COLUMN

越前敏弥 出版翻訳あれこれ、これから

越前敏弥 出版翻訳あれこれ、これから
第8回 《BOOKMARK》、サウザンブックスほか

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※本連載のバックナンバーはこちら

第8回 《BOOKMARK》、サウザンブックスほか

 
 前々回、前回と、自分の身のまわりでおこなわれている、未来の読者を増やすための試みを紹介してきたが、今回もそのテーマでつづけて書く。

 まずは、《BOOKMARK》。これは翻訳者の金原瑞人さんと三辺律子さんがイラストレーターのオザワミカさんの協力を得て2015年9月に創刊した無料の小冊子で、現時点で第5号までが発行されている。3か月に1号くらいのペースを目標とし、全国の書店や図書館などで計5,000部を配布している(入手できる店舗などの情報はここ)。選書のセンスのよさとデザインの魅力が相まって、どこの書店でも大人気で、並べてもすぐになくなってしまう店舗も多いと聞く。
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 コンセプトはシンプルで、「もっと海外文学を!」「翻訳物はおもしろいんだ!」とひたすら主張する、というものだ。サイズはCDケースの大きさで、1ページに1作ずつ毎号16作の作品が紹介されている。毎号テーマが変わり、これまで、YA(1号)、映画原作(2号)、ファンタジー(3号)、英語圏以外の本(4号)、歴史(5号)と多岐にわたっている。まもなく刊行される6号はSFで、現時点で9号までの構想が決まっているという。
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 特筆すべきは、どの号でも、すべての紹介文をその作品の翻訳者が書いていることだ(わたしも1号で『解錠師』について書かせてもらった)。自分の訳書について、おもしろさや読みどころについて10行程度で書けばよく、それでかなりの宣伝になるのだから、機会を与えてもらう翻訳者としてはうれしいかぎりであり、読む側からすれば貴重な機会である。
 わたしの専門はミステリーなので、YAを中心に活躍なさっている金原さん・三辺さんとは守備範囲がちがうが、翻訳書を少しでも読んでもらうためにどうにか動こうという志には大いに共鳴するものがあり、このところ何度もトークイベントをいっしょにさせてもらっている。自腹に手弁当でこういうことをつづけられるのは並々ならぬ熱意があってこそで、だから自分としてもできるかぎり支援していきたい。
 書店で手にはいらない地域のかたは、公式サイトからダウンロードすることもできる。ぜひ《BOOKMARK》でそれぞれのお気に入りの作品を見つけ、ほかの人にも勧めてもらいたい。

 
 つぎに、数か月前にはじまったサウザンブックスについて。
 ひとことで言うと、これはクラウドファンディングによって翻訳書を出版する試みで、プロジェクトが成立した場合には、編集から制作、営業などを一手に引き受けてくれるというものだ。賛同者が一定数集まらない場合には、プロジェクトが成立せず、そのときは賛同者には支払い義務が生じない。
 くわしくは「サービスの流れ」や「よくあるご質問」を見てもらいたい。トップページには、現在進行中の企画や今後の予告が並んでいる。
 当初はわたし自身もクラウドファンディングにはなんとなく抵抗があり、様子を見ていたが、新たな試みでどうにか翻訳出版を盛りあげようという強い熱意を感じ、また担当者から直接話を聞く機会もあり、ちょうど《BOOKMARK》のトークイベントなどをいっしょにやってきた三辺さんによるプロジェクトがあったので、出資してみることにした。『魔法にかけられたエラ』(原題 Ella Enchanted)はすでに本ができあがり、手もとに届いている。
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 ふつうは数千部から1万部ぐらいの販売があらかじめ見こめないと、翻訳書の出版は不可能だが、この方式だと1,000部程度が見こめると企画が成立する。メガヒットは望めないけれど、ある程度の固定読者が確実にいるような作品(たとえば、古くからマニアの熱狂的支持が強い作品など)では有効なシステムだと思う。
 立ちあがったばかりの組織で、わかりづらい部分や今後の課題もけっして少なくないが、とてもおもしろい試みであり、翻訳出版の現状打破の起爆剤となる可能性はじゅうぶんにある。わたし自身も何か企画を出せないかと検討しているところで、今後も注目していきたい。

 
 もうひとつ、最近わたしが経験したうれしい話を紹介しよう。
 11月に関西の私立高校で映画〈インフェルノ〉の全校上映会があり、終了後に生徒有志を集めての原作『インフェルノ』()の読書会をおこなった(読了していることが参加条件)。どのくらい集まるか不安だったが、男女半々で10人余りの生徒が参加してくれ、そのほかに、読了していないので参加できないけれどサインをしてくれと言って『インフェルノ』の文庫本を持ってきた生徒が30人ぐらいいた。
 読書会は大人のものに負けないほどの熱気があり、ある登場人物の行動の是非をめぐって議論になったり、翻訳作業についての質問が相次いだりした。
 正直なところ、これ1回きりにするのはあまりにも惜しく、いろいろ調整した結果、今回参加できなかった人たちも加えて、別の課題書での読書会を数か月後に開催できそうな運びとなっている。『ハリー・ポッター』以外の翻訳書を読んだのははじめて、という生徒も多く、これを機にほかのものも読んでみたいとのこと。これまで全国の読書会をまわってきたなかでも、まちがいなく最も成果が大きかったもののひとつだった。
 今回の会を企画してくれた学校関係者(国語科の先生)に感謝するとともに、このような仕掛けはほかでもいろいろできそうな気がしてならない。たとえば、〈君の名は。〉を観た10代の人限定でコニー・ウィリス『航路』の読書会をやるとか、ちょっとした工夫できっかけを作れるのではないか。
 最近、トークイベントなどは首都圏に集中していてうらやましいというツイートを見かけたが、訳書の読書会の参加者を10人、それが無理なら5人でも集めてくれたら、どこの地域へでもできるだけ出向きたいと考えている翻訳者は、わたし自身も含めて、身のまわりにかなりいる。そんなに多くの人が自分の訳書を隅々まで読みこんで、生の感想をぶつけてくれる機会は、翻訳者にとっても大きな魅力がある。ぜひあきらめずに何か企画して、声をかけてもらいたいと思う。
 
 次回はかなり趣を変え、出版翻訳者として日ごろから心がけていること、みずからに律していることをまとめて書いてみたい。
 
第7回で紹介した「はじめての海外文学スペシャル」の簡単なレポートはこちら。くわしいレポートと動画は、後日アルクの「通訳・翻訳のトビラ」で公開されます。

 
【第8回 《BOOKMARK》、サウザンブックスほか 了】

◎12月、1月、2月のお薦めイベント

・1月28日(金) 12:30~14:00
「翻訳百景 英語と日本語のはざまで」
 単独トーク:越前敏弥
 会場:朝日カルチャーセンター大阪中之島教室
 一般向け定期講演。語学の知識が少し必要ですが、どなたでも参加できます。

 
・2月4日(土) 15:30~17:00
「映画日和、翻訳日和」
 対談:中田秀夫(映画監督)、越前敏弥
 会場:朝日カルチャーセンター新宿教室
 大学時代の映画評論同人誌仲間である中田秀夫監督(〈リング〉〈怪談〉〈クロユリ団地〉など)との特別公開対談。映画漬けだった大学時代、イギリス留学時代、ハリウッドでの苦労話、新作〈ホワイトリリー〉の話など。もちろん、語学の知識はまったく不要。


PROFILEプロフィール (50音順)

越前敏弥(えちぜん・としや)

文芸翻訳者。1961年生まれ。東京大学文学部国文科卒。訳書『インフェルノ』『ダ・ヴィンチ・コード』『Xの悲劇』『ニック・メイソンの第二の人生』(以上KADOKAWA)、『生か、死か』『解錠師』『災厄の町』(以上早川書房)、『夜の真義を』(文藝春秋)など多数。著書『翻訳百景』(KADOKAWA)『越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文』(ディスカヴァー)など。朝日カルチャーセンター新宿教室、中之島教室で翻訳講座を担当。公式ブログ「翻訳百景」。 http://techizen.cocolog-nifty.com/


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越前敏弥 著
新書 221ページ
出版社 KADOKAWA
発売日 2016/2/10