電子出版、そして本の今後についての実践的な提言集として2013年に翻訳版がリリースされ、反響を呼んだ書籍『マニフェスト 本の未来』。その寄稿者へのインタビュー動画を、日本語版の編集スタッフとのちょっとした裏話と一緒に毎週お届けしていきます。
第2回目は、黎明期からいくつものソーシャルリーディングサービスの立ち上げに取り組み、『マニフェスト 本の未来』では第12章「読書システムの垣根を越えて:ソーシャルリーディングの今後」を共同執筆したトラヴィス・アルバーとアーロン・ミラーへのインタビュー。
今回のイントロダクションのテキストは、ボイジャーの鎌田純子によるものです。
トラヴィス・アルバー│Travis Alber
『マニフェスト 本の未来』第12章「読書システムの垣根を越えて」共同執筆者。本の中で読者同士がリアルタイムにコミュニケーションできる読書システム「リードアップ」の創設者。これまでにも「ブックグラットン」、「リードソーシャル」を立ち上げるなど、一貫してソーシャルな読書のあり方を追求している。専門はユーザーエクスペリエンス。
『マニフェスト 本の未来』第12章「読書システムの垣根を越えて」共同執筆者。トラヴィス・アルバーとともに「ブックグラットン」などの読書システムを創設。ネットギャレーのテクノロジーディレクター兼チーフエンジニア、ファイヤーブランド・テクノロジーシニア開発者、小説家でもある。
文:鎌田純子(ボイジャー)
カンファレンスはその一室に20人ほどが集まるごくごく小規模なものだった。後から知るのだけれど、彼らはその後、W3C(world wide web consortium)オープンアノテーションの仕様策定を牽引することになる技術者たちだった。例えばロスアラモス研究所の研究員とか、W3CのSIG(special interest group)のメンバーとかがそろい踏み。
その中で一人おすましした感じでお洒落な出で立ちで参加していたのがトラヴィス・アルバーだった。この人も技術者なのかなぁ。これが彼女との最初の出会いだ。私はカンファレンスの内容とメンバーに圧倒されて、場違いなところに来ちゃったぞ、困ったぞと動揺していたので、彼女の発言などまったく覚えていないが、可愛かったということだけ、しっかり覚えている。
そのカンファレンスから遡ること5年、2006年10月にトラヴィス・アルバーはプログラマーのアーロン・ミラーと組み、「ブックグラットン」というサービスを立ち上げている。人と人とが討論できるWebベースの読書システムを目指したものだ。
簡単にシステムについて説明しよう。まずWeb上にある電子本をWebブラウザで表示し、そのままブラウザで読む。Books in Browsersだ。そして、電子本の段落へコメントを残す。これを使って討論を行うのだ。ここが仲間同士が集合してリアルタイムで討論する読書会と違うところだ。オンライン環境を生かし、コメント表示のオンとオフとを切り替えて、自分のペースで読み、自分の好きなときに討論をする。
彼らはその開発時の話を『マニフェスト 本の未来』に書いている。その中で興味深い発言が3つある。本を消費するのではなく、消化するのだと言ったこと。本の討論は非同期が適していると言ったこと。そして読書の本質を自分以外の他人とつながる、コミュニケーションすることだと定義していることだ。本を読むということはどういうことなのか。端末のことでも、ファイルフォーマットのことでもない。独自の観点から、本は人と人とのつながりを生み出す媒体だとも言っている。
結果としては、2013年に「ブックグラットン」は終わりを迎えている。コミュニケーションを支えるための回線、サーバーその他の費用で資金不足に陥り、サービスの停止を決定している。ここまで聞くと、システムを作らずとも、SNSをちょっと工夫すればうまくできたんじゃないのと思うかもしれない。しかし、彼らがこのサービスを立ち上げたのは2006年。TwitterもFacebookも生まれたばかり、SNSという概念もなかった頃のことなのだ。どれほどの冒険だったか、想像してみてほしい。
一見、トラヴィス・アルバーは可愛い。アーロン・ミラーはトラヴィスに奉仕しているニートに見える。インタビューを見ていただければおわかりのとおり、二人とも口を開くと堂々と正論を主張する。トラヴィスの話はまったく可愛らしくないし、アーロンは雄弁だ。失敗に裏付けされた堅牢さ、本質を見極めようという探究心。それが彼らの魅力だ。
「ブックグラットン」の後、「リードアップ」を生み出している。今日のSNSを利用したものだ。トラヴィスは本人曰く、ユーザーエクスペリエンスのデザイナーだが、仕事の内容からはデザイナーというよりもプロデューサー。その姿が時にドラクロワが描いた自由の女神に重なるときがある。女神の振る旗に力を得て、民衆は自ら武器を掲げ、足下に重なり倒れる屍を乗り越えようとしている。おそらく今後も「リードアップ」に留まらず、経験者だからこその観点で、実験的なプロジェクトを次々立ち上げ、読書の本質を探求していくに違いない。
[これからの本の話をしよう:第2回 了]
『マニフェスト 本の未来』
ヒュー・マクガイア/ブライアン・オレアリ 編
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