マンガを取り巻く現況を俯瞰し、マンガと人々がいかにして出会うことができるか、その可能性を綴ったDOTPLACEの連載コラム「マンガは拡張する」。これまでの全10回の更新の中で著者の山内康裕が描いた構想を、第一線でマンガ界を盛り上げる人々に自らぶつけていく第2部「マンガは拡張する[対話編]」のゲスト一人目は、孤高のマンガ家・しりあがり寿先生です(なんとこの春、おめでたいことに紫綬褒章を受章されたばかり!)。
前編の今回は、近年のマンガに対するしりあがり先生のまなざしを探ります。肩の力の抜けた全3回のトークをお楽しみください。
※本対談は2014年3月に収録したものです
マンガは強い力を持っている。遊園地に拉致されるみたいな。
山内康裕(以下、山内):僕はDOTPLACEで「マンガは拡張する」という連載をやらせてもらっていて、その中でも書いているんですが、マンガって他の業界へ拡張していけばもっともっと世界に対して的確に供給できるものだと思ってるんです。今までのように誌面や単行本だけじゃなくて、電子書籍やWebといった読むデバイスも増えてきているし、マンガの概念が変化しつつある。特に僕は“リアルな場所”というものに関心があって、4年前に「マンガナイト」というユニットを立ち上げました。例えば「アートとマンガ」などマンガと他のものと融合することや、人と人がつながるためのコミュニケーションツールとしてのマンガの可能性もあるなと、やりながらすごく感じていて。
しりあがり寿(以下、しりあがり):すごいですね。
山内:立ち上げたきっかけは「最近マンガが面白くなくなってる」「昔のマンガは面白かった」と言う人が多かったことですね。でもよく聞いてみると、みんな今のマンガを読んでないだけだった。それで、いいマンガはあるけど出会える状況がなかったんだと思って、リアルの場所でマンガと人が出会ったり、繋がれる状況を作りたくて読書会やイベントをやるようになったんです。
しりあがり:言われてみれば、ボク自身も最近あんまりマンガ読まないんですよね。
山内:先生は今の若い世代に、もっとマンガを読んでほしいって思いますか?
しりあがり:ううん(笑)。というか「マンガの力、強すぎじゃない?」って思う。うちの娘が中3なんだけど、オタクっていうか、ものすごいマンガ・アニメ漬けで。映画も「2時間我慢できないから観られない」って言うの。現実の世界のことよりも「(「進撃の巨人」の)リヴァイがどうした」みたいなことにばっかり関心があって。俺だってそうだったけど、あんなひどくなかった(笑)。だからそれだけマンガっていうのはね、強い力を持ってる。
山内:たしかに世界的にも強すぎますよね。日本は。
しりあがり:まあ楽しいみたいだからいいんだけど。なんか遊園地に拉致されてるみたいな感じじゃない。日常から離れて、そこでお金絞り取られるみたいな(笑)。だからボクはそんなにマンガ自体を広めようとは思わないです。
山内:僕はそういうマンガの性質もわかったうえで、普段マンガを読まない人がもっと読むようになればいいなと思ってます。生活に彩りをっていう意味で、マンガがあってもいいよねっていうことを言いたいなって。
しりあがり:それは賛成。
「マンガの図鑑」みたいなのを作ってほしい。
しりあがり:マンガって昔に比べて電子でもTSUTAYA行ってもどこでも読めるし、手に取る機会は増えてると思うんですけど、それでもボクが読まないのはなんでだろうなあ……。やっぱ、あれかな。多すぎて分類がないのかな。ようするに、自分の興味のあるものがどこにあるのかがわからない。
山内:なるほど。
しりあがり:で、面白いって他人に言われたものを読んでみたりするんだけど、なかなか自分の関心に合わない。「マンガの図鑑」みたいなのがあればいいな。昆虫図鑑みたいに。
山内:たしかに。昔に比べると取次さんよりも書店さんのほうが(発言力が)強くなっているせいか、本屋さんの店頭には、書店員さんそれぞれが思い入れのある、“売りたいマンガ”を置いてあるんですよね、。一般のお客さんがそれを求めてるかというとまた別でしょうし、なんか“目利き”みたいな人が書店員に限られちゃってるのは、もったいない気がしますね。
しりあがり:マンガの楽しみ方も多様になってきているもんね。でも“本当のマンガファン”――例えばその書店員さんとか――にはね、ボクみたいな劣化マンガファンは正直ついていけないわけですよ。そういう人たちのマンガの楽しみ方って、ちょっと違うじゃない?
山内:彼らは面白いマンガを発見してそれを薦めたいという気持ちがあるので、実は長編作品のほうがいいけど普通の人に思われちゃうのはイヤだから、あえてニッチなチョイスをしていたり(笑)。
しりあがり:たとえばネットも情報は早いし、詳しいけど、俯瞰して見ることができない。だからやっぱりもうちょっと、全体が整備されているものがあるとうれしいなって。
山内:昔はもっとタイトル数が少なかったから選びやすかったのかもしれないですね。当時は初版が数万部見込めないと出版できなかったのが、今は数千部からできるから、マンガが一番売れていた時代からするとタイトル数も相当増えている。でも残念なのは、売り上げが落ちているということ……。だからどうリコメンドするのかっていうやり方を考えるのも大事ですし、評論も大事だと思います。アートやファッション、音楽もそうですが、いわゆる“ハイカルチャー”と呼ばれるものは、みんな評論とともに育ってきたという歴史があって。マンガ、ゲーム、アニメっていうのは大衆から生まれた文化なので、評論みたいなものがあまりないですよね。
しりあがり:そうですよね。マンガってやっぱり、すごいからね。みんなもっと研究したほうがいいと思うよ。まだ全然されてない。急激に大きくなったから、まず事実からあたっていって、歴史的に分類するっていう整理ができなくちゃ。もう誰かやってんのかな?
山内:マンガナイトは「STUDIOVOICE」っていうWeb媒体でずっとマンガの評論の連載をやらせてもらってて、2年間で50作品分のレビューを書いたんです。アート方面の記事は、STUDIOVOICEに載ったからといってもあんまり読者からの反応がないようなんですけど、マンガのことについてはツイッターから辿ってきて、著者や僕のほうに結構ダイレクトにアクセスがあったりして。きっとリコメンドの情報が多すぎて、どれが本当なのかわからないっていう状況があるんだと思います。マンガは大衆文化だけど、次のステージに行ってもいいんじゃないかなって気がしています。
マンガの楽しみは「お話」というより一つの「世界」。
山内:「コミPo!」(※編集部注:3Dキャラで組み立てる、マンガ作成のためのソフト)っていう、マンガ家の田中圭一さんが開発されているソフトがあるじゃないですか? それを使って過去の名作マンガのシーンを全部再現して分析してみようとした人がいて(谷沢川コウ著『まんが裏道 〜ラクして面白い漫画が作れる本〜』三才ブックス、2012年)。例えば『ドラゴンボール』だったら、悟空が空中を蹴った時に、吹き出しまで凹んでたりしますよね。吹き出しってレイヤーは手前なのに、それが中にあるっていうのが初期のドラゴンボールらしさにあたるとか。読者はそういうスタイルを無意識に読んで、あの作品らしさを感じてたんだと思うんですが、それをちゃんと分析した人っていなかったのかなって。
しりあがり:たしかにマンガって文学とかストーリーだけじゃなくて、絵だったり構成だったり、要素が多いから分析も大変でしょうね。
マンガを描くって映画監督を一人でやるようなもんだよね。小説とか映画と違って、みんながマンガを読むことで楽しんでいるのは「お話」というよりも一つの「世界」。その架空の世界を追体験するために、マンガからアニメやグッズ、ゲームにも広がっていって、いろんな形でみんなその世界を楽しんでいる。
映画や小説というのは、映画監督なり作者の作品として、ちゃんと完結したうえで「これどう?」っていう評価ができるじゃない。最後まできちんと読んで、主人公が最後どうしたのかという部分が非常に大きくて。でもマンガってもっと漠然としてて、たとえばディズニーのアトラクションみたいなものに読者も乗っかって、進んでいくのを一緒に楽しむ感じというか。
山内:実際に長期連載ではじめから最後まで読むものってそんなに多くないですもんね。その中の一つを楽しんでいくっていうのは、マンガ独特の楽しみかなって思います。
しりあがり:そう思うと、小説や映画はそれぞれのメッセージの良し悪しだったりで評価できるけど、マンガってそういうのないもんね(笑)。あるかもしれないけど、大してそこ重要なのかなっていうと違うかもしれない。だから研究するほうも視点が難しいかもね。
山内:やっぱり文学の延長としてとらえる研究者の方が多いですよね。夏目房之介さんも文学寄りですし、アート方面の方ってあんまりいらっしゃらない。「文学的視点」と「アート的視点」、「産業的な分析」の3つが揃うと、ちょうどいいのかなって僕は思うんですけどね。
しりあがり:そうですね。なんかそういうの含めて、頭のいい人に頑張ってもらいたい。山内さん、頑張ってくださいよ。
山内:はい、頑張ります(笑)。
ギャグマンガで常識を覆すようなことがしたかったんです。
山内:先生はそもそもどうしてマンガの世界から活動をスタートされたんですか?
しりあがり:やっぱり絵が好きだったからね。絵で人にウケようと思ったら「マンガ」か「イラストレーション」ですよね当時は。ファインアートは全然わかんないしさ。
山内:ファインアートもやられてたことがあるんですね。
しりあがり:ない(笑)。大学に入るときにデザイン科に入ることに決めて。コマーシャルとかマンガとか、そういうエンターテイメントに近い方に行きたかったんですね。マンガのほうに行ったのは、いろんなマンガを読んでいくうちに、なんとなくみんな同じように思えてきちゃって。本当はもっと読まなきゃいけないんだろうけど……。で、もっと違うマンガが欲しいって思ったのかなあ。
山内:当時先生がマンガを始められた頃の、カウンターカルチャー的なものって、マンガでは今弱くなってきていますよね。先生の場合は展示をやられたり「さるフェス」(※編集部注:2009年から毎年、新宿ロフトで新春に開催されるしりあがり寿主催のロックフェスティバル)を開催したり、表現の方法がマンガの中だけにとどまらなくなってきたのかなって、僕は思っていたりするんですが。
しりあがり:もともとマンガでやりたかったのが「面白いこと」だったんですよ。ギャグマンガで常識を覆すような。揚げ足とったり膝カックンするようなことをしたかったんです。ただ、これはボクの力が不足してたんだと思うんだけど、マンガの中ではそれは限界がきちゃって。
ギャグマンガでも面白いものは面白いと思うんです。地獄のミサワさんとか「ギャグマンガ日和」もボクけっこう読んでるし。ただやっぱり、これはこちらのせいだと思うけど、若い頃のようには笑えない。ボクが10代から20代の頃の、赤塚不二夫さんに始まり、山上たつひこさんから吉田戦車さんが出てくるまでの間ってやっぱり面白かったですよ。「こんなのアリなの!?」みたいな。ギャグって受け取る側の年齢とか時代性とかあるんだろうなー。
山内:特に心動かされた作者とか作品ってどれですか?
しりあがり:そうだねぇ。ギャグマンガでいえばやっぱり山上さんかなぁ。それとやっぱり「天才バカボン」。等身大マンガ(※編集部注:本インタビュー2/3参照)とか面白くて。それだってね、上の世代から見たらたいしたことないかもしれないけど、若い頃って影響受けちゃうじゃん。だから当時の若い人からしたら、「すごい、びっくり、こんなことがアリなのか」って思ったんだよね。今のボクは「ええ、こんなことがアリなの!?」って思えるものを求めて、マンガよりちょっと別のところに関心がいってるって感じかな。
[2/3に続きます](3週連続更新予定)
構成:井上麻子
(2014年3月6日、有限会社さるやまハゲの助オフィスにて)
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