第8回「モデルリリース」
平林健吾
先日、とある山雑誌にデビューしました。
去年の秋、涸沢の紅葉を見に行った時に取材を受けたものが記事になったのです。テントの特集の取材ということで、愛用しているテントと一緒に写真を撮ってもらったのですが、その写真も予想外に大きく使っていただいて嬉しかったです。
さて、今回は、この取材を受けた時に、職業柄、ちょっと気になったことをご紹介しようと思います。
気になったことというのは、モデルリリースにサインを求められなかったことです。
モデルリリースというのは、被写体となる人物から、撮影行為や撮影した写真・映像の利用について許諾を得たことを、証拠として残しておくための書類です。Googleで検索すれば、いろいろなタイプのフォームが見つかります。主に被写体の肖像権の処理に用いられます *1。
肖像権は、伝統的にはドイツ、フランスといった大陸法系の諸国で認められてきた概念です。これに対し、イギリス、アメリカといった英米法系の諸国では、肖像はプライバシーの一類型として保護されてきました。日本には、肖像権を規定する法律はありませんが、判例で権利として認められています。判例によると、肖像権とは、社会生活上受忍すべき限度を超えて、みだりに自己の容ぼうを撮影されたり、撮影された容ぼうを公表されたりしない権利とされています *2。
被写体の肖像権を侵害してしまうと、損害賠償責任を負ったり、撮影した写真・映像を利用できなくなったりします。そこで、法的観点からは、撮影行為や撮影した写真・映像の利用について、被写体となる人物からあらかじめ許諾を得ておくのが安全です。さらに、後日、被写体となった人物から「そんな許諾はしていない」と文句を言われても許諾があったことを立証できるように、撮影行為や撮影した写真・映像の利用について許諾する旨が記載された書面に被写体本人のサインをもらい、これを証拠として残しておくという実務慣行があり、この書面のことをモデルリリースと呼んでいます。
アメリカの映画撮影現場では、ロケーションに随行している弁護士が、モニターの前で常時撮影中の映像を監視し、一般市民がフレームの片隅にちょっとでも写り込んだら、即座にその人物のもとに駆け寄って、モデルリリースにサインを迫るのだそうです。なので、映画業界の弁護士は知力よりも脚力が重要なのだ、というオチにつながる笑い話なのですが、権利関係に敏感なアメリカの事情が現れていると思います。
さて、冒頭の山雑誌のケースで、もし私が「山雑誌に掲載するなんてとんでもない。そんな許諾はしていない」といって肖像権侵害を主張したら、私の主張は裁判で認められるでしょうか。これは、おそらく認められないでしょう。たとえ、モデルリリースという決定的な証拠がなくても、カメラに向かって満面の笑みを浮かべている私の写真自体やインタビュー当時の状況に関する関係者の証言といった証拠から、私が、撮影された写真が山雑誌に掲載されることを認識したうえで、嬉々として撮影に応じていたことは、十分推認できると思えるからです。
では、この写真が山雑誌のプロモーションの一環で出版社のウェブサイトに掲載された場合はどうでしょう。もし私が「雑誌に載せるのは構わないけれど、ネットに公開するなんてとんでもない。しかも、これは広告じゃないか。そんなことまで許諾した覚えはない」といったらどうなるか。この場合、雑誌ではなくウェブサイトという公表態様、記事ではなく広告という利用態様からすると、私がそのような利用まで許諾していたと推認すること(さらに、許諾が推認できない場合、受忍限度の範囲内なので許諾がなくても利用可能と判断すること)に裁判所は躊躇を覚えるのではないかと思います。そこで、こういう場合にも対応できるように、公表媒体や利用態様をある程度広めに設定したモデルリリースを取得しておくと心強いと思います。
[Edit×LAW:第8回 了]
注
*1│モデルリリース
事案によってはパブリシティ権、プライバシー権、実演家の権利など他の権利も一緒に処理します。
*2│肖像権
「人は,みだりに自己の容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有する(最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁参照)。もっとも,人の容ぼう等の撮影が正当な取材行為等として許されるべき場合もあるのであって,ある者の容ぼう等をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは,被撮影者の社会的地位,撮影された被撮影者の活動内容,撮影の場所,撮影の目的,撮影の態様,撮影の必要性等を総合考慮して,被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである。」
「また,人は,自己の容ぼう等を撮影された写真をみだりに公表されない人格的利益も有すると解するのが相当であり,人の容ぼう等の撮影が違法と評価される場合には,その容ぼう等が撮影された写真を公表する行為は,被撮影者の上記人格的利益を侵害するものとして,違法性を有するものというべきである。(最高裁判所第1小法廷平成15年(受)第281号、損害賠償請求事件、平成17年11月10日判決)」
Edit × LAW⑧「モデルリリース」 by 平林健吾、Kengo Hirabayashi is licensed under a Creative Commons 表示 2.1 日本 License.
COMMENTSこの記事に対するコメント