INTERVIEW

マンガは拡張する[対話編]

マンガは拡張する[対話編]
しりあがり寿×山内康裕 3/3「薮に入っちゃって、後ろ見ても誰もいないっていう孤独。」

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マンガを取り巻く現況を俯瞰し、マンガと人々がいかにして出会うことができるか、その可能性を綴ったDOTPLACEの連載コラム「マンガは拡張する」。これまでの全10回の更新の中で著者の山内康裕が描いた構想を、第一線でマンガ界を盛り上げる人々に自らぶつけていく第2部「マンガは拡張する[対話編]」のゲスト一人目は、孤高のマンガ家・しりあがり寿先生です(なんとこの春、おめでたいことに紫綬褒章を受章されたばかり!)。
ラストの更新となる今回は、しりあがり先生が企画を務める「ネタ系ゆるおも」アプリについてや、マンガは今後、いかにして社会の中でテリトリーを獲得していくかについて。
※本対談は2014年3月に収録したものです

【以下からの続きです】
しりあがり寿×山内康裕 1/3「というか、マンガの力、強すぎじゃない?」
しりあがり寿×山内康裕 2/3「理屈じゃなくて『なぜか面白い』のがいい。」

「さるプリ」と「ゆるめ〜しょん」

山内康裕(以下、山内):しりあがり先生が企画された「さるやまハゲの助アプリ(さるプリ)」というアプリの中でも、いろんな人がコンテンツを連載されているじゃないですか? あれも一発ギャグ的な感じで、一貫しているなと。
(※さるやまハゲの助アプリ=しりあがり先生が企画、有限会社プラスワンデジタルが運営する「ネタ系ゆるおも」アプリ。“10年前の今日”に朝日新聞に掲載された「地球防衛家のヒトビト」をはじめとして、さまざまな作家によるマンガ・動画・テキストなどのショートコンテンツが日々配信される)

しりあがり寿(以下、しりあがり):あれもまだ発展途上なんですけどね。作家にとって自由度の高い発表の場を作りたかったんです。1つのコンテンツを見るのに掛かる時間は1分って決まってて、マンガ、テキスト、動画も何でもあり。課金もできる。無料でもできるんだけど、自信のあるものはお金も稼げるような。でもYouTubeとかの無料動画には面白いものが多いからね〜。作家でもなかなか敵わない。

山内:難しいところですね。

しりあがり:本当に。なかなか儲からない。

山内:でも、ある程度継続してきてわかってきたこともありますか?

しりあがり:うーん……「このままじゃダメだな」ってこと(笑)。世の中っていろんなものがあるからね、やるならもっとスマホならではの表現を見つけないとね。「既存のスマホのモニターで見るものの面白さって何だろう」っていう答えはまだ見つかってないですね。

山内:先生はアニメーションも作ってらっしゃいますよね。あれは何かきっかけとかあったんですか?

しりあがり:あれはね「アニメ作ってください」って言われたので、何も考えずに「はい」って言ったんだよ。それでいざ締め切りが近くなって作り出したら、難しいんだよこれが。動いてるように見えないし、全然ダメだってことがわかったの。編集もできないし。これはまずいなってことになって、急遽実写の上からなぞるっていう方法にして、最後に頭だけくっつけてる(笑)。

山内:先生のWebサイトのトップで縄跳びしているやつもそうですか?

しりあがり:あれ、縄跳びしてるのはアシスタントなんだよ。雑誌のカットみたいな感じのアニメーションがあっていいんじゃないかと思って、ああいう短くてサイズも小さい「ゆるめ〜しょん」は、しばらく続けているんです。やり始めて5年目くらいかな? 去年コマーシャルに使ってもらって賞とかもいただいたので、なんか次の展開考えなくちゃな。

しりあがり寿オフィシャルサイト「ほーい! さるやまハゲの助」のトップで再生される「ゆるめ〜しょん」

しりあがり寿オフィシャルサイト「ほーい! さるやまハゲの助」のトップで再生される「ゆるめ〜しょん」(スクリーンショット)

山内:ずっと見ていたくなるような、癖になる感じがありますよね。

しりあがり:なんかないですかね、次の展開。これまではループでストーリーは入れないようにしてたんだけど、ストーリー入れてみようかなあ……。

山内:見てみたいです。サイコロみたいになっていて、置く面によってストーリーが変わっていくとか、あとは横浜美術館でやられたようなインスタレーションの中の絵が勝手に動き出したり。

しりあがり:最近でいうと、水江未来さんの作品はそういう感じかもしれないですね。あの、本当に生きている細胞みたいな。
 
 

マンガ独特の表現方法は“発明”

しりあがり:山内さんからすると、マンガのどこが面白いんですかね?

山内:僕ももともと絵が好きだったんですよ。高校のときは美術部で現代美術っぽい作品を作ったりしてました。でも、絵というもの単体の強さと、ストーリーや文言がこんなにマッチするものってマンガしかないと思って、これは日本が世界に対して誇るべきものだと思ったんです。絵とストーリー、文言を兼ね揃えているから、流行もそこに現れるし、マンガ家さんや編集者さんといった少人数で作られているところが奇跡だなと思って。そういうところが、僕はすごく好きだったのかなと思います。

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しりあがり:うん、マンガってすごいよね。特にコマ割りとか絵柄とか、そういうのよく発明したなって感じがする。

山内:あと漫符(※編集部注:マンガに特有の記号表現。汗や浮き出る血管などを戯画化したものが代表的)なんかも。

しりあがり:そうだよね、漫符もね。3.11の震災のあとに、「放射能」を表す漫符を開発しようということで、大学でみんなから募ったんです。そしたらいっぱい集まってさ、これだと電波じゃない? こっちだと音波だよね。だからこんな感じ(写真奥側の点線や同心円のもの)とか多かったかな。

「放射能」を表す漫符の例

「放射能」を表す漫符の例

 こうして集めたはいいものの、どうしていいかわからなくて、それ以降どうしようもなく……(笑)。

山内:それを引き上げてまとめてくれる人がいない、と。

しりあがり:でも絶対、「放射能」の漫符はあったほうがいいと思わない? マンガ描くのに。だからこれを機会に開発しようと思ったんだけど……(笑)。考えたくないけど、「もし今度放射能の事故があったら(集まった漫符の案を)あげるから、決めてくださいよ」とか電力会社に言ったほうがいいのかな。今使われてる漫符ってどうやって淘汰されてきたのか、不思議だよね。

山内:そういう研究してる方もいそうですけどね。みんなが真似して広がったとか。

しりあがり:もともとはディズニーとかの影響が強いんだろうけど、「怒ってる表現」の漫符も最初から1種類だったのか、いくつかあってどれかが残ったのかとか、気になるよね。例えば絵がヘタな人でも(先生が人物の絵を描き始める)こうすれば焦ってるってわかるし、こう描くと怒ってるってわかるし、人に伝えられる。

通常通りに描いたキャラクター(手前)と、急いで描いた荒いタッチのキャラクター(奥)

通常通りに描かれたキャラクター(手前)と、急いで描かれた荒いタッチのキャラクター(奥)

 繰り返しになっちゃうけど、みんなマンガの中の世界に浸りたいから、マンガ家の絵がうますぎるとダメなんだよね。門番がいるみたいで入って行けなくなる。逆にヘタすぎても話に入れなくなる。ちょうどいいのがいいんだよね。明朝体とかゴシックと同じように、読みやすいフォントみたいなのがある感覚。マンガの絵はそういう風に、普通の絵の見方と違ってくるから面白いよね。

山内:読みやすい/読みにくいっていうのは、日本人の感性でわかってる部分があるという感じですね。すごく難しい題材でもマンガにするとわかりやすくなるじゃないですか。

しりあがり:同じ内容を伝えようとするときに、「文字だけか、マンガか、どっちが適切か」みたいな話が将来出てくるかもしれないね。

山内:マンガの情報量はいいと思います。読みながら音声としても知って、絵を見てその中の人物の表情とかも入ってくるから、記憶として定着しますよね。僕は学習マンガで歴史を覚えたりした世代ですし。

しりあがり:やっぱそうだよね。キャラクターがありありと浮かぶし、感情移入もできるんだろうな。

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世の役に立つ。新しいマンガの生きる道

山内:このあいだ別の機会の対談で、インフォグラフィックというものを研究している方と会ったんです。これはアメリカでは一般的なものらしいんですけど、難しい統計の数字などをビジュアル化してわかりやすくするというもので、サインデザインに近いものなんですが。僕はマンガもそれに近いと感じていて。今はグラフィックデザイナーさんがインフォグラフィックの要素を一つ一つ記号として作っているんですが、さっき言ってたような漫符のような独特の技法がここにはきっと役に立つと思う。でもまだマンガ家さんはそっち方面では活躍していないんですよね。

しりあがり:そういえば今、いろいろな製品に付ける取り扱い説明書を、輸出する国の数だけそれぞれの言語で用意するらしいんですよ。それがすごく面倒くさいみたいで、それをマンガでできないかなって考えてる人がいるんです。

山内:絶対いいと思います。某輸入家具店の組み立ての説明書は、絵だけがあって言葉では何も書いていなくて、それはそれで結構失敗するんですけど、そこに漫符が添えてあったりしたらわかりやすくなると思います。

しりあがり:連載を持ってたりする売れっ子マンガ家は忙しいけど、そんな売れてない人は忙しくないだろうし、できそうだよね。

山内:週刊誌での連載を持ってる方は、1週間で20ページ描くんですもんね……尋常じゃないですよね。

しりあがり:考えたらすごいことだよね。でも、今の日本にはマンガの絵が描ける人、山ほどいるからね。だから、インフォグラフィックとか取り扱い説明書の世界でも活躍できる人がいっぱいいるんじゃないかな。

山内:マンガ家さんの数も増えてて、デビューしたけど連載を持ってない人も結構いますもんね。そういう人は現時点でも広告マンガを描いたりイラストを描いたりして収入を得ているので、取説とかインフォグラフィックの分野で活躍する道もアリだと思います。

しりあがり:“拡張”してますね、マンガ。

山内:先生は“拡張”というか、マンガを飛び越えちゃった感じがありますけど

しりあがり:ボクはなんていうのかな、マンガに追いつけなくなっちゃったんですよね。

山内:正当なマンガの進化じゃなくて、新しい道を開拓したというか。

しりあがり:開拓したかどうかわかんないけど、薮に入っちゃったみたいな。で、後ろ見たら誰もいないっていう。これから進む道も、薮の中に埋もれてるっていう……。すごい孤独ですよ(笑)

山内:新しいエンターテイメントを追い求めるあまり……

しりあがり:それで「さるフェス」やって、飲み会やってりゃ世話ないね(笑)。

[マンガは拡張する[対話編]01:しりあがり寿 了]

★2014年春の紫綬褒章を受章したしりあがり先生から、特別にコメントをお寄せ頂きました。

「ウレシイです。ビックリしてます。
ボクへの賞というよりマンガ界全体のさらなる拡張?への期待。と受け止めてます。ガンバロー!」


ますますのご活躍に期待してます。本当におめでとうございます!(編集部一同)

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構成:井上麻子
(2014年3月6日、有限会社さるやまハゲの助オフィスにて)


PROFILEプロフィール (50音順)

しりあがり寿

1958年静岡市生まれ。1981年多摩美術大学グラフィックデザイン専攻卒業後キリンビール株式会社に入社し、パッケージデザイン、広告宣伝等を担当。1985年単行本『エレキな春』で漫画家としてデビュー。パロディーを中心にした新しいタイプのギャグマンガ家として注目を浴びる。1994年独立後は、幻想的あるいは文学的な作品など次々に発表、新聞の風刺4コママンガから長編ストーリーマンガ、アンダーグラウンドマンガなど様々なジャンルで独自な活動を続ける一方、近年では映像、アートなどマンガ以外の多方面に創作の幅を広げている。2014年、春の叙勲で紫綬褒章を受章。 http://www.saruhage.com/

山内康裕(やまうち・やすひろ)

マンガナイト/レインボーバード合同会社代表。 1979年生。法政大学イノベーションマネジメント研究科修了(MBA in accounting)。 2009年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し代表を務める。 また、2010年にはマンガ関連の企画会社「レインボーバード合同会社」を設立し、“マンガ”を軸に施設・展示・販促・商品等のコンテンツプロデュース・キュレーション・プランニング業務等を提供している。 主な実績は「立川まんがぱーく」「東京ワンピースタワー」「池袋シネマチ祭2014」「日本財団これも学習マンガだ!」等。 「さいとう・たかを劇画文化財団」理事、「国際文化都市整備機構」監事も務める。共著に『『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方』(集英社)、『人生と勉強に効く学べるマンガ100冊』(文藝春秋)、『コルクを抜く』(ボイジャー)がある。http://manganight.net/


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