建築系の書籍や美術展の広報グラフィック、カタログなど、先鋭的かつ柔軟なアプローチでデザインワークを展開したデザイン事務所「schtücco(シュトゥッコ)」の秋山伸は、公私共にパートナーの堤あやことの第一子誕生を契機として2010年末に事務所を解散。拠点を新宿から、秋山の故郷の新潟県南魚沼市に移し、デザインと出版を行う「edition.nord(エディション・ノルト)」として活動を新たにした。そして2014年、同じく南魚沼市に堤氏がギャラリーを併設した雑貨店「poncotan(ポンコタン)」をオープン。まずは秋山氏に「edition.nord」の活動の近況を伺い、堤氏にはponcotanを始めるに至った経緯や運営について伺った。
【以下からの続きです】
[Side A:秋山伸氏へのインタビュー]
1/5:「今は雑用と子育てと仕事をなんとかやりくりしながらやっている、という感じです。」
2/5:「『デザインと畑仕事と子守と車の運転』という、通常では考えられない内容でインターンを募集したんです。」
自分で手を動かす楽しさ
──これからはponcotanにおいても、新たな縁が広がってゆくのだろうと思います。新潟に移られてからは、もっとゆっくりとしたペースで仕事をされるのかと思ったのですが、仕事量的にはいかがですか。
秋山:仕事の数は減らしたのですが、若い頃のように、複数のプロジェクトを窓口から一人でこなすのは、たいへんだなあと今さらながら感じています。
──新宿時代は秋山さんが窓口ではなかったのですね。
秋山:はい、担当が要所要所で指示を仰ぎにくるという進め方でした。本当は僕もデザインをしたいのだけど、事務所が大所帯になるにつれ、管理職というか、スタッフへのディレクションやデザインのチェックにだんだんと時間がかかるようになり、それだけで一日が終わってしまうので、そこから抜け出したいという気持ちもありました。やっぱり自分で手を動かして作るほうが楽しいですね。
──以前は建築系の書籍の仕事が多かったと思いますが、今は仕事を選ばれているのですか。
秋山:定期ものの建築系やコマーシャルな仕事は、元スタッフが立ち上げたneucitora(ネウシトラ)に引き継ぎました。今は美術の仕事がほとんどです。阿木譲さんと作っている『0g』は唯一音楽ですが……。美術の本の中でも、展覧会カタログや小さな出版社の作品集、あるいはアーティストの自費出版など、一般流通しない本がほとんどです。流通の制限がないので、比較的自由にデザインのアイデアを実現できるのが楽しいですね。それで、変わった造本の本ばかりを作っているので、ここ最近、一般書店で売られる書籍の依頼がまったく来なくなりました。変な本にされてしまうと思われているのかな(笑)。
edition.nordの出版について
──秋山さんはデザインの仕事と平行して、出版社としてのedition.nordの活動も行っているわけですが、両立するためのコツみたいなものはありますでしょうか。
秋山:僕の好きなedition finkというスイスの出版社のゲオルクさんと、The Tokyo Art Book Fairのリレートークで話したときに「どうしたら小さい出版社で食べていけますか」と尋ねたところ、美術館、財団、NPOなどのアート系のインスティテュートの企画に絡めて、アーティストと共に作る姿勢でやっていけばうまくいく、という答えが帰ってきました。それほど意識していたわけではありませんが、最近は広報印刷物のデザインとカタログの出版の両方を依頼されることが増えているので、不思議とゲオルクさんがアドバイスしてくれた通りになっています。デザインの仕事とedition.nordの仕事が、融合しているような感じですね。
──収支のバランス的にはいかがですか。
秋山:edition.nordはデザインを優先して考えるので、どうしても原価が高くて利益率の低いプロダクトになってしまいます。それから、出版でやっていくとなると、それなりの資金を用意して大量生産していかないと利益を生まないのですが、もともと出版のために作った会社ではないので投機を繰り返すほどの資本規模ではないんですね。たとえば、カタログが少部数であれば投資も少なくて済むし、美術館がまとめて買ってくれればすぐに資金が回収でき、その繰り返しで回転させていけるんですけど、一般書店でも流通する部数の美術書となると一千万円近い資金が必要で、しかも回収に時間がかかる。なので、そのような出版の話をいただいても、不本意ながらお断りをしています。今後、どのくらいの規模の仕事に対応していくかを考える時期に来ているのだと思います。
──流通はどうされていますか。
秋山:ソリレス書店という編集者のユニットにいったん預けて、そこから少部数の本の流通会社に卸しています。
──海外流通はいかがですか。
秋山:ヨーロッパ各地にショップを持っているベルリンのMottoというマニアックな書店が、ウチの本を気に入ってくれているのでお願いしています。ヨーロッパのブックフェアに参加したあとに、売れ残った分をすべて買い取ってくれるので助かっています。
──出版社となると、そういった資金や流通のことも考えていかなければならないわけですね。
秋山:デザイナーとしては、少部数でも面白いものができればよいのですが、出版社としては大部数のタイトルを繰り返し作らなければならない。楽しく作っていきたいというのが本望なのですが、じっくり良いものを作るためにあまり規模を大きくしないほうがいいのか、それとも、次の楽しみのためにも大きくしたほうがいいのか……。
[4/5「私たちが写真に選んでいる表情は、人間の表情のほんの一部なんだなって思います。」に続きます]
(2015年5月9日、poncotanにて)
●聞き手・構成・撮影:
戸塚泰雄(とつか・やすお)
1976年生まれ。nu(エヌユー)代表。書籍を中心としたグラフィック・デザイン。
10年分のメモを書き込めるノート「10年メモ」や雑誌「nu」「なnD」を発行。
nu http://nununununu.net/
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