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冨田健太郎 斜めから見た海外出版トピックス

冨田健太郎 斜めから見た海外出版トピックス
第1回 欧米に根ざすブック・ツアー

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第1回 欧米に根ざすブック・ツアー

 どうも。
 冨田といいます。
 英米中心にした出版界のニュースをSNSで発信していたのが編集部の目にとまり、今回、こういう形でスペースをいただきました。
 といっても、海外の出版社に勤務した経験があるわけでもなく、留学経験もなく、たんに日本の版元の片隅で翻訳文芸の出版等にかかわって、海のむこうの出版界を見てきただけの人間なので、雑談気分でおつきあいいただければと思います。

▼欧米におけるブック・ツアーとは?

 さて、ジョン・グリシャムという作家は、ご存じですよね。
 いわゆる「リーガル・サスペンス」(=法曹界の人物を主人公にしたミステリー)の書き手で、1989年に『評決のとき』でデビュー。2作めの『法律事務所』(1991年)が大ベストセラーとなり、『ペリカン文書』『依頼人』と大ヒットを飛ばして作品が次々映画化。日本では最近、石炭採掘による環境破壊と戦う弁護士を描いた『汚染訴訟』(原書は2014年)が新潮文庫より刊行されました(以上、すべて白石朗訳)。
 そのグリシャムが、「ブック・ツアー」に出ました。
 6月に全米12ヵ所をめぐるとのことで、彼がツアーを行なうのはじつに25年ぶりとのこと。ちょうど30冊めの長編が出版されるということで、特別な催しをすることになったのでしょう。

ジョン・グリシャムの公式ウェブサイトより(スクリーンショット)

ジョン・グリシャムの公式ウェブサイトより(スクリーンショット)

 さて、この「ブック・ツアー」ですが、日本ではあまり聞かない言葉ですね。
 ご想像のとおり、本のプロモーションのために、作家が各地を旅してまわることです。
 街の書店を会場に読者を集め、新作を朗読し、お客さんと質疑応答をし、あとはサイン会というのが、お決まりの内容で、『セックス・アンド・ザ・シティ』など、作家や書店がからむ洋画などでは、たまに見ます。
 作家のサイン会は日本でもときどきやってるよね、と思われるかもしれませんが(大都市圏にかぎられるかもしれませんが)、海外ではいろいろと事情がちがうのです。

 まず、作家が書店にやって来て、そこへ読者が集まるとなると、店内にある程度のスペースが必要ですよね。大きな書店だとそれ専用の場所があったり、小さな店でも、商品の展示をちょこちょこっと片づけて会をひらけるような一角があるのです。そんな場が設けられているぐらい、書店ではこういった催しがよく行なわれているわけですね。
 本屋さんは、図書館とならんで、地域の重要な文化拠点のひとつです(小さな街ほどその性格が強いかもしれません)。積極的に地元の作家を呼んだり、客を集めて読書会をひらいたり、さまざまな企画を実施します。こうしてコミュニティの読書文化を盛りあげ、ささえていくことが役割として期待されてもいるのです。もちろん、こういった会は店の売り上げにも結びつきます。

▼海外と日本で異なる本の流通事情

 書店が本をみずから選んで仕入れる、というシステムのちがいもあります。
 日本の出版界では流通(いわゆる取次)の影響力が大きいのですが、海外では個々の書店が商品を選んで仕入れを行なうのが一般的です。そのため、書店のバイヤーは、運営面で大きな責任を背負うことになります。
 かたや出版社は、書店に本を仕入れてもらうべく、積極的に商品のアピールをしなければなりません。その広報活動のために、作家の原稿をもらってから出版するまで1年ぐらいの期間を置くこともザラです。書店向けの見本市(いわゆるブックフェアです)で宣伝したり、校正ゲラを簡易製本したリーディング・プルーフを提供して読んでもらったりと、書店向けのプロモーションがさまざまに行なわれます。〈パブリッシャーズ・ウィークリー〉をはじめとした業界誌が強いのも、こういった商慣習が背景にあるのかもしれません。
 発売されたあとも大事で、店頭で売れ残ったり、出版社に返品されてしまった本は、割引セールにかけられ、ともかく売りきる努力がなされます。残ってしまうのなら値下げしてでも売ったほうが、書店にも出版社にも著者にも利益になるわけです。
 洋書店でよく、ペイパーバックを詰めたワゴン・セールを見ることがありますが、それはこういった流れなのです。
(日本では再販売価格維持制度のため、書籍の割引販売はできませんが、しばらく前から、この再販指定をはずし、自由価格本として値引きする動きも広がっています)

▼作家もプロモーションに積極的になる理由

 さらに、作家にとっても本を売ることは重要です。
 そんなの当たり前だと言われそうですが、ここにも日本との事情のちがいがあると思います。
 日本では、印刷・製本した部数で印税を計算するのが主流ですが、海外ではじっさいに売れた部数で印税を計算します。つまり、日本の場合は初版を作った段階で著者にはそのぶんの印税が支払われるので、売れ行きに関係なく、初版分の著者の収入は確保されるのです。
 しかし、海外では売れた部数によって印税が計算されるため(契約時に前払金が支払われるとはいえ)、1冊でも多く買ってもらうことが作家にとってはより大きな意味を持つことになります。ですから、みずから書店に出向いて読者に直接買ってもらえるブック・ツアーは、販売促進の絶好の機会というわけです。
 ついでに、その土地のTVやラジオのローカル番組に出演して、新作について話し、今夜どこどこ書店で朗読とサイン会をしますよ、なんて告知をしたりすることもあるようです。こういうイヴェントがけっこう定着していることがうかがえます。

 というようにブック・ツアーは、著者側にとってはプロモーションの大事な場であり、書店側にとっては販売のチャンスであり、それは出版のシステムにもとづく「本を売る」という共通の目的に支えられているといえます。まさに、持ちつ持たれつ、みんなが売り上げアップにむかう、わかりやすい形ですね。
 ちなみに、今回のグリシャムの場合はチケット制になっていて、本1冊ぶんにいくらか上乗せした額を設定しているところもあるようで、さすが強気です。

 サインする本は2冊まで、とか、過去の本にはサインしません、とか、いろいろと注文が多いですが、ま、そもそも、新作が出ればベストセラー・リストに乗ってくることは確実な大人気作家ですからね。
 さらに、ポッドキャストでブック・ツアーの様子を放送したりしています。


http://www.jgrisham.com/book-tour-with-john-grisham-podcast-live-now/

 そして、今日もどこかの書店では、グリシャムほど有名ではない作家たちがサイン会にいそしんでいることでしょう。

[斜めから見た海外出版トピックス:第1回 了]


PROFILEプロフィール (50音順)

冨田健太郎(とみた・けんたろう)

初の就職先は、翻訳出版で知られる出版社。その後、事情でしばらくまったくべつの仕事(湘南のラブホテルとか、黄金町や日の出町のストリップ劇場とか相手の営業職)をしたあと、編集者としてB級エンターテインメント翻訳文庫を中心に仕事をし、その後に法務担当を経て、電子出版や海外への翻訳権の輸出業務。編集を担当したなかでいちばん知られている本は、スペンサー・ジョンソン『チーズはどこへ消えた?』(門田美鈴訳)、評価されながら議論になった本は、ジム・トンプスン『ポップ1280』(三川基好訳)。https://twitter.com/TomitaKentaro


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ジョン グリシャム (著), John Grisham (原著), 白石 朗 (翻訳)
文庫: 891ページ
出版社: 小学館
発売日: 2002/12
梱包サイズ: 15 x 10.6 x 3.2 cm