自分の思い通りの行動を起こしてもらいたい時は、どうやって相手の先入観をデザインするかということが、とても重要だということでもある。

そう考えると、コミュニケーションとはつまり「先入観のデザイン」と言うこともできる。

このような視点から考えてみると、おそらく先人が大切に守ってきた身だしなみやマナー、言葉遣いといったものは、経験上そういったことによってネガティヴな先入観を持たれてしまうことを知っていたからなのだろう。

というところまで一通り考えたところで、電車が目的地に着きそうだったので、私は自分のシャツのボタンがきちんと締まっているか窓ガラスで確認してから、電車を降りた。どうやらこのチェックも、電車で行う私の新しい決め事になりそうだ。

[まなざし:第15回 了]
 
 
 
 


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PROFILEプロフィール (50音順)

菅俊一(すげ・しゅんいち)

研究者/映像作家。多摩美術大学美術学部統合デザイン学科専任講師。 1980年東京都生まれ。人間の知覚能力に基づく新しい表現を研究・開発し、さまざまなメディアを用いて社会に提案することを活動の主軸としている。主な仕事に、NHKEテレ「2355/0655」ID映像、21_21 DESIGN SIGHT「単位展」コンセプトリサーチ、21_21 DESIGN SIGHT「アスリート展」展示ディレクター。著書に『差分』(共著・美術出版社、2009年)、『まなざし』(電子書籍・ボイジャー、2014年)、『ヘンテコノミクス』(共著・マガジンハウス、2017年)。主な受賞にD&AD Yellow Pencil など。 http://syunichisuge.com/


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