COLUMN

山口文子 未明のマンガ論—マンガは拡張する3.0
「フランスの「MANGA」が持つ多義性と可能性」前編

manga_mimei

DOTPLACEにて2013年から連載を開始した「マンガは拡張する」シリーズ最新作、「未明のマンガ論」。連載開始から約5年の間にも、マンガのポテンシャルは拡張し続けています。その実態を様々な角度から捉え、より広げていくために、今回の連載ではリレー形式でテーマを受け継ぎながら、複数の異なる経験を持つ執筆者が実態をレポートしていきます。
 第四回は山口文子さん。前回のいわもとたかこさんの原稿を受けて、コミックエッセイの「共通言語性」に触れつつ、自身も在住するフランスのコミック事情について現地取材をしていただきました。
前後編の前編はパリで行われた「「MANGA⇔TOKYO」展」のレポートです。

「マンガは拡張する」シリーズ
●「マンガは拡張する[連載編]」はこちら
●「マンガは拡張する[対話編]」はこちら
●「マンガは拡張する[対話編+]」はこちら

外国を舞台にしたコミックエッセイ

 前回いわもとさんが「コミックエッセイ」について語られているなかで、海外での展開についても触れられている。私事で恐縮だが、2016年秋から一年ほどワーキングホリデービザでパリに住んでいた。2018年の夏に再び渡仏し、今はパリを生活の拠点としている。少しニッチな話題にはなるが、フランスのマンガ事情をお伝えしていきたい。

 今や海外の情報なら、ガイドブックでもインターネットでもいくらでも収集できそうだが、リアルな生活を知るためには「コミックエッセイ」はとても有効なツールであることは間違いない。現地の方のブログもリアルタイムで有用な情報を得られてありがたいが、一度作者の頭で整理され「伝える」ことに力点が置かれ、物語のあるコミックエッセイは「絵と語り」によって、スッと頭に入ってくる。イメージを共有しやすいのだ。日本にいる家族に自分の状況を説明するために、マンガの一部を写真に撮って送ったこともある。

 日本の友達も『パリパリ伝説』(かわかみじゅんこ)を読みながら、私の生活を案じてくれていたそうだし、展覧会のためにパリに来た知人のアーティストも、帰国後にじゃんぽ~る西さんの『パリの迷い方』、『パリ愛してるぜ~』などコミックエッセイを読み漁ることで、フランスに抱いた疑問の大方が解けたとか。

 逆のベクトルもある。私のフランス人パートナーのお気に入りのマンガのひとつに、同じくじゃんぽ~るさんの『モンプチ 嫁はフランス人』(フランス語翻訳版タイトル『A Nos Amours』)がある。日本人の漫画家という外からの視点が入ることで、フランス人がフランスを再発見し、フランスと日本の価値観の違いに気づけるようだ。日本人がなぜフランスの定番デザート「リ・オレ」(=お米を牛乳で甘く似たもの)に拒否反応を起こすのか、大笑いしながらもよくわかったらしい。

 話題になったスウェーデン出身の漫画家、オーサ・イェークストロムさんの『北欧女子が見つけた日本の不思議』が、外国人の視点からタイトル通り「日本の不思議」をおもしろかわいく気づかせてくれたのと同じだろう。ちなみにフランスにも『Tokyo Sanpo(東京散歩)』(CHAVOUET Florent)や、『J’aime le Nattô(納豆が好き)』(Julie Blanchin)といった、フランス人イラストレーター・マンガ家が、日本での生活や発見を綴ったBD(バンドデシネ=フランスのマンガ)がある。

(『Tokyo Sanpo(東京散歩)』CHAVOUET Florent)

(『J’aime le Nattô(納豆大好き)』Julie Blanchin)

 海外を舞台にしたコミックエッセイに共通しているのは、その国への愛、といえる。茶化したり、時に怒ったりはしながらも、通底している温かな眼差しがあるからこそ、読者は作者と共に驚きや憧れをもってその国に寄り添うことができるのだろう。

「日本的」なエッセンスは意外なところに

 一方で、エッセイのように「伝える」ことを目的としている作品でなくても、作者の意図しないところで「日本的感覚」が届いているということも多々あるようだ。

 あるとき、マンガ好きのフランス人女子高生から「日本では誰かと付き合い始める前に、告白をするんだよね?」と聞かれて驚いたことがある。

 恥ずかしながら、フランス人は「ジュテーム!(愛してる!)」を連発しているのだろうというステレオタイプの思い込みがあったが、彼女や他のフランス人の友達に聞いてみたところ、付き合い始めるときは「お互いに気があるのはわかるのだから、言葉は必要ない」のだそう。つまり、なんとなく始まるのが一般的であり「愛してる」という直球の告白は重く、すぐには口にしないカップルのほうが多いらしいのだ。

 彼女からすると「日本の恋愛マンガを読んでいると、絶対に両想いってわかってるのに、もどかしい!」という。「でも、きちんと気持ちを確かめ合う日本的な恋愛の始め方も、良いよね」と照れ臭そうに笑っていた。確かに人との距離が近いフランスにいると、事前確認が基本となる間合いの取り方は「日本的」なのだなと妙に新鮮だった。

<MANGA>の一語に込められる多義性

 フランスは世界第二位のマンガ消費大国といわれる。マンガやアニメ、コスプレイヤーの祭典、ジャパン・エキスポの盛り上がりは日本でも既に有名だろう。

 昨年末には<「MANGA⇔TOKYO」展>(2018年11月29日~12月30日)がパリで開催された。2018年は日本とフランスの国交180年にあたることから「ジャポニスム 2018:響きあう魂」と題し、パリを中心に約8ヶ月にわたり日本の文化芸術を紹介するイベントが行われている。この展覧会は公式企画のひとつにあたり、公式サイトには以下のように趣旨説明がある。

<都市〈東京〉を映し出してきた日本のマンガ・アニメ・ゲーム・特撮作品と、それらフィクションを注入された現実の〈東京〉の、複合的体験を提供する企画展示。>

(「MANGA⇔TOKYO」展)

 断っているように、この展覧会で用いる「MANGA」という言葉には紙媒体のマンガだけではなく、アニメ、ビデオゲームなども含まれる。これは一般的なフランス人の感覚に近いのではないだろうか。「マンガ大好き!」という人がアニメしか見ていないということもある。日本のイラストやキャラクター、バーチャルなもの全般を大きく「MANGA」という単語がカバーしているのだと感じられる。

 「マンガと東京を楽しく紹介する」というより「マンガを通じて東京(日本)の歴史を学ぶ」という学習要素が強い展示で、連載第一回で山内さんが唱えられていた「学びのツールとしてのマンガ」の可能性を改めて実感できた。少し長くなるが、レポートしたい。

リアルな東京を舞台にしたフィクションの<MANGA>

 セキュリティチェックのあと入場すると、まずは「秋葉原」と「乙女ロード」(池袋)、それぞれの名が付けれたセレクトショップが設置されている。街の色に合わせてチョイスされたアニメグッズなどが購入できるようだ。

MangaTokyo1

 大ホールへ進むと、東京の1000分の1スケールの巨大な模型が目の前に広がる。スクリーンにアニメの一部などが映し出され、その作品が東京のどこを舞台にしているのか、模型が光って教えてくれる仕組み。『言の葉の庭』(監督: 新海誠)は新宿、映画『シン・ゴジラ』(総監督・脚本:庵野秀明、監督・特技監督:樋口真嗣)は東京、というふうに。この精緻な模型には思わずワクワクさせられ、リアルな東京に思いを馳せる日本ファンにもたまらないだろうが、残念ながら紙媒体のマンガ作品はここでは登場しない。

MangaTokyo2
MangaTokyo3
MangaTokyo4
二階に上がると、大きく三つのパートにわけられている。

1:東京の破壊と再生

 まずはマンガやアニメなどフィクションのなかで、東京を破壊してきたものたち、と題して、ゴジラやモスラなどの模型が迎え入れてくれる。

MangaTokyo5
 この展覧会にはスタッフでガイドの「YORIKO」とVIP見学者の「VIPPA」というオリジナルキャラクターが登場し、展示の要所要所でQ&A形式のパネル説明が挟まれる。「MANGAってなに?」「それはね…」といったやり取りだ。
『AKIRA』(大友克洋)や『新世紀エヴァンゲリオン』(原作:GAINAX)が生まれた背景に、1980~90年代の超能力・オカルトブーム、ノストラダムスの大予言といった社会現状をあげ、そこに到った理由として冷戦や核戦争の恐怖を絡めるなどなかなか硬派だ。

MangaTokyo6
 フィクションで度々破壊されてきた東京を紹介した後、実際に東京(江戸)という街は震災、火災、戦争と度重なる破壊を乗り越えて、再生してきた町であることを、史料やアニメ『千年女優』(監督:今敏)などを通じて語る。

2.東京の暮らし

 大まかに、江戸時代→モダニズム→戦争→経済成長→停滞・閉塞感→現在(日常の幸せ)と時代で区切られ、それぞれの空気や日常を象徴するような作品が紹介される。例えば江戸時代、寺子屋の説明に『竹光侍』(原作:永福一成、漫画:松本大洋)、銭湯に『百日紅』(杉浦日向子)といった具合だ。
蕎麦の移動店舗を紹介するために展示されている『佐武と市捕物控』(石ノ森章太郎)の原画(多くの作品の原画があったが撮影不可のため、こちらでは並行して展示されていたフランス語版を掲載)を眺めていると、フランス人の父親が興奮気味に「みてごらん、蕎麦屋の商人だよ。蕎麦というのはラーメンみたいなもので、日本の有名な麺料理なんだ」と子供を呼んでいた。しかし、ひとつひとつじっくり眺めて読み込むタイプの展示に、子供は飽きてしまっているよう……。

MangaTokyo7
 この「2」のパートが3フロアを占めるメインで、かなりのボリューム。壁の下を年表が走っており展示とリンクしているため、いま自分がどこの時代を見ているのか迷子になることはない。

MangaTokyo8
 いくつかの作品は一階に展示している大型模型と照らし合わせ、東京のどこを舞台に話が展開されているのかわかるようになっていた。(江戸期:『陽だまりの樹』(手塚治虫)=江戸城、モダニズム:『『坊ちゃん』の時代』(漫画:谷口ジロー、原作:関川夏央)=本郷・清水谷、現在:『くーねるまるた』(高尾じんぐ)=文京区、など)

MangaTokyo9
 歴史的な流れとは別に「東京の街」という切口で、若者カルチャーが生まれる街・渋谷(『とんかつDJアゲ太郎』漫画:小山ゆうじろう、企画・原案:イーピャオ)、眠らない街・新宿(『新宿スワン』和久井健)、オタクの聖地・秋葉原(『げんしけん』木尾士目)を取り上げたり、「東京のアイコン」として東京タワー、新宿県庁が出てくるマンガを紹介するなど、徹底してMANGAを現実の東京という土地に結び付けていく試みだ。

3:街のなかのキャラクター

 商売繁盛を願う招き猫、幸運のシンボルのたぬき。そんな古典的なキャラクターから、薬局のケロちゃんや工事現場の人型まで、日本の暮らしにキャラクターがあふれていることを紹介。

MangaTokyo10
「ラブライブ!」のラッピング電車や、「初音ミク」とコラボレーションしたコンビニなどが生活空間に溶け込むキャラクターの実例として展示され、人気を集めていた。

MangaTokyo11
MangaTokyo12

 お台場のガンダム像や、神田明神とラブライブ!のコラボ、マンガやアニメの舞台になった場所を訪れる「聖地巡礼」という概念も紹介していたが「MANGAの世界とリアルな現実の行き来」という視点は、もう少し踏み込んでも良かったのではという気持ちもあった。<「MANGA⇔TOKYO」展>であるから仕方がないものの、地方再生にマンガやアニメが期待され・担っている役割は、海外でも応用できそうな気がするが……。

MangaTokyo13

MangaTokyo14
 各県のゆるキャラコンテストで不正疑惑すら起きる日本。良くも悪くもイベントなどがあれば、親しみやすいキャラクターを、と量産されているわけだが、海外から見ればやはり不思議なことで「さすがMANGAの国」という受け止められ方をされているのだなと興味深い。日本で開催されるマンガ展で、ここまでマンガという概念を拡大解釈することはまずないだろう。

「MANGA」が運ぶ日本の香り

 再び1階に降りると、絵馬にメッセージやイラストを書いて残せるコーナーが。MANGAとの関係を訝しむも、かつて日本では馬を神聖なものとして献上していたが、後に木の板に「馬の絵」を描くかたちに変わり、裏に願い事を書くようになったとの説明がある。今では描かれる絵も馬以外に様々なバリエーションがあり、マンガやアニメのキャラクターも存在するという「暮らしのなかのキャラクター」繋がりらしかった。

 このマニアックな展覧会に足を運ぶのは、ごく一部のフランスのマンガファンだけではないかと正直少し心配していたが、来場者には学生らしき団体が多く、絵馬コーナーには学生が群がっている。

MangaTokyo15

MangaTokyo16

MangaTokyo17
 スタッフに聞いてみると、私が訪れた水曜の午後は特に多いらしい。学校が午前中で終わりになり、午後はアクティビティの時間に充てられることもあるそうで、小・中・高校生がグループ行動をしている。特に日本語を学ぶ学校ばかりというわけではないらしい。
 周囲を見回すと、他にも若い女性から落ち着いた雰囲気の年配カップルまで、予想していたよりずっと幅広い客層だ。日本人と思われる来場者はほぼ皆無。しかし偶然にも二年前に知り合った日本人男性とばったり再会し、話を伺う。ゲームのクリエイター学校で日本文化を教えており、その学生たちの引率でいらしたとのこと。学生さんたちはきっちりと説明も読みこみながら時間をかけて見て回っているようだった。

 日本が好き、日本語の勉強をしている、という外国人から「マンガやアニメが好き」という話はよく聞く。今回の展示に“クール”なマンガ体験を期待して、がっかりした人もいたかもしれない。しかし「MANGA」という入り口を用意したことで、気負わず学べ、東京という街が身近に感じられたのではないだろうか。来場した人たちがフィクションに終わらず、現実に一歩踏み込んで日本の歴史や文化に興味を持ってくれたら嬉しい。

 2015年に「岡崎京子展」で、開催場所の世田谷文学館と共にマンガナイトが「“90年代”ZINをつくろう!」というイベントを行った際、地方に住んでいたという方が、当時リアルタイムに岡崎京子のマンガを読んで、東京のクラブの名前が出てくるだけでワクワクしたと話していたのを思い出した。
 外国に住んでいる人からすればもっと鮮烈に、未知の遠い国の香りを運んでくるマンガは、ある種ガイド本のようなわくわくも詰まっているのなのかもしれない。マンガのツールとしての有効性は今後、海外でも見直されて発展していく可能性は大いにありそうだ。

桜沢エリカさんの講演

 12月23日、この展覧会の特別イベントのひとつ、桜沢エリカさんの講演が開催された。クリスマスは実家に帰ってしまう人も多い、前日の日曜であるにも関わらず盛会であった。フランスに「Zyosei(女性=レディースコミック)」漫画家が訪れることは珍しいらしい。フランスでは「Syonen(少年マンガ)」「Seinen(青年マンガ)」「Syozyo(少女マンガ)」など、日本のマンガのジャンル分けに対応した単語が確立している。ちなみに「Yaoi(やおい)」、「Hentai(エロ/アダルトマンガ)」といったジャンルもある。

 イベント参加者には家族連れで幼い子供たちの姿も多いが、マンガ玄人とおぼしき大人たちの興奮を肌で感じる。フランスではあまりメジャーではない「レディースコミック」について、司会が「少女マンガとの違いは?」と参加者に問うと「リアルな大人の物語だ」「語り方が成熟している」「絵が少年マンガのように画一的でない」などの答えが次々にあがった。なかなかに詳しい。
 桜沢氏は「少女漫画は恋がうまくいくまで。ハッピーエンドで終わる。女性マンガは少女マンガのその先。恋愛がうまくいったあと、楽しいだけではない、浮気やセックスも含めて描く」と語られ、端的でとても納得がいく。

「今はデジタルで描く作家さんも多いのですが」と断りつつ、桜沢氏が昔ながらのGペンやスクリーントーンを使ってその場でイラストを描くパフォーマンスを行い、会場が湧いた。スクリーントーンには皆、興味津々のよう。フランスのマンガ、バンド・デシネやアメリカンコミックスはフルカラーなので、確かに珍しいのだろう。イラストの女の子の着物に模様のトーンが貼られると拍手がおきた。

MangaTokyo18
 Q&Aでも会場のあちこちから、老若男女問わず手が上がり、予定時間をオーバー。質問のなかでは、アニメやビデオゲームが出てきたリ、ここでもやはり「MANGA」はマンガだけの意味にとどまらない広さを感じた。

「MANGA」という言葉が含む多様性が、そのままTOKYOという街にもあてはまるのかもしれないと感じたことが、この展覧会の個人的におもしろい体験でもあった。

MangaTokyo19

後編はこちら
*後編では、パリのマンガカフェ「Le Manga Café V2」のレポートと、同創業者コルドヴァ・ベンさんのインタビューをお届けします。

[第四回 前編 了]


PROFILEプロフィール (50音順)

山口文子(やまぐちあやこ)

1985年生まれ。脚本家、歌人。2018年夏よりパリ在住。 広告代理店勤務を経て、東京藝術大学大学院映画専攻脚本領域を修了。映画や企業PVの脚本・企画に参加。夭折の俳人・住宅顕信を描く映画「ずぶぬれて犬ころ」劇場公開予定(5月17日~岡山・シネマクレール、初夏~東京・ユーロスペース)。 14~28歳までに詠んだ短歌をまとめた歌集『その言葉は減価償却されました』(角川学芸出版)上梓。短歌結社「りとむ」所属。パリ短歌クラブ会員。 マンガを介してコミュニケーションをはかる集団「マンガナイト」でも不定期活動中。