マンガナイト代表・山内康裕さんが、業界の内外からマンガを盛り上げる第一線の人々と議論を展開する鼎談シリーズ「マンガは拡張する[対話編+]」。
今回のテーマは「Webマンガと市場構造」。新人マンガ家の育成を担う「トキワ荘プロジェクト」の菊池健さんと、マンガアプリ「マンガボックス」事業責任者の椙原(すぎはら)誠さんのお二人とともに激動のWebマンガ市場が今現在置かれている状況を整理しつつ、これからのマンガ家・編集者・そしてプラットフォームはいかにサバイブしていくかについて縦横無尽に語ります。
●連載「マンガは拡張する[対話編]」バックナンバー(全11回)はこちら。
【以下からの続きです】
●前編:Webマンガ市場の動向をデータで振り返る
「電子書籍の普及でマンガ全体の売上は上がっている。その一方で……」
●中編:「マンガボックス」の戦略
「そのプラットフォームでしか見られないコンテンツを、どれくらい用意できるか。」
[後編:今後のマンガの生み出し方・届け方]
マイクロキュレーションで本をちゃんと売っていく
山内:例えばドワンゴさんが(2015年)9月にリリースしたアプリ「ニコニコ漫画」は、読者のコメントも流れるところが特徴的ですよね。プラットフォーム上での作品の見せ方やキュレーションという観点で、今注目されている動きはありますか?
椙原:マイクロキュレーションは重要だと思っています。協調フィルタリング(ユーザの嗜好情報を蓄積し、自動的に行われるキュレーション)によるリコメンドだと、あまりセレンディピティ(偶発的な出会い)がなくて。
菊池:今、わからない言葉がいくつか出ました(笑)。マイクロキュレーションって何ですか?
椙原:すみません(笑)。マイクロキュレーションは、「食べログ」の1レビュアーだと思ってもらえればわかりやすいでしょうか。食べログって、普通のユーザさんだったら、総合評価が3.5以上のお店だったら行ってもいいかなあ、と思うでしょう。逆に3.0以下だと、選択肢から外す場合がある。しかし、「このレビュアーが美味しいと言っている店だったら、点数関係なく行ってみる」という使い方をしている人たちが意外と多いらしいんです。
菊池:はい、僕です。その通りです(笑)。
椙原:総合評価が3.0以下であっても、自分の好みに近い人が「絶対に行った方がいい」って言うんだったら行ってみよう、ということが、今は往々にしてあるということです。
菊池:ああ。「マンガHONZ」で、ホリエモンが推すマンガだとよく読まれる、みたいなことと同じですね。
椙原:そう、それです。そういうユーザー間でのリコメンドのこと。インターネットで「会ったことはないけど、どう考えても趣味がめちゃくちゃ合ってる!」と思う人がおすすめしているマンガを読むのは、もう日常的になっているはずです。なので、本のレビュアーを増やして、その人が紹介するマンガを読んでいくのが、一番効率よく読めるようにはなってくるかなあと。
菊池:「カリスマキュレーター」みたいな。
椙原:カリスマじゃなくてもいいんですよ、自分に合っていれば。そこが「マイクロ」。機械的な「おすすめ」だと、「はいはい、これ読んでる人はこれも読むよねー。わかるー」みたいな感じですけど、「これ読んだことなかったから読んでみたい!」という出会いはだんだん減ってきてしまうでしょう。なので、ユーザーによるキュレーションでマンガを売っていくっていうのはすごく重要だなあと思います。例えば僕が「『キングダム』が好きだ」と言っているところに、機械的なレコメンンドなら「蒼天航路」は出てくるかもしれないですけど「『予告犯』(筒井哲也/集英社)が面白いよ! 君はきっと好きだと思う」というおすすめの仕方は、人でなければできないでしょう。そうやって「本を売る」ことをちゃんとやっていけば、いつかは紙の時代よりも売れるようになると思っています。
菊池:紙でマンガを読んでいた人が減り、デジタルでマンガを読む人が増えると、結果的にそうなるわけですよね。
山内:多分、SNSとマイクロキュレーションって相性がいいんでしょうね。
菊池:クローズドなんだけど、与える影響は大きい。そこで伝えられれば、きっと最強ですよね。
マンガは「キャラクターを生み出すためのもの」なのか?
山内:今は、「マンガはキャラクターを生み出すためのもの」という考え方もあるじゃないですか。そうすると「キャラクター」がマネタイズの源泉であると考えた場合、マンガじゃなくてもいいわけですよね。
椙原:そうですね。
山内:2015年に入ってマンガアプリの新規参入が鈍化してきているのは、それもあるかもしれないですよね。「キャラクターを生み出すのならマンガじゃなくてもいい」っていう。
菊池:新規参入に関してはちょっと異論がありまして。ネット上で、あるジャンルのサービスをするっていうのは、参入のタイミングと囲い込みのスピードっていうのが圧倒的に重要です。comicoとマンガボックスが非常に象徴的なんですけど、この2社がほぼ同じタイミングで始めて、「どっちが先に1,000万ダウンロードを突破するか」みたいな勝負をされていた。その結果、今その2社が1,000万ダウンロード前後で、それ以外は生き残れていないみたいな状況があるんですね。後発でcomicoやマンガボックスに喧嘩を売るっていうのはすごく大変なんですよ。だから、新規参入がしにくい状況があるのかなという感じがします。
山内:ゲームでいけば、いいキャラができればIP展開をしやすくなるかと思ったのですが。
椙原:「キャラが立てばゲームのIPになる」ことは、絶対にないです。マンガでいうところのストーリーや周りのキャラクターとの関係性はゲームの重要な要素になっていますから。何か際立ったキャラクターがいさえすれば、ゲームのIPになるっていうことにはまったくならないです。
菊池:キャラクターは、物語の中で際立っていくものですからね。先ほど椙原さんがおっしゃっていたように、マンガは他のエンタメに比べると、キャラクターを立てさせるためのコストが低い。だからこそ、そこの部分を面白くしたい。そこは宗教論争的になってしまうところがあって、ちょっと難しいですけど(笑)。
山内:ただ、キャラクターが立つことは、ヒットの起爆剤になると思うんです。
菊池:キャラクターといえば小池一夫[★]先生ですが、小池先生は「なぜ初音ミクが売れたのかわからん」とずーっと分析しておられます(笑)。確かに、初音ミクにはまったくストーリーはないですし。
★小池一夫:劇画原作者。1936年生まれ。大阪芸術大学キャラクター造形学科教授、神奈川工科大学情報学部情報メディア学科教授などを歴任。「マンガはキャラ起てが重要だ」とする「キャラクター原論」の提唱者。キャラクター造形に関する近年の著書に『小池一夫のキャラクター新論 ソーシャルメディアが動かすキャラクターの力』(小池書院、2011年)など。
椙原:でも、キャラが立ってるんですよね。
山内:ストーリーをどこまで作り込むかという設定の問題もあると思うんですけど、多分、一番適度な余白の量があり、読者が妄想できるちょうどよい感度であることが、ファンになりたいと思わせる要因な気がします。受け手側の「想像したい欲」の幅をどれだけ作れるかで結構変わってくる気がします。
菊池:マンガボックスもcomicoも運営されているのはもともとゲームの会社ですから、そういったヒットは狙って作ってるんでしょうか。
椙原:無理ですね。今お話に出た初音ミクは、狙ってキャラクターを立てたというよりは、ボーカロイドとして「この人の声だよ」という設定を出して作ったら(偶発的に)人気が出てしまったものだと思うので。「キャラクターを売っていこう、作り出していこう」と狙ってキャラクターを立てられることはありえないかなと。
弊社で売り上げが好調だと先ほどご紹介したIP(他社の)を利用したゲームの原作マンガも、ゲーム化を意識して作られた作品ではないですし、「ONE PIECE」も「進撃の巨人」も、「これゲームになるだろうな」という想定で作られている作品ではないはずです。そういうことは、狙ってできるものではないです。
菊池:最先端のIT企業の責任者さんがこうおっしゃっているんだもんなあ……難しいですよね。
椙原:難しいと言うよりも、できないですね。
作家さん個人で戦える状態にしていくのが、マンガボックスの使命
山内:電子コミック・Webマンガという括りにおいて今後、出版者や編集者に求められる能力ってどんな能力でしょうか。
菊池:クリエーターエージェント「コルク」の佐渡島庸平さんがおっしゃっていることですが、編集者なりエージェントなりマンガ家と伴走する人に求められているのは、SNSやプロモーションの面で創作をしたいマンガ家さんをサポートすること。これができる人が次の形(の編集者)だよね、と。
山内:コルクさんがやっているように「作家さんを制作に専念させて、エージェントの側で宣伝し、作品を展開していく」という会社さんがもっと増えていくのでしょうか。
菊池:コルクさんは「一流の作家さんをエージェントする」というモデルなんです。じゃあ、それ以外の在野のマンガ家さんのサポートをするにはどうすればいいか。僕が今、一つ持っている答えは、小さなマネタイズでも支援できるようなプロデューサーを育成すること。イベントの企画でもいいですし、デジタル個人出版をするときにそれを一緒にプロモーションしてあげる人でもいいですし、そういう立場の人を作るっていうのが「次」かなあ。何十年も前から言われていることですけど、作品やキャラクターをプロデュースする人、それを今のIT環境を前提として、どうマネタイズするかってことを考えられる人が、必要な人材といえばそうですね。
山内:そうですね。ちなみにその人材は、個人かチームかでいえばどちらがいいと思いますか?
菊池:超ヒットしている作家さんにとっては、組織やチームでバックアップをした方がいいでしょうね。多分、小山宙哉さんが一人のマンガ家さんとして単純にずっと描いていただけだったら、「宇宙兄弟」がJAXAのキャラクターになったりはしなかったと思うんですよ。
しかし、明日どうなるかわからない新人をどうするかっていうとまた違うでしょう。今の雑誌・アプリのシステムで引き上げていくか、もしかしたら個人のプロデューサーで「君をマネタイズしてあげる」という存在が出てくるのかもしれませんし。
椙原:どこの分野に必要な人材なのかでまた違うと思うので、一概には言えませんね。コルクさんのモデルは素晴らしいと思いますし、ヒットする確率・スピードが上がるという側面は確実にあると思います。しかし僕は、ネット業界の人間として究極論で言えば佐藤秀峰[★]さんの行われていることがあるべき姿だと思います。1人で作って1人で描いて、1人で売っていく。マンガというコンテンツはそれができると思うんです。
★佐藤秀峰:マンガ家。1973年生まれ。「海猿」「ブラックジャックによろしく」などのヒット作で知られる。近年、出版社によるマンガ家への搾取の実態をネット上で告発したり、「ブラックジャックによろしく」全巻の著作権フリー化・無料配信の実施、マンガ作品投稿サイト「漫画 on Web」を立ち上げるなど、旧来のマンガ業界の商習慣に一石を投じる活動がたびたび話題を呼んでいる。
例えば「マンガボックス インディーズ」に載せて、いい作品であればユーザーがバーンと広がりますから、それで売れる・売れないっていう答えが出てくるでしょうし、「マンガボックス インディーズ」では、先読みの収益も還元していますし、今後他のマネタイズ手段も提供していこうと考えています。要は紙の単行本を発行しなくても、作家1人で誰にも頼らずに、今までの作家と同じくらいの売上が立つ状況を作っていきたいと思っています。
そのスピードを上げたり、規模が大きくなるようにするためのプロデューサーや編集者の必要性に異議はまったくないんですけども、今は1人の力で、佐藤秀峰さんみたいな活動をする人がいっぱい出てきてもおかしくない時代になっています。
菊池:機能的なプラットフォームが成立し得ているってことですよね。
椙原:そうです。今まで新人のマンガ家さんのほとんどが出版社に持ち込みをしていたのは、出口がそこにしかなかったから。でも僕らはWebのプラットフォーム上でお金を得られる仕組みを作っていくことで、誰かのフィルターによって作品が世に出る/出ないを左右されず、共感してもらえるユーザーさんや読者さんを見つけて、その人たちが価値を感じさえすれば収益が立つ――そういう環境を作っていくべきだなと思っています。
クラウドファンディングなどで「いいじゃんこれ、5,000円だったら払うよ」という人が一定数集まればサービスやコンテンツを作ることができる。そういう時代なので、究極的には、作家さん個人で戦える状態にしていくのが、僕らの使命だと思います。
菊池:なるほど、いいですね。
「マンガボックス インディーズ」は、従来のマンガ雑誌からしたら新人賞みたいな位置づけのものだと思うんですけど、現状ではインディーズの上位何人くらいの人が食べられているのでしょう?
椙原:まだ「先読み」という仕組みしかマネタイズの手法がないんですけど、他にもプリロール広告を出すなどの仕組みをインディーズにも適応してあげて、表示数に応じてちゃんとバックします、とか。つまり、原稿料以外での収益還元方法を充実させていけば、食べていける作家さんを増やしていけるんじゃないかな、と思っていますね。
プロデューサーを増やす必要はあるのか?
菊池:なるほど。今は、原稿料はアシスタントを食べさせるための費用で、作家さん自身は(単行本の)印税があるかないかで食べられるか食べられないかが変わってくる、という現状があるんですが、そういう仕組み自体を変えていかないといけませんね。
山内:菊池さんは「トキワ荘プロジェクト」などで新人マンガ家の育成を行っているかと思うんですが、プロデューサーだったり編集者だったり、「担い手」の方も育成されていますよね? 僕のイメージだと、マンガ家になるためには今は既にある程度の道筋がある。しかしプロデューサーという仕事をする人って、道が1本ではないじゃないですか。そこをどう育成、またはどう人材を増やしていくのでしょうか。
菊池:難しいですね。今、プロデューサーとして成立している人はだいたい曲者なんですよ(笑)。
山内:そうですね(笑)。
菊池:そういうプロデューサーと直接会う場を作るっていうのも大事でしょうね。「かっこいい!」と思ってもらって、憧れてもらうというような。
山内:そうですね。マンガ家さんにかっこいい人がいて、そこに憧れる子どもたちがいるから、そういう「担い手」側ももっと前に出て行ってもらって。
菊池:しかし、今プロデューサーとして成立している人って、昔からのマンガやアニメの魅力を理解しているベテランが多く、そのせいか自分が前に出ようとはしないですね。なので、こういうやり方があるんだという知見を共有していき、それをヒントに育っていく場を作っていく、というところですね。
山内:誰もが手探りなんですね。
椙原:僕の意見はまた別で。極論ですけど、映画とかアニメとか、自分1人ではどうしようもならないコンテンツでのプロデューサーやディレクターの存在はリーズナブルなんですけど、マンガって基本的には個人で完成させることが可能なので、そこに対して無理してプロデューサーを増やす必要性があるのか、とは思いますね。
菊池:それは、世代間の意識差もあるかもしれません。
椙原:あと、「紙」というコンテナでコンテンツを届けていた時代は、やはりページの制約があった。だから、ある一定の目利き(=編集者)がいて「この作品はこの雑誌だったら売れる/売れない」という判断する必要があり、その人たちがマンガが売れるように助言をしていた。でもデジタルはページの制約がないので、まずは何も考えずに載せたらいいわけですよ。
「あのヒット作は最初に持ち込みに行った雑誌に載らず、他の雑誌で掲載されたら大ヒットした」というのはよくある話ですけど、最初の雑誌で紙面の制約がなければ、もしかしたらそのまま載っていて、ヒットしていたかもしれない。なので、「目利き」は雑誌を良くする作用はあるのかもしれないけれど、本来は必要ないものなのかもしれませんよね。
山内:確かにそれもありますね。
椙原:まあ、こういう場なのであえて極論を言ってますけど(笑)。
菊池:すべてが何か一つのやり方で成立しているわけでなはないってことですよね。
山内:「(アクセス数による)総意のキュレーション」か、「(プロデューサーや編集者個人による)尖ったキュレーション」か。両方あるのが正しいんですよね。
菊池:今の状況的には、評論家みたいに「この方法がいいんだよ」みたいに言うだけ言って自分が責任を取らないことは意味がないタイミングに来ています。例えば椙原さんは、今の椙原さんの立ち位置でプラットフォームを運営していて、それをどう成功させるかというところに注力している。じゃあ、僕が今度「個人プロデューサーを育成します!」と言っても、それはどちらか一方が正しいということではなくて、とりあえずヒット作品を出し、イノベーションを起こした人が勝ち、ですよね。みんなが自分の思うことをやって、結果を出す。とりあえず全包囲で、それぞれの人がどこかを担当していくみたいな時期に来ているんですよね。
山内:なるほど。出版業界、ひいてはマンガ業界は暗い話ばかりでもないことがわかり、今後が楽しみになってきました。今日は長い時間どうもありがとうございました!
[マンガは拡張する[対話編+]03:Webマンガと市場構造 了]
構成:石田童子・後藤知佳(numabooks)
写真・編集:後藤知佳(numabooks)
(2015年12月8日、マンガサロン『トリガー』にて)
★今回のゲストの菊池健さんが、マンガ家支援の連携プラットフォーム作りのためクラウドファンディングを実施中! 詳しくはこちら(2016年5月15日まで)。
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