70年代に松岡正剛氏が創刊した雑誌『遊』を刊行した工作舎の証言集『工作舎物語 眠りたくなかった時代』(左右社)が上梓されました。装幀を中心としたグラフィックデザインに関する執筆活動を続けてこられた著者の臼田捷治さんに、60年代から現在までを振り返っていただきました。
【以下からの続きです】
1/6:「印刷とデザイナーの協力関係が密な時代、それが60年代でした。」
2/6:「出版は原初のあり方に戻りつつあるのではないでしょうか。」
3/6:「『遊』は全部が豪速球でした(笑)。」
独立後のデザイナーと編集者
──工作舎は現在活躍されてるデザイナーを多く輩出しましたが、編集者はいかがでしょうか。
臼田:宮野尾充晴さんのように出版社を立ち上げた方もいますけど、あまり多くはないかもしれません。
──『ele-king』編集長の野田努さんや音楽ライターの三田格さんも工作舎に出入りしていたそうですし、タコなどの音楽活動でも知られる山崎春美さんは『遊』の増刊号「は組」の編集リーダーを務められたそうですね。音楽関係の編集者やライターは多かったのかもしれません。
臼田:その後に活躍されている編集者では後藤繁雄[★3]さんが筆頭ですかね。後藤さんは京都のエディシオン・アルシーヴという出版集団に所属していて、羽良多平吉[★4]さんとタッグを組んで『ソムニウム』という叢書を作っていました。
★3:1954年生まれ。編集者/クリエイティブ・ディレクター/アートプロデューサー。「独特編集」をモットーに、写真集、アートブックを数多く制作する
★4:1947年生まれ。エディトリアルデザイナー。初期YMOのイメージヴィジュアルや稲垣足穂『一千一秒物語』(透土社、1990年)の装幀、雑誌『ユリイカ』(青土社)の書容設計などで知られる
──羽良多さんのデザインは、初期の頃から独自の色彩感覚で異彩を放っています。羽良多さんが工作舎に参画するきっかけは臼田さんの紹介だったそうですね。
臼田:羽良多さんのことは、雑誌『デザイン』の編集をしている頃から注目していまして、誌面で紹介したり表紙のデザインをお願いしたりしました。
ブックデザインの現在
──当時、他に注目していたデザイナーはいらっしゃいますか。
臼田:平野甲賀[★5]さんの仕事も好きで雑誌で特集したことがあります。杉浦さんの次の世代では、やっぱり菊地信義[★6]さんですね。菊地さんは今もってナンバーワンじゃないですか。抜きん出ていると思います。
★5:1934年生まれ。グラフィックデザイナー。1964年から1992年にかけ晶文社の本の装幀を一手に担い、その独特の「描き文字」で一世を風靡する
★6:1943年生まれ。装幀者として独立以来、現在に及ぶまで1万2000冊以上もの書籍の装幀を担当する
──菊地さんの登場はやはりインパクトが大きかったですか。
臼田:そうですね。杉浦さんからの影響が見受けられる本を多く見かけた当時において、テキストの根幹の部分を昇華するようなやわらかなデザインで、新しい方向性を打ち出したのが菊地さんだと思います。
──最近のブックデザイン全般の傾向についてはいかがでしょう。
臼田:水戸部功さんの影響を受けた本がずいぶん増えましたね。それから女性の装幀家が活躍している印象が強いです。
──臼田さんにとって、優れたブックデザインの価値判断はどういうところにありますでしょうか。
臼田:手作り感や意外性のある本が好きですね。デジタルに依拠するのもよいことですが、アノニマスでありながらプラスαでその人ならではのこだわりや身振りが感じられるような、デジタル技術とうまく距離を置きながらその人らしさがにじみ出ているブックデザインがもっと増えるといいなと思います。
──具体的にはどのような本でしょうか。
臼田:『ku:nel』(マガジンハウス)は有山達也さんが丁寧に作っている感じが伝わってきて好きです。同じ有山さんでは最近創刊号の出た『つるとはな』(株式会社つるとはな)にも感心しました。意外性でいいますと、最近祖父江さんが手掛けた夏目漱石『心』(岩波書店、2014年)は、章ごとに紙を変えたり、箱の中にも印刷されていたりと細部へのこだわりが楽しいです。まさに工作舎精神ですね。あらためて祖父江さんは、杉浦さんや工作舎の狂おしいまでのエネルギーの注ぎかたを受け継いでいるなと思いました。
──ほとんど誰も気づかないところにまで力を注ぐわけですね。
臼田:見えないところへのこだわりですと、1973年に始まった講談社現代新書の新書西洋史シリーズは、カバー裏にダイアグラムが掲載されています。講談社の本ですが、工作舎のスタッフが作成しています。ダイアグラムといえば、松田行正さんは雑誌『デザインの現場』(美術出版社)の連載で毎回ダイアグラムの新作を発表していましたね。
──『現代装幀』の杉浦さんのインタビューに、積極的にポスターを手がけようと思わない理由として、一枚の紙に両面印刷して折れば本になるのに、ポスターは一枚の紙の表面しか使われないことを挙げられていました。思えば本のカバーも通常はポスターと同様に裏面は印刷されませんが、カバー裏の有効利用は可能性があるような気もします。
臼田:そうですね。いろいろと可能性の余地は残されていると思いますよ。
[5/6「若い人たちには、オフセット印刷一辺倒に対する不満があるみたいです。」へ続きます](2015年4月6日公開)
(2014年12月22日、臼田捷治さん自邸にて)
●聞き手・構成:
戸塚泰雄(とつか・やすお)
1976年生まれ。nu(エヌユー)代表。書籍を中心としたグラフィック・デザイン。
10年分のメモを書き込めるノート「10年メモ」や雑誌「nu」「なnD」を発行。
nu http://nununununu.net/
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