建築系の書籍や美術展の広報グラフィック、カタログなど、先鋭的かつ柔軟なアプローチでデザインワークを展開したデザイン事務所「schtücco(シュトゥッコ)」の秋山伸は、公私共にパートナーの堤あやことの第一子誕生を契機として2010年末に事務所を解散。拠点を新宿から、秋山の故郷の新潟県南魚沼市に移し、デザインと出版を行う「edition.nord(エディション・ノルト)」として活動を新たにした。そして2014年、同じく南魚沼市に堤氏がギャラリーを併設した雑貨店「poncotan(ポンコタン)」をオープン。まずは秋山氏に「edition.nord」の活動の近況を伺い、堤氏にはponcotanを始めるに至った経緯や運営について伺った。
【以下からの続きです】
前編(秋山伸氏へのインタビュー)
1/5:「今は雑用と子育てと仕事をなんとかやりくりしながらやっている、という感じです。」
2/5:「『デザインと畑仕事と子守と車の運転』という、通常では考えられない内容でインターンを募集したんです。」
3/5:「デザイナーとして、出版社として、今後どのくらいの規模の仕事に対応していくか。」
吉増剛造のポラロイドを再現する
──edition.nordで、今後、予定されている本はありますか。
秋山:具体的なものは3つあります。まずは、吉増剛造さんのポラロイドのエディションです。以前写真雑誌に連載された、ポラロイドの上に詩が書かれた作品シリーズで、本にするにも50枚くらいの中途半端な枚数だったり、文字が細かくて読ませにくかったりと編集上の工夫がかなり必要で、出版社がなかなか手を出せない書籍化の企画があったんです。その担当編集者が『フェロー・トラベラーズ』を見てあのような形だったらできるかもしれない、とのことで相談がありお受けしました。
──『フェロー・トラベラーズ』はedition.nordの最初のリリース作ですね。クリスチャン・ホルスタッドが収集した素人写真を忠実に再現して箱に収めた作品です。つまり、1冊の本に製本してまとめるのではなく、写真として再現するわけですね。
秋山:実は2009年に打診を受けたので、もう6年くらい経ってしまったのですが、印刷上の問題もあってストップしていました。
──何が問題だったのですか。
秋山:ポラロイドの表面に金や銀のマーカーで描かれた詩を再現しないとその作品の魅力が出ないのですが、金や銀をオフセットで印刷をしたあとにポラロイドのツルツルの表面を表現するための厚盛UV加工を施すと、金や銀のメタリックさが無くなってしまうのです。
──満足のいく再現が期待できなかったわけですね。
秋山:金が茶色になるし銀が灰色になってしまいます。しかし、幸いにして6年前にはなかった印刷技術が印刷所に導入されました。ツルツルのUV加工の上に、さらに金や銀でUV印刷できるようになったのです。京都のサンエムカラーでテスト校を戻したのがちょうど昨日で、まだうまくいくかはわからないんですけど。
──仕上がりがたのしみです。
辺口芳典の写真の不思議
秋山:2つ目は辺口芳典さんのエディションです。
──poncotanで展示されたヌケメ帽の言葉の部分を担当されていますね。
秋山:辺口さんは詩人であり写真家でもあって、大阪の黒目画廊というスペースを溝辺直人さんと運営されています。黒目画廊は、秋山ブク[★]の展示をした梅香堂の近くにあって、その時に知り合いました。
★秋山ブク:秋山氏がインスタレーションを行なうときの名義。edition.nordから作品集『コンポジション2番「例外状態」 —hiromiyoshiiの所有物による』がリリースされている。
──では、辺口さんの写真集ということですね。
秋山:久しぶりに黒目画廊のホームページを見たら、辺口さんの奥さんを被写体にした、普通だったら失敗として捨ててしまうようなあり得ないポートレートが並んでいたんです。一言で言えば〈ポートレートの向こう側〉という感じです。それらの写真を見ると私たちが写真に選んでいる表情は、人間の表情のほんの一部なんだなって思います。それだけでなく、一瞬という時間の奥深さとかをいろいろ考えさせられる写真です。レイアウトまではできていて、あとは製本でちょっと変わったことをしようと思って検討中です。
[5/5「製本のアイデアも一つのデザインの知的財産であることを示すために。」に続きます]
(2015年5月9日、poncotanにて)
●聞き手・構成・撮影:
戸塚泰雄(とつか・やすお)
1976年生まれ。nu(エヌユー)代表。書籍を中心としたグラフィック・デザイン。
10年分のメモを書き込めるノート「10年メモ」や雑誌「nu」「なnD」を発行。
nu http://nununununu.net/
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