第17回 見えない信用
今日も、いつものように書店を訪れている。普段当てもなくぼんやり店内を眺めて歩くことも多いのだが、今日は違う。直前にネットで見かけた本が面白そうだったので、せっかくだから今すぐ読もうと、ネットではなく書店に本を買いに来たというわけだ。
早速売り場を見ながら目的の本を探すのだが見つからない。ここ2〜3日で発売したばかりの本ではないが、先月くらいに出版されていたので、まだきっと「新刊」の部類に入っているはずだ。しかも私が訪れた書店は、比較的品揃えが充実している。
それでも、書店の棚には限界があるし、仮に並んでいたとしても、私が来た時には既に売れてしまっていて入荷待ちの状態なのかもしれない。こんな風に色々思いを巡らせても本が見つかるわけではないので、店員を探して入荷状況を聞いてみることにした。
周囲を見回してみたのだが、夕方の時間帯で忙しいのか、売り場に店員が全く見つからない。レジになら必ずいるだろうからそこで聞こうかとも思ったのだが、会社帰りのサラリーマンによる長蛇の列が出来ていたので断念した。
しばらく店内を歩きまわって、店員なのかな?と思しき人を発見したのだが、何かおかしい。
その人は熱心に棚を整理しているので、その振る舞いからすると明らかに店員だと思うのだが、私は心のどこかで躊躇する気持ちが芽生え、なかなか声を掛けられずにいた。
そうこうしている内に別の店員が歩いて来るのを見つけた私は、ようやく、その店員に声を掛けて入荷状況を聞き、無事探していた本を買うことができたのであった。
さて、何故私は最初に発見した店員には声を掛けられず、後から見つけた店員には声を掛けることができたのだろうか。帰り道に少しその時の事を思い出していたのだが、実は私が声を掛けた店員は、エプロンを着てさらに胸にはネームプレートを付けていた。一方私が声を掛けるのを躊躇した店員は、私服のままだった。
つまり、私は彼らの見た目(服装)から、「店員か否か」を判別していたわけだ。明らかに店員としての振る舞いをしていても、私服である以上私の中では店員だと確信を持つことができなかった。
これは、私自身が店員という人に対して、店員らしい仕事を今行っている人よりも、見た目が店員らしく見える人の方をかなり高く信用しているということの現れでもある。
前述の書店でのエピソードは、私が人の信用度を見た目で推し量った事例だが、つい先日、私自身が「見た目で信用度を判断される」という状況に遭遇することになった。
私が教員として勤務している大学では、受験生やその父兄に大学の教育内容や施設をプレゼンテーションするためのオープンキャンパスと呼ばれるイベントを行っている。そのため、私も自身の勤める学科のプレゼンテーションのために会場で待機していた。
その時、学科の教育内容やプレゼンテーションに関しては、何一つ不安は無かったのだが、私は密かに一つの不安を抱えていた。それが、容姿の問題である。容姿と言っても、美醜の話ではない。
私が勤める大学の専任教員の平均年齢は50代後半なのだが、私はまだ30代前半のため、平均年齢から比べれば20歳以上も若い。とは言え学生たちと比べると、彼らは10代〜20代前半なので、私より10歳以上も若いため、当然私が学生に見えることはない。
というわけで私は、教員にも学生にも見えない、非常に中途半端な年齢(と見た目)でその会場に佇むことになるわけなのだが、せっかくお越し頂いた受験生やその父兄に「なんだこいつ」と不快な思いをさせてしまうのはあまりに申し訳ないため、少し対策を講じる必要がある。
さて、どうすれば一応私を「先生」として判別し、彼らが安心して質問をしてくれる状況を作ることができるのだろうか。大学では、スタッフであることを示すため、当日用のTシャツが配布されていたのだが、ただでさえ何者なのかよくわからない私がそんなものを着たら、ますます胡散臭い人に見えてしまう。
こういう所でスーツを着れば、先生とまでは思われないとしても、確実に「何か仕事をしている人」であることはお伝えできるはずだ。しかしオープンキャンパスは7月末に開催されるため、この暑い中準備も含めて一日中スーツなんて着ていたら体力がもたない。
風格や威厳を纏うための要素として、古来から髭は扱われて来たため、髭を生やしてみるという作戦も思い付いたのだが、翌日にオープンキャンパスを控えているこの状況では無理な話だ。もしつけ髭なんて付けようものなら、一気に「ふざけている」側に突入してしまう。
というわけで色々と考えた挙句私は、襟付きのシャツと名刺の入ったネームプレートを首からぶら下げることで、この局面を乗り切ることにした。
翌日になり、会場は多くの来場者で賑わっていた。私も声を掛けてくれた高校生や父兄の方たちとお話をさせて頂いたのだが、彼らは私に声を掛ける前に、明らかに私のネームプレートを見ていた。つまりこれは、見た目だと「声を掛けてもいい人(=教員)」なのかは分からなかったが、ネームプレートを見ることで初めて、私の身分というか役割を認識して、安心して声を掛けて頂けたのだと思っている。
この2つのエピソードを通じて、私は「他人に対する信用度は、内面で判断されるのではなく、その前の外見で判断されることが多い」ということを強く思い知った。
よく「見た目で人を判断するな」と言われることがある。私も確かにその通りだと思う。その人の心や考えといった本質は外見だけでは判断できない。
しかし、そういった内面を判断するためには、ある程度コミュニケーションを積み重ねる必要があるわけだが、私たちは外見から勝手に「信用度」を測り、他人とコミュニケーションを取るかどうかの判断基準にしてしまっているのもまた、事実なのだ。
[まなざし:第17回 了]
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