INTERVIEW

これからの編集者

これからの編集者
第3回:米光一成(立命館大学教授)2/5|インタビュー連載「これからの編集者」(立命館大学教授)

「これからの編集者」をテーマに、さまざまな人にインタビューしていくシリーズ。第3回は、ゲームデザイナー/ライター/立命館大学教授の米光一成さんです。

※下記からの続きです。
第3回:米光一成(立命館大学教授) 1/5

電書部

——米光さんはさまざまな取り組みをされていますが、「電子書籍部」(略して電書部)というのもありますね。どんな活動なんでしょうか。

米光:宣伝会議の「編集・ライター養成講座」の上級コースから派生した部活みたいなものです。上級コースは、本気でライターや編集になりたいと思ってる人だけを対象にしているんです。

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米光一成さん

雑誌編集者やウェブ編集者をゲストに迎えて、受講生は、そのメディア向けに記事を書く。編集者が読んで、よかったらそのままそこで仕事をしてもらいます。オーディションに近い。実際に現場で本をつくったりもします。ちょうど講座を始めた年が、Kindleが日本でも買えるようになった年でした。でもAmazon.comだったから英語圏を通さないと買えなくて、興味のある人しか買わなかったんです。

その翌年にiPadが発売されました。それで、電子書籍に関することも何かやろうってことで、講座内で興味のある人を集めて「電書部」をつくりました。

新しい編集者

——米光さんはゲーム作家であり、ライターであり、講師もされていますが、日本編集制作教会(AJEC)のインタビューで、「新しい編集者」と名乗られています。いまもこの肩書きを使われていますか?

米光:それを使ったのは2回くらい(笑)。「編集会議」で「編集がデジタルに変わってきている」という話をしていたときに、肩書きが「編集者」になっていて、それだとおこがましいなと思って、「新しい編集者」って肩書きにしてもらった(笑)。

——そうなんですね(笑)、でもあまり使われていないとしても、編集が変わっていって「新しい編集」というのが生まれてくるというお考えは変わりないですよね。

米光:大きな話をしちゃうと、物をつくる仕事がどんどんなくなりますよね。日本も裕福になって、成熟して、プロダクトをつくることそのものの大変さがとても簡便化してきました。それこそ3Dプリンターやネット、コンピュータのおかげで、モックを物理的に作っていたのが、3DやCGで作れて直すこともすぐできる。昔は大変だったけれど、それがどんどんスムーズに、やりやすくなっています。そうすると、我々は何をしなければいけないのか。

遊べばいい。何をして遊ぶのかというときに「どんどん人と人を会わせる、話す、人を助ける、何か言う」。そういうことが増えてくるでしょうし、もうきっと増えていますよね。

いまの編集の変化は、ゲームの世界における1983年の感じと似ている。1983年はファミコンが出た年です。もちろんゲームを作るっていう職業は、それ以前にもあったけれど、おもちゃメーカーの企画職であったり、エンタテインメントのマシン制作だったりしたわけです。それがファミコンが出て、コンピュータゲームがたくさん作られるようになり、認知もされて、どんどんゲーム制作に関わる人が増えていった。

おもちゃの会社じゃなくて、ゲーム会社ができて、ゲーム業界なんて言われるようになっちゃった。今では大学で教えるようなことになってしまったわけです。

こんなふうに、ゲームデザイナーが爆発的に増えたのと同じことが今「編集」という仕事で起こっています。インターネット、電子書籍が出たことによって、編集という仕事の内容がどんどん拡張していくし、「編集」とさえも呼ばれないかもしれません。

——これからはどんな編集者が増えてくると思いますか。

米光:人を編んで集めて、それをコンテンツにしていける人でしょうね。東京には小さいイベントをやる場所ってたくさんあるじゃないですか。「この人とこの人を会わせて、こういうテーマでこういうことをするとと面白いじゃん」って気づく。それをまとめる。

たとえば「第10回なんとかの会」をやるときに、それ以前の内容も知りたいし見たい人がたくさんいる。ペーパーを作るのもいいし、それだと在庫とか重さがしんどいってときは、電子書籍でもいい。デジタルでまとめて共有するのもいい。アウトプットの選択範囲が拡がったので、そこをうまく進めていく人は必要とされるでしょう。

 

人を編む

——米光さんは「人を編んで集める」とおっしゃっています。「人を」というよりは「記事を」とか「コンテンツを」とかという人もいますよね。米光さんは結構、「人を」とおっしゃるので、とりわけ人に関心があるんでしょうか。

米光:「人」ですね。記事を生み出すのは人ですから。僕は「インタラクション」が好きなので、記事を編むときも「完成して、届けて、終わり」とは考えられません。届けて何かリアクションがあって、次はそのリアクションを踏まえてやります。そこに人が介在しないとすごくやりにくい。連続した記事を貫く人が必要となる。だからつい「人を編む」と言ってしまうんですよね。

プロセスを見せるということ

米光:しっかりしたコンテンツをつくって、それをバンと出すのも好きですが、自分がやるときはそこではなくて、プロセスを全部見せていいと思っています。むしろ全部プロセスなんじゃないかとも思っていて、区切りとして1つ作品があるだけ。いろいろやってきて、振り返ると「ずっと同じことをやりつづけて、その途中で区切りとして1つの作品にまとめている」と思います。

——プロセスを出したくない編集者の人もいると思うのですが、米光さんはプロセスを見せることについてオープンですよね。

米光:でも、出さない方がかっこいいですよね(笑)。それもやりたいですね。ゲーム会社を辞める頃はちょうど、つくるゲームが巨大化してきた頃で、でかい世界がよいという風潮でした。でも、それが僕のやりたいことではありませんでした。もっと小さく結晶みたいに閉じた世界にプレーヤーが入ることで開かれる世界、綺麗な世界をつくりたいと思って退職したので、その流れでコンテンツも途中経過をオープンにしない方が一貫しているんです。

むしろ、出したくなってきているのは、おそらくここ最近。たとえば赤字入原稿も出版できます。でも、多くの読者が読みたいかというとそうではない。それはニッチすぎるので、売上部数的には合いません。

でもデジタルならニッチな層向けにも出せます。今だからこそできるようになったことがやりたいのかもしれませんね。僕は勃興期が好きです。ゲームもゲーム業界になり始めた勃興期に入って、スリリングで新しいことどんどんできるのが面白かった。プロセスが開放できますし、いろんな開放の仕方があります。どのプロセスを開放するのか、試行錯誤できるのが面白いんです。

——ソーシャルメディアの普及以降、よりプロセスを見せやすくなりましたよね。米光さんは編集のプロセスそのものに、面白さを感じているということでしょうか。

米光:そうだと思います。紙の編集の仕事を想像すると大変だなーすごいなーって呆然とします。昔は原稿を取りに行ったり、その原稿を電車に忘れてたいへんなことになる……なんて話を聞くと、編集そのもの以外にも、移動することや原稿を大切に持って帰るというプロセスもあって、根性がないとできなかったんじゃないでしょうか。いいのか悪いのかわからないけれど、そういった労力が効率化できて、「俺でもできるじゃん」というヘタレというかピュアな感覚でやっているところはあると思いますね。

好きだからなんか知りたいだけ。それが編集

米光:鉄道などの趣味性の高い専門雑誌は、紙の時代では編集長を大好きな人にはやらせなかったって聞いたことがあるんですよ。大好きな人がやると、マニアックになって更に狭いターゲットになるから、普通の人がついていけず、売れない。だから、大好きじゃない人に担当させた方がうまくいく。

でも電子書籍なら、部数のコントロールができる。紙でも、少部数印刷もだいぶ安くできるようになりました。印刷部数の幅が広くなってきたから、総合的な雑誌も必要だけれど「俺は何年代の鉄道のことしか知りたくない」という人向けに出版することも可能です。鳥の雑誌はあるけれど『月刊インコ』がないとか。「俺が飼っていて好きなのはインコなのに、毎月『月刊鳥』を買っている。『月刊インコ』という雑誌があればいいのに」という人もいると思うんですよ。友達でインコ好きな人がいて、ツイッターのフォロワーのアイコンがみんなインコなんですよ。インココミュニティーをもっている。そういう人が、「何か情報共有したいね」「じゃあつくる?」というノリで雑誌を作ることがやりやすくなってきた。

日本で売られているインコの籠はかっこよくなくて、映画で見るとヨーロッパの籠はすごくいい籠があるんだそうです。でも、直輸入したら、でかくて家には合わない。日本に合うかっこいい籠が欲しいけれど、どうやってつくるか分からないし、1個でつくるとコストがかかる。人を集めてつくりたいと思っているけれど、なかなか動き出せない。

ならば、『月刊インコ』をつくっていろんな情報を集めて、プロダクトデザイナーと日本で鳥籠をつくっている人を会わせたらどうだろう。そこで、「こんな籠がいいね」という座談会をやって、それなら欲しいという人を集めて、雑誌で籠を売ることもできます。雑誌だけではなく、籠も売れる。インコ好きで集まって専門誌をつくることで、インコ情報が共有できて、コミュニティとして楽しくできます。人が「編める」わけです。大儲けにはならないとしても、趣味でやってもいいなら「編集者」は増えるでしょう。

——仮に『月刊鳥』の発行部数が1万部だとすると、1万人から1000円売り上げていたのがかつての王道だったのが、これからは『月刊インコ』があって1000人しかいないけれどその人たちは1万円ずつ払う。雑誌だけじゃなくて、篭も買うし特別な餌も買うということですか。

米光:その友達は、インコ映像会とか、インコ系のバンドをつくってインコパーティーやったり、インコの短歌の電子書籍を出したり。そういうことがやりやすくなってきた。他人のインコの飼っている環境について知りたいらしいんですよ。鳥籠の写真と部屋の写真のフォーマットを決めて、そのフォーマットをインコ好きに撒いて、写真やテキストをはめて返してもらって、一冊の電子書籍にして、またみんなに返せばできちゃう。儲けとか関係ない。その人も編集がやりたいとは思っていなくて、インコ好きだからなんか知りたいだけ。でも、それだって編集ですよね。

 

——全部をやることで、編集者が増えるということですかね。

米光:昔のmixiのコミュニティや今でいうFacebookのグループも編集じゃないですか。それがもっといろんなことができるようになってくると、「俺がやっていることって編集だよね」という人がいっぱい出てくるでしょうね。

「第3回:米光一成(立命館大学教授) 3/5」 に続く(2013/06/12公開)

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インタビュアー: 内沼晋太郎
1980年生。一橋大学商学部商学科卒。numabooks代表。ブック・コーディネイター、クリエイティブ・ディレクター。読書用品ブランド「BIBLIOPHILIC」プロデューサー。2012年、下北沢に本屋「B&B」を、博報堂ケトルと協業で開業。

編集構成: 清水勝(VOYAGER)
編集協力: 宮本夏実


PROFILEプロフィール (50音順)

米光一成

ゲームデザイナー、ライター、立命館大学映像学部教授 1964年生まれ。広島県出身。広島修道大学英語英文学科卒。1987年コンパイルに入社。人気ゲーム『ぷよぷよ』などを監督。1992年スティングに移籍し『トレジャーハンターG』などの人気ゲームを手がける。2001年からフリーランスとして、ゲーム制作に加えて、サブカルチャーやビジネスをテーマに執筆、カルチャーセンターの講師や大学教授など幅広く活動している。