COLUMN

ファッションは更新できるのか?会議 報告書 on web

ファッションは更新できるのか?会議 報告書 on web
Vol. 0「キックオフ・ミーティング──〈パクリ〉の文化史」(後編)

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●「ファッションは更新できるのか?会議」とは?
2012年9月から約半年、全7回にわたり実施されたセミクローズド会議です。消費者のソーシャル化、知的財産権への意識の高まりといった社会状況の変化は、現在のファッション産業に避け難い変容をもたらすと同時に、新しい創造性を獲得する契機をもたらしています。この会議では、他分野における現状とファッション界の状況を対比し、社会の「設計」や「構造」=アーキテクチャと向きあって試行錯誤を行っている実践者(デザイナー、メゾン関係者)、販売店、批評家、メディア関係者、ウェブデザイナー、研究者、法律家などを招き、ファッションの更新の可能性について議論しました。
※本連載は、2013年8月に刊行されたZINE『ファッションは更新できるのか?会議報告書』から抜粋し掲載しています。

 

Vol.0 キックオフ・ミーティング──〈パクリ〉の文化史(後編)

日時=2012年9月9日(日)、18:30~21:00
会場=ぴゃるこ[東京都渋谷区]


登壇者(ゲスト)=山口壮大(ぴゃるこディレクター)、高野公三子(ウェブマガジン「アクロス」編集部編集長)、向千鶴(「WWD モバイル」編集長兼『WWD ジャパン』ファッションディレクター)
登壇者(実行委員)=永井幸輔(Arts and Law/弁護士)、金森香(NPO法人ドリフターズ・インターナショナル)、小原和也(法政大学キャリアデザイン学部)、小林嶺(早稲田大学/繊維研究会)
モデレーター=水野大二郎(慶應義塾大学環境情報学部専任講師/『fashionista』編集委員/FabLab Japanメンバー)
※登壇者の肩書きなどは、ZINE『ファッションは更新できるのか?会議報告書』掲載当時のものとなりますのでご注意ください。


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前編からの続きです

[プレゼンテーション4]

永井幸輔「ファッションをとりまく法的な環境の変化と制度設計」

永井──僕からは、ファッションと法律の協働の可能性について、「フリーカルチャーとしてのファッション」★16「法律とファッション・デザインの関係性」「ファッションのアーカイビング」の三つのトピックを検討します。
 まずご紹介したいのが、ジョアンナ・ブレイクリーのTED Talks「Lessons from fashion’s free culture」★17 です。ファッションは「パクり/パクられる」ことで高度な創造性と多様性を育んできました。「模倣」という行為がデザイン・プロセスのなかで中心的な機能として働いているファッションは、本質的にとてもフリーなカルチャーだといえるでしょう。たとえば、スニーカーの例では、NIKEの「Air Force 1」とA BATHING APEの「BAPESTA」は、互いに互いのデザインを引用しリミックスすることで創造性を高め、ブランドを発展させたと言われています。他方で、模倣が全く無制約に認められる訳ではありません。つい最近アメリカの裁判所で判決があったクリスチャン・ルブタンとイヴ・サンローランの訴訟では、「ルブタンの赤い靴底」に商標権 ★18 を認める一方で、イヴ・サンローランの靴の販売停止を認めませんでした。これは、デザインに対する法的制約の存在と、今なおその外縁がゆらいでいる状況を示しています。
 次に、ファッション・デザインと法律の関係について少し考えてみます。実は、ファッション・デザインには著作権 ★19 が生じにくいと言われています。その理由について、ファッションに関連したプロダクトは〈実用品〉であるから、と説明されることがあります。著作権が発生するということは、その著作権を持っていない人はその著作物の情報を使えない、つまり使用を禁止されることを意味します。〈実用品〉に著作権を認めてしまうと、実用的な機能を誰も使えなくなってしまうおそれがあります。たとえばハサミに著作権を認めてしまうとあのかたちではもうハサミをつくれなくなります。公共的な利便性を考慮することで、実用的な製品に関しては著作権を発生させるべきではないと考えられているのです ☆7。ここで指摘したいのは、著作権が生じにくいという法的な制度設計があったからこそ、ファッション・デザインは模倣に寛容であるという関係です。ファッション・デザインと法律とは一見無関係に見えますが、実はこのように深い関係があります。この会議では、法をうまくコントロールすることによるファッション・デザインの新しい可能性について、議論して行ければと考えています。
 最後にアーカイビングについてですが、近年デジタル工作機械の普及によって、デジタルデータを物理的なプロダクトに変換出力できるような技術が身近になるとともに、ウェブ上で自由に参照できるソースが増えることで、クリエイションの自由度もさらに上がっていくと考えられます。つまり、サンプリングするためのソースを増やすことがこれからは非常に重要になるでしょう。その点で、京都服飾文化研究財団の「デジタル・アーカイブス」★20 のような、「もの」としての衣服に留まらないデジタルな「情報」のアーカイブの可能性に注目しています。アーカイブの設計には著作権を始めとする法的な手当てが不可欠ですので、ここで紹介させていただきます。また、フリーカルチャーとしてのファッションの可能性を支援する法的なアプローチとして、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス ★21 (以下、CCライセンス)をご紹介します。CCライセンスはインターネット時代における新しい著作権ルールの普及を目指し、さまざまな作品の作者自身が「この条件を守れば私の作品を自由に使って良いですよ」という意思表示ができるツールです。CCライセンスを利用することで、作者は著作権を持ったまま作品を自由に流通させることができ、受け手はライセンス条件の範囲内で再配布やリミックスなどができます。このようなライセンスを活用したファッション・デザインのあり方もこの会議で模索していきたいと思います。

★16:この文脈における「フリーカルチャー」については、本会議第4回のドミニク・チェン氏のプレゼンテーションで詳しく述べられている。
★17:Johanna Blakley, Lessons from fashion’s free culture
URL=http://www.ted.com/talks/johanna_blakley_lessons_from_fashion_s_free_culture.html
★18:商品やサービスに付けることでその使用者の信用を維持する「商標(トレードマーク)」を保護する権利。知的財産権のひとつ。
★19:小説、音楽、美術、映画、コンピュータプログラムなど、思想又は感情の創作的表現である「著作物」を保護する権利。知的財産権のひとつ。
★20:URL=http://www.kci.or.jp/archives/
★21:URL=http://creativecommons.jp/


会議の様子はUSTREAMを通じて中継もされた。

会議の様子はUSTREAMを通じて中継もされた。


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[討議]

● さまざまな〈模倣〉のかたち──コピー、サンプリング、パロディ……


水野──今回の会場としてパルコパート1の「ぴゃるこ」を提供していただきました山口壮大さんが、この会議の企画の打診を受けたことから、ANREALAGE ★22 のTシャツラインである「AZ」とコラボレートし、今回の会議でも論点になっているファッション業界で暗黙のうちにおこなわれているアイデアの模倣という慣行を逆手に取ったデザインを公開していただけるそうです ☆8

山口──誰もが知っているものにデザイナーが自身のアイデンティティを少し加えることで、それを少し違ったものに変えていくということにファッションの醍醐味があると思っています。今回お願いしたデザインは、コピーライトのマーク「©」をモチーフに今回の論点のひとつである著作権という問題を踏まえて考えられたものです。単刀直入率直にそのマークを組み合わせたデザインです。

山口壮大さんとANREALAGEのTシャツライン「AZ」による“アイデアの模倣を逆手に取った”Tシャツ

山口壮大さんとANREALAGEのTシャツライン「AZ」による“アイデアの模倣を逆手に取った”Tシャツ


水野──法律的な見解はいかがですか?

永井──「©(マルシーマーク)」には著作権が発生せず、誰かの独占を許すマークではないので、著作権法的にはアリでしょう。商標法的には、どこかで見たことのあるマークが埋め込まれているようにも見えるので、ちょっと危ないかなという感じです(笑)☆9

──これを見て思ったのですが、コピーというよりも、ヒップホップのサンプリングが前提にあって、すごくパワーがある憧れの対象をいかに自分たちのなかに引きずり込むかというメンタリティに近いものを感じました。たとえば、著作権の管理が厳しいディズニーのキャラクターを自分たちのスタイルに取り入れることは、いわゆるコピーとは違いますよね。この場合はいわゆるコピーと並列して語られるのは、ちょっと違うのではと感じます。

★22:日本のファッションブランド。2003年に森永邦彦が設立。URL=http://www.anrealage.com/
 
 
● なんのための「更新」なのか

会場──今日の話は、シミュラークルと複製技術、アーキテクチャ……、そういう学術的なキーワードやテーマをただファッションと無理やり結び付けている印象です。たとえばデータベース消費は、新しいカルチャーとしてオタクカルチャーを分析するひとつのキー概念として出てきたと思いますが、それを無理矢理ファッションに置き換えるのは全然意味がわからない。なんでファッションなの? なんでそれをファッションで考えなければいけないのか? ☆10 パーソナル・ファブリケーションも、それがひとつの現象として起きているのはわかりますが、なぜファッションなのか? 今日の話は全部、その疑問が解消されないまま話が進んでいるという印象がありました。ミシンは昔から家庭に普及しているけど、それがどうしてFabLabという言葉で語られてしまうのか。今回は0回目ということで、とにかくいろいろ問題提起してこれから深めていくということだと思うので、今後はそのあたりもきっちりフォローしていただきたいです。

水野──ありがとうございます。僕としては、逆に「Why Not ?」という感じなんですよね。最初の感想についてですけど、データベース消費、パーソナル・ファブリケーション、デジタル・ファブリケーション、クリエイティブ・コモンズという新しい試みは、皆さんご存知でしたか? ファッションに関係して活動されている皆様はご存知でしたか? そういうものが存在していて、そういうところに新しい創造性の可能性が潜んでいて、新しい考え方のきっかけもあるのではないか? それを踏まえてファッションを考えるとどういうことになるかなと考えたみたことはありますか? あるいはそれを踏まえて実践してみようと思ったことはありますか? ほかの領域で起こっているさまざまな現象を踏まえてデザインをしてみるとか、ファッションのことを考えてみるということが必要になってきているのではないかという仮説からこの会議の構想がスタートしていることは、ここであらためて述べておきたいです。でも、その前提自体へのエクスキューズであるいまの指摘は非常に意義深いと思います。このご意見を踏まえつつ、いったい僕らはなにができるのだろうかという問題意識をまずは皆で共有できればいいかなと思います。

モデレーターの水野大二郎氏

モデレーターの水野大二郎氏


金森──私も今日話された議題にけっして明るくはありませんが、ここにいる会議メンバーなどとの交流を通して、たとえばクリエイティブ・コモンズの存在を今年になって知り、新しい価値観とその定義に出会いました。そして実際のプロジェクトと結びつけたら、ファッションデザイナーにとってもなにか新しいコミュニケーションのきっかけになるかもしれないし、もしかしたらお客さんに洋服を手渡す瞬間のいままでになかった方法を発明するきっかけになるかもしれない。デザイナー、MD担当、運営者などが、このような新しい考えに触れて、ちょっと違う一歩先の未来の生活のデザインに着目することで、なにか新しいものが生まれたらと期待を寄せています。
 
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[小括]

水野大二郎「デザイナーとユーザーが一緒に考えること。そして、ファッションが抱えるその困難さ」

 記念すべき第0回の会議は、「現状の整理」と「パクリの文化史」を二つの大きな議題に据えつつ、今後開催される会議の議題をふまえた多岐にわたる内容が展開された。
 ヴァルター・ベンヤミンの複製技術から始まったプレゼンテーションのスライドは、ガブリエル・タルドの「模倣」をふまえつつファッション・デザインにおけるコピー文化の歴史の紹介を通じてシミュラークルやデータベース消費まで展開し、さらに近年のファッション・デザインと関連しうる消費社会論の俯瞰からインターネットアーキテクチャの支援によって可視化された「サンプリング的」なn次創作 ★23 の創造性へと至った。均質化した郊外空間に呼応するかのような汎用的な「ジェネリックデザイン」の状況について触れつつも、FabLabに代表される「パーソナル・ファブリケーション」(個人的なものづくり)がもたらすものづくり革命の可能性などを通して生産消費者とソーシャルメディアについて紹介されたのち、デザインにおけるオープンソースとクリエイティブ・コモンズへと接続され、ルブタンの赤い靴底を事例としてファッション業界における法的見地からの制度設計の可能性について討議された。
 今回は全会議の導入的側面もあり、「デザイナー」と「ユーザー」の両者にとって共通するファッション史やファッション研究のあり方を紹介しつつ、情報技術によって生成される新しいファッション・デザインの可能性についての是非など、多岐にわたるが相互に関連する対象が討議の射程であった。そして、「今日可視化されるユーザーの声をデザイナーは反映できていないのではないか」「ユーザーからのファッションの更新可能性はあるのか」という議論に見られたように、デザイナー/ユーザーの差異、ハイ・ファッション/ストリートファッションなどマーケットの差異などから、登壇者間、あるいは登壇者と来場者間のディスコミュニケーションが議論を進めるにつれ明らかとなっていった。この構図は、ファッション批評の可能性を議論する際とほぼ同様である。すなわち、ユーザーの視点から切りはなされたプロダクトアウト型の「芸術文化としてのファッション・デザイン」をメタレベルで考えることと、ユーザーの視点を反映させたマーケットイン型の「日用品としてのファッション・デザイン」を考えることを架橋させて話をすることの困難さに更新の難しさがある。つまり、ファッション・デザインの更新可能性がデザイナーとユーザーの視点の結合によって生み出されうるとするならば、どのような制度、環境、言説、人において更新が可能かという地点から考えていく必要があることが明らかとなったのではないか。
 どのデザイン領域でも設計者と利用者の文脈や言説に差異は存在する。歴史的にオートクチュールという特権的、排他的文化を形成、維持してきたハイ・ファッションと、一般大衆に向けたファッションが異なる文脈に位置することを考えれば、デザイナーとユーザーに共通の理解を生み出すことはたいへん困難だ。そこにはいまだ「服とは何なのか」という根源的な問いが存在し、その答えは十全に議論されていない。しかし、TwitterやFacebookがもたらした情報環境によって可視化された一般意志や双方向的「つながり」を通して伝達されるユーザーの多様な声は、あらゆるデザイナーがもはや無視することができなくなった。そして、デザイナーは、自身のデザインの社会的、文化的、倫理的、経済的、法律的背景を考えることも、グローバリゼーションあるいは情報空間との連動のなかで重要になってきている。それはまたユーザーも同様であり、自身の意思に基づいて購入、利用するのみならず、より創造的な状況を支援することでユーザー自身が好きなファッションを楽しむためにも、デザイナーやメーカーに意見を伝え、行動することが期待されているのだろう。いずれにせよ両者にとって前提として必要なのが「お互いの状況をよく考える」ことである。来場してくださったすべての方がひとつでも気になるトピックを見つけ、考え始めていただくことができれば幸いである。

★23:起点となる元ネタとの参照関係によって構成される二次創作、それを改変した三次創作、さらにそれを改変……というように、オリジナルの元ネタからn次に隔てられた諸項までをフラットに参照元として扱うような創作文化のこと。社会学者の濱野智史が著書『アーキテクチャの生態系』(2008)などで提唱した概念。artscape「〈歴史〉の未来 第1回:作品それ自体がデータベースであり、ネットワークであり、コミュニケーションでもあるような」に詳しい。

[キックオフ・ミーティング──〈パクリ〉の文化史:了]
 
 
◎補足
☆7衣服=「実用品」という法的位置づけがデザインに権利を付与することへの障壁になっている。クリエイティブ・コモンズなどは新らたな権利上の枠組みを与える試みだが、法的な側面からファッション・デザインについて考えることで、ファッションが、そもそも「実用品」的側面にとどまらない、意味の過剰さを扱う領域であることをあらためて確認できる。
 
☆8ファッションは更新できるのか?会議第0回の実践編として、本会議で扱ったファッションの法的側面に切り込むクリエーションを山口壮大氏の協力で実現! 会議直前のお披露目では実行委員からも歓声が上がった。
 
☆9会議中でも指摘されたように、こうした「パンク」なデザインは、ストリートカルチャーの理念を体現しているが、高度消費社会下のファッションにおける「パロディ」はこの段階で煮詰まっているようにも思われる。このような事態の背景には、依然としてデザインソースのシェアなどのユーティリティ向上のための試みが著しい制限を課せられているという現状がある。ファッション・デザインの更新可能性を考えるとき、法制度やものづくりの物理的環境など、デザインのインフラへのまなざしも必要になるだろう。
 
☆10第0回でもっとも多く寄せられたご指摘でした……。プロジェクト全体を通して検討していく課題を一挙に提示した回だっただけに、トピックが飽和状態になった感は否めません……。


PROFILEプロフィール (50音順)

ファッションは更新できるのか?会議(ふぁっしょんはこうしんできるのかかいぎ)

2012年9月から約半年、全7回にわたり実施されたセミクローズド会議です。消費者のソーシャル化、知的財産権への意識の高まりといった社会状況の変化は、現在のファッション産業に避け難い変容をもたらすと同時に、新しい創造性を獲得する契機をもたらしています。この会議では、他分野における現状とファッション界の状況を対比し、社会の「設計」や「構造」=アーキテクチャと向きあって試行錯誤を行っている実践者(デザイナー、メゾン関係者)、販売店、批評家、メディア関係者、ウェブデザイナー、研究者、法律家などを招き、ファッションの更新の可能性について議論しました。