映画『夜明けの祈り』
アンヌ・フォンテーヌ監督インタビュー
聞き手・文:小林英治
つねに女性の生き方や愛の目覚めを描き、現代のフランス映画界を牽引するひとりアンヌ・フォンテーヌ監督。彼女の最新作『夜明けの祈り』は、1945年のポーランドで実際に起こった衝撃的な事件をもとに、その深い闇に希望の灯りをともしたひとりのフランス人女性医師を描いた物語だ。人間の尊厳を踏みにじる悲劇的な事件に巻き込まれ、心身ともに傷ついた修道女たちを救うために尽力した若き女医の姿は、6月末に開催されたフランス映画祭2017で上映された際にも大きな感動をもたらし、見事エールフランス観客賞を受賞した。
忘れられていたというより、隠されていた事実
―――『夜明けの祈り』は、第二次世界大戦終結直後のポーランドの修道院で起きた実話をもとにした映画です。史実を取り上げながら、つねに女性の生き方を描いてきた監督ならではの視点が感じられますが、今回この題材を選んだ理由を教えてください。
アンヌ・フォンテーヌ(以下AF):なぜ今回これを監督したかというと、プロデューサーからそれを聞いた時に、私自身が非常にショックを受けたからです。マチルド役のモデルになったマドレーヌ・ポーリアックという女性の手記が残されているのですが、このような暴力が修道女に起こっていいのかと衝撃を受けました。そして同時に、そのことを修道女たちが自分の信仰とどのように折り合いをつけていったのか、ということに大変興味をもちました。
―――この史実はフランスやヨーロッパでもあまり知られてないのでしょうか。
AF:フランスではもちろん、ポーランドでもほとんど知られていなかったことです。忘れられていたというより、隠されていたことだったと思います。戦争のあった国では多くあったことだと思いますし、それは決して過去のことではなく、現在でも戦争や紛争の起きている地では同じなのではないでしょうか。
何重にも閉鎖された状況の中に入っていくひとりの若い医師
―――監督の映画は、ある種の限定された空間で起きる出来事を外から覗いたり、その中に入り込むことで関係が変容していく様を多く描いています。題材はこれまでにないものですが、そういった構造は今回も共通していると言えるのではないでしょうか。
AF:おっしゃる通りで、今回は修道院が限定された空間になっています。なぜ私が限定された空間が好きといいますと、そういうふうに限定することによって、逆に深めることができるからです。動かないことによって、そこに居る人たちを、どんどん深く探っていけるということができるんですね。今回の修道院は、そもそも一般人にはミステリアスというか、壁の中でどういう生活をしているのかよく知られていません。空間的にもそうですが、知られていないということは限定されているということです。しかもその中で性暴力にあって、さらに閉じこもるということになっていたわけです。そういった何重にも閉鎖された状況の中に、ひとりの若い医者が入っていって風穴を空け、そこで何かが変わっていき、最後に力が湧いてくるということを見せたいと思いました。
―――シスターのマリアと女医のマチルド、この2人は別の世界に属していますが、命を救うために行動することを通して友情を育んでいきます。
AF:2人はお互いが属している社会の規律を破っていくわけですね。マチルドの方が指令に反して毎日のように修道院に通い、マリアのほうは自分の上司である修道院長に抵抗して子どもを守ろうとします。一つの決まりごとにとらわれていたのでは出口は見つからず、破ったときに解決の糸口が見つかるかもしれない。悪夢のような状況を打開するには勇気が必要なんだ、ということを描きたかったんです。
修道院の中も外の人間社会と同じ多様性がある
―――準備の段階で、実際に修道院での生活を体験されたということですが、その体験は作品に反映されていますか?
AF:私の体験というのは、フランスのベネディクト修道会で修道女と一緒に黙想をするということでした。修道院の中で生活すると、彼女たちの共同生活がどのようになっているか、何時に起きて、どのように日課をこなし、どのように食事をするのかといった1日のリズムだけでなく、どのように祈り、どのように沈黙の時間があるのかといったことも経験することもできました。そして重要だったのは、修道女の中にもオープンな人がいるし、そうでもない人も、気難しい人もいる。つまり、外の人間社会と同じなんだということに気づいたことです。言ってみれば、パーソナリティとして非常に多様性に富んだ社会であるということなんです。修道女は修道服を着ているので、外から見ているとステレオタイプにみな同じに見えるわけですが、決してそうではありません。
―――それぞれにキャラクターがあるというのは、映画を見ていてまさに感じたことです。
AF:修道服で顔以外は隠されているので、顔の表情に非常にそれぞれの人間性ですとか個性が出ているうように思いました。ですから女優を選ぶときには、顔にしっかりと特徴があって、この人だ、と見ている側が分かる人を選びました。
―――医者のマチルドのキャスティングで意図したことはありますか?
AF:マチルドは顔立ちにある一定のカリスマ性があって、気品があり、思慮深さも表れていて、また頑固さもあって、揺るぎない決意みたいなものも感じられる人物でなければいけないと思いました。自分より年上のシスターたちを納得させる説得力も持っていなければいけません。しかも若くて、という難しい条件でしたが、ルー・ドゥ・ラージュ(上記写真右側)はそれらすべて兼ね備えていた女優だったと思います。
参考にした画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの光の捉え方
―――黒と白を基調にした画面のトーンも、緊張感がありながら、外のシーンでは雪景色との対比もあって、息を呑むような美しさでした。
AF:やはり黒と白というのはエレガントですよね。多くの修道院の人たちは実際にダークグレーか黒の修道服を着てるんですけど、雪の中では本当に美しく映えると思いました。撮影監督のカロリーヌ・シャンプティエと仕事をするのは3回目になりますが、非常に経験のある素晴らしいカメラマンです。彼女は色彩はもちろん、今回は特に修道服を纏っている修道女の顔ですね。その表情を非常に的確に捉えてくれたと思います。
―――彼女は、同じく修道院で起きた実際の事件を扱った『神々と男たち』(2010年/グザヴィエ・ボーヴォア監督)という映画でも撮影を担当していますが、先行作品などで参考にされたものなどありますか?
AF:私たちはジョルジュ・ド・ラ・トゥール(17世紀前半に活躍したロレーヌ地方の画家。「夜の画家」とも呼ばれる)の絵画の光の捉え方を非常に参考にしました。カロリーヌは光の使い方では抜群に優れていますが、今回は準備期間も含めて彼女とは長い時間を過ごし、素晴らしい仕事が一緒にできたと思います。
[映画『夜明けの祈り』アンヌ・フォンテーヌ監督インタビュー 了]
(2017年6月22日、帝国ホテルにて)
『夜明けの祈り』
Les Innocentes
http://yoake-inori.com
1時間55分/アメリカンビスタ/カラー/音声5.1ch
監督・翻案:アンヌ・フォンテーヌ
出演:ルー・ドゥ・ラージュ、アガタ・ブゼク、アガタ・クレシャ
提供:ニューセレクト、ロングライド 配給:ロングライド
宣伝:ポイント・セット
後援:アンスティチュ・フランセ日本/フランス大使館
協力:ユニフランス 推薦:カトリック中央協議会広報
公式サイト:http://yoake-inori.com
COMMENTSこの記事に対するコメント