マンガを取り巻く現況を俯瞰し、マンガと人々がいかにして出会うことができるか、その可能性を綴ったDOTPLACEの連載コラム「マンガは拡張する」。これまでの全10回の更新の中で著者の山内康裕が描いた構想を、第一線でマンガ界を盛り上げる人々に自らぶつけていく第2部「マンガは拡張する[対話編]」のゲスト一人目は、孤高のマンガ家・しりあがり寿先生です(なんとこの春、おめでたいことに紫綬褒章を受章されたばかり!)。
中編の今回は、しりあがり先生が主催する新春恒例の音楽フェスティバル「さるフェス」や、アートの分野での制作などについて。ますます広がりを持ち続けるその活動の根底に流れるものとは?
※本対談は2014年3月に収録したものです
【以下からの続きです】
しりあがり寿×山内康裕 1/3「というか、マンガの力、強すぎじゃない?」
何が起きるかわからない。「さるフェス」は一番楽しいもの。
しりあがり寿(以下、しりあがり):そこに黒板が置いてあるんだけど、大阪大学の物理学の菊池誠先生が「さるフェス(「しりあがり寿presents 新春! (有)さるハゲロックフェスティバル’14」)」で講義をしてくれた時のものなんですよ。横の絵は能町(みね子)さんが描いてくれたのかな? フェスで物理の講義って何やってるんだろうって感じなんだけど(笑)。その前にも谷川俊太郎さんが出てくれた時があって、谷川さんの後がマキタスポーツだったんです。その時の楽屋には、谷川さんとマキタスポーツと松尾スズキさんと祖父江慎がいて。
山内康裕(以下、山内):ああ、すごい。楽屋にいたいですね(笑)。
しりあがり:なんか自分が受けたギャグマンガの衝撃みたいなのが、今このフェスだったり、アートかどうか自分ではよくわからないんだけど、展覧会とかでやってることに近いっちゃ近いんですよね。
山内:「さるフェス」って本当にいろんな方々がごちゃ混ぜになって出演されてるじゃないですか。ゲストの皆さんは先生が呼んできてらっしゃるんですか?
しりあがり:いえ、中には直接声をかける方もいらっしゃるけど、スタッフの知り合いとかで僕が知らない人もいるし。お金払ってないからさ、知り合いじゃないと頼めないんだよね(笑)。
山内:でもフェスって、何が起きるのかわからない楽しさがありますよね。
しりあがり:そうですね。フェスはね、僕にとって一番楽しいもの。エンターテイメントを突き詰めたらどうなるだろうと思ってやってることだから。もちろんマンガを読むのも映画を見るのも楽しいし、ゲームも好きなんだけど、“楽しい”って、友達と飲んだりしてる時間が楽しいじゃない。それをもっと楽しくできないかなあと思ってね。しかも苦労して、疲れないと楽しくないじゃない? だから準備していろんなことやって、13時間立ちっぱなしのフェスが終わった後の打ち上げが最高に楽しい。
山内:疲れているけど寝られない感じが(笑)。
しりあがり:もうあの瞬間のためにやってるのかも。だからお客さんよりも、やる側の方が楽しんでるかもしれない(笑)。
山内:イベントっていうとDOTPLACEの編集長の内沼晋太郎さんも関わっている「B&B」っていう本屋さんが下北沢にあるんですけど、ここのコンセプトが“365日イベントをする”なんです。それで年間400本イベントをやってるんですよ。
しりあがり:すごいね~!
山内:それもずっとビールを飲みながらトークイベントするっていう感じでやっていて。だから毎回何が起きるかわからないっていう面白さがあるんですよね。
しりあがり:そうなんだよね。ちょっと面白いものだとネットとかで無料で誰でも観られちゃうから、逆にそうじゃないリアルの場でやるものも大事だよね。
場所を選ばないマンガと「リアルの場所」の連動
山内:僕の認識なんですけど、昔はネットが“非日常”で、リアルな場所が“日常”だったのが、今は逆になっているように思うんです。リアルな場所のほうが非日常なんだったら、場作りはもっとお祭り的に楽しくできるだろうし、マンガ表現も本や雑誌だけじゃなくて場所と連動すると、読者としても含みを持って楽しめるのかなって思うんです。
しりあがり:ただマンガ自体は、やっぱり場所と切り離されたものだからね。展示とかもすごく難しいんですよね。「文化庁メディア芸術祭」のマンガの展示とかはみんないろいろ工夫してるけど、展示して眺めるのがマンガの本質かっていうとそうではなくて。マンガは場所関係なくどこででもその世界を楽しめることこそが本質だから。電子だろうと図書館だろうとどこでも読めるし。だから逆に場所を生かすとしたら、マンガから派生した何かの方が面白いんじゃないかな。作品の世界観をリアルに再現するとか。
絵画に例えると、絵画って額縁に入れて飾ってあるでしょ? それでみんな額縁がかけてある周りの環境は関係なく、額縁の中を評価する。マンガもそうで、読む場所を選ばないんですよね。だけど、僕はマンガでもそうじゃないものってあるんじゃないのかなって。
例えば天才バカボンの等身大マンガっていうのは額縁の中だけじゃはかれないでしょう。額縁の中の世界で見たら面白くもなんともないんだもの。「ねえバカボン」「なあに? パパ」って言ってるだけじゃ、まったく面白くない。だけどそれを額縁の外から見たとたんに「バカだねえ」ってことになるんです。王道のマンガの中にある世界を、いろんな場所や方法で楽しむっていうよりは、そういうメタっぽい感じとか、マンガの枠を少し超えたところで何かできないかなって考えちゃいますね。
山内:僕、先生の「妄想デッサン教室」(※編集部注:しりあがり先生が講師を務めるワークショップ。その場にはない、見えないものを克明にデッサンしていく)に参加させてもらったことがあるんですけど、それがすごく面白くて。見えないものを見るための装置が用意された空間と、何より3時間っていう時間設定。1時間じゃなくて3時間もあると、描き込まなきゃいけないじゃないですか。だから見えないものを余計に見ようする意識がグルグル頭を刺激して。あの行為自体も含めて一つの作品なんだなあと思いましたね。
しりあがり:ありがとうございます。うまくいくとトリップできるんですよね。なんとなくね、不思議な。そうかあの時、音楽とかかけてみたんだよな。
山内:音楽もよかったですね。
僕、寝る前にマンガを読んでいた時期があって。『弥次喜多 in DEEP』(エンターブレイン、2005年に廉価版刊行)も読ませていただいてたんですけど、先生のマンガって読んでる時に自分が寝ているのか起きているのかわからなくなるんですよ。他のマンガは境目がしっかり分かれてるんですけど……。そういう意味だと、現実世界と仮想世界がごっちゃになるというか、そういうトリップ体験ができるのって先生のマンガだけかなってすごく感じました。
しりあがり:ちょっと話が変わっちゃうけど、昨日ちょうど下北沢で演劇を観てきて、あれはやっぱり上手だったねー。夢があって、現実があって、またそれを包む何かがあってっていうね。
山内:たしかに演劇はメタ表現も含めてすごいですよね。今日マチ子さんとマームとジプシーの『cocoon』(東京芸術劇場にて2013年8月初演)とかも、繰り返しのトリップ感とか、もう音楽に近い。
しりあがり:そうまさに、音楽。マンガのストーリーは因果で進んでいくけど、音楽はコントラストで繋がっているからね。『なんでもポン太』(太田出版、2003年)とかはそれをすごい意識してやってたんですよね。ストーリーじゃなくてコントラストでつなげるマンガができないかと思って。
山内:最近のマンガは一部、メタ表現のインフレみたいになってますよね(笑)。
しりあがり:メタ表現って、その分野の黎明期に生まれるんですよね。有名なのは昔アニメーションが出はじめたばっかりの頃。アニメーションを上映してて、スクリーンの前に作者が実際に立ってて、作者がスクリーンの後ろに入ってくと画面の中にアニメーションになった作者が現れる……みたいなの。一つの興行、見せ物として面白い手法だった。そういうのってみんな初期にやるんだけどそのうち淘汰されて、一番わかりやすい方法に集約されていく。僕なんかは、淘汰されちゃったほうなんだけど、でも相変わらずあがいてる(笑)。
アートとギャグはすごく近い。
しりあがり:(壁の写真を指さしながら)そこの壁にかけてあるインスタレーションの写真なんですけど、この時は横浜美術館で7メートルの高さの壁に絵を描いたんです(※編集部注:2006年7月〜9月に横浜美術館で行われた6人の作家による企画展「日本×画展[にほんガテン!]しょく発する6人」)。あれも俺の中でマンガなんだけど。マンガってページ数が決まってるからいつも最後まで決めて描くじゃないですか。もう描くだけ描いちゃったら、後は創造じゃなくて作業になるから、それがもうイヤでイヤで(笑)。
横浜美術館で展示した墨絵インスタレーション「オレの王国、こんなにデカイよ。」制作風景(2006年)
このインスタレーションは好きなところから描き始めたんですけど、どこかにマルを描いたらバランスをとるために反対側に四角とか描く。するとまたバランスが崩れるから、こっちを描き足して……そうやってね、全然終わらないんですよ。何にも考えないで描くと何ができるのかもわからないし、「あ、これ尻に見えるから尻にしよう」とか思いついたりして。マンガって本来は建築みたいに設計図があってそれを元に作っていくんだけど、それを逆にしたかったんだよね。部分から作っていって、全体はどうなるかわからない、みたいな。
山内:僕もその感じ「妄想デッサン教室」で体験させていただきました。
今度先生が参加される彫刻の森美術館での展示はどういう風になりそうですか?
しりあがり:この冬にアートスペースキムラASK?っていうギャラリーで「大回転祭」っていうのをやったんですけど、彫刻の森でも引き続き、しばらく「回転」にこだわろうかと思ってます。なんでもいいから、回すと面白いなと思って。
山内:どういうものを回すんですか?
しりあがり:ちょっと見づらいけど……
こんな感じで、アトリエの中のいろんなものが回ってるんですよ。くるくる。
山内:うわー面白いですね。全部のものが違う回り方してますよね。
しりあがり:そうそう。額縁も回ってるし、石膏像も回ってるし。これなんか面白いでしょ? あ、自分で言っちゃった(笑)。
山内:面白いです(笑)。
しりあがり:で、その流れで……(次の動画。大量のだるまが回転している映像)。段ボールの上にだるまを置いてくるくる回ってるの。今度箱根でやる展示(※編集部注:箱根・彫刻の森美術館で開催中の8名の作家によるグループ展「ミーツ・アート森の玉手箱」。2014年8月31日まで)はこのだるまを30個くらい回しつつ、歌を唄ってもらおうと思ってて。
山内:音をつけるんですね!
しりあがり:そう。前の年に同じ場所で「ぽっぽろー ぷっぷる♪ ぺっぺれー ぴょっぴょろ♪」っていう音をつけたインスタレーションをやったんですけどね、今回はだるまに音をつけようと思って。えっとね……(今度は録音した歌を聞かせてもらう)
「俺は~すーごいぞ~つーよいんだぞ~♪ ヨッホーヨホホ~♪ それ行くぞ~♪」
山内:(笑)!
しりあがり:いろんな人に同じ歌を歌ってもらって、30個のだるまが全部違う声で歌いながら回るようにしようと思って。なんかさ、今ちょっと世の中物騒じゃん? 強がってる人が多いじゃない。だから「強がってんじゃないよ」っていう気持ちを込めて、そういうのやろうと思って(笑)。
山内:この展示を見た人は「あ、先生のだ」ってすごく感じると思います。このシュール具合が。
しりあがり:そうだね。これは僕にとっては、昔やってたギャグマンガとまったく同じなんだよ。「回すだけでこんだけ変なの」って。
山内:ギャグマンガを描くのと、だるまを回す時の思考回路は一緒なんですね。
しりあがり:うん。「どうなったら面白いんだろう」って考えるのがね。しかも、理屈で面白さがわかるものじゃなくて、「なぜか面白い」っていうのがいいんだよね。
山内:なんで面白いかの理屈は先生にもわからないんですよね?
しりあがり:わかんない(笑)。
山内:無意識の中に過去の蓄積があって出てくるんでしょうね、きっと。誰にも真似できないですね。
しりあがり:誰だってやったもん勝ちだよ。
山内:だるま回したもん勝ち(笑)。回して面白いものとそうじゃないものがありそうですね。回したいものを参加者が各自持ってくるイベントとかがあれば楽しそう。
しりあがり:評論家みたいな人がいて、それに点数をつけたりとかね。そういうの、イベントでやればいいよね(笑)。
あともう一つ、7月からちばてつや先生の展覧会が練馬のほうであって、そこでも展示させてもらえるんだけど、どうしよう。そろそろ決めないと……(笑)。
山内:リングでジョーが回ってても面白いですね。こういった展覧会のオファーは近年多いんですか?
しりあがり:そんなに多くはないですよ。年に一つか二つあるくらいかな。だってアートからしたら僕なんかすごくいい加減だもん。「珍味を一つ混ぜとこう」みたいな。
ボクぐらいのアートってご存知の通り本当に儲からなくて、出品する度に赤字なんだよね。でも、道楽としたら楽しいですよ。モノをぐるぐる回すみたいな馬鹿なことに、何十万円も使って、立派な部屋をあてがわれて……最高だよね(笑)。
山内:そうなると、ギャグとアートって相性がいいかもしれないですね。“珍味”っていうので腑に落ちたんですけど。
しりあがり:「デュシャンの泉」なんてギャグですよね。あと赤瀬川原平さんがやってたこととかも。だからすごく近いと思う。
[3/3に続きます](3週連続更新予定)
構成:井上麻子
(2014年3月6日、有限会社さるやまハゲの助オフィスにて)
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