INTERVIEW

マンガは拡張する[対話編]

樹崎聖(マンガ家/漫画元気発動計画主宰)×山内康裕:マンガは拡張する[対話編]
「マンガ表現に『未踏の地』がほとんど残っていないからこそ。」

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マンガを取り巻く現況を俯瞰し、マンガと人々がいかにして出会うことができるか。マンガナイト代表・山内康裕さんが連載コラム「マンガは拡張する」全10回の中で描いた構想を、第一線でマンガ界を盛り上げる人々に自らぶつけていく[対話編]の8人目のゲストは、マンガ家自らマンガ業界を盛り上げる活動体「漫画元気発動計画」を主宰する樹崎聖(きさき・たかし)さん。大物マンガ家が続々とゲストに名を連ねるネットラジオの連続配信や、日本のマンガ本来の良さを活かしたモーションコミックレーベル「漫元Domix」の企画・制作など、従来のマンガ家の枠を飛び越えた多様な活動の中から見えてきたものとは?

【以下からの続きです】
1/7:「そもそもが、マンガ家同士のオフ会で盛り上がって始まったことなんです。」(2015年3月11日公開)

やりたいのは“劣化アニメ”じゃなくて“進化したマンガ”。

樹崎:マンガって「作家性」の活かせる分野だと思っているんです。映画やアニメになると大勢の人で作らないといけない。個人の作家性が薄まってしまう気がして。ハリウッドの有名監督ほどになれば違うのかもしれないけど(笑)。でもマンガは作家性が最初から出しやすいものなので。Domixでマンガに音楽をつけるという場合でも、自分で音楽を作れるマンガ家さんもいるわけですよね。
 僕がマンガを描き始めたきっかけはチャップリンの映画なんです。チャップリンは自分で音楽を作って、主演もして演出もして、一人でほとんどのことをやっていて、それに近いことがマンガならできるんじゃないかと思っているんです。

山内:それは今だからこそ、むしろやりやすくなっていますよね。ものづくりのハードルが下がってきています。そこで例えば「音」とマンガを組み合わせることで新しい土地が開拓できるわけですね。

樹崎:そこでまた楽しい時代が来るんじゃないかと。

山内:作家性を消さないで、紙の外にまで表現を拡張できるようになっていますよね。

樹崎:活動当初から考えていた企画なんですが、自分でバンドをやっているマンガ家さんに音楽や効果音まで含めてマンガを作ってもらうとか、そういう可能性もあるのかな、と。
 僕も自分でやってみたんですが、やっぱり面白いんですよね。ドアを開けて締める。一つの効果音でも物語の中では感情が入るわけですよね。「バタン!」と閉めるのか、「ガチャ」っと閉めるのか。その音一つでその人の心が描ける。すごく奥深いことができると思ったら、すごく楽しくって。


樹崎聖さんが、自らの原作をもとに監督・音響/音声編集なども務めたDomixの第13作目「Vivo UNDEAD

山内:今まで「漫符」で描いていたものが実際の音として直接表現できるわけですね。

樹崎:Domixを作るときも最初に音を作るんですよ。音の方が僕は大事だと考えていたんです。モーションコミックの技術が、特に活動を始めた2年前だと発達していなくて。そういう状況だとどうしても“劣化アニメ”になっちゃうんですよね。でも僕がやりたいのは劣化アニメじゃなくて進化したマンガだったので。そこで音中心で演出して、その上でマンガの文法を残していきたいなと思ったんです。
 僕は音楽の制作については素人なんですが、それでも一度自分でやってみようと思って作ったものがあって。それは効果音だけ、声だけの作品で、「ウォー」とか「ワー」とか、声をつなぎ合わせて作ったんです。それを編集して音楽のようにして。その作品はむしろミュージシャンに評判が良かったんですよ(笑)。ミュージシャンから見ると、考えもしなかったような方法で作っていたからなんだろうと思うんですが、それって結局、音楽ができない、楽器一つできないからこそ、できたことなんですよね。いろんなマンガ家さんがいろんなことを考えて、それを自分で実践できる時代が来ていると思います。

(左から)山内康裕さん、樹崎聖さん

(左から)山内康裕さん、樹崎聖さん

マンガの新しい「未踏の地」

樹崎:絵だけじゃなくて、音まで演出ができてしまう。こだわり始めたらもう、きりがなくなってしまって(笑)。
 手塚治虫先生や石ノ森章太郎先生は寝る間も惜しんで制作していたって聞きますが、その気持ちがわかるというか。つまりそういうことって、その頃はどこを踏んでも新雪だったからできたんだと思うんです。今、普通にマンガを描いていてもその頃ほど楽しくないと思うんです。どこもかしこも踏み荒らされているわけですから。何をやっても「未踏の地」はほとんど残っていない。だから、昔の方が制作の喜びは大きかったんだろうと思うんです。もちろん今のマンガは当時に比べて、確実に深いものになっていると思うんですが。

山内:どんどん開拓していけたわけですよね。

樹崎:いろんな分野の作品が描けただろうし。今のマンガ家はいろんな分野の作品を描けないんですよ。以前、田中ユタカ先生[★3]がおっしゃっていたんですが、「作家がいろんなものを描くと読者への裏切りになる。だからいい作家は一つのテーマを一生描くものだ」と。極端な言い方ですけど、僕もそれは同意できると思っていて。今は手塚先生の時代とは違うということですよね。手塚先生のマンガはもちろんすばらしいんだけど、やっぱり一つ一つの作品を見ていくと、今のマンガよりは(分野への踏み込みが)浅いと思うし。
 だから今は自分の作家性を突き詰めて描く時代になっているんじゃないかと思うんです。
★3:1966年生まれのマンガ家。1992年、『アニマルハウス』(白泉社)にてデビュー。2012年初頭を境に、作品発表の場を雑誌から携帯コミックに移した

3/7「読む行為/保管する行為は別に考えた方がいいと思うんです。」に続きます

構成:松井祐輔
(2015年2月4日、レインボーバード合同会社にて)


PROFILEプロフィール (50音順)

山内康裕(やまうち・やすひろ)

マンガナイト/レインボーバード合同会社代表。 1979年生。法政大学イノベーションマネジメント研究科修了(MBA in accounting)。 2009年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し代表を務める。 また、2010年にはマンガ関連の企画会社「レインボーバード合同会社」を設立し、“マンガ”を軸に施設・展示・販促・商品等のコンテンツプロデュース・キュレーション・プランニング業務等を提供している。 主な実績は「立川まんがぱーく」「東京ワンピースタワー」「池袋シネマチ祭2014」「日本財団これも学習マンガだ!」等。 「さいとう・たかを劇画文化財団」理事、「国際文化都市整備機構」監事も務める。共著に『『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方』(集英社)、『人生と勉強に効く学べるマンガ100冊』(文藝春秋)、『コルクを抜く』(ボイジャー)がある。http://manganight.net/

樹崎聖(きさき・たかし)

1965年生まれ。マンガ家。1987年、『週刊少年ジャンプ』(集英社)にて「ff(フォルテシモ)」でデビュー。代表作に「交通事故鑑定人 環倫一郎」など。2011年よりマンガ業界の活性化を見据えた有志のマンガ家による活動体「漫画元気発動計画」を主宰し、多様なゲストを迎えたネットラジオの配信やモーションコミックレーベル「漫元Domix」の作品制作などを精力的に行う。その傍ら、現在は新作マンガの執筆を準備中。


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