COLUMN

越前敏弥 出版翻訳あれこれ、これから

越前敏弥 出版翻訳あれこれ、これから
第4回:翻訳書の読者を育てるために

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第4回 翻訳書の読者を育てるために

読書探偵2016

『翻訳百景』の第4章「翻訳書の愉しみ」でも紹介した読書探偵作文コンクールが今年も開催されている(締め切りは9月23日)。

今年で第7回を迎えるこのコンクールは、サイトにもあるとおり、「外国の物語や絵本を読んで、おもしろさを伝えよう!」というかけ声のもと、全国の小学生から作文を募集している(参加費無料)。

 

頭と心が柔軟な時期から、異文化の魅力が詰まった翻訳書に親しんで、その楽しさや驚きを作文にすることで、海外の物語や文化への興味をいっそう深めてもらいたい、というのが事務局一同の願いである。目的はもちろん、ひとりでも多くの子供たちに翻訳書を手にとってもらうことだ。

 

わたしはこのコンクールに最初から事務局メンバーや選考委員として深くかかわってきたが(正確には、第1回はほとんどかかわっていない)、実はここまでつづけてくるにあたって、長く心のよりどころにしてきたサイト記事がある。

 

2010年9月7日に北上次郎さんが翻訳ミステリー大賞シンジケートのサイトにお書きになったこの文章だ。どうか最初から読んでもらいたい。これは読書探偵作文コンクールの初年度に書かれた記事で、現在のコンクールはかなり形が変わっているが(いまの主催は翻訳ミステリー大賞シンジケートではなく、やまねこ翻訳クラブのメンバーを中心とした「読書探偵作文コンクール事務局」であり、作文の送付先は復刊ドットコムである。また、「読書探偵」だからといって、翻訳ミステリーについての作文である必要はない)、趣旨や志はずっと同じままで、北上さんのことばを借りれば「次代の読者を育てたいという夢の企画」でありたいといまも思っている。

 

最終文に「いま壮大な試みが幕を開けたところ」とあって、それからもう6年が経つわけだが、読書探偵作文コンクールの応募者は初年度の10人から毎年増えつづけて、いまは200人近くにまでなっている。趣旨に賛同してくれる学校や作文教室の先生がたがまとめて送ってくださるケースも多い。

 

応募者が20倍になったのはすごいことだが、もちろんこの程度の数で満足しているわけではなく、少しでも市場に影響を与えたり、社会的に注目されたりするには、これより一桁多い応募者が必要だ。事務局メンバーと選考委員は、わたしも含めてほとんどが翻訳者か長く学習をつづけている人で、運営はカンパと若干のアフィリエイト料だけでまかなっているため、一気に応募者を増やすのはむずかしいが、少しずつでも前進をつづけていきたい。

 

かならず翻訳書を読んで書く、という条件のほかに、このコンクールには大きな特徴がふたつある。

 

第一に、形式が自由であること。課題図書はなく、作文の書き方にもまったく制約はない。もちろん通常の感想文でもいいが、物語のつづき、登場人物への手紙、何作もの比較考察など、本を読んで頭に浮かんだことなら何を書いてもかまわない。絵やグラフ、工作や音声ファイルなどで補足してもよい。かつての例では、新聞記事形式のものや、かるたの形になっていたものもあった。

 

昨年(2015年)の最優秀賞3作はここ、優秀賞とニャーロウ賞(特別賞)5作はここに全文が掲載されている。いくつもの作品の本格的な比較論考や、スピンオフ作品の創作など、大人顔負けの非常にレベルが高い作品が並んでいるので、ぜひゆっくり読んでもらいたい(『翻訳百景』にも、これとは別の2作の全文を掲載してある)。

 

もうひとつの特徴は、応募者へ一次選考委員(2名)のコメントを返送することだ(いっしょに、ささやかな参加賞も送る)。これが励みで翌年もつづけて応募してくれる子たちも少なくない。参加費無料のままこの方針を貫くのはなかなかむずかしいが、未来の読者を育てていくために、これだけはなんとかつづけたいと思っている。

 

一方、数年前から考えていて、なかなか実現できずにいることがふたつある。ひとつはこれまでの優秀作品の文集を作ること、もうひとつは、人手不足のために第3回までで廃止した中高生部門を復活させることだ。前者はこのコンクールの存在を世に広めるうえでまちがいなく有効だし、後者については、ほんとうにこのコンクールが必要なのはその世代だと以前から痛感しているからだ。これらは時間をかけて実現していきたい(協力してくださるかた、コンクールの事務局にご連絡ください)。
こんなふうに書き連ねていると、なんだか悲壮なものを感じとられてしまうかもしれないが、実はそんなことはなく、仕事の合間に子供たちの作文を読んだり、発送作業を手伝ったりするのは、いまの自分にとって、最も楽しい時間のひとつだ。海外の作品を読む喜びのひとつは、見知らぬ土地の事物や習慣に満ちた話のなかから、新しい発見ができることだ。翻訳書はまちがいなく子供たちの視野を広めていくはずで、そのプロセスに直接かかわって、子供たちの生のことばに接することができるのは、まさに翻訳者冥利に尽きると言うほかない。

 

未来の本好きをひとりでも多く育てていくために、ぜひお知り合いの小学生にこのコンクールのことを教えてあげてください。

 

【第4回:翻訳書の読者を育てるために 了】

 

読書探偵作文コンクール2016 作品募集のご案内
団体応募用紙2016
読書探偵作文コンクールとは ~小学生のみなさんへ~
読書探偵作文コンクールとは ~大人のみなさんへ~
選考委員からのメッセージ

 

【8月、9月のお薦めイベント】
・8月18日(木)(「昼の部」&「夜の部」)
第19回翻訳百景ミニイベント(『翻訳百景』こぼれ話)
単独トーク:越前敏弥
※翻訳学習初心者や外国語が苦手な人も大歓迎。
・8月27日(土)
翻訳ミステリー熊本読書会
課題書は『中途の家』(エラリー・クイーン著、越前敏弥&佐藤桂共訳)
※訳者の越前敏弥も参加。どなたでも気軽にご参加ください。
・9月3日(土)
朝日カルチャーセンター新宿教室「翻訳百景 英語と日本語のはざまで」
講師:越前敏弥
※翻訳学習の経験は不要。英語の知識が少し必要。


PROFILEプロフィール (50音順)

越前敏弥(えちぜん・としや)

文芸翻訳者。1961年生まれ。東京大学文学部国文科卒。訳書『インフェルノ』『ダ・ヴィンチ・コード』『Xの悲劇』『ニック・メイソンの第二の人生』(以上KADOKAWA)、『生か、死か』『解錠師』『災厄の町』(以上早川書房)、『夜の真義を』(文藝春秋)など多数。著書『翻訳百景』(KADOKAWA)『越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文』(ディスカヴァー)など。朝日カルチャーセンター新宿教室、中之島教室で翻訳講座を担当。公式ブログ「翻訳百景」。 http://techizen.cocolog-nifty.com/


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