2010年、新潟市で開業した「北書店」。地域の中でも独自の存在感を持つ“街の本屋さん”をほぼ独力で切り盛りする店主の佐藤雄一さんが2月上旬、下北沢の本屋B&Bに来店しました。
“街の本屋”はこれからどんな場になっていくのか? “街の本屋”とはそもそも一体何なのか? 本屋B&Bのプロデュースを務める内沼晋太郎との“街の本屋”談義は白熱していきます。
★2014年2月7日、本屋B&B(東京・下北沢)で行われた「『本の逆襲』のための全国本屋ツアー」の一環のトークイベント「北書店×B&B 街の本屋の逆襲」のレポートです。
【以下からの続きです】
第1回「本屋なんてやめておけ、という人たちに囲まれても。」
第2回「安易な“街の本屋”礼賛に、少しだけ反論しようと思いました。」
第3回「もっといろんなやり方で、“本を売る店”は作れる。」
第4回「競合を気にするより、自分との戦いをちゃんとすること。」
「売りたくなる雑誌」とは
質問者4:北書店では雑誌のセレクトはどうされているんでしょうか。昔は雑誌が「書店のガソリン」とも言われていましたが、今は全然売れないですよね。電車の中で雑誌を読んでいる人もすごく減りました。雑誌に期待する事はありますか。
内沼晋太郎(以下、内沼):北書店って雑誌はどのくらい置いているんですか。
佐藤雄一(以下、佐藤):入り口付近に少しだけ。扱いは極めて少ないんですよ。女性誌も20代以下が対象のものは入れていない。北書店の三軒隣の店はコンビニなんです。だからそういったジャンルの雑誌は扱わなくていいかなと思って。
雑誌って、こういうお店ですよ、という名刺のような役割もあるじゃないですか。お店の入り口に雑誌が置いてある事で間口が広がる、という側面もあるわけで。そういう部分で、売れる売れないという事だけじゃない役割もあるんですよ。私も雑誌を置かない本屋なんてやりたくないし、そういうのがあってこそという意識もあります。だけど実際はシビアなんで、取次も半年間置き続けて一冊も売れてないと、それなら他のもっと売れそうな店に配本するねっていう理論があるから。だからこっちもちゃんと売っていかないと、という気持ちで。雑誌の内容云々じゃなくて、自分がどう品揃えをするかなんだよなって。
内沼:北書店には「こういう雑誌を置きたい」というイメージはありますか。
佐藤:単純に自分で選んだもの、という基準になるけど……本みたいな雑誌というか、やっぱり保存性の高いものかな。衝撃だったのは、『JJ』(光文社)、『VIVI』(講談社)、『CanCam』(小学館)といった毎月23日に発売される女性誌についてです。一応オープン当初はそういう雑誌も入れてたんですよ。そしたら半年間まったく売れなかったんですよね。だから今はもう入荷してないんです。そしたら突然、「『JJ』置いてないんですか」って人が店に来るわけ。「半年間どこにいたんだよ君は」って(笑)。まあ、人生そういうものじゃないですか。ままならないのが人生だ(笑)。で、一回配本がなくなると実際半年間売れてなかったわけで、また卸してもらうのは大変なんですよ、当然ながら。そういう配分は非常に難しいな。
内沼:「本みたいな雑誌が売りたい」という話、僕もわかるんです。「雑誌がだんだん特集主義になってきている」って言われて久しいじゃないですか。でも特集主義でしっかり作っている雑誌は、こんなこと言うと怒られちゃうかもしれないけど、本屋としては「雑誌にしておくのはもったいない」って思いませんか。
佐藤:思います。『BRUTUS』とか、きちんと新しい号の発売に合わせて2週間に1回入れ替えちゃう本屋さんとか、もったいなさすぎる。むちゃくちゃ保存性があるから。
内沼:そうなんです。そういう雑誌って、もう「本」なんですよね。もっと長く売りたい。もちろん返品せずに在庫として置いて長く売ればいいんですけど、どうしても棚に差した時に、中とじ製本だから棚が映えないんです。
佐藤:そういう雑誌はPOP代わりになるんですよね。映画特集があったら、映画本のコーナーに出しておく。余計な能書きはいらなくて、その雑誌を出しておく事によって、お客さんが「映画の本コーナーだ」ってわかる。
それに、北書店は配本がカットされるんじゃなくて、増えていっているものもあって。『考える人』(新潮社)とかはそうなんですよ。あの雑誌の「小林秀雄特集」(2013年5月号)とかは、文庫と一緒にしっかり置いておく。大きな書店の場合だと、割り切って雑誌のコーナーに置かれちゃうんですけど。新潮文庫の小林秀雄はよく読んでいるけど、総合雑誌のコーナーには行かない人が文庫のところで雑誌の存在に気づく。そういう強みは小さい店でもあるんですよ。そう思うと、やっぱり店に置きたいのは保存性がある雑誌って事になるんですよ。
内沼:あえて極論すれば、特集主義的な雑誌はできるだけ「本」のように長く売りたい。そういう中でさらに「雑誌」に求めるのは、その雑誌を毎月買う人がいるような雑誌を作ってもらう事ですよね。「毎月この雑誌だけは買う」という人がいれば、定期的に店に来てくれて、他の本も買ってくれるわけじゃないですか。雑誌って、本来はそういうものでした。
逆に、細かく特集で売れるような雑誌だったら、それは本として棚に差せるように作ってもらえると売りやすいなと。たとえば『考える人』は背表紙があって、そこに特集の名前が書いてあるから、棚に差せるじゃないですか。ぼくらのような店にとっては、シンプルだけどそういう事ですよね。
普段から本を読まない人にも、いかに本屋に来てもらうか
質問者5:私は実家が九州なんです。東京は人が多くて、B&Bとかのイベントに来る人も多いと思います。でも僕の地元では本屋さんもなくなっていて。北書店は地方の環境でもイベントで人を集める事ができている。どうやって地域の人を巻き込んでいるのか、お聞きしたいです。
内沼:北書店はどうやって地域の人を巻き込んでいるのか、と。
佐藤:本当になんの戦略もなしにやっている事なんですよ。もちろん利益の問題もあるので、商売的な部分もちゃんと考えています。単純に、入場料が1000円のイベントだったら、50人が集まったとして、5000円の本50冊の売り上げの利益と一緒なんですよ。逆に、5000円の本に50人が並ぶなんて事はありえないわけで。それは商売をやっていく上では重要な事。ただ、私の場合は、最初は10坪で考えていた物件をうっかり40坪も借りちゃったもんだから……資金の問題もあって、40坪全部を埋められるほど本が置けなくて、それなら半分はフリースペースにして何かに使おう、という事から始まっているんです。だから自分でも、どうやっているのかわからないんです。
ただ、やってみて実感したのは、自分一人で財産を投げ出してとりあえず始めてみたら、みんなが助けてくれるんですよ。全てを放り出すとみんなが助けてくれる。いざやってしまえばね、必ずそういう話は来ますよ。
あと、本屋のいいところは、どんなものと関わっても違和感のない空間にできるところ。八百屋さんでトークイベントをやりますって言っても、「なんで八百屋さんで?」ってなるじゃない。でも、「本屋で八百屋さんに関するトークイベントをします」って言っても違和感ないんだよね。
内沼:本屋は野菜の本も売っていますしね。
佐藤:いろんなものに関われる場所ではあるし、それは特別なものだなと思うな。八百屋でイベントとかやると、ちょっとメッセージ色が強くなるというか(笑)、日常使いしづらい、面倒くさい印象になっちゃう。だけど、本屋さんなら違和感なくできる印象がある。
内沼:そもそも本は、メッセージ色が強くて、主張がうるさいものですからね。
B&Bはたとえば、お客さんの依頼で、店内でドッキリを仕掛けるプロポーズ会場として貸した事もある。雑誌やテレビの撮影にも使われるし、朝は英会話教室をやっている。夜のイベントも直前まで決まらない時はぼくが一人で出て「内沼晋太郎の人生相談教室」っていうイベントをやったりとか(笑)。あらゆる事ができますよね。イベントも、詩人が朗読する日もあれば、学者の方が真面目な討論をする日もあるし、女性向けAVの男優さんが来て熱狂的な女性ファンでにぎわう日もある。何とでも絡めるんですよね。
佐藤:今の質問は、じゃあそれを地方でやるにはどうすればいいか、という事なんでしょうか。
内沼:それもあると思いますが、B&Bのあるような東京に比べて、地方にもイベントに来るような熱心な本好きがたくさんいるのか、というニュアンスだったと思います。でもそれはあんまり心配しなくていいですよね。地方でもたくさんいらっしゃいますよね。
佐藤:いますね。
内沼:東京の方が知的好奇心の強い人が多いとか、そういう差を感じる事はないですね。ぼくが地方にトークで行くと、たいてい東京でやるよりもたくさんの人が来てくれる。呼んでくださった方が集客に力を入れてくださるというのもありますが、東京だと毎日のようにいろんな場所でイベントが行われていて、ぼくもちょくちょく出ているので、よほど興味がない限り、誰もわざわざ来てくれないんですよ。一方、ふだんイベントごとが少ない場所であれば、ぼくのことなんて知らなくても「何か面白そう」というだけで来てくれる。頻度が少なければ少ないほど、届く範囲は広くなると感じます。
しかも東京だからといって、例えばB&Bのある下北沢で、普段街を歩いている人たちに本好きが多いかというと、全然そんなことないと思いますしね。
佐藤:下北沢はそういう雰囲気ありますよね(笑)。
内沼:そうですよ。その中でいかに普段から本を読む人はもちろん、読まない人にも来てもらうかという事をやっている。
佐藤:そう考えると新鮮ですよね。こういうイベントでもそうですけど、なんだかんだ言っても「本好き」「本屋好き」という事を共有できる人たちがこの場所にいるわけで。言ってしまえば確認の場なんですよね。新潟でも、ちょっと違う場所に行けば誰も北書店の事なんて知らないの。でもそういうところに行くのも面白いんですよ。
内沼:そうですよね。
僕も今、とある女性向けのファッションブランドの仕事をやっていて、本を絡めてプロモーションをする企画なんですが、業界が違えば、僕らが持っている本に関するいろんな常識も通じないんです。驚いたのは「文庫本くらいの大きさで」と言った時に、そのサイズ感が通じないんです。現物を見せて説明してやっと、「あっ、その小さいやつを『文庫』って言うんですね」と。でもどちらかといえば、こっちがリアルなんですよ。
佐藤:うん。そう思います。
内沼:僕らは日頃から触れているからわかるだけなんです。そう考えると、「新書」なんていう名称は本当にわかりづらいですよね。
佐藤:お客さんの中には「新刊」の事を「新書」って言う人がいっぱいいますよね。
内沼:そうなんです。「新刊書店」という名称も、僕らは新刊だけを売っているわけじゃないけど、「新刊書店」と言う以外に「古本屋」「古書店」と区別する言い方ってないんですよね。そのあたりの言葉や名称は、昔からかなりわかりづらいなと思っていて。僕らが普段使っている言葉は、誰にでも伝わる言葉じゃない、むしろ狭い世界の専門用語なんだという事は、認識した方がいいと思いますね。
結局、どっちも楽しいんですよ。本好きの人に向けて本を売るのも楽しいけど、そうじゃない人に向けて売るのも楽しい。B&Bでも、本と関わりのなかった人がイベントを通じて本屋に来たりします。
佐藤:北書店でも年に1回、地元サッカーチームの「アルビレックス新潟」に関するイベントをするんです。あれも面白くて。その時にしか来ない人もいるんだよね。最初の頃は、「イベントでせっかく来てくれるならもっと普段から来てくれないかな」って思っていたんだけど、最近はそういう事が当たり前だと思ってきちゃった。興味のあるイベントなら来るけど、普段の本は便利なところで買うのが当然。最初に話をした「街の本屋」についても、不自然さが漂うのはそれもあるかもしれない。自然に考えたら、便利なところで買うのが当然で、ただの「街の本屋」じゃ無理だっていうのは当たり前じゃないですか。ただ、じゃあお前は本屋を辞めるのかと言ったら私は辞めない、というだけの話ですよ。あんまり取り立てて「街の本屋」に意味づけするのはどうなのかな、と思いますね。
★この続きは、DOTPLACEの書籍レーベル「DOTPLACE LABEL」から発売された
電子版『街の本屋の逆襲』からお読み頂けます。
[街の本屋の逆襲 了]
構成:松井祐輔
(2014年2月7日、B&Bにて)
◉ファンから参加者になるための、「人」と「本屋」のインタビュー誌
『HAB(Human And Bookstore)』創刊。
本記事の構成を務めた松井祐輔氏が編集長を務めるリトルプレス『HAB』。創刊号は新潟特集。
DOTPLACEで5回に渡って様子をお伝えしてきたイベント「街の本屋の逆襲」の前、2013年11月に北書店で開催された佐藤雄一さん・石橋毅史さん・内沼晋太郎による“第1回目の”トークの模様も収録されています。詳しくはこちら。
『HAB』創刊号:新潟 Contents
本屋鼎談
佐藤雄一(北書店)× 内沼晋太郎 × 石橋毅史
本屋鼎談延長戦ーこれからの街の本屋
内沼晋太郎
まちをのこすのに本ができること
小林弘樹(『LIFE-mag』発行人)
本屋を続けていくために
諸橋武司(本の店 英進堂)
まちをつくるのに本ができること
新潟市マンガ・アニメを活用したまちづくり構想
新潟市文化政策課
本屋という選択
西田卓司(ツルハシブックス)× 伊藤かおり(古本いと本)
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