紙/電子を問わず、ますます身近なものとして定着してきているインディペンデントな出版活動。その中でも、とりわけ“紙”メディアに強いこだわりを持って活動をされている方々にメールインタビューを行い、セルフパブリッシングの今後の可能性や、紙の上から派生するさまざまな事柄を探っていくシリーズが「independent publishers(インディペンデントパブリッシャーズ)」です。
第3回目では、国内外のアーティストや写真家との、密なコミュニケーションの積み重ねの中で作品集を制作・発行している「TYCOON BOOKS」のお二人にメールインタビューを行いました。
最新刊『父をみる』の制作ではクラウドファウンディングサービスを利用し、わずか8日間で目標金額を達成。資金面からも、本の制作の面からも、紙媒体におけるセルフパブリッシングの一歩先の可能性を示唆しているレーベルです。
【「TYCOON BOOKS」設立者プロフィール】
渡辺洋輔(わたなべ・ようすけ)
1982年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。ウェブデザイン会社での経験を経て、ウェブ広告代理店でウェブプロモーションに携わる。バイオリニストとして音楽活動も行っており、年数本のペースでライブに出演している。2009年、芹川とTYCOON BOOKSを設立。渋谷区在住。
芹川太郎(せりかわ・たろう)
1982年生まれ。慶応義塾大学経済学部、Central Saint Martins College of Art and Design卒業。日本で公認会計士として勤務後にイギリスに留学、帰国後はコンサルティング・ITビジネスに携わりつつ、TYCOON BOOKSとしてアートブック制作を行う。渋谷区在住。
メールインタビュー
――まずはじめに、「TYCOON BOOKS」の活動のコンセプトについて、簡単なご紹介をお願いします。
TYCOON BOOKS:TYCOON BOOKSは、写真集をはじめとしたアートブック専門の出版レーベルで、大学時代の友人だった芹川太郎と渡辺洋輔で2009年に立ち上げました。
私たちは国内外の若いアーティストと一緒に本を作り、それを通じて海外のアーティストを日本に紹介したり、また日本のアーティストを海外の人に知ってもらうことを目指しています。
――「TYCOON BOOKS」を始められたきっかけや動機を教えてください。
TYCOON BOOKS:芹川は、もともと写真が好きで、若い写真家の活動を何らかの形でサポートしたいと考えていました。その方法として、2009年プリントのコレクションをしており、それに加えて本の制作も始めたいと思っていました。一方渡辺は、ウェブやグラフィックのデザインの経験を活かして、子供の頃から好きだったコンテンポラリーアートの領域で自身の個人的なプロジェクトを始めてみたいと思っていました。
そんな話を二人でしているうちに、一緒に出版レーベルを始めればお互いのやりたいことが実現できそうだと思い至りました。
私たちはそれぞれ別の仕事をしていたので、まずは本業の仕事を続けながら週末だけでカジュアルに始めてみることにしました。今でもこのやり方で、ゆっくりとしたペースではありますが、時間をかけて納得のいく本づくりを続けています。
――具体的に、どのようなプロセスで「TYCOON BOOKS」の本を作っていますか。
TYCOON BOOKS:本ごとに多少の違いはありますが、アーティスト本人と私たちの3名で可能な限り密なコミュニケーションをとるようにしています。
まずは、私たちとアーティストとで、全体のコンセプト、頁数、判型、装丁、紙の質感などのイメージのすり合わせします。この段階では、大量の写真集やZINEなどを見ながら、どういう本(プロダクト)を目指すかという具体的なイメージをしっかり共有します。一緒に書店に行って書架を眺めながら相談することもありますし、たくさんの写真集がある芹川の家で本を開きながら議論することもあります。自分たちが好きな本を手に取りながら「こんな本を作ろう!」というイメージを固めていくのは、とても楽しいですね。
次に、内容の編集を芹川中心に行います。進め方は大きく2パターンあり、最初にアーティストが作った案をベースに芹川が再構成していく場合と、予め大量のイメージをアーティストから預かって、ゼロから編集する場合があります。その上で、私たちとアーティストの3人で議論しながら詳細を詰めていきます。
編集作業と並行して、渡辺を中心にデザインも進めていきます。特にカバーデザインは素材や加工等によって本の仕上がりに大きく影響するため、印刷会社さんとも相談しながら早い段階からあれこれと試行錯誤を繰り返します。印刷会社さんとのコミュニケーションを大事にしているので、印刷は日本の会社さんにお願いしています。
小浪次郎の『父をみる』を制作した際は、最終的に掲載されなかった大量のカットも含めて写真を全部L版でプリントし、大きなテーブルにトランプの様に並べながら構成を考えました。その様子はクラウドファンディングのCampfireのサイト上でも「活動報告」として写真で公開しています。
Julie Cockburnの『Conversations』では、私たちが東京にいる一方でアーティストはイギリスにいたので、レイアウトのPDFをメールで何十往復もやりとりしましたね。
――「TYCOON BOOKS」の本において、取り扱う作品やアーティストはどのようにして決めているか教えてください。
TYCOON BOOKS:本を一緒に作るアーティスト選びは、芹川・渡辺のどちらかが提案し、双方で意見が一致するというのを必要条件とし、その上でレーベルとしてどんなポートフォリオで本を作りたいかを意識しながら実際に作る本を決めています。アーティスト探し自体は、私たち二人ともが日常的に見ている展示や雑誌、ウェブサイトなどで見つけたり、友人から薦められて知ったりすることもあります。
TYCOON BOOKSは新しい才能を世に紹介していくことを目指しているので、まだあまり知られていない・作品発表の機会を十分に得られていない若手アーティストを積極的に取り扱うようにしています。
また、日本には海外のアーティストを、海外には日本のアーティストを紹介したいため、日本と海外のアーティストの比率をできるだけ1:1くらいにできればと考えています。
――クラウドファンディングサービスを利用して小浪次郎さんの『父をみる』の制作をされていましたが、クラウドファンディングを利用することにした背景や、その時の感想などを教えてください。
TYCOON BOOKS:クラウドファンディングにはいくつかの大きなメリットがあります。それは
①制作開始前に資金を調達でき、初期投資を減らすことができる。
②募集期間を通じてクラウドファンディングのプラットフォーム上でも露出ができるので、発売前の事前プロモーションになる。
③募集を通じて、普段書店の写真集売り場などに足を運ばないような人達にもリーチできる。
④制作過程で支援を頂くと制作者としてはとても嬉しいので、モチベーションが上がる。
といったことです。特にデメリットのようなものはないので、利用できるのでれば利用しない手はないと思っています。
私たちが出版を始めた2009年当時はまだあまり考えられませんでしたが、ここ数年でそういった選択肢が増えてきて、制作面だけでなく資金面からもより多様なものづくりが可能になっていることを実感しています。
実際に利用してみて驚いたのは、3~5万円といった金額の高い支援を多くの方に頂けたことです。「小浪があなたの写真を撮ります」というリターンのプランを支援金額5万円で用意したのですが、実際に2名の方にご支援頂くことができました。もう1つ予想外だったのは、「支援したいけどクレジットカードを持っていないからできない」という声が思った以上に多かったことですね(笑)。
――“紙媒体”かつ“写真集/作品集”というメディアの形態を選び、展開されている理由はなんですか。
TYCOON BOOKS:一番の理由は、私たちがそのような本が好きだからです。
紙の本で表現できることの幅や自由度は非常に高く、まだまだ可能性があると感じています。現状では電子媒体でできることはむしろ限定的で、私たちはあまり面白みを見いだせていません。
――日本において、“ZINE”というセルフパブリッシングの形態は、これからどう変化していくと思いますか。
TYCOON BOOKS:ZINEを制作するハードルは既に低くなっているので、アーティスト自身によるセルフパブリッシングは今後もさらに活発になるのではないかと考えています。今年のTOKYO ART BOOK FAIRも、非常にたくさんの出展者と来場者で賑わっていましたしね。
制作・印刷面だけでなく、私たちが利用したクラウドファンディングのように資金調達の方法も多様化しているため、コピー機で印刷したようなZINEに限らず、アーティストが自分で本格的な作品集を出版することも今後は増えていくのではないでしょうか。
TYCOON BOOKSはアーティストと一緒に本をつくるレーベルなので、アーティスト本人が一人でつくることでは実現できない価値を提供していければいいなと思っています。
――「TYCOON BOOKS」の本の流通ルートとして、現在の方法を選んでいる経緯と理由を教えてください。
TYCOON BOOKS:私たちの本の流通は主に①ウェブサイト、②ブックフェア、③書店の3つのルートで行っています。
どの本も小部数の発行なので、取り次ぎは今のところ一切通しておらず、お取り扱い頂いている書店さんの数もそれほど多くありません。可能な限り安く単価を設定しているので、取り次ぎを挟む余地がないという事情もあります。
本を作っている立場としては、実際に購入してくださるお客様に直接会えるブックフェアが一番楽しいので、今後も国内外のいろいろなブックフェアに出たいと思っています。
――自分たちの活動を、より多くの人に届けるために行っている工夫はなんですか。
TYCOON BOOKS:書店さんやアーティストと協力して出版時期に合わせて様々なイベントを行い、広く認知してもらえるように努めています。
海外では、より広い地域に本を届けられるように地道にコンタクトを取っています。
――「TYCOON BOOKS」の本を、どのような層の人たちに届けたいと思いますか。
TYCOON BOOKS:若いアーティストの本を作ることが多いので、若い読者に届けたいと思っています。
そのためにできるだけ控えめな単価で販売できるように、自己満足で本を豪華にしすぎないように気をつけています。
――「TYCOON BOOKS」の活動の中で、これまでもっとも大変だったことはなんですか。
TYCOON BOOKS:大変なことばかりで、“もっとも”大変なことを選ぶのは難しいですね・・・
――「TYCOON BOOKS」の活動の中で、もっとも印象的だったエピソードを教えてください。
TTYCOON BOOKS:TYCOON BOOKSで最初に作った本は、小浪次郎の『Dim the light』というZINEです。
それをロンドンの書店に直接持ち込んで置いてもらった1週間後に、「本屋で見つけて買ったよ! いい本だね!」という内容のメールが届いたのですが、そのメールをくれたのが当時Ryan McGinleyの”Moonmilk”という本を出版して話題になっていたMorel Booksのアーロンでした。
ロンドンで一番会いたいと思っていた人の一人が、本を通じて向こうからこちらを見つけてくれるなんて想像もしておらず、とても興奮しました。
それ以来彼とは親しい友人で、海外の書店にTYCOON BOOKSを紹介してくれたりしています。
――“セルフパブリッシング”という土俵で活動されている、他の気になる方や団体がいれば教えてください。
TYCOON BOOKS:台湾で“waterfall”という雑誌や様々なアートブックをほぼ独力で作っているShauba Changは抜群にセンスがよくて、いつか一緒に何か作ってみたいなと考えています。
最近も”NOT TODAY”という新しい雑誌を始めたらしく、まだ見ていないので手に取るのが楽しみです。
――最後に、イベントの予定や今後の目標など、「TYCOON BOOKS」の今後の展開について可能な範囲で教えてください。
TYCOON BOOKS:2014年は、日本の女性写真家の作品集と、イギリス人アーティストの作品集を制作する予定です。
今後は、年に1~2冊大きめ・厚めの本を作りつつも、薄く小部数のzineのような本を作るペースを上げていきたいと考えています。
イベント関連では、小浪次郎『父をみる』に関連した企画を幾つか行う予定ですが、残念ながら詳細が決まっておらずご案内できません。最新情報はウェブサイトやSNSでご確認ください(http://tycoonbooks.net/)。
――今回はありがとうございました!
[independent publishers #003: TYCOON BOOKS 了]
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