COLUMN

冨田健太郎 斜めから見た海外出版トピックス

冨田健太郎 斜めから見た海外出版トピックス
第19回 ふたたび街場の書店を考える

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 某出版社にて、翻訳書編集、法務をへて翻訳権輸出に関わる冨田健太郎が、毎月気になる海外の出版事情を紹介する「斜めから見た海外出版トピックス」。
 今回は、第17回でも取り上げた中小書店の実態について、ローカルコミュニティの立場からみたレポートをお届けします。

第19回 ふたたび街場の書店を考える

▼書店業界の動向

 このコラムでは、前々回に米国の書店事情を取りあげました。

 好調といわれる米国の書店ビジネスとはいえ、ニューヨークの劇場街にある老舗書店〈ドラマ・ブック・ショップ〉が閉店の危機にあったり、ソーホーの独立系書店〈マクノリー・ジャクスン〉が移転を余儀なくされていたりしています。大きな理由は賃料の上昇であり、さらにその背景には書店のマージンの問題もある、といった話でした。

 しかし、まず重要なのは、「米国の書店ビジネスは好調である」という前提条件です。
 全米第2位の規模を誇った書店グループ〈ボーダーズ〉が破綻したのが2011年。現在でも、最大手〈バーンズ&ノーブル〉は経営が混迷していますが、独立系書店が業界の活気を支えています。

 いっぽうの日本では、最近統計の数字が出たように、出版の縮小がつづいています。

(2018年の出版市場規模発表「紙+電子で3.2%減の1兆5,400億円、紙は5.7%減、電子は11.9%増」)

 書店数も減少をつづけ、2018年には新規出店も100を大きく割りこんだという数字も出ています。大型店のオープンが大半で、街場の本屋さんが少なくなったという話はよく聞きます。
 日米では、ひじょうに対照的に見えますね。

▼ボストン近郊の町では

 ボストン中心の雑誌ウェブに、こんな記事が出ました。

「小さな繁華街を支えるものはなにか?」というタイトルですが、回答はすぐ下に出ています。「オンライン・ショッピングの時代になっても、その答えは『書店』だ」というのですね。
 町を栄えさせるのは書店である——この見出しだけで、ちょっと感動しそうです。

 この記事の著者が小さい頃からかよったボストン郊外のニュートンの書店は、12月の繁忙期にもかかわらず客はすくなかったそうです。
 しかしその後、ブルックラインという町の書店に行ってみると、そこは打って変わって平日の昼でもかなりの客の入りでした。
 そこで著者は、ボストン都市圏(いわゆるグレイター・ボストン)の町々を調べはじめます。すると、郊外の小さなコミュニティであっても、多くの場合、すばらしい独立系書店があることがわかってきました。
 著者は公共政策の専門家だそうですが、じっさいにこれらの地域の町をめぐって歩きます。すると、駅(あるいはバス・ステーション)があり、すぐれた建築の庁舎や教会があり、食事ができるいい店があり、そこにかならず書店(または玩具店)がある、という町が数多く存在していました。
 巨大オンライン・ストアやショッピング・モールに押されているのではないかと思われていた書店が、地元に根ざして生きのびているだけでなく、地域の牽引役になっていて、それは昔から変わっていないらしいのですね。
 世界各地へ旅行するのはもちろんいいものだけれど、地元を旅してみるのも心地よい、と著者は結んでいます。

※ちなみにこの記事のマクラで使われているのは映画『ユー・ガット・メール』で、公開された1998年頃は、メグ・ライアンの独立系書店と、トム・ハンクスの大規模チェーンとの対立があったわけですね(いまからふりかえると、ダイアルアップ接続や電子メールでのデートなど、インターネットをめぐる環境には時代を感じますが)。

▼地域社会と書店

 この記事に対して、コミュニティ活動を支援する団体「ストロング・タウンズ」が反応します。

(地域の書店がいかに町を豊かにするのか——道はひとつではない)

 こちらの著者は、もともと書店員だったということで、地域コミュニティを強くしていくうえで、書店はとても参考になるのがわかってきたそうです。それどころか、町をよくしたいならば書店を支援すべき、とまでいうのです。
 書店のおかげで地域が豊かになるのだ、という話になってきました。
 いったいどういうことなのでしょうか。

 書籍は価格をあげることができない数少ない業種だ、と著者はいいます。需要が高ければ売り値もあがる、というのが商売の原則です。それならば本だって、読みたい人が多くて供給が少なければ、売り値があがって当然のはずです。しかし、本にはもともと出版社がつけた価格があります。そのため、おなじ本であれば、ほぼどこでも一定の価格で売られることになります。
 もちろん、日本のような再販売価格維持制度はないので、価格の決定権は小売店にありますが、値下げして売る店はあっても、あえて版元がつけた値段以上をつけるところはないわけです。
 昨今では、プレミア商品であれば高い金を出してもいい、という客も多いのですが、新刊書店ではそうはなっていないのです。
 書店は、地域差も客層の差も関係なく、ほぼ決められた価格帯で商売しなければなりません。店側のマージンは40〜46%とのことですから、1冊売れた場合の利益が上振れすることはないわけです。そうなると賃料や人件費や光熱費等々で、相当な利益が食われてしまいます。
 こう見てくると、やはり書店ビジネスはたいへんだ、という話になってしまいますが、それでも書店が文化的にもビジネス的にも地域を反映させる一翼を担ってこられたのはなぜなのでしょうか。

 しかし、経済的な「弾力性」に視点を移してみよう、と著者はいいます。
 成長率はわずかずつであっても、小さな自営業者は状況に耐えぬき、世代を超えて長期的な成功をおさめている、というのです。
 じっさい、彼がかつて勤めていたセントルイスの書店は、創業50周年を迎えるそうで、店は活気のある商業地域にあるとのこと。
 もともとはべつな場所のもっと狭い店舗で開業し、じょじょに売上をのばして、ダウンタウンに支店を出したこともあったそうですが、賃料の値上げにあい、地所を縮小してあらためて当初の店に力をそそいだところ、翌年は前年をこえる売上を記録したといいます。
 大手チェーンであれば店舗展開や税務上の優遇などで有利になる側面もあるでしょうが、そのような利点もない独立系書店が、着実に生きのびてきたのです。
 しかも、独立系書店を取り巻く困難は、(前々回で取りあげたような)賃料といった外的要因だけではないのです。他の小売店と大きくちがうのは、顧客の需要が多岐にわたる点です。出版業ほどの多品種少量生産は、そうはないでしょう。美術書をもとめる客もいれば、理系の専門書をほしがる客も、子供に読ませる絵本を買いに来る客もいます。そんななかで、地域の人びとを満足させられるような商品をいかに供給するかは、むずかしい問題です。
 何度もこのコラムで触れてきたように、取次が配本してくれるなどという制度は日本以外ではないので、書店のバイヤーがつねに仕入れる商品を選び、供給して、棚を維持していかなければなりません。その地域の客にもとめられるものでなければ、店の売上に直結してきます。
 もちろん、小説やノンフィクションや実用書のベストセラーをそろえておけば、最低限の需要は満たせるでしょうが、それでは特色のない、魅力の薄い店になり、客を引きつける力も弱まってしまいます。
 書店は、そうではないありかたを見いださなければなりません。

▼町の書店の力

 この記事の著者は、書店はただの店ではないのだ、といいます。
 地域の独立系書店は、多数のイヴェントを行なうプロモーターでもあります。セントルイスの書店員だった当時、彼は年に200程度の催しを手配していたそうです。2日に1回以上の割合で、なにかしらのイヴェントをやっていたのですね。
 新刊の出版にからんで、俳優のイーサン・ホークや作家ジュディ・ブルーム、地元の大リーグ・チーム、カーディナルズの監督、TVの出演者等々を呼ぶサイン会から、ペットの養育斡旋や子供たちへの学習支援まで、多岐にわたっていたそうです。
 このような企画は、地元の公共施設や図書館などが行なえばいいようにも思えます。
 しかし、利益を追求する店がこういった活動をつづけることが重要なのだ、と著者はいいます。経済に結びつくことで、価値を高め、新たな創造性を刺激していくのだ、と。「奇抜な格好の若い女性が、自分で書いた詩集を手売りしていることがあるが、あれこそが地域経済を動かすエンジンなのだ」
 そればかりではなく、書店は雇用する人数が比較的多いのだそうです。調査によると、売上あたりの雇用者数で比較してみると、地元の書店は、米アマゾンのほぼ2.5倍になるとのこと。それだけ書店は人件費がかさむという話でもありますが、裏を返せば、町の雇用に重要な役割を果たしていることになります。
 さらに、地域で働く住民はそこで消費をする傾向が強いので、じっさいに経済に影響をもたらします。スモール・ビジネスに従事する人が10人いれば、7人はコミュニティを支えているという数字もあるそうです。

 お気に入りのシリーズの新刊を買いに来た客が、道むかいでランチを取り、店をひやかしながら通りを進み、角のコーヒーショップに入って、買ったばかりの本を読みはじめる。
 これが地域の姿だというわけです。
 いいですねえ。

 それなら、町を活性化するためにはどこでもいいから書店さえ作ればいいか、というと、そうはならないのは当然ですね。
 書店の経営が構造的にむずかしいのは、前々回のこのコラムで取りあげたとおりです。
 それでも、町としてなにかするのであれば、たとえば書店の賃料を減らすといった試みはあってもいいのではないか、と著者は提案しています。使われていないスペースを無料で貸しだして著者イヴェントなどを行なえば、周辺の店も恩恵を受けます。
 書店が町を強くする、というのは、こういうことだったのですね。
 理想的にすぎるかもしれませんが、大規模店舗だけに頼らない、身近な方法といえるかもしれません。

 ちなみに、前々回のコラムで取りあげた、ニューヨークの劇場街にある老舗書店〈ドラマ・ブック・ショップ〉の閉店問題ですが、この店内で脚本を書いていたこともあるリン=マニュエル・ミランダと彼の歴史的ヒットとなったミュージカル『ハミルトン』のチームが店に出資し、場所を変えて再オープンすることになったそうです。

 店の恩恵を受けた客が、そのおかげで成功をおさめ、今度は店を支える側にまわったわけですね。
 これも、文化的拠点としての書店のありかたを教えてくれる話ではないでしょうか。

[斜めから見た海外出版トピックス:第19回 了]


PROFILEプロフィール (50音順)

冨田健太郎(とみた・けんたろう)

初の就職先は、翻訳出版で知られる出版社。その後、事情でしばらくまったくべつの仕事(湘南のラブホテルとか、黄金町や日の出町のストリップ劇場とか相手の営業職)をしたあと、編集者としてB級エンターテインメント翻訳文庫を中心に仕事をし、その後に法務担当を経て、電子出版や海外への翻訳権の輸出業務。編集を担当したなかでいちばん知られている本は、スペンサー・ジョンソン『チーズはどこへ消えた?』(門田美鈴訳)、評価されながら議論になった本は、ジム・トンプスン『ポップ1280』(三川基好訳)。https://twitter.com/TomitaKentaro