第11回「奥付」
水野祐
世の中にある、ほぼすべての本や雑誌には「奥付」と呼ばれるページがある。しかし、この奥付をしっかり読んだり、確認したりする方は少ないのではないだろうか?
奥付とは、一般的に本や雑誌の本文が終わった後や巻末に設けられている、その本や雑誌に関する「書誌情報」が記述されている部分を言う。
奥付に掲載される書誌情報は、主に以下のものである。
•題名
•著者、訳者、編者(編集者が記載されることもある)
•発行者(出版社の代表取締役の名前であることが多い)
•発行所(出版社)
•印刷所(記載が間に合わないケースも……)
•製本所(同上)
•著作権表示
•検印(現在では廃止されているものが多い)
•発行年月、版数、刷数
•ISBNコード
•価格(多くは裏表紙かカバーに記載)
•装丁家、アートディレクター、デザイナー
和書では奥付が巻末に配置されることが多いが、洋書では冒頭に掲示されていることも多い。
今年前半の話題の本の1つであったグーグル社のエリック・シュミットとジャレッド・コーエンによる『第五の権力 ―Googleには見えている未来(原題:”THE NEW DIGITAL AGE”)』の2ページ目には、次のような著作権表示がある。
注目すべきはタイトルの後に「by Eric Schmidt and Jared Cohen」と記載されているのにもかかわらず、著作権表示をみると、「Copyright © 2013 by Google Inc. and Jared Cohen」となっている点である。これは何を意味するのだろうか?
(1)エリック・シュミットがグーグル社に対して著作権を譲渡している
(2)職務著作(法人著作)が成立している *1
(3)エリック・シュミットがグーグル社員にゴーストライティングさせている?
いずれにしても、グーグル社の元CEOであるエリック・シュミットと、現在もGoogle IdeasのDirectorであるジャレッド・コーエンの著作権表示についての差異が興味深く、ジャレッド・コーエンの独立性が見て取れる。
同じく、グーグル社関連の本をもう一例見てみよう。同じくエリック・シュミットとジョナサン・ローゼンバーグらによる近刊『How Google Works ―私たちの働き方とマネジメント』の奥付である。
ここでは「by Eric Schmidt and Jonathan Rosenberg」となっているにもかかわらず、著作権表示は「Copyright © 2014 Google, Inc.」となっている(アラン・イーグルの「with」という表記も興味深いがここでは置いておく)。
そもそも、本だけでなく、映画やウェブサイト等に頻出する、この「©」という著作権表示は何を意味するのかご存知だろうか?
実は、この著作権表示は著作権による保護を受けるために必須のものではない。かつては米国などにおいて著作権表示をしないで作品を発表すると、パブリックドメイン(著作権がない状態)になってしまう場合があった。*2
しかし、現在では、米国を含め先進国のほぼすべての国が、著作権の保護を受けるにあたり、著作権表示や政府機関への登録などの手続きを必要としないという仕組み(「無方式主義」という)を採用している。このことから、この著作権表示は単に権利者を注意的に記載し、不正利用に対し警告する程度の役割しか果たさなくなっている *3 。つまり、仮に著作権表示がなくても、その作品が著作権により保護されないわけではない。
著作権保護に関する国際条約である「万国著作権条約」によれば、©マークの正しい表示は、その最初の発行の時から、著作権者の名と最初の発行の年とともに「©」の記号を表示することが求められている。そして、「©」の記号、著作権者の名と最初の発行の年は、著作権の保護が要求されていることが明らかになるような「適当な方法」でかつ「適当な場所」に掲げなければならないとされている (同条約第3条1項)。「©」の記号、著作権者の名、最初の発行年をどのような順番で並べるべきかについては、この条約では特に規定されていない。ただ、①©マーク、②著作権者の名前、③作品の発行年度を順番に記載するのが一般的である。「著作者」の名前ではなく、その時点で著作権を持っている「著作権者」の名前を表示する点に注意が必要である。このほか、「©」の前に「Copyright」との文字を付する場合や、著作権者表示の後に「All rights reserved.」「無断転載を禁ず」などと付記して表示している場合も多くあるが、いずれも条約で求められているものではない。
さて、上記以外にも、なにかおもしろい奥付はないかな、と筆者の事務所の本棚を探してみると、興味深い本があった。杉浦日向子著『ニッポニア・ニッポン』の奥付には「© MICHIKO SUZUKI 1991」とある。瞬間、「杉浦さんの本名かな?」と思ったが(そのようなケースはよくある)、ウィキペディアを調べてみると、杉浦日向子の本名は「鈴木順子」である。「順子」を「じゅんこ」ではなく「みちこ」と読ませる可能性もゼロではないが、「MICHIKO SUZUKI」はおそらく相続人か権利承継者ではないだろうか(もしご存知の方がいらっしゃれば教えていただきたい)。少しミステリアスにも感じないだろうか?
余談になるが、我々弁護士と奥付の関係で言うと、裁判所に提出する証拠に本の一部を書証として提出することがあるが、この際に必要なページとともに必ず奥付もコピーして提出するように教育されたりする。
さて、このような奥付の世界にも新しい波が押し寄せている。
たとえば、DTP情報に関する記載も多くなった(上記『How Google Works ―私たちの働き方とマネジメント』にもあるし、筆者が最近読んだ本では村上春樹の『女のいない男たち』にもDTP情報の記載があった)。また、電子書籍の場合、紙の本では必要とされた印刷や製本が不要になるので、当然のことながら奥付にはそれらに関する情報は存在しない。日本電子書籍出版社協会(EBPAJ)は、電子書籍の奥付に関し「電子書籍『奥付』推奨モデル」というガイドラインを策定している *4 。 ここにある「底本情報」というカテゴリーが電子書籍のユニークネスといえるであるが、これは翻訳本ではよく見られる奥付の記載ではある。KDPやBCCKSのような電子での自主出版の場合、奥付にQRコードが掲載されることもある。また、同人誌などでは、18禁などの年齢制限についての注意書きやサークル名を記載する場所としても機能している。
このように、本の電子化の流れにしたがって、奥付の内容も変化し始めているが、電子書籍ではもはや奥付は不要であり、その本に関する情報はデータを格納しているファイルのメタ情報に置かれるべきだとの主張もある *5 (筆者もこのほうがスマートであると考えている)。
古書好きや、本を生業としている方であれば、真っ先に奥付を確認する読者の方もいらっしゃるだろう。しかし、すでに述べてきたとおり、奥付から得られるその本に関する情報は意外と潤沢である。
機会があれば、あなたの大好きな本の奥付を改めて確認してみてほしい。奥付をめぐる意外な発見が、その本の新しい側面を見せてくれるかもしれない。
[Edit×LAW:第11回 了]
注
*1│職務著作(法人著作)
「職務著作」とは、法人などの業務に従事する者が職務上著作物を創作した場合、当該法人が著作者となる制度をいう(著作権法15条。「法人著作」などともいう)。エリック・シュミットはグーグル社のCEOなので雇用関係はないはずであるが、米国では、日本とは異なり、独立した請負人(independent contractor)が創作した著作物であっても、文章などの特定のカテゴリーにあたり、かつ書面による合意があれば、職務著作が認められる制度がある。
*2│著作権表示の効力
現在でも、ごく一部の国がこの制度を採用しており(「方式主義」という)、これらの国については著作権表示をしておけば、著作権が保護されるという役割を果たすという意味はある。
*3│権利者の注意的記載
現在も著作権侵害訴訟などにおいて、著作権者であることや(著作権法第14条)、著作権発生時点などの立証の観点からこの著作権表示が一定の役割を果たす場合がある。
*4│電子書籍「奥付」推奨モデル
http://ebpaj.jp/counsel/okuduke
*5│Kindle本の奥付は無い方がいいのでは?問題
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.denmei.org/201302/okuduke.html
追記:
前回に引き続き、更新に時間をいただいてしまった(しかも、ですます調にすると言ったのに、またである調に戻してしまった)。
これは私、水野の不徳のいたすところであり、平林の責任ではないことを彼の名誉のために付言しておく。
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