マンガナイト代表・山内康裕さんが、業界の内外からマンガを盛り上げる第一線の人々と議論を展開する鼎談シリーズ「マンガは拡張する[対話編+]」。
今回のテーマは「新人の発掘と育成」。2011年に小学館『IKKI』新人賞を受賞し、「わたしの宇宙」や『ヒバナ』での連載「いかづち遠く海が鳴る」などで知られる気鋭のマンガ家・野田彩子さんと、デビュー時から野田さんの担当を務めるマンガ編集者・豊田夢太郎さんのお二人に、多様化していく新人マンガ家の発掘・育成の現在について、自らの経験を通じて語っていただきました。
●連載「マンガは拡張する[対話編]」バックナンバー(全11回)はこちら。
【以下からの続きです】
●前編:
「持ち込みをして、ダメだったらそれをそのままコミティアで出そうと思っていた。」
[中編]
SNS、出張編集部……広がる発掘の場
山内:「新人の発掘と育成」が今日のテーマなんですけど、まずは豊田さん、新人さんを実際にどのように発見して、その才能を引き出すのか教えてください。
豊田:やっぱりまずは、「持ち込み」ですかね。野田さんとお仕事するきっかけにもなりましたけど。
それから、「新人賞」。今はほとんどのマンガ誌が新人賞を設定していると思うので、新人賞に投稿された作品をそのまま担当することもあります。
他にも、同人即売会の会場に来ている「出張編集部」に持ってきてもらうとか。以上が新人さん発掘の主なところですかね。最近だとpixivやTwitterなどのSNSで人気のある作家さんにお声掛けするなど、商業誌でまだ描かれていない作家さんを見つける機会が多種多様に増えましたね。
山内:「出張編集部」も5年、10年前まではあまり聞かなかったと思うんですが、ここ数年の動きですかね?
豊田:そうですね。『IKKI』のときは他の雑誌よりも比較的早めにやらせていただいた方だと思うんですが……というのも、コミティア出身の作家さんの連載が結構多かったので、そのあたりの流れからです。オノ・ナツメさんなんかもそうですね。近年は参加する編集部さんも多いですし、参加者も増えましたよね。
今年(2015年)、コミックシティ[★4]に初めて『ヒバナ』の出張編集部を出させていただいたんですけれども、ちょっと読者層的に合わなかったみたいで、持ち込みにいらっしゃる方は多くなかったんですね。その反面、京まふ(京都国際マンガ・アニメフェア)ではかなり人気で、やはり展示即売会の色によって来る方々のニーズが変わるんだなあと。
★4:コミックマーケットに次ぐ規模を誇る同人誌即売会で、東京・大阪・福岡で年間通算20回程度にわたって開催。サークル参加者の多くを女性向け作品の作家が占めるとされる。赤ブーブー通信社主催。
http://www.akaboo.jp/
山内:でも、出張編集部をやることによって、持ち込みに対するハードルは下がったんじゃないですかね。
豊田:そうですね。同人誌そのものを持って来ればいいので、そういうハードルの低さもあると思います。
それからここ2年くらいで顕著だなと思うのが、他誌でデビュー済みの方が来るようになったことですかね。他の編集部さんでもお仕事してみたいとか、担当してもらいたいという方が前よりはだいぶ増えたんじゃないかな。その良し悪しは見る位置によって両面性がありますが、マンガ家さんにとっては持ち込みに行くってストレスの高い行為だと思うので、出張編集部でブースをいくつもまわれるのは良いことだなって思います。
山内:でも野田さんは、出張編集部ではなく直接持ち込みでしたね。
野田:そうですね、編集部に電話をかけて持ち込みに行きました。2011年の2月ぐらいだったと思います(※その後、2011年5月号にて発表された第49回イキマンを受賞しデビュー)。
持ち込みに行ったら、デビューはできないまでも、編集さんの名刺をもらえるんだとか変に期待しておりまして……今後持ち込みに行くにしてもマンガを描くにしても、編集さんと知り合いになりたい!と思って。
豊田:うち以外に持ち込みって行かれました?
野田:いや、してないです。
豊田:良かった!
一同:(笑)
野田:ありがとうございます(笑)。
豊田:でも、他誌さんからも指名やお声掛けは来てたんですよね?
野田:そうですね……デビューの直後にコミティアで同人誌を出したので、それを見かけて声を掛けてくださった編集部の方がいました。
豊田:そうですよね。うちでしか描いてない作家さんにもそうやって声を掛けるきっかけになっているので、発掘ルートの一つとして同人誌即売会は強いですよね。
山内:出張編集部に作品を持ち込むマンガ家さんもいれば、会場をまわって新人を探す編集者さんもいる。ある意味、マンガ家と編集者がお互いに探し合うような場所に同人誌即売会はなってきているということですかね?
豊田:そうですね。以前からある流れですが、マンガ家さんを探す場として、今はより重要になっている感じはあります。
第一印象で「こういう作家なんだ」とすぐにわかった
山内:野田さんは「見つけてもらうための工夫」って何かされていましたか?
野田:そうですね……私は初めて持ち込んだ作品で運良く拾っていただけたので、そこから先はお世話になりっぱなしなんですけど。
豊田:野田さんは、ほとんど完成されちゃってたんですよね。持ち込みの段階で「ああこの人、こういう絵のこんな作家なんだ」っていうのがすぐわかって。その日初めて野田さんが描かれた同人誌を読んだんですけど、「もうマンガ描けてんじゃん、この人」って(笑)。
野田:だからあれです、編集者さんと出会ったりマンガ家としてデビューするのに有効な手段は、二次創作ですよ! 二次創作で一人でマンガ描き続けてたらなんとかなります!!
豊田:そうですね。野田さんの場合、特殊と言ったらあれですけど、ご本人に迷いはなく、描き方を教えたり方向性を指示したりというプロセスが必要ない作家さんだったんですよね。
野田:ありがとうございます!
山内:野田さんって、マンガ自体はいつ頃から描かれているんですか?
野田:マンガ自体は小学校から描いているんですが、ちゃんとしたストーリーマンガをきっちり仕上げて出すみたいなことをしたのが――それも二次創作の同人誌なんですけど、2007年の8月ですね。そこで初めて60ページの本を出しまして。それまでは描いても10ページくらいのマンガで、あとはほとんど落描きみたいな状態だったんですが、そこで初めて起承転結があるストーリーをちゃんと考えて作りました。なので、(マンガを描き始めてから)8年くらいですかね?
山内:なんか、ものすごいレベルだと思ってしまうのですが(笑)。
豊田:過去の同人誌はウェブで読めるんでしたっけ?
野田:読めます読めます! pixivで「完売した同人誌」というタグで検索してもらえれば何度でも読めますよ!
一同:(笑)
山内:マンガは描き始める前からも好きで読んでたりしたんですか?
野田:マンガはずっと読んでます。
山内:じゃあその経験で描いてみたってところはありますかね。
野田:そうですね。ただ、長い話というのは描き慣れていないので、どういう感じでコマを割ったらいいのか悩んだりしていました。あと私は、よく四角い枠に入って表現されるモノローグ(登場人物が考えていること)を考えるのがすごく苦手で……他のマンガのモノローグの入れ方を見たりしながら、参考にさせていただいてよくネームを切ったりしています。
山内:画力自体はどのあたりでつけたんですか?
野田:絵は昔から描いていましたね。あと、絵の学校に1年間通ったりしていた時期もあったんですけど。『シートン動物紀』(アーネスト・トンプソン・シートン)ってあったじゃないですか? 小学校のときにあの表紙の絵をずっと模写して過ごしていた時期がありまして……友達いねーのかよって感じですけど(笑)。休み時間に『シートン動物紀』のウサギとかを模写するんですよ。そんなことをしていたからか、中学時代に美術でデッサンの授業があって、他の子と並んだときに「人より少し描けるぞ」って気づいて。最初のきっかけは多分そのあたりです。
今のマンガ界における「育成」はどこからどこまで?
山内:それこそ、コミティアとかがまだ浸透していなかった時代は、編集部への持ち込みや新人賞からのデビューが中心だったと思うんですが、この割合に変化はありましたか?
豊田:割合としてはどうなんでしょうね……正直、即戦力を求めている風潮はあるんですよね。「育成」をどう定義するかにもよりますが、光るものを感じる原石のような方が賞を獲って、アシスタントを経験して……みたいに、時間を掛けるのって今は少し難しいと思うんです。pixivでも、面白い作品を描いていてなおかつ上手い、ある程度完成されている作家さんというのは、編集者はわかっちゃうんで。そんな作家さんが誌面に多く投入されることによって、即戦力を求めている雰囲気にはなっていると思いますね。
山内:確かに、野球もドラフト会議のように高校生から入る選手もいれば、社会人野球出身の選手もいて、地方の独立リーグからスカウトする場合も最近ありますからね。雑誌という一つのものをつくる場に、さまざまな戦力の方がいるべき時代になっているのかなという気がしますね。
豊田:そうですね。ただ、即戦力的な方に登板してもらったにもかかわらず結果が出なかったとき、じゃあどうしましょう……って問題もはらんでいると思うのですが。とりあえずの入り口としていろんな方法があるのは、とても良いことだと思います。
「育成」ってどういう意味なのか、本当に今は難しいと思っていて。デビューが新人賞受賞――よくあるパターンだと「大賞は出ませんでしたが入選」――みたいなところから始まって、アシスタントに入り、読み切りを描いてもらって、その人気が出たら連載になり、単行本が出て、その連載が失敗したとしてもセカンドチャンスがあり……「人気に火が点く、あるいは芽が出るまで、うちから出た作家さんとして頑張っていってもらいます!」ぐらいまでが、昔で言う「育成」のパターンだったんですが。今はそもそも、状況的にセカンドチャンスを作ることが難しいんですよね。それこそ、先ほど話に出たような、デビュー済みの作家さんが持ち込みにやってくるって話がその例だと思うんです。以前より編集者が育成をしなくなったというご意見もよくいただくんですが、それだけではない気がしていて。
一方で、「特に何もしてないんだけれども、すでに人気がある作家さんにお声掛けして1本描いてもらいました」……これってどうなんだろう。育成をしているのか、育成を放棄しているのか、そもそも育成をしなくていいのか。編集者の業務の内容にも関わってきてしまっているな、と。昔は良かったか悪かったかは置いておいて、育成をするってことが確実に編集者の業務の一つだったんですけど、今は多分そうじゃないですからね。
たとえば、単行本という形にして全国の書店さんに作品を流通させるのは編集者だけでやっている仕事とは言えません。ですが、その作品の中でしか得られないものだったり価値を見出すのは編集者こそがすべきことだと思うし、そういった広い範囲で考えると、今でも「育成」というところに編集者は携わっているんじゃないかとも思うんですよね。もちろんそこは、編集部という部署以外も含めての話なので……マンガ家の育成というのは一括りでは言えない気がします。
山内:「ある意味、育成とは言えないかもしれないけれども、編集者に求められている役割が多様化しているのでは」ということですか?
豊田:そうですね。一つのモデルケースは全然通用しなくなってしまっていますから。
[後編「『この人が担当編集だからこんな作品だよね』となるのは、作品にとっても良くないなって。」に続きます]
構成:高橋佑佳・後藤知佳(numabooks)
編集協力:川辺玲央
写真・編集:後藤知佳(numabooks)
(2015年10月6日、マンガサロン『トリガー』にて)
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