マンガナイト代表・山内康裕さんが、業界の内外からマンガを盛り上げる第一線の人々と議論を展開した全11回の対談シリーズ「マンガは拡張する[対話編]」が、数ヶ月の沈黙を破り、パワーアップして再始動。渋谷に昨年オープンしたマンガサロン『トリガー』を舞台に公開収録した白熱の連続鼎談の模様を、DOTPLACEではほぼノーカットで掲載します。
第1回のゲストは、2014年にコアなマンガファンから惜しまれつつも休刊となった小学館『IKKI』の創刊編集長であり、小学館を退社した現在はブルーシープ株式会社を立ち上げた江上英樹さんと、講談社入社から現在に至るまで22年間『BE・LOVE』編集部ひと筋で、現在は『ITAN』とも編集長を兼任する岩間秀和さんのお二人。「編集長」という立場だからこその葛藤や喜び、そして単行本で回収するビジネスモデルが主流である現在の「マンガ雑誌」の存在意義についてなども存分に語っていただきました。
●連載「マンガは拡張する[対話編]」バックナンバー(全11回)はこちら。
【以下からの続きです】
前編:「結局は『編集長の判断』と『現場が面白いものを持ってこられるか』の二つしかない。」
[中編]
「伝説の編集長」たちがいた時代
岩間:僕が最初に『BE・LOVE』入ったときの編集長は小林まことさんの「青春少年マガジン1978〜1983」(講談社)[★2]に出てくる工富保[★3]さんで、もう亡くなられてしまったんですが、当時は16時くらいに会社に来て、18時くらいには会社から消えていたんですね(笑)。17時半くらいになると机からウイスキーの瓶が出てくる、というような人で、実務はほとんど部下の方がやっていて。「編集長って本当に面白いのかな」と思ってそれを本人に言ったら「俺は24時間マンガのことを考えているんだ!」って怒られて。
★2:マンガ家・小林まことのデビューから「1・2の三四郎」終了までの期間を中心に描いた自伝的作品。2008年に講談社『週刊少年マガジン』創刊50周年の記念企画として短期集中連載された。全13話。
★3:くとみ・たもつ。1949年生まれ。1973年に講談社入社後、『週刊少年マガジン』編集部に19年間在籍し、8代目編集長に就任。その後、『BE・LOVE』、『モーニング』、『イブニング』、『週刊少年マガジン』の編集長も務める。2011年没。
江上:面と向かって言ったんですか?
岩間:そうなんですよ。「ちゃんと考えているんですか!」って、偉そうに(笑)。もちろん1~2年一緒にやっていく中で、押さえる部分はちゃんと押さえていて、誰よりも雑誌のことを考えていた、というのはわかったんですが。そういうこともあって、「編集長」像って最初は掴みづらかったんですよ。だからいざ自分が編集長になったとき、どういう編集長になれるんだろう、工富さんみたいにはやれないだろうな、と。自分はわりと細かくやるタイプだったし、新しいもの好きでむやみやたらにいろんな仕事に首を突っ込んでいたんです。ただ前の編集長から「君はそれでいい」と言われて。それでなんとか続けられているんですね。
江上:僕の中で「編集長」といえば、『ビッグコミックスピリッツ』の白井勝也[★4]と講談社の栗原良幸[★5]さん。この二人が双璧、という感じで。小学館漫画賞を新井英樹さんが講談社の作品で受賞したとき[★6]、白井は「これで小学館漫画賞の権威が保たれた」って言ったんですよ。
★4:1942年生まれ。『ビッグコミックスピリッツ』創刊編集長。現小学館最高顧問。
★5:1947年生まれ。1970年に講談社入社。『月刊少年マガジン』編集長。以降、『モーニング』、『アフタヌーン』を創刊し、編集長を歴任。
★6:第38回(1992年)。講談社『モーニング』に連載していた新井英樹「宮本から君へ」が青年一般部門を受賞。
岩間:他の出版社の作品が受賞したから、ということですか?
江上:実際、「できれば小学館の作品に獲らせたい」っていう気持ちはどこかにあると思うんですよ。でもそこで講談社の作品が受賞するのは、やっぱり一番いい作品だったということ。白井はそういう意味で言ったんだと思います。で、その授賞式に意気揚々と講談社の栗原さんが来たんですね。あれを見て、絶対に俺も講談社漫画賞を獲って講談社の授賞式に行きたいな、と思ったんです。そのくらいカッコよかった。結局、自分は果たせなかったんですけど。
岩間:そういう「伝説の編集長」が、僕らが入ったころはまだ現役でいらっしゃって。「編集長」と「編集者」の役割の違いって、当時は明確だったと思うんですよね。
編集長の仕事って、昔だったら編成を決めるとか、台割(雑誌や書籍の中での掲載順序やページの配分をまとめたもの)を書くとか、校了を出すといった仕事が中心だと思うんですが、今はその他にも書店さんとのやりとりがあったり、電子書籍の単行本をいつ出すかとか、プロモーション全体をどうしていくかも考えないといけない。業務の範囲がかなり広くなってきていて、その中で雑誌の舵取りをどうしていくか、という仕事になっているんだと思います。そういう中で編集長が担当を持つのはなかなか難しい。
江上:持つべきじゃない、という考えもあるでしょうね。僕なんかは自分で雑誌を作ったという流れの中で仕方ないな、という見方もあったと思うけど。確かに仕事は増えていますね。
岩間:俯瞰して見る目がなくなっちゃうと編集長は難しいと思うんです。面白い/面白くないを判断する冷静な視点を持つためには、僕の場合は自分の性格を考えると、あんまり担当を持たない方がいいのかな、という気がします。
江上:編集長が担当を持つってことは、自分の作品が雑誌で一番面白くないと説得力がないんですよね(笑)。
岩間:そうですね。僕も新人賞の選考会とかで、自分の推している投稿作の評判が部員に悪いとふてくされちゃったりして。そういうのは良くないってわかってるんですけど(笑)。
自分の提案を若手編集者が越えていく醍醐味
江上:細かい話だけど、部員が作った「アオリ」(雑誌掲載時、作品の最初または最後のページの余白などに添えられる短い文章)も見ますよね。で、中には出来の良くないアオリもあるじゃないですか(笑)。そのときにちゃんと突き返せば編集長としての仕事を果たせてると思うんだけど、自分で引き取って書いちゃったりすると、だんだん自分でも面白いかどうか判断できなくなってきちゃって(笑)。で、結局他の人に見てもらったりして。
山内:結局(笑)。
江上:立場逆転じゃん、って(笑)。そういうのは編集長として良くないなと思うんだけど……でもありますよね。
岩間:ありますね(笑)。それは普段の打ち合わせでも同じで、「こう直した方がいい」ってスタッフに指摘しても、「いや、この方がいいと思います」っていう言葉のキャッチボールが常にあって、僕が提案したものよりずっと面白くなるときが頻繁にあります。
山内:若手の編集者が持ってくるマンガで、最初はいいと思わなかったけど、実際に載せてみたら人気が出ることもあると思います。そういうときはどう思いますか。
岩間:すごく嬉しいですね。それって自分からは出てこなかったものなので。『ITAN』でいうとヤマザキコレさんの「フラウ・ファウスト」。これは若い編集者が担当していますけど、自分からは出てこないものですね。
江上:出てこないけど、見たときは面白いって思ったんだよね。
岩間:そうですね。とても絵も綺麗だったし、「ヤマザキさんは、人間を深く描ける作家さん!」とか偉そうに言ったりして(笑)。でもたくさんのマンガの中で、自分がこの作品を手に取るかと言われると、わからない。そういう作品が、特に『ITAN』にはたくさんありますね。「シニガミ×ドクター」(唐々煙)もそうかもしれない。そういうことばっかりですよ。みんなで成り立っているって、綺麗事かもしれないですけど本当にそう思いますね。
逆に『BE・LOVE』はさすがに僕が22年もいて、長くいるだけの意味はあると思っているので、「『BE・LOVE』の読者さんにはこれだったら受け入れてもらえる」という気持ちを持ってやっています。
江上:『IKKI』でも、僕が見つけていない作品はあります。ただ、「自分が面白くも何とも思わないけど載せてみる」ということはさすがにないんですね。どこかに引っかかりがあるから載せる。でもそれを最初から見つけ出す力は自分にはないから、結局一人じゃ雑誌は作れないんですよね。
岩間:「ちはやふる」(末次由紀)の話でいうと……末次さんが最初に『BE・LOVE』で書いたのは「ハルコイ」という読み切りで、そのときの担当の一人が僕だったんです。その後、単行本がまとまり、次の作品をどうするかとなったときに、一緒にやっていた他の担当者が「かるたマンガをやりたい」と言ってきて。僕は「かるた!?」と半信半疑でした(笑)。それが結果的にヒット作になった。これは自分じゃ提案できなかったし、むしろ僕は別の提案をしていたくらいですから。引っ込めてよかったな、と(笑)。それが7年くらい前で、ちょうど僕が『BE・LOVE』で中堅になってきたとき。それをきっかけに、若い人に任せてみたい、みんなの意見を聞いてみたい。そういう気持ちになっていきました。
江上:その編集者はなぜ「かるた」を思いついたんですか。
岩間:かるたの経験者だったんです。入社してからずっと「かるた」をテーマにやりたいって言っていて。
山内:編集者さんの想いも強かったんですね。
岩間:そうですし、それをみんなで見守ったというのも大きかったですね。僕は当時彼女と組んで末次さんの担当をしていましたけど、「ちはやふる」に関して、特にかるたの部分は彼女に任せていたし、かるたを題材にしてこんなに面白いマンガができるんだと、末次さんの紡ぎ出すネームを、ただただ見守る日々でした。そのころはまだ「俺が、俺が」という気持ちでやっていたので、編集長になって見守る立場になって、そのときの経験がすごく活きていると思います。
作品世界につきまとう「取材のしすぎ」問題
江上:ちょっと話がそれちゃうんだけど、「ちはやふる」みたいにあるジャンルに特化したマンガの場合、取材しすぎちゃうときってありませんか。他にも、作家や担当がそのジャンルに詳しかったり経験者だったりするとき。それは強みでもあるけど、弱みでもあると思っているんですよ。自分が知っているので逆にルールに縛られる、というところがありますよね。
岩間:取材をしすぎると、全部入れたくなっちゃうんですよね。そうすると説明マンガになっちゃうところがあって、ちょっと怖いなと思います。
江上:『ビッグコミックスピリッツ』のときの話なんですが、あるスポーツマンガで、全体は悪くないんだけど一部で「面白くないな」と思う場面があって。当時、副編集長だったんで担当編集者に「ここはどうにかならないのか」って聞いたんですけど、「これはルールなんで変えられません」って。そこを面白く変えるのがマンガじゃないの、って思うんです。もちろんルールの中でその展開になる必然もわかるんだけど、もしかしたら取材や作家の経験がマンガとしての面白さを損なうこともあるのかなって。ルールだとわかっていながら、あえてそれを捨てる、とか。そういうアドバイスってありますよね。
山内:時代の流れもありますよね。今は大きな流れとして、設定やストーリーにリアリティが求められがちな風潮ですし。
江上:確かにそれは思います。でも僕なんかはもっとズルく、うまく面白い方向に行ったほうがいいんじゃないかと思っちゃうんですよ。もちろん読者に「これは嘘だ」と思われたらおしまいなんですけどね。
岩間:ルールだけじゃなくて、いろんな「ひっくり返し」のやり方があって、今うちで人気のある「放課後カルテ」(日生マユ)というマンガは小学校の校医さんの話なんです。校医さんって包容力のある女性というイメージあると思うんですが、主人公はまったく子どもに興味のないメガネの男性なんですよ。このイメージの「ひっくり返し」がスタート地点になっていて、話自体はすごくリアリティのある話で、子どもの心に寄り添っているんです。
江上:よく、「一つだけ大きな嘘をついて、あとは緻密に」なんて言われますよね。でも時代がリアリティを求める方向に来ているから、ギチギチの縛りの中で「ひっくり返し」を作っていかなきゃいけない大変さってあると思いますね。
岩間:そうですね。「ひっくり返し」をするときの労力って半端じゃなくて、覚悟してやらなきゃいけなんですよね。
[後編「作家さんには『この雑誌で描いている』という気持ちを持ってもらいたいと思っているんです。」に続きます]
構成:松井祐輔
(2015年8月18日、マンガサロン『トリガー』にて)
渋谷にあるマンガサロン『トリガー』にて、本連載「マンガは拡張する[対話編+]」の公開収録が行われます。第6回目となる公開収録、いったん最終回となる今回のテーマは、『「マンガ」は拡張するのか?』。
今回は講談社『モーニング』の元編集長にして、現在『ヤングマガジン』編集部の島田英二郎氏を登壇者として招きます。本シリーズの集大成として、マンガナイト代表・山内康裕氏とともに、「マンガ」は拡張するのか? マンガと業界のこれからはどうなっていくのか? について語ります。
※今回はゲスト参加者として、公開収録第1回(※本記事)〜第5回の過去の登壇者と懇親会でお会いできる機会もご用意しています。
参加費:5,000円(税込・ワンドリンク付き)
会場:マンガサロン『トリガー』(渋谷駅から徒歩5分)
【詳細・チケットご予約はこちら】
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