COLUMN

これからの本の話をしよう――『マニフェスト 本の未来』寄稿者が語る

これからの本の話をしよう――『マニフェスト 本の未来』寄稿者が語る
第5回:本とWebとEPUBと――ライザ・デイリーという生き方

manifesto_banner

電子出版、そして本の今後についての実践的な提言集として2013年に翻訳版がリリースされ、反響を呼んだ書籍『マニフェスト 本の未来』。その寄稿者へのインタビュー動画を、日本語版の編集スタッフとのちょっとした裏話と一緒に毎週お届けしていきます。
第5回目は、『マニフェスト 本の未来』の第3章「『本』の可能性」を執筆したライザ・デイリーへのインタビュー。
イントロダクションのテキストは、ボイジャーの萩野正昭がお送りします。

manifesto_profile

オープンでアクセシブルなeBookに向けて。eBook技術の先駆者
 
ライザ・デイリー│Liza Daly

 
liza
『マニフェスト 本の未来』第3章「『本』の可能性」執筆者。IDPF(国際電子出版フォーラム)理事の経験を持つ。2008年、初期のオープンソースEPUBリーダーの一つであるブックワームを開発。2010年にはHTML5で書かれた初のブラウザベースのリーダー、アイビス・リーダーを発表。出版ソフトウェアの提供や出版戦略のアドバイスを行うスリープレス・コンサルティングの社長として活躍の後、サファリ・ブックス・オンライン技術部門の副責任者に。
 
 
manifesto_intro

本とWebとEPUBと――ライザ・デイリーという生き方
文:萩野正昭(ボイジャー)

 

 Webテクノロジーの民主的な可能性に心から共感していた………ライザ・デイリーはこのインタビュー冒頭でそう切り出している。
 一大産業になる前の時代、多くの人たちが現状打破の突破口として新しいメディアの到来を夢見ていた。私はライザの一言にハッとする。黎明期を生きたことを彼女はいまも深く記憶している。そして、いつも関心があったのは、良質のコンテンツと人々が求める情報を提供することだった。これが出版だ。出版とは人が求める情報を説得的かつ魅力的に提供することだと、彼女はきっぱりと言い切る。そんなこと当たり前のことだと言うだろうか? 胸に手をおき考え直してもらいたい。二十世紀末に至ったメディアの頽廃の現実を目撃した私たちに「民主的な可能性」の囁きはどれほど心に響いていたか。この気持ちこそ、海を隔て遠く離れて共有する私にとっての「くもの糸」だった。「くもの糸」はやがて網を張っていったのだ。

 私がライザ・デイリーとはじめて会ったのは2010年2月、厳寒のニューヨークだった。TOC(Tools of Change for Publishing)カンファレンスに参加して、そこで歯切れよい主張をする彼女の自信にみちたスピーチに目が釘付けになった。その時、彼女がデモするibis(アイビス)リーダーを見た。HTML5で書かれた最初のブラウザベースの読書システムだった。電子本はWebに開かれていることが大事だ。さりげなく、決然と彼女はそう言い添えた。どうしても私は教えを請いたい気持ちになり、彼女がボストンへ帰る日の朝に面談の時間をとることに成功した。ライザはその時スリープレスという会社を起業しており、共同創業者のキース・ファーグレンも一緒にやってきた。私の同僚、祝田 久も加わって彼女たちと意見交換をした。私たちボイジャーが読書システムのリーダーアプリの沼にはまり込んで苦悶していた時期だった。アプリから離れてブラウザベースに切り替えたらどうなんだ、とおもいはじめていた。
 時代はまだEPUB2のころで、日本語の場合必ず課題となる読みの方向(RTL: Right to Left=右から左)をどうしていけばいいのか定まってはいなかった。WebKitで縦書き対応することもできなかった。Appleが何かやっているらしいから少し待てばとか巷間噂が流れていたけれど、信用できなかった。Canvas(*)でやるのも一つの方法だよね、大変だけど。ライザはそう私たちにサジェッションした。

 
 アイビス・リーダー(ibis reader)。ライザやキースのスリープレス社が開発した最初のブラウザベースの読書リーダーだった。アイビスとは朱鷺を意味する。縦書きこそできなかったが、日本語はほとんどが読めた。今はもうアクセスできない。朱鷺が飛んでいるトップ画面だけがその面影を伝えている。

 
 
 翌年2011年の5月、私たちはでき上がったボイジャーのBinB(Books in Browsers方式)をライザに見せた。言われた通りギンギンにCanvasを使っていた。
 「あなたたち、本気でやったの?」
 ライザは吃驚した顔を最初に見せた。大変だと言ったはず、真に受けるとは、諦めるとおもっていたのに………というような気持ちだったのだろう。私たちの説明に、けれど徐々に食い入ってきた。
 「はじめて見るわ、こんなにすぐやって、すごいわね」
 賞賛ではあった。それは確かにあった。けれど、「ご苦労さん」という徒労への妙な労いみたいな余韻が残るのを私は感じ取った。その時、まさに、EPUB3の Working Group Draft(作業草稿)が発表され、1週間後には Proposed Specification(勧告案)が明らかにされたのだった。もはや日本語の縦書きで悩むこともなくなる………先を行ったか、タイムリーだったか、余計な回り道だったか、「ご苦労さん」の意味はまだ判然としない。

 私たちは時代と共に生きている。そして生きている自分の時代が何であるかを知るのは、その場を去ってしばらく後のことなのだ。生まれた時が悪いのか、いいのか、分からずじまいに走っていかねばならない。そのリスクを四の五の言わずに背負って生きる人の手本として、私はライザ・デイリーを見てきたような気がする。

 ここで語られるわずかではあるが彼女の言葉一つ一つを、細大漏らさずに聞き取ってもらいたい。

*Canvasとは、Flashのようにプラグインを使わずに、Webブラウザだけで図形描画をおこなうためのHTML5の機能の一つ。BinBは日本語の縦書き表示をさせるためにCanvasの機能を利用した。

 
 
manifesto_interview

字幕翻訳:室海太郎

[これからの本の話をしよう:第5回 了]

 
 
 
manifesto-209x300_『マニフェスト 本の未来』
第3章「『本』の可能性」 ライザ・デイリー 著

ヒュー・マクガイア/ブライアン・オレアリ 編
試し読みはこちら
ご購入はこちら
(*BinB storeでお求めいただいた方にはEPUB/PDFファイルをプレゼント中!)



PROFILEプロフィール (50音順)

萩野正昭[ボイジャー]

1946年東京都生まれ。株式会社ボイジャー取締役。「DOTPLACE」発行人。映画助監督をふりだしに、ビデオ制作、パイオニアLDCでのレーザーディスク制作等を経て1992年にボイジャー・ジャパンを設立。著書に『電子書籍奮戦記』(2010年、新潮社)、『木で軍艦をつくった男』(2012年、ボイジャー)。