映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』
青山南×巽孝之トーク 「アルトマンと文学の魅惑の関係」
構成:小林英治
レイモンド・チャンドラー(『ロング・グッドバイ』)やレイモンド・カーヴァー(『ショート・カッツ』)など文学作品の映画化でも知られる、故・ロバート・アルトマン監督。その影響力は文学界にも及び、「アルトマネスク(アルトマンらしさ)」という言葉が、書評でも登場するといいます。ドキュメンタリー映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドで最も嫌われ、そして愛された男』の公開を記念して、「アルトマン映画と文学の関係」をテーマに行われた、青山南さん(翻訳家・エッセイスト)と巽孝之さん(慶応義塾大学教授・アメリカ文学専攻)によるトークの模様をお届けします。
※本記事は、2015年10月15日にYEBISU GARDEN CINEMAにて行われたトーク「アルトマンと文学の魅惑の関係」を採録したものです。
【以下からの続きです】
前編:「私にとっては、アルトマンという人は、文学と映画とをキャッチボールできる貴重な監督という印象があります。」
「アルトマネスク」が与えた影響
巽:先ほどイニャリトゥ監督の『バードマン』も一種のカーヴァーを使った、しかもアルトマネスクを意識した作品と指摘したんですけど、やっぱりアルトマネスクな監督ということでは、映画本篇の中に出てきたポール・トーマス・アンダーソン監督がいます。私は『マグノリア』(1999年)というのは素晴らしいアルトマネスクな映画だと思いますし、村上春樹との影響関係もある映画ですね。
青山:『マグノリア』ってカエルが降ってくる映画ですか?
巽:そうです。あの映画が1999年で、2002年に村上春樹が『海辺のカフカ』を書くわけですが、あれはニシンが空から降ってくる。おそらく影響関係があると思いますし、日本だと村上春樹はアルトマンを意識している作家だと言えると思います。それから、ちょっと面白いと思ったのは、『M★A★S★H マッシュ』の中で、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」のシーンそっくりなところがあるんですけど、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『インヒアレント・ヴァイス』(2014年)の中でもやはり「最後の晩餐」のシーンを作っています。だからあれはピンチョンを原作にしながら、しかもかなり忠実に撮っているとはいえ、実はアルトマンの『M★A★S★H マッシュ』にオマージュを捧げてるんじゃないかというふうにも見ることができるんですね。
青山:『M★A★S★H』の「最後の晩餐」も、現場でふっと思いついたらしいですね、それも即興。だからものすごく臨機応変の王様ですよね。それから、これはドキュメンタリーでも言われていますけど、アルトマンの作品の中では役者のセリフがごちゃごちゃになって、誰が喋っているのかわからなくなるシーンがあるんですよね。
巽:英語だと「オーバー・ラッピング・ダイアローグ」って言ってましたね。聞かせるなら一つの会話だけにしとけばいいのに、その後ろで別の誰かも会話していて、それが混ざってくる。あのテクニックもアルトマンが最初だったということですよね。
青山:ああいうことって、文字の世界ではできますか?
巽:いやぁ、難しいでしょうね…。
青山:さすがにあれは文字ではできないですよね。よく一つの物事を、視点を変えて複数の人物が語るという方法はありますけど。
巽:タイポグラフィを駆使してやっていくのは、一時期の筒井康隆さんが実験していましたよね。
青山:でも、それでも同時に読むのはちょっと難しいですよね。映画だとそれができますからね。それと同時に、群像の中で撮られている役者が、自分がいつ撮られているかわからない、ひょっとしたら脇役だと思っている人が使われたりするっていう。そういうふうなことを特殊なカメラで撮っていたということをドキュメンタリー中で話していましたけど、徹底的にオーバーラッピングが好きな人ですね。
徹底したアンチ・ヒロイズムと批判精神
青山:アルトマンは、中心人物がいて、それによって話が進んでいくっていうようなものが嫌いなんじゃないかなと思いますね。それで思い出したのが、カート・ヴォネガットが『チャンピオンたちの朝食』(1973年)という小説で、「とにかく小説の中にヒーローがいるのが良くない。小説の中にヒーローがいるから戦争が起こるんだ」って、だからこの小説にヒーローはいないですよって言ってるわけですけど、アルトマンという人も徹底してヒーローを嫌っていますね。
巽:それこそ『M★A★S★H マッシュ』に強調される、ありとあらゆるタブーを破っていくところは、カート・ヴォネガットを彷彿とさせますよね。体制批判というか、ブラックユーモアですよね。
青山:『M★A★S★H マッシュ』ではドナルド・サザーランドが一応主役なんですけど、アルトマンの方式では主役を重視しないんで、それよりサンフランシスコから来た無名の劇団員たちに力を入れちゃって、ドナルド・サザーランドが怒って「アルトマンを降ろしてくれ!」って言ったらしい。そこまで徹底してる人なんですよね。
巽:「アルトマンは気が狂ってる」というのを、英語では「madness(狂気)」ではなく「insanity(精神異常)」と言ってました。だから「監督を病院に入れてくれ!」っていうことですよね(笑)。やはりアンチ・ヒーローが中心で、一種のピカレスクみたいな感じもあると思ったのは、『ザ・プレイヤー』(1992年)です。あのハリウッド批判というのは、主役のプロデューサーからして、人を殺してしまってるわけだから、普通のハリウッドなら勧善懲悪にならなければいけないのに、最後までのうのうとサヴァイヴァルするわけで。つまり、主役が因果応報で罰を受けるのではなくて、悪い奴が生き延びていくという、ハリウッドを茶化してピカレスクとして描いている感じがしましたね。そういう体制批判とか社会批判がアルトマンの映画には常にありますね。やはりこの人はブラックユーモアが根本にあって、『M★A★S★H マッシュ』も、戦争そのものの馬鹿らしさに迫っていますし、言ってみれば『キャッチ=22』(1961年/ジョーゼフ・ヘラー著)とか、ああいう文学作品の精神にもつながるところがあります。
青山:『M★A★S★H マッシュ』は徹底的にバッドテイストに専念して作ったと本人も言ってますよね。何しろ「実際に行われている戦争に比べたらバッドテイストじゃないんだ。それに負けまいとバッドテイストにやった」って。
巽:そうですね。今の時代どうしても『M★A★S★H マッシュ』を連想するご時世なんですが、アメリカ文学だと、マーク・トウェインに“The War Prayer(「戦争の祈り」)”というブラックユーモアに満ち満ちた作品がありまして、最近はその短編と『M★A★S★H マッシュ』を比較する研究も出てきたりしています。彼の作品は、今のような時代にも痛切なメッセージを孕んでいると思いますし、戦争の時代だからこそ、グロテスクな笑いやブラックユーモアによって徹底的に批判する、そういった感覚をアルトマン作品を見ることによってごく自然に身につけてはいかがでしょうか。
[映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』青山南×巽孝之トーク 了]
『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』
YEBISU GARDEN CINEMAにて公開中 ほか全国順次公開予定
証言者:ジュリアン・ムーア、ブルース・ウィリス、ポール・トーマス・アンダーソン、エリオット・グールド、サリー・ケラーマン、ジェームズ・カーン、キース・キャラダイン、フィリップ・ベイカー・ホール、ライル・ラヴェット、マイケル・マーフィー、リリー・トムリンほか
配給:ビターズ・エンド
原題:Altman/カナダ/2014年/95分
公式サイト:http://www.bitters.co.jp/altman/
公式Facebook:https://www.facebook.com/Altman.movie
公式Twitter:https://twitter.com/altman_movie
【公開記念イベント】
2015年10月28日(水)最終回 終了後
樋口泰人氏(映画評論家・boid主宰)×中原昌也氏(ミュージシャン・作家)
「アルトマン映画をマニアックに語り尽くす!」
会場:YEBISU GARDEN CINEMA
※詳細は公式サイト及びFacebookページをご確認ください。
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