電子出版、そして本の今後についての実践的な提言集として2013年に翻訳版がリリースされ、反響を呼んだ書籍『マニフェスト 本の未来』。その寄稿者へのインタビュー動画を、日本語版の編集スタッフとのちょっとした裏話とともにお届けしてきたこの短期集中連載も、今回で最終回です。
ラストは、『マニフェスト 本の未来』の第21章「『リトル・データ』の驚くべき力」を執筆したピーター・コーリングリッジへのインタビュー。
イントロダクションのテキストは、ボイジャー代表取締役の鎌田純子がお送りします。
ピーター・コーリングリッジ│Peter Collingridge
『マニフェスト 本の未来』第21章「「リトル・データ」の驚くべき力」執筆者。アプト・スタジオ(Apt Studio)のマネージングディレクター、エンハンスト・エディションズ(Enhanced Editions)の共同創業者として活動した後、出版マーケティングのための情報サービスを提供するブックシーア(Bookseer)を創設。現在はサファリ・ブックス・オンライン(Safari Books Online)に参加。
文:鎌田純子(ボイジャー)
これだけ失敗していても、ピーターは負け犬ではない。今はサファリ・ブックス・オンラインの中核にいる。責任者としてライザ・デイリーやキース・ファーグレンなどを束ねている。
サファリ・ブックス・オンラインは、2001年に、ピアソン・テクノロジー・グループとオライリー・メディアがスタートしたジョイントベンチャーだ。ピアソンは世界的な規模を持つ巨大メディア会社だ。政治経済の新聞「フィナンシャル・タイムズ」も、ランダムハウスとペンギン・ブックスが合併したペンギン・ランダムハウスもピアソングループに入っている。オライリー・メディアはIT系技術者なら知らない者はいない、ティム・オライリーが率いるIT専門の出版社だ。ボイジャーから発行した『マニフェスト 本の未来』『ツール・オブ・チェンジ』もオリジナルはオライリー・メディアの本だ。ピアソンの情報産業の中で、サファリ・ブックス・オンラインは教材として、技術書のテキストやビデオの提供をWebを介して行う(http://www.safaribooksonline.com)。
ピーターはなぜ、失敗につぐ失敗を重ねながら負けていないのか? その理由も失敗の中にある。
『マニフェスト 本の未来』の中で、ピーターはエンハンスト・エディションズ社で『バニー・ムンロ』の電子本アプリを発売し、それが失敗したことが、次のブックシーアの起業につながったと書いている。「分析結果を眺めていた私たちは、自分たちが金脈の真上に立っているということに気がつきました。そこからは読者がいつどこで何を読んでいるかを自由自在に眺めることができました。」
電子本アプリは失敗だ。しかしその中に埋め込んだユーザーの行動を知るための機能は宝の山だと言ったのだ。ここにピーターが負けない理由があるのではないか。ピーターにとって失敗は失敗ではない。次のビジネスを発見するために必要なプロセスなのだ。次へ向かう活力なのだ。そして活力を得れば、自分のひらめきを確かめるため即座にビジネスの方向を変える。行動するのだ。
もう一つは優れたプレゼンテーション力にあるだろう。ピーターが制作したビデオを見ていただきたい。最初は電子本アプリ『バニー・ムンロ』(ニック・ケイブ著/エンハンスト・エディションズ刊)の短いプロモーションビデオだ。
電子本アプリの機能を余すところ無く伝えている。今では電子本アプリ『バニー・ムンロ』の手がかりはプロモーションビデオだけだ。
電子本アプリにはボイジャーでも辛い思い出がある。iPadの登場直後、『死ねばいいのに』(京極夏彦著/講談社刊)の電子本アプリを作った。この『バニー・ムンロ』ほどの機能はないが、PR動画を入れ、出版社から過大な評価をいただいた。これでいいのだろうか。これが本当に残るべき電子本の形なのか。発売後間もなく、iOSが変わり、AppStoreの規則が変わり、アップルは容赦なく電子本アプリを消していった。
次にアプト社(Apt)でピーターがジェイムズ・ブリドルと共同制作したアニメーション。ピーターはアプト社でマネージングディレクターを務めている。このアニメは出版社「4th Estate」の25周年を祝う、「25th Estate — This is Where We Live」という作品。
このストップモーションのアニメーションのすべてが「4th Estate」の本でできている。本の中から一人の男が傘と鞄を持ち悠々と歩き出す。男の体は本のページでできている。市場、繁華街、公園と進み、ビル街へと抜けて行く。すべてが本だ。「4th Estate」は1984年創立。2000年に6大出版社の一つ、ハーパーコリンズに統合されている。日本では河出書房新社や早川書房から邦訳が出版されている。
見えないモノを作るからこそ、スタッフ全員にイメージを共有させる力。そんな力をピーターは持っているように思う。彼は出版とインターネットの融合を目指している。その成功を見たい。
[これからの本の話をしよう 了]
『マニフェスト 本の未来』
第21章「『リトル・データ』の驚くべき力」 ピーター・コーリングリッジ 著
ヒュー・マクガイア/ブライアン・オレアリ 編
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