INTERVIEW

Creative Maisonトークシリーズ

Creative Maisonトークシリーズ
河尻亨一「書を持って、街へ出よう ―新宿の昭和な住宅で文化なトークやってみた―」(前編)

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2014年11月1日、新宿御苑の近くのある一軒家を貸し切った計8コマの連続トークショー「Creative Maison」が開催されました。コンテンツや広告の作り手や、現代アーティスト、IT系のスタートアップに関わる人々など、出演者の専門分野や抱えている問題意識は多種多様。DOTPLACEではそのうちのいくつかのトークセッションの模様を抜粋し、短期集中連載としてお送りしていきます。
まずはそのプロローグとして、このイベントの企画をされた河尻亨一さんによる手記をどうぞ!
※本記事は前編・後編の2回に分けてお届けします。

“現場”に光が当たる時代が来てる?

 このあいだ、京都で開催されたあるトークイベントで、情報環境研究者の濱野智史さんとご一緒する機会があった。濱野さんは近頃、PIP(Platonics Idol Platform)というアイドルプロデュースの活動に力を入れており、その京都支部を作ったそうだ。このトークイベントは「PIP KYOTO」のデビューの場でもあったらしく、できたてほやほやのアイドルたちによるパフォーマンスもあった。

 社会学系の評論で著名な人がいわゆる“ドルヲタ”となり、アイドル評論も手がけているとはいえ、アイドルグループを作ってしまおうという発想が面白い。彼は「アイドル評論を書くことには限界がある。それだけではアイドル文化の素晴らしさ(握手会といった現場の魅力etc)が伝えられない。未体験の人にまで広がっていかない」という趣旨のことを話していた。評論を書いていて「言葉の無力」さえ感じたという。

 私自身はアイドルにそれほど関心がない。しかし、研究や物書きを生業とする人が“現場”に出て行こうとする、その感じはわかるところがある。編集者である自分にとってもこれは共感度の高い話であり、「考えること・書くこと」以上に、「作ること・からだを動かすこと」のほうを世の中は求めているのではないか? と思うことも多い。

 私の専門は広告のクリエイティブを中心とする領域で、広告を中心にカルチャー全般を扱う雑誌の編集に携わっていた時期もある。近頃も海外の事例をメインに色んなメディアに記事を書いたり、ソーシャルメディア等を使って情報発信している。でも、そういったメディア発信だけでは、やはり仕事として何かが足りない気がしてしまうのだ。

本作りと広告のあいだ

 私の考えでは、その空白を埋めるピースはふたつある。

 ひとつは広告制作の実践だ。かねてより、広告表現をレビューするためには、ある程度その制作現場を体験していたほうがいいのでは? というふうに感じていた。書き手やその人の専門によっては、対象分野に対して第三者に徹することで客観性をキープしたいというスタンスの人もいると思うが、自分はちょっと違う。「作ることがいかに難しいものか?」までも体で知ったほうが、説得力のあるものが書けると考えている。そういうことを色んな場所で唱えていたら、チラホラお誘いをいただくことも起こり始めた。

 広告はそもそも領域が広く境界線があいまいなところがある。企業や組織の課題解決につながることは、すべて広告の仕事の範囲に含まれると言って過言はない。メディア上の表現を作ることはもちろん、ブランドの戦略立案からヒトやモノが動く仕組みを構築することもまた「広告」である。

 そして、そういった目的を達成するためには、企業だけでなく、生活者やユーザーにもうひとつの軸足を置くことになる。書籍や雑誌作りで言うと、出版社あるいは作家と読者のあいだにある方程式を解くということであり、その解は時代とのかけ合わせの中で変化していく。ゆえに現場では編集のスキルや感覚がお役に立てるケースも多い。アイドルとファンのあいだにプロデュースがあるのと似ていると思う。

 しかし、制作の実践だけでも空白は埋まらない。もうひとつの必須ピース。それはリアルスペースでのイベントだ。私の場合、広告・出版・教育業界関連のセミナーやワークショップが多いのだが、みずから主催して司会する場合も、よそ様に呼んでいただく場合も、生のやりとりがとにかく面白い。いま刺激的な仕事をしている人たちの話が興味深いのはもちろん、学生が対象の講義でも、相手のレスポンスによるこちらの気づきは大きい。

生トークをおいしく供する調理術

 私はインタビューや対談仕切りの仕事が多いほうだと思うが、自分にとってヒアリングや対話がある種の“本”だと考えている。私の知識の多くは、会った人からダイレクトに聞いた情報から成り立っている気さえする。耳学問という言葉があるが、まさにそんな感じだ。話を聞いた相手の生身感もそのままに自分の中にストックされた知識は、栄養になりやすいとも思う。

 その体験をオーディエンスにも共有したい。だからトークショー作りにも力を入れている。基本トークは話し手と聞き手がいれば成立するが、ご存知のように講義というのは一方通行になりがちだ。話のツボがよくわからないことも多い。テーマもなくひたすらダラダラ書かれたブログやポイントが整理されていない書籍のようになってしまうケースもある。

 それを避けるためにモデレートが重要だ。生の言葉を消化吸収しやすいように調理する必要がある。もちろん、調理しないほうがよい素材の場合は何もしないのがいい。そのジャッジも含めての話である。

 私はトークショーでは司会の位置から“ライブ編集”を試みる。これは、その場で「何が話されているのか?」の実況中継をするノリに近く、そのプロセスの中からオーディエンスに、「情報や視点の体系」が浮かび上がればサイコーだ。かかる時間や手間は違えど、自分の中では、その場で目に見えない雑誌を作っているような感覚があり、これがまた面白い。実際に頭の中では、スピーカーたちの言葉がどんどん活字になってレイアウトされていくシーンが見えたりする。

 違いがないわけではない。私は料理をよくするのだが、書籍や雑誌は凝った西洋料理や割烹を作っている感覚で、ライブのほうはやっぱりにぎり寿司か? それはともかく、その現場だけの本作りの楽しみ。それでおこづかいまで頂けるとは、編集者とはなんてお得な商売なのだろう? とさえ感じるのだ。

“三角食べ”のできる編集者になろう

 つまり、マーケットやスタイルはまったく違うが、ある意味、私も濱野さんと似たようなことを志向している部分がある。濱野さんや私だけでなく、メディアビジネスに関わる人の多くが、いまはそういった感触を共有できているのではないだろうか。そういう時代なのだと思う。

 私の場合、自分の活動にまつわる3つの要素、「①メディアでの情報発信」「②クリエイションの実践」「③リアルなイベント参加」のサイクルをどうやって回すか? といったことをよく考える。これをもって“編集者の三角食べ”と呼んでいる。

 ようするに①~③をバランスよくこなすことで、健やかな現代編集ライフを満喫できるのでは? という仮説だ。メディアの細分化と弱体化、アルゴリズムによる情報摂取の楽ちん化が進む昨今において、このトライアングルは私にとってのサバイバルの鉄則でもある。ここ数年はラッキーなことに、春は仕込み、夏は①、秋は③、冬は②の仕事がどういうわけかメインとなっており、四季の移り変わりとともに渡り鳥のように、色んな場所をウロウロしている。

 この三角食べ発想は編集者だけでなく、フリーランスで表現をする多くの人たちが生かせるものだと思う。

新宿によき昭和な佇まいのスゴい物件があった

 さて、ここからが本題だ。11月冒頭に私は、自分がプロデュースに関わっている読書会・10 over 9 Reading Clubで「Creative Maison」と題したトークイベントを実施した。新宿御苑隣にあるケヤキの木に囲まれた昭和の名建築チックな和洋折衷の住宅。これを一日借り切り、計8コマの連続シンポジウムを開催したのである。

Creative Maisonイベントページ(スクリーンショット)

Creative Maisonイベントページ(スクリーンショット)

 約100名の参加者のうちゲストスピーカーが20名、つまり「5人に1人が講師」であり、大きめの和室・洋室・リビングに分かれて様々なテーマのレクチャーを聞く。家で話をするような気楽なノリで質疑応答も行える気持ちのよい会となった。

 それにしても、都心のど真ん中によくこんな瀟洒なスペースがあったものだ。実はここは映画やドラマの撮影でよく使用される場所で、7~8年前に取材したこともある。イベントでも使用できることを知らず完全に忘れていたのだが、「オシャレなカフェスペースみたいなところももう飽きたけど、会議室とかイベントホール以外の場所がいいな~。たとえば一軒家とか」と思ってググって再発見した。

 当然のことながら、セミナー等を実施する際には場所がイノチだ。「企画にあった場所が見つかるか?」でかなりの部分が決まる。来場者はもちろん、ゲストも話しやすく興味をそそられる場であることが望ましい。下見は必須。現場を見てから企画のほうをそれに合わせて変えるケースもある。客層や喜ばれる話も、場所に応じてかなり変わってくるからだ。

 当日の各セッションのテーマやゲストのラインナップなど詳細に関しては、以下のイベントサイトをご覧いただきたいと思う。いくつかのセッションの模様は、まとめ記事として当サイトで公開されるとのことなので、そちらもぜひ併せてお読みいただきたいが、ここでは主催側のコンセプトを少しお話させていただこう。

 プログラムは「①メディア(コンテンツと広告)」「②テクノロジー(サービスとデバイス)」「③リベラルアーツ(教養と読書)」という3つのメインテーマで構成している。これも先ほどと同様、“三角食べ”が重要だと考えるからである。人体と同じく、偏った栄養は元気なクリエイションを育まない。

●Creative Maisonイベントサイトhttp://10over9-readingclub.jp/special/creativemaison/
●10 over 9 Reading Club公式http://10over9-readingclub.jp/

後編に続きます


PROFILEプロフィール (50音順)

河尻亨一(かわじり・こういち)

銀河ライター主宰/東北芸術工科大学客員教授。 雑誌「広告批評」在籍中には、広告を中心に多様なカルチャー領域とメディア、社会事象を横断する様々な特集を手がける。現在は紙メディア・ウェブサイトの編集執筆からイベントの企画、ファシリテーション、企業の戦略およびコンテンツの企画・制作・アドバイスなど。この冬は、ある巨匠デザイナーの評伝執筆に注力。