COLUMN

田内万里夫 SUB-RIGHTS

田内万里夫 SUB-RIGHTS
05: The End of Economic Man

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海外の本を自国で刊行する翻訳出版には、契約を成立させるための業務を担う「版権エージェント」という職種がある。このテキストは、一般社会ではあまり聞き慣れない職種「版権エージェント」の仕事、またそこから見聞きすることになった知られざる翻訳出版小史を伝える自伝的小説になっていく予定だ。連載タイトルの「SUB-RIGHTS」とは、著作権の二次的使用を意味する用語である。日本と海外の架け橋となったスコットランド人の版権エージェント、師であったウィリアム・ミラーへ追悼の念を込めて書き綴っていく。
※この物語は、概ね事実を元にしていますが「フィクション」です。登場する個人名・団体名の一部は架空名、もしくはプライバシー保護の観点から仮名にしています。

 見渡すかぎりの空のもと、一筋の巨大な道路がどこまでも続いている。呆気にとられる僕たちのすぐ目の前を左から右へ、猛スピードの車がビュンビュンと音を立てて走り去ってゆく。……ここはどこだ?
 出版カタログ、ライツリスト、プロポーザル、そして何冊もの本……。ブックフェアの収穫ではち切れそうな厚手のトートバッグをふたつ、それから自前のショルダーバッグをひとつ、雑草の生えた足元にどさりと落とす。やっと自由になった両手でポケットから煙草とライターを取り出し、とにもかくにも火をつける。振り返ればそこには僕たちが通り抜けてきた暗く長いトンネルが口を開けている。ブックフェアの会場となっているのはマコーミック・プレイスという巨大なコンベンション・センターだが、どうやらその裏手に出たようだ。地平線のかなた、角度のないところからシカゴの西日が射している。僕は思わず目を細める。朝から休む間もなく30分刻みのミーティングをこなし、落ち着いて一服する余裕もなかった。肺の深いところから吐き出した煙がアメリカの大空に溶けて消える。遠くを雲が流れている。
 目一杯に膨らんだショルダーバッグとトートバッグとを両脇に下げたダイヤモンド社の編集長の御堂筋さんが、夕日を浴びて力なく立ち尽くしている。汗の滲んだ額が光を反射し輝いている。ワイシャツの襟元が汗を吸って濡れている。5月末とはいえ、シカゴはまるで初夏の陽気だった。
「三輪さん……」と、御堂筋さんがやっと口を開く。「これ、もしかして高速道路かなんかじゃないの?」
「あれれ? ここ、抜け道のはずたったのに……。不思議だわ」と、先導役の三輪さんがきまり悪そうな笑顔で振り向く。汗が吹き出している。

 ブックフェアの一日の終わりには、帰りを急ぐ参加者や出展者たちで正面口はごった返す。タクシーなんてとても拾えたものじゃない。良い裏道を知っているからそっちに抜けて出ようと言う三輪さんの後ろ姿を追いかけて、僕たちはここにいる。たしかにフェアの人出は想像以上にすさまじく、誰かにぶつからずに歩くのが困難なほどの賑わいだった。ホットドックを口に詰め込むだけの僅かな昼休みがあっただけで、あとはひたすらアメリカの出版社やエージェントとのミーティングを繰り返した。一本のミーティングあたり10から20ほどの企画の紹介を受けるから、今日だけでおそらく延べ200以上の本の話を聞かされた計算だ。
 フィクションもあればノンフィクションもあったが、それ以上の細かなことなど、もはや思い出すこともできないほど消耗した一日だった。これがまだあと二日間もあるのかと思うと気が滅入った。僕にとっては初めて参加するブックフェアで、勝手はさっぱり分からず、ただただ目が回った。C-054というスタンドでのミーティングから次の約束のN-238まで人混みのなかを泳いで行けば、それだけで3分や5分、あっという間に過ぎ去ってしまう。こちらが時間に遅れて先方のスタンドに辿り着けば、相手のミーティングもまた長引いており、どのみちスタート時間が押す。遅れを取り戻そうと、実り無さそうなミーティングはなるべくそそくさと切り上げて、次を目指してまた急ぐ。こちらが邪魔にされているのではないかと、そんな相手の視線を感じることもある。今日のミーティングは朝の9時からはじまって、夕方5時半まで、実に16件もあった。その間、昼食の時間を含め、30分のインターバルがわずかに2回あっただけだ。
 ブックフェアに先駆けて、僕たち版権エージェントと同じく事前にニューヨークに入った日本の出版社は何社かあったが、フェアのためだけにシカゴへ出張してきた出版社も少なくないようだ。先乗りしてニューヨークの出版社やエージェンシーを回る日本人編集者たちは概ね英語が堪能だったが、フェア会場の編集者のなかには通訳を必要とする人も少なからずいて、そんな彼等のサポートも、僕たち版権エージェントの役目だった。
 翻訳権を売りたい権利者と、良い本を探り当てて権利を買いたい出版社とのあいだで、仲介者である僕たちは情報を見定め、自社で扱うことのできる権利をプッシュする。日本の編集者のための通訳を引き受けることは、彼等の情報にフィルターをかけることでもある。面白い本の企画だと思っても、他社である版権エージェンシーの扱うものを冗談にでも持ち上げようとすれば、三輪さんから冷ややかな視線で制される。もっとも、この仕事についてまだ3ヶ月しか経っていない僕に、本の良し悪しを仕事として見極める目など備わっているはずもない。

「とにかく面白い本、良いと思う本を、日本に紹介するのが我々の役目なんだ」とフィーロンさんからは聞かされている。
「面白い本が一冊でも多く出版されることが結果的に本の世界を充実させるし、そうなったら我々はその恩恵に預かることができるだろう? 恩恵とはなにかといえば、わかるかい? もっともっと面白い本を提案できることだよ。風変わりな本を出す出版社があれば、私たちは風変わりな本を提案できる。難解な本を好む出版社があれば、そういう本だって提案することができる。ある本を手にとって、おまえがそれに興味を覚えたなら、その本に対して同じように興味を持つ読者は必ずいるはずさ。そんな読者、そんな本を書く著者がこの世界のどこかにいると想像すると楽しいとは思わないか? みんなの力になればいいんだよ。私たちにはその役目ができるんだから。ビジネスとして仕事を考えることは勿論大切だ。だけどそのうえで、私たちは物を書く人々、それを読む人々を応援しようじゃないか。彼等と共に楽しもうじゃないか。そんなことができる仕事にせっかく就いているのだから、その幸せを世の中に還元しようじゃないか。思い描くことのできるあらゆる提案を、本を通じてしてゆこうじゃないか。なに、簡単なことさ」
 いつもの一軒目のカフェ・バーで、ワイン片手に演説をするフィーロンさんの真面目ぶった顔が、見上げたシカゴの夕焼け空に浮かぶ。
「私が失敗の多い人生で学んだ教訓をひとつ教えてやろう。利他的な動機というのがあるだろう? なにか物事に突き当たって判断に迷ったときには、その内なる声に従いなさい。人のために動いて、結果が仮に失敗だったとしても、そのことで私たちが世界から排除されることはない。むしろそう試みたことにより世界に包摂されてゆくんだよ。だから安心しなさい」
 利他的な動機に基いて動くことが自分の幸せに繋がる、それは感覚的に分かるような気がするが……。
「世界とは、思いも寄らないほど複雑なんだ。そしてその複雑な世界を解き明かそうと思えばこそ物を書く人々がいるのだし、またそれを理解しようと読む人々がいるのさ。わかるだろ?」
 そう言って、グラスを傾けて笑うフィーロンさんの考えに即して考えれば、自社の取り扱う本であれ他社のものであれ、それが世に送り出されることが僕たちのプラスになるはずだ。でも……。
「え? なにが良書か分からない? そんなものはたいてい誰にも分かりはしないよ。また、それがそうだと世間が知るためには時間を要することだってある。まあ最終的には、自分の直感や興味を信じてやるしかないんだよ。おまえが読みたいと思う本を、人にも読ませたいと感じる本を見つけられさえすれば、それでいいのさ。そんな本が一冊でも多く世の中に送り出されることが、私たちにとって重要な意味を必ず持つのだから。そのために作品を探し出し、そのために出版社を見つけるのさ。そう考えたら楽しいだろう?」
 そんなフィーロンさんにすっかり感化された僕は、目の前に魅力的な本があると思えば居合わせた編集者についそれを推薦したくなる。しかし、この場にそんな理想を持ち込んでも歓迎されることはないと、三輪さんの目が言っている。三輪さんはフィーロンさんを、敬意と問題意識の入り混じった顔で「理想主義者」と呼んでいる。いくら理想が素晴らしくたって、そうそう売れない本ばかりが増えれば結局のところ出版社も書店も行き詰まることになり、やがて僕たちの仕事は縮小してしまう。つまり版権エージェントである自分達の首だって絞まる。読み手の少ない本が無意味とは言わないが、結局のところ、そういう本は買い手となる出版社だって少ないのだから、そこは仕事と割り切って優先順位を考えないと、いずれ自分たちがダメになってしまっては元も子もないやんか……、というのが三輪さんの言い分だ。「我々のお客さんは、あくまでも出版社なんやから、そこをよくよく考えてやらないと。フンフン」そんなことを言う三輪さんを、フィーロンさんは冷やかすような顔で「現実主義者」と呼ぶ。
 ……とにかくこのブックフェアの現場で情報の渦に飲み込まれ目を回している僕にとっては、どれもこれもが「面白い本」であり、同時に「売れる企画」に思えてくる。本を紹介する権利者の、その達者な口ぶりに釣られているのかもしれない。なにしろ彼等は本を紹介するプロなのだから。そして、僕のノートは殴り書きのメモで埋め尽くされてゆく。出展している出版社がノベルティとして、分厚いキャンバス地の社名ロゴ入りのトートバッグを取引相手に配っているので、いくつか手に入れる。ミーティングのたびに増え続ける本や資料を持ち運ぶのに重宝する。帰国後には誰かの土産になるだろう。
 そんな一日が終わる頃には頭のなかが整理のつかない情報で破裂しかけている。通訳をしていても気が付けば日本人に英語で、アメリカ人に日本語で話しかけるようなありさまだ。喉はカラカラ、荷物を運ぶ両腕も歩き回る両足も、共に悲鳴を上げている。

 ニューヨークからシカゴに入ったのは昨日のことだ。オヘア空港でスーツケースをタクシーに積み込み市内のホテルにチェックインするやいなや、街の空気を味わう暇もなく、ニューヨークで二週間かけて集めたライツリストなど資料の整理をするからと三輪さんの部屋に呼ばれた。必要な資料と不要な資料とを選り分け、いらないものはゴミにしてゆく。ホテルの部屋の小さなゴミ箱には収まりきらない紙が、その周囲に散らばってゆく。遅くなってから、近所で簡単な夕食をとり、やっと部屋に戻って冷蔵庫のビールを啜りベッドに沈み込み、気がつけばもう翌朝で、大慌てでジャケットを羽織って荷物をまとめ階下の食堂に降り、パンにチーズとベーコンを乗せてオレンジジュースで流し込むと、タクシーで会場を目指した。
 ……それから8時間あまりが目まぐるしく経過して、今、目の前を三車線の高速道路が走っている。このトンネルはコンベンション・センターへの搬入口だろうか。
 ドライブウェイに沿って勾配のある雑草の斜面がどこまでも続いている。その路側帯を見上げれば高い金網が、道と同じく延々と伸びている。左手はるか遠方に立ち並ぶビル群が小さく見える。猛スピードの車の流れは途絶えることなく、一台、また一台と空気を切り裂きながら、あっという間に消え去ってゆく。

「あ、タクシー!」
 三輪さんが叫び、手を振り上げて、身を乗り出す。数台の車が慌てふためいたようにクラクションを鳴らし、三輪さんの鼻先を一瞬で通り過ぎる。ドップラー効果の残響が漂う。
「ちょっと! 三輪さん、だめだめ! 死んじゃうよ!」
 御堂筋さんが大声で呼び止める。
「……三輪さん、引き返します?」と、僕も背後から声をかけ、真っ暗なトンネルをまた振り返る。
「うーん、どうしようか? あっちにほら、ビル、見えるよね? つまり街の方向。フンフン。どっかで出られるんちゃうかな?」三輪さんが、よっこらせっと言いながら荷物を持ち直し、足元を確かめながらその土手を踏みしめて、振り向きもせず歩いてゆく。
 どうする? と言いたげな表情で、御堂筋さんがこちらを見る。僕は首を振って、煙草を足元でもみ消し、荷物を拾い上げる。ついでに御堂筋さんのバッグもひとつ引き受ける。
 空は広く、まだかろうじて明るい。僕たちは足場の悪い斜面をゆく。汗が吹き出し、またシャツの内側を流れ落ちる。たまらず立ち止まり、ネクタイだけをどうにか外して書類の隙間にねじ込んで、襟を開いて空気を呼び込む。血の止まった指先でまた荷物を持ち上げると、もう汗を拭うことすらできない。20台、30台と、車が風のように通り過ぎてゆく。御堂筋さんも黙々と歩いてゆく。
 どれくらい歩いただろうか。夕暮れ時の風を受けてひらひらと舞う凧が上空に、それと分るほどはっきり見える。ドライブウェイのうえに陸橋が渡っており、そこでついに金網が途切れている。遠かったビル群が、今は少なくとも倍ほどの大きさに見える。ギヤを上げた三輪さんが足を滑らせながら、金網の切れ目を目指して斜面をよじ登ってゆく。
「わあ!」と、三輪さんの声が響く。
 御堂筋さんに続き、僕もどうにか斜面を登りきり、金網の切れ目を抜ける。
 わあ……。
 広大で無機質な灰色の空き地が目のまえに広がっている。建材や、錆びたガードレールやセメントの塊が、点々と置き捨てられている。その遠く向こうに小さく見える建物と建物のあいだから、街を走る車道が見えた。アフリカ系の子供がふたり、凧糸を操り走っている。子供たちは突如、どこからともなく現れた東洋人を目にして、逃げるように走り去る。彼等を追いかけて、凧が上空を泳いでゆく。
 遠くの通りを目指して、僕たちは無言で、硬い地面を踏みしめて進む。両足が靴のなかでずきずきと傷む。
「あっ! タクシーいた!」
 三輪さんが両手の荷物を放り投げて、猛然と駆け出す。そしてやがてへたり込み、きらきらとした汗に濡れた笑顔でこちらを振り返る。
「あかんわ。ちょっと遠かった……」
 僕たちがホテルに辿り着いたのは、それから20分後だった。

「ダイヤモンド社といえば、ドラッカーよ」と、三輪さんが僕を見る。
 ホテルで荷をおろし、それぞれ大急ぎでシャワーを浴びた僕たちは、予約しておいた高級なステーキ・レストランでまた御堂筋さんと落ち合い、しれっと、何事もなかったかのような涼しい顔で向かい合って座り、アイロンの効いた厚手のナプキンを膝に広げている。
 向かい合って座る御堂筋さんの柔らかな表情に、僕の気持ちは癒される。
「こういうの得意じゃないからなぁ」と、とぼけながらも御堂筋さんはさっとワインを選ぶ。ウエイターが遠ざかるのを待って、上着のポケットから手帳を取り出し、それを広げる。
「今日はほんとに、普通じゃできないような経験でしたね。いやぁ、ありがとうございます。ホテルに戻って調べてみたら、私たちの歩いたあの道、どうやらレイク・ショア・ドライブっていう高速道路でした。ほんと、思いも寄らない土産話ができました」と、御堂筋さんが朗らかに笑う。
 ニューヨークで僕たちが会った権利者、つまり出版社やエージェントのリストから、ビジネス書の大手出版社向けにセレクトしておいたタイトルを抜き出したメモを、三輪さんも取り出す。御堂筋さんはニューヨークには入っておらず、シカゴのブックフェアだけの参加だ。情報交換がはじまる。ビジネス書というジャンルがあったことすら仕事をはじめるまで知らなかった僕は、二人の話にただ耳を傾ける。ワインを運んできたウェイターが、ゆっくりと丁寧な手付きでコルクを抜く。そしてそのコルクのにおいを優雅な身振りで確かめてから、御堂筋さんのグラスの底に少しだけ、軽やかに注ぐ。御堂筋さんが香りと味を確かめ、僕たちは乾杯する。

「ダイヤモンド社はビジネス書の出版社です。ビジネス書っていうのは、働く人々のヒントとなって、役に立つ本。読者には会社の経営者もいれば、雇われているビジネスマンや個人事業主もいるし、これから独立して自分のビジネスをはじめようという人もいる。そんな彼等のために役立つ本を探しているんです、私たちは」
 そのような読者を思い浮かべて本を選んでくれれば嬉しいと言う御堂筋さんは、関西のイントネーションを少し漂わせている。神戸の出身だそうだ。
「勧めてもらった本がうちに合いそうだったら、私たちは積極的に企画検討しますし、いい本なら必ず出しますので」
 具体的なビジネスのノウハウの書かれた本や、この先の世界を読み解くような本があると嬉しい。ビジネスをする人々は、日々のこと、世の中のことを知らなければならない。だから例えば雑学書であっても、大局観のある本があったら教えて欲しい。そう言い終えて、御堂筋さんは一息入れる。ウェイターが様子を見て、ワインを注ぎ足しに来る。
「ただ、うちだと単純なハウツー本みたいな企画はあんまり通らないから、読み応えがある骨太な本、といったらちょっと偉そうかな……、でもそういう本を、もし見つけたなら教えてください」
 ボリュームのあるシーザーサラダが運ばれてくる。
 香ばしいクルトンをフォークで拾い上げながら、僕は東京の地下鉄のホームを思い浮かべる。ラッシュアワーにごったがえす人々。夕刊紙や週刊誌を広げる人々のスーツ姿が目に浮かぶ。そうか、彼等だって本を読むのかと今更のように気付かされ、内心で驚き、自分の不明と傲慢を恥じる。
 書店に行けば小説や人文書のセクション、もしくは雑誌のコーナーを僕は目指す。考えてみればそんなセクションは書店のわずかな一角に過ぎない。帰国したらまだ見たことのない本の並ぶ棚も観察してみようと思いながら、運ばれてきたメインディッシュの赤々としたヒレ肉をフォークで抑え、切れ味のよいナイフを走らせる。……書店の棚にどんな本が並んでいるのかなど、そういえば今まで考えてみたことがなかった。

「昨今の売れ筋のひとつはお金の本。お金を管理する、お金を蓄える、そして増やす。そういう本の出版点数は、マリオ君の思っているよりも遥かに多いからね」と、三輪さんが肉を頬張りながら念を押すように僕の顔を見る。
「そうですね。あとは、これは僕の個人的な興味ということもあるけど……」と断りながら、口に運んだワイングラスをそっとテーブルに戻して、御堂筋さんが話を引き取る。「人生をシンプルにしてくれるような、自分自身に立ち帰れるような本。無駄のない生き方や思考法を教えてくれるような知恵のある本。時間というものの捉え方の本でも……、忙しく働く人々のために、ちょっとでも頭のなかや気持ちを整えることの助けになるような本、商売のことばかりじゃなく、どうすれば世の中が、そこで生きる私たちが落ち着いた頭で未来を考えることができるか、そのようなことの書かれた本があったら、こっそり私に教えてもらえませんか?」
 自分が思い描こうとしていたビジネス書とは異なる提案に、僕はとまどう。思想書のようなものを御堂筋さんは求めているのだろうか?
「私たちの毎日、どうだろう、忙しすぎるでしょ? おおいに働くのは結構だけど、振り回されてしまっては、私たち自身、きちんと物を考えられなくなってしまうんじゃないかな……。90年代に入って“過労死”なんていう言葉も、残念ながらもう一般的になってしまいました。偉そうな言い方かもしれないけど、世の中のあるべき形、人の生きる道というものを、可能性としてでも改めて考えてみたいと思っているんです」と、御堂筋さんが話を締めくくる。
 世のビジネスマンは彼等の完成された世界のなかで、思うがままに実力を試し、その成果を、そしてそのプロセスを楽しんでいるのではなかったのか。僕が10代を過ごした80年代から90年代初頭の日本では、都会で働く男女の華やかで浮かれた生活を描いた「トレンディ・ドラマ」と呼ばれるテレビ番組が流行していて、つまりビジネスマンの世界とはそのように満ち足りたものだと僕は思い込んでいた。そのうちにバブル経済が弾けたといって大騒ぎが起きたが、2000年を目前に控えた今でも、少なくとも僕の目には、社会に不景気の実感は乏しく、この世は相も変わらず華やいでいるように映る。だが、光と影が存在する。
 メインディッシュを食べ終えて仕事の話が一区切りした後も、世の景気の話は止まらない。前年、1997年には、それまで右肩上がりだった出版の売り上げがはじめて停滞した。不況に強いと言われてきた出版の世界も、これからいよいよ厳しい下り坂を経験することになるのだろうと、御堂筋さんも三輪さんも身構えているようだ。仕事はこれまでのように人生に報いてくれなくなるだろうし、人々の暮らし向きも少しずつ悪くなってゆくだろうから、そんなときこそ本質に立ち返ることのできるような生き方の本が求められるはずだと御堂筋さんは言う。
「景気が良いにこしたことはないかもしれないけど、物質主義に浮かれて短絡的な世の中って、それはそれでちょっとおかしいでしょう?」というのが御堂筋さんの意見だった。
「例えばドイツの経済学者に、E・F・シューマッハーという人がいて『宴のあとの経済学』(原題『GOOD WORK』、1980年にダイヤモンド社より邦訳版を刊行、2011年に筑摩書房より文庫化)という本を書いています。もう20年近くも前の本ですが、今のこの世の中を見事に予見した、示唆に富んだ本です。私がダイヤモンド社に入社して最初に手伝わされた本だから、ということもあるかも知れませんが、私にとっては非常に思い入れの深い一冊です。最も有名な著書は『スモール・イズ・ビューティフル』という、1973年に出された本ですが、これは直後に世界を震撼させることとなった“オイルショック”を見事に言い当てた一冊でした。大量消費の時代に警鐘を鳴らした優れた本です。『宴のあとの経済学』と合わせて、よかったら読んでみてください。今の時代にこそまたシンプル・ライフが求められると私が考える、その根拠が書かれていると思います」

 話に耳を傾けながら、とにかく御堂筋さんの求めるような本を見つけ出したいと僕は思う。三輪さんがデザート・メニューを吟味しながら事情通らしく業界のゴシップを披露している。あらゆる種類の出版社と付き合うエージェントの世界は、情報や噂話の自然と集まるところでもあるようだ。他社の噂話を聞きながら、御堂筋さんが驚いたような顔を見せる。
「このあとランダム・ハウスのパーティーなんやけど、フンフン、どうですか? 御堂筋さんも一緒に顔出しませんか? ほかにもいろいろあって困っちゃう。もうほんと、体がいくつあっても足りないわ」三輪さんが時計を気にする。
 そうか、夜はまだこれからなのか。ひと区切りの濃いエスプレッソで酔いを冷ましながら、気になっていたドラッカーについて御堂筋さんに訊ねる。
「ドラッカーの『マネジメント』、マリオさんはまだ興味ないかもしれないけど、うちの会社の代表作です。まだ読んだことが無いないなら送りますから、これもぜひ読んでみてください。うん、名著です」と、ティラミスに顔をほころばせながら御堂筋さんが応じてくれる。

 経営学の権化として知られるドラッカーはそのまま「経営の神様」と呼ばれることもあるが、その実は人間社会について深く考察を重ねた、むしろ哲学者といったほうがしっくりとくる人物かもしれない。この夜の御堂筋さんの言葉を借りればドラッカーこそが「“マネジメント”を発明した賢者」ということになる。複数の人間からなる組織をいかに運営管理するかだけでなく、各個人が価値観や使命感をどのように理解し、それぞれの能力や体力や時間などを含め自らを管理し得るかという課題を、世界ではじめて体系的・実践的な知恵として記述した人こそドラッカーなのですと御堂筋さんは言う。人間観と歴史観に根ざし、世の中に対する理解を追究した研究者であり実践者なのだそうだ。オーストリアに生まれ、その幼少期に第一次世界大戦を経験し、ドイツでのキャリアを経た後、ファシズムの台頭した第二次世界大戦下のヨーロッパの混乱を逃れアメリカに行き着いた。その頃に書かれた処女作『「経済人」の終わり―全体主義はなぜ生まれたか』(原題『The End of Economic Man: The Origins of Totalitarianism』)も、ファシズムの成り立ちについての比類なき分析であり、今以て示唆に富んだ必読の一冊だそうだ。その後の執筆活動によりドラッカーはいよいよ高度化する社会を予見し、集団的人間心理の危うさを踏まえながら、来るべき世の中の変化と、人々の営み得る社会の在り方とを考察した。
 経済活動と人間社会の発展を不可分のものとみなしつつも、経済とはあくまでも人間社会を運営していくための手段と位置付け、人類の共生の可能性と理想とを絶望することなく追求した。いかにすれば人や企業の振る舞いが生き生きとした人間社会の営みに貢献し得るものとなるかを議論し、その理念を説いた。イデオロギーに傾くことなく実践的な提案を礎にして、マーケティングやイノベーションの重要性、つまり人々の欲求とそれに応じる発想の善き可能性について極めて大きな視野で具体的な提案をした。そのなかで、顧客の創造こそが企業の求めるべき姿勢である、と道を示した。人々が求める世界がどのようなものであるかを見極め、人々と寄り添いながら新たな提案をおこなってゆくことこそが社会に対する貢献であり、然るべき企業や組織の在り方なのだと、そのようなことをドラッカーは言っているのだそうだ。人類規模での自己実現の可能性を具体的に示し、人が人を大切にする社会、そんなふうに営まれる人間社会の可能性について考えた偉人です、と御堂筋さんが締めくくる。
「それって、社長のフィーロンさんが飲むといつも言っていることとも、ちょっと重なる気がします……御堂筋さんが出版に感じている可能性って、よかったら教えてもらえませんか? 僕は3ヶ月前にこの仕事に就いたばかりで、これからどうしていけばいいのかまだよく分からなくて……景気が悪くなりかけているというのは、なんとなく分かったんですけど……」ワインが回った頭で、僕は漠然とした問いを発する。
「うーん……。それついては帰国してからでも、またゆっくり考えましょうか」
 にこにこと、青空のような笑顔の人だ。
「そろそろ、パーティー、行ってみませんか? とりあえず、顔だけでも出さないと、私たち。フンフンフン」と三輪さんが時間を気にしている。はい、ではそうしましょうか、と御堂筋さんが応じる。
 帰国したら書店をまわって、ダイヤモンド社の本の並ぶビジネス書の棚を見てみようと思いながら、僕はグラスの底を空にした。
「ブックフェアの夜は、まだまだ長いから。フンフン。飲み過ぎ注意よ」と言う三輪さんの後をついて僕たちはタクシーに乗り込み、大手出版社のパーティー会場を目指した。

[To be continued…]

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PROFILEプロフィール (50音順)

田内万里夫(たうち・まりお)

1973年生まれ。埼玉県出身。版権エージェント(現在はアルバイト)。マリオ曼陀羅の名義で画家としても活動、国内外で作品発表をおこなう。主な展示として『LOVE POP! キース・ヘリング展 アートはみんなのもの』壁画プロジェクト【キースの願った平和の実現を願って】(伊丹市立美術館・2012年)などがある。著作に『心を揺さぶる曼陀羅ぬりえ』(猿江商會)。本書はイギリス、台湾でも刊行(イタリアでも刊行予定)。訳書に『なぜ働くのか』(朝日出版社)。


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松島倫明〔編集者・NHK出版編集長〕(解説冊子より)